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第三章 『異形の行進』

38.『異形』

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「や、久しぶり。ヒスイくんと――『白夜』ちゃん、かな。そっちは初めましてだね」

「…………どうも」

 俺たちはギルドマスターの部屋に通された。
 ここに来るのは、俺にS級昇格の話を振ってくれた時以来だ。
 ルリはここにくるのは初めてらしく、珍しく緊張しているようだ。

「いやぁ、ヒスイくん。いい働きっぷりらしいじゃない。キミをS級に推薦してよかったよ。おかげでボクの評価もうなぎ登りさ」

「ギルドマスターが他人からの評価を気にするもんなんですか?」

「そりゃあ、冒険者ギルドなんてのは弱小組織……とまでは言わないけど、この街で一番偉いのは貴族で、その下に近衛兵団。さらにその下にあるのが冒険者ギルドだからね。ボク、意外と肩身が狭いのよ」

 あれ。ということは、実質的にこの街のトップはアベンということになるのか。
 実際に政治を行っているのは貴族になるんだろうけど、街に何かあった時に矢面に立って責任を取らされるのは彼。可哀想だけど、それが仕事だ。

「そんなことより、ヒスイくん。結論から言うと、今回の騒ぎは魔王軍との関連は不明だ。ただし、これは勘なんだけど……クロだと思うよ、ボクは」

 勘か。うーん、根拠は乏しいが信じてもいいのだろうか。
 ギルドマスターがそう言うならそうなのか?
 まぁいい、それは後でわかる事だ。

「ところで、騒ぎの経緯を聞いてもいいですか? 俺たち、ざっくりとしか聞いてなくて」

「あ、そうだったの? まず、居住第2区でモンスターが発生したんだ。ここね、ここ」

 ギルドマスターはそう言いながら、街の地図に指をさす。
 その辺りは民家が立ち並ぶ場所なので、もしかしたら被害が出ているかもしれない。

「この屋敷の壁をぶち破ってモンスターが出てきたらしいのよ。ここには最近越してきた中年男性がいたんだけど、安否は不明。というか、行方不明なのよね。まぁモンスターが家の中から出てきたのなら、残念だけど……」

 既に腹の中、と考えるしかない。
 モンスターの中には人間を捕食するものもいるし、行方不明ということはそういうことなのだろう。

 問題は、そのモンスターがどこから現れたかだ。

「壁をぶち破って出てきた形跡はあるんだけど、入った形跡がないのよ、不思議なことに。壁に空いた穴はひとつだけなの。で、その穴も、内側から開けられていたものみたい」

「モンスターが外から侵入してきたのなら、穴は最低でもふたつないとおかしい、ということですね」

「ご丁寧に玄関をノックして侵入したわけじゃなければね」

 そんな知能があるなら壁をぶち破る必要は無い。

 つまり、こういうことだ。
 モンスターは何らかの手段で屋内に突如出現。
 家主を食い荒らし、壁をぶち破って逃走を図った。

 あるいは、その場所で生まれ育った可能性――。

「やっぱり、俺も現場に行った方が――」

「――失礼します! 居住第4区と第6区で同時にモンスターが出現! 至急、冒険者の手配を!」

「なんだって!?」

 重い扉を力いっぱい開けて叫んだのは、顔を青くした近衛兵だ。
 着込んだ甲冑には赤色が飛んでおり、命からがら助けを求めて飛び込んできたことが見て取れる。

「――ヒスイくん、『白夜』ちゃん」

「わかってます。俺は第4区に行く。ルリは第6区に向かってくれ」

「……わかった」

 俺は近衛兵にポーションを投げ、急いで現場へ向かった。



 逃げ惑う群衆の波に逆らって進むと、やがて人っ子一人いない道に抜けた。
 ギルドマスターから受け取った地図を見るに、この辺りの屋敷が目的地になっている。

「屋敷……あれか?」

 こじんまりとしたボロ屋の群れの中に、ひとつだけ大きくて高い屋根を見つける。
 俺はそこに目掛けて全速力で走――ってしまうと道が破壊されてしまうので、なるべく早く向かった。

「ここは……」

 来たことは無いのになんとなく見覚えのある屋敷だ。
 例の老人の呪いの屋敷とも違う。
 こんな屋敷に足を運ぶ用事もない。

 なのに、薄ぼんやりと浮かぶ既視感の正体。
 それに気付く前に、目の前の異変に気付いた。

「壁が、ぶち破られてる……」

 聞いてた通り、壁に穴が空いている。
 ということは、ここに出現したモンスターも第2区に現れたものと同種ということか。
 断定するのは早いが、少なくとも戦闘力は同じくらいだろう。推定A級モンスターといったところか。

「マ……ァ……」

「――」

 声が聞こえた。
 声と呼んでいいのか分からないほどにドス黒い音だ。

 屋敷の庭から、呻くような音が聞こえたのだ。
 モンスターに襲われて怪我を負った男性の声――というには、おぞましすぎる音が。

 俺は、屋敷の庭へと侵入する。
 音の出処を探りながら、ゆっくりと。

「ア…………マ……ァ……」

 茂みになっている庭をかき分け、進む。
 少しずつ、ゆっくりと。

「――マァ、アァ!!」

「――」

 それは突如として、茂みから現れた。
 異形だ。そう表現するしかない物体が、そこにはいた。

 ピンクの肉の塊に、空洞のような目と口が空いている。
 背中には使い物にならなそうなほど小さな羽が、その下には不格好な尻尾が。

 背丈は150センチほどしかなく、背中は丸まっているため余計に小さく見える。

 これが件のモンスターなのか。
 まるで、人の出来損ないのような――否、人には羽も尻尾も無い。人になり損ねた、モンスターのようだ。

 恐ろしく不気味なそれが、俺を捉えていた。
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