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第二章 『明けない夜はない』

27.『帳の中で』

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「俺たちはよぉ、お前に恨みがあるわけだ。言わなくてもわかるよなぁ?」

「…………」

「なんとか言えよてめぇ!」

 硬い靴で思い切り脇腹を蹴られても、腕で覆う力すらも入らない。強力な結界であることは間違いないが、かといえ複雑な結界なのかと問われれば、これが案外単純なものだろう。

 私の強さは、ほとんどが魔力からきている。
 パッシブスキル【魔力循環】のおかげで、他人よりも圧倒的に多い魔力を使うことが出来るのだ。
 魔法による身体能力向上や視力向上など、日常生活の中でもその恩恵を受けている。

 裏を返せば、私から魔力を奪ってしまえば見た目通りの弱くてちっぽけな子供でしかない。
 魔力阻害系の結界なんていうのが、私にとって一番の弱点だというわけだ。

 もっとも、それを知っているのは私の能力を熟知した元パーティメンバーくらいのもので、さらにそれを活用して私に危害を加えるのは、私のことが憎くてたまらない相手くらいのものだ。

 つまり、今この状況こそがそれである。

「俺たちはさぁ、お前に復讐できる日を心待ちにしてたんだよねぇー!」

 別の男が、そう言いながら私に唾を吐く。
 屈辱だ。だが、それを受け入れなくてはならない理由がある。

 私のパッシブスキル【魔力循環】には、とんでもない欠陥があったのだ。
 それは、『パーティメンバーの最大魔力を奪い続ける』というもの。
 魔力ではない。最大魔力だ。
 私とパーティを組むだけで、メンバーは日々魔力が小さくなっていくのだ。

 若き日の冒険者に憧れる私は、それを隠して複数のパーティに加入した。騙したのだ。そりゃ、恨まれるだろう。
 別に一年や二年くらいパーティを組んでいたところで、到底魔力が枯渇するような弊害はない。
 百年ほど共に旅をすれば、その人の魔力が尽きてしまうだろうか。そんなペースだ。

 だけど、失った魔力は戻らない。
 本来持っていたはずの魔力は、私に奪われたままなのだ。

 それを許せるほど、冒険者というのはお人好しじゃない。
 追放されて然るべきだし、恨まれて当然なことをした。私は、最低な冒険者だ。

「お前に奪われた分、奪い返さないとなぁ」

 私はこれから、犯され、蹂躙され、壊され、亡骸となって捨てられるのかもしれない。だけど、それを受け入れなくてはならない。
 私は、最低な女だから。人の善意につけ込んで、騙し、一生物の傷をつけたのだから。

「お前みたいなガキがS級とはいい身分だよなぁ。勝手に俺たちを貶めて強くなってよ。他人の気持ちなんて理解してないだろ?」

「そうだそうだ!」

 本当に馬鹿だった。
 私は、誰ともパーティを組んじゃいけない。
 それは、生まれた時から決められていたことだったのに。

「こっちがどんなつもりでパーティに置いてやったのか分かるか? 強さ以外にお前の存在価値なんてないのに、調子に乗って仲間ヅラしてんじゃねーよ」

「全くもってその通り!」

 今なら理解している。
 私は、黙ってモンスターを狩り続ける機械でなければいけない。
 人との繋がりや、助け合える仲間など求めちゃいけない。
 孤高のS級冒険者『白夜』でさえあれば、他に何も必要とされていないのだ。

「挙句の果てに俺らの魔力を奪ってたぁ? てめぇ、よっぽど死にてぇらしいな。いやぁ、苦労したぜ。お前をこの場所に誘き寄せて、予め設置してあった魔法陣で結界を発動。まぁ、それだけで死にかけの虫みたいになっちまうんだから、S級様も大したことねぇなぁ!」

「よっ! あんたが大将!」

「さっきから誰だテメェ!? いつからいやがった! ふざけてんならブチ殺すぞ!」

「あ、俺? 俺は――」

 だから、こんな危機に颯爽と助けにきてくれる仲間など、私が求める権利などないというのに。
 未練がましく、厚かましく、今さら誰かと笑いながら冒険がしたいなんて思う権利などないというのに。

「S級冒険者、ヒスイ。そこのジト目黒髪美少女のパーティリーダー――になる予定の者だ」

 どうして、期待してしまうんだろう。
 どうして、望んでしまうんだろう。

 本当はこの人と一緒に旅をしたい、なんて。



 冒険者ギルドに辿り着くと、何やら十数名のイカつい冒険者たちが昼間から酒場で盛り上がっていた。

 うわ、なんか治安悪いな……と思いつつ、例の受付嬢に話を聞きに行った。
 そもそも「『白夜』は誰ともパーティを組まない」と俺に教えたのは受付嬢だ。
 彼女なら何か事情を知っているに違いない。

「そうですね……ヒスイ様になら、お伝えしてもいいかもしれません」

 という前置きで、受付嬢の真面目な話が始まった。
 ふざけたことを言っているイメージしかなかったので、危うくギャップで胃もたれするところだった。

「彼女は、どうやら仲間を傷付けてしまうスキルをお持ちらしいんです。それで、以前所属していたパーティとも上手くいかずに……」

 そこで語られたのは、中々にヘビーな話だった。
 詳細までは受付嬢も把握していないようだが、やはり事情があったようだ。

 一通りの話を聞いてもなお、どうすれば彼女をパーティに誘えるかが見えてこない。
 やっぱりゴリ押ししかないか……? とか考えながらギルドを後にしようとしたところ、ガラの悪い冒険者グループから、どうもきな臭い一言が聞こえたのだ。

「これで『白夜』もおしまいだな!」

「馬鹿っ! 声がでけーっての! リーダーたちが密かに……」

 嫌な予感がした。
 どう足掻いてもお前らに終わらせられるようなタマじゃないだろ、とは思いつつも不安を拭いきれない。

 俺は受付嬢の元へとんぼ返りして、今『白夜』が何をしているかだけ聞いた。

「今は、郊外の古い屋敷の調査に出ていますが……」

 とのことだったので、俺は急ぎ足で向かった。
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