11 / 108
第一章 『黄金色の少女』
11.『強く、ならなきゃ』
しおりを挟む
「……確かめてやる、だと? 偉そうな口を。貴様も冒険者なら分かっているはずだ。『レベル差』という絶対に覆ることの無い壁の高さを!」
「その通りだ。強さというのは、剣技ではない。装備の強さでも、ましてや想いの大きさなんかでもない。レベルだよ。レベルが高い方が勝つ、それが戦いだ」
それが、この世界の理だ。
そんなこと、わかりきっている。
「そこまでわかっていて何故余裕でいられる? 痛感したはずだ。私という壁が、貴様らにとってどれほど遠い存在か」
「――あぁ、『さっき』はな」
俺は、最初にアスモデウスにやられたように、その喉元に剣を突きつけていた。
アスモデウスが一切反応できないスピードで。
「……なにをした? まさか突然ここまで強くなるはずが――【黒天臥竜】!」
「おっと」
右手から放たれる漆黒の稲妻が俺を襲う――が、そんなもん片手で蹴散らすことができる。さっき俺がやられたように。
「ば、馬鹿な……ありえないッ!」
確かに、レベル350のアスモデウスを遥かに凌駕する強さを、一瞬で手に入れることはない。
突然俺のレベルが400とかになったりするわけがない。
――例えば、アスモデウスのレベルが下がったりしてない限りは、こんなに急に実力が逆転することもないだろう。
「まさか、そんなことが……」
「俺には見えてるぜ、お前のレベル。教えてやろうか?」
ーーーーーーーーーーーーーーー
アスモデウス Lv.250
ーーーーーーーーーーーーーーー
「き、貴様のレベルはなんだ! その程度下がろうが、人間如きに遅れをとるはずが……」
「うーん、さっきまではLv.242だったけど……なんかレベル上がった気がするわ、100くらい」
「なっ……」
――【レベルドレイン100】。
それが新しく手に入れたスキルの名前だ。
正確に言うと、もう無くなってしまったが。
効果は、『任意の相手のレベルを奪う。このスキルは合計Lv.100を吸収したら消滅する』といったもの。
ちなみになんで突然スキルを賜ったかというと、それはスキル【万物の慈悲を賜う者】のおかげに他ならない。
必要なタイミングで必要な『レベル』に関係するスキルが手に入る……ナイスだね!
「俺はこうやってレベルが上がるわけだけど……お前は上がらないんだよね? 下げられたら一生そのままなの? 成長できない生き物は可哀想だ」
「クソが――!! ならば、この小娘の命だけでも――」
「それを俺が許すと思うか?」
既に意識が朦朧としているタマユラに狙いを変え、その力を振りかざそうとする。
普通に考えて、レベル差が100近くある俺の前でそのような行動が通るはずもない。冷静さを欠いたら勝てる戦いも勝てないぞ。まぁ、どの道俺にはもう勝てないけど。
「――【天籟一閃】」
「――が、ぁ」
俺の唯一の剣技が、今度こそアスモデウスの体に風穴を開ける。俺の、勝ちだ。
「私は、負けるのか……にんげん、に……」
「もう負けてるよ。残念だったな」
「――ク、ククク。自惚れるなよ、たかだか人間の分際で、魔王様には一生を何度繰り返しても、とど、かぬ……」
そう言い残すとアスモデウスは力なくその場に倒れ、やがてピクリとも動かなくなった。
魔王軍幹部を、打ち破ったのだ。
きっとこれからも、魔王軍との戦いは続くのだろう。俺はその時のために、レベルを上げ続けなければならない。
「――タマユラ!」
そんなことより、今なお痛みに苦しんでいるパートナーのことが心配だ。
俺はすぐさま駆け寄り、ゆっくりと肩を抱き起こす。
「――ヒ、スイ……あの者は……」
「倒した! 俺らの勝ちだ!」
「さすが、ヒスイです、ね……」
ハイポーションを使用しているので命の危険はないはずだが、やはり痛みのせいか顔色も悪く、意識がはっきりとしない。
セドニーシティまで馬車で数時間。
悪路も続くので心配だが、持たせてもらうしかない。
「頑張れ! 少しの辛抱だからな!」
■
目を覚ますと、見知らぬ老人が私を覗き込んでいた。
「おぉ、目を覚ましたか。体の調子はどうじゃ?」
「――」
私はどうなったんだったか。
トライデントスネークが二体いて、ヒスイが倒して。
その後にアークデーモンが出てきて。ヒスイが倒して。
その後に――そうだ、魔王軍の……ヒスイが、倒したと言ったのだったか。
「青年が凄い剣幕で君を運んできたのも驚いたが、お嬢ちゃんの腕が無かったのも驚いたわい。どんな相手と戦ってたんじゃ?」
そうか――私は腕を無くしていた。
しかし、見たところ跡さえもなく綺麗に繋がっているし、動かす分にも支障はない。
ここまでの回復魔法を扱える人物に、心当たりは一人しかいない。
「あの、クアラニル・マーウィン様でしょうか?」
「おぉ、いかにも。王国最高の回復術士クアラニル・マーウィンとは儂のことじゃよ。治療費のことなら気にするでない。あの青年が相場の倍払っていったわ。半分返しといてくれ」
「――そう、ですか」
そう言って金貨の詰まったずっしりと重たい袋を渡される。
大体500枚くらいだろうか。これだけあれば、1年は遊んで暮らせる。王国最高の回復術士とは、決して安くないのだ。
半分で500枚ということは、ヒスイが支払った金貨は1000枚。
少し前までE級冒険者だったヒスイのどこにそんな大金が隠されていたんだと思うが、先のバーミリオン・ベビー討伐の特別臨時報酬が金貨1000枚だったことを思い返せば、これが辻褄があってしまう。
「どうして、そこまで――」
「経過も安定しとるな。もうしばらく安静にしといた方がいいが、帰りたいなら帰ってもよいぞ」
「ありがとうございます。やらなければならない事もあるので、失礼します」
「そうか。お大事にするんじゃぞ」
ヒスイは、私にとてもよくしてくれると思う。
戦闘面でも助けられてばっかりだし、精神面だってそうだ。
強いし、優しいし、面白いし、もっと一緒にいたいと思う。
『剣聖』としても、ひとりの人間としても、私はヒスイのことを尊敬している――いや、それは誤魔化しだ。
私は、ヒスイのことが好きになってしまっているのだ。
生まれてこの方、色恋沙汰なんて全くなく。
それどころか、人と肩を並べて戦う機会も多くはない。
誰かを救うことはあっても、誰かに救われたのはヒスイが初めてだ。
私はそんなヒスイに、恋心を抱いてしまった。
これは、もうどうしようもない事実だ。
もっと触れてほしいし、寄り添ってほしいし、独占したい。
――でも、ダメなのだ。ヒスイというお方は、私などが独占していい存在ではない。
間違いなく、王国……いや世界で一番の実力者だろう。
これから数多くの民を救う存在を、私の勝手な都合で縛り付けるわけにはいかない。
思えば、今回の依頼で私はヒスイに迷惑をかけっぱなしだ。
トライデントスネークの毒を喰らいかけ、ヒスイを危険に晒し、アークデーモンでは腰を抜かし、アスモデウスの前でも何ひとつ役に立てずに戦線を離脱した。
なんて、惨めなんだ。
なにが剣聖だ。なにがS級だ。
ヒスイの隣に立てる強さなんて、これっぽっちもありはしないじゃないか。
強く、ならなきゃ。
強くなって、ヒスイの隣に――。
■
「まだ目を覚まさないのかな……」
時刻は夜10時。
タマユラを回復術士のじーさんの元へ預けたのが夜6時くらいだったので、四時間が経過している。
帰り道は大変だった。
普通に馬車に揺られていたら何時間かかるか分かったもんじゃないから、タマユラを馬車に乗せ俺は後ろから全力疾走で馬車を押しながら走ったのだ。馬には申し訳ないことをした。
そんなこんなで通常の三倍程度のスピードでセドニーシティに帰ってきた。
その後はギルドで回復術士の居場所を尋ね、滞在先の診療所までタマユラを担いで行ったのだ。
「そろそろ様子見に行ってみるか」
治療のために衣服を脱がされていたりしたら気まずいので、なるべく覗き見はしないようにしていたのだが、さすがにそろそろ気になる時間だ。
目を覚ましていたなら話もしたい。
タマユラのことだから今回の件に責任を感じているだろう。励ましてあげないとな。
そもそもLv.350はズルだ。あんなの勝てなくて当たり前だし、俺もちょっと危なかったんだから、気に病む必要は全くない。
というわけで俺は、診療所に足を運んだ。
「お邪魔します。タマユラは……」
と、違和感に気付いた。
この狭い診療所に、ベッドはひとつしかない。
さっきまでそこで寝ていたであろうタマユラの姿が、どこにも見当たらないのだ。
「おぉ、君か。彼女なら先ほどひとりで帰ったよ。それにしても、金貨1000枚は払い過ぎだ。彼女に返すように頼んだのだが、君はまた来るだろうからと置いていったよ。ほらそこのテーブルに……」
え? 行き違いだったのだろうか。
もしギルドに向かったのだったら、俺が取った宿屋からの道ではすれ違わない。もしかしたらギルドにいるかもしれないな。
■
「あ、おかえりなさいませ。タマユラ様から話は伺っております。アークデーモンに魔王軍なんて、すごい災難でしたね……」
というわけで、ギルドの受付嬢に話を聞いてみることにした。やはりタマユラはギルドに来ているようだ。
「それで、彼女は今どこに?」
「え? ヒスイ様も聞いてないんですか? 先ほどギルドマスターの部屋から出てきた後に旅支度をしてどこかに行かれたのですが、一体どちらに……」
旅支度、だって?
病み上がりで、安静にしていないといけないタマユラが?
「それにしても、目覚しい活躍ですね! 後日、ギルドマスターからヒスイ様にS級昇格の打診が……」
どこにいるんだ、タマユラ。
何も言わずに、黙っていなくならないでくれ。
ギルドマスターに何を話したんだ。
ギルドマスター、に――。
「――困ります! ヒスイ様! ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ!」
「ここがギルドマスターの部屋か。すみません! お邪魔しますよ!」
重たく分厚い壁を開けると、荘厳な飾り物と幾千の書類のギャップが激しい煌びやかな部屋の中心に、眼鏡をかけた白髪の老人が座っていた。
「やぁやぁ。キミが噂のヒスイくんだね。くると思ってたよ、ようこそボクの部屋へ」
■
高そうな飾り物と書類の山のギャップもさることながら、ギルドマスターの見た目と口調のギャップもピカイチだ。
「くると思ってた、ですか」
「最近タマユラちゃんと仲良しみたいじゃない。彼女も君の話をよくしてくれるよ」
「タマユラはどこにいるんですか?」
「……そうだなぁ。ぶっちゃけ、ボクも知らないんだよね」
そんなはずはない。
タマユラがこの部屋に出入りしてたという事実は聞いたし、彼女が姿を消す前、最後に話をしたのがギルドマスターなのだ。
「いやね、彼女は自分の弱さを嘆いていたよ」
「彼女は弱くなんか……」
「ない。ボクもそう思うよ。S級ってのは、冒険者の中じゃ本物の頂点だ。彼女も自分の強さに疑問を持ったことは無かったはずだよ。君に会うまでは」
俺に、会うまでは。
俺は知らず知らずのうちに、彼女の自信を奪い、価値観を破壊してしまったのか。
プライドも、信念も、なにもかも。
「そんなわけないでしょ。それはキミの自意識過剰。――まぁ、強さの価値観って意味ならそうなのかもね」
「俺は、どうすれば」
「今はそっとしてやってくれないかな。彼女、強くなりたいんだよ。だから『剣聖』としての立場を副兵団長に預け、行先も告げずに旅に出たんだ。――いつかキミと肩を並べて戦うために」
俺は、彼女との関わり方を間違えたのだろうか。
深入りせず、馴れ馴れしくせず、あくまで『剣聖』と『冒険者』として一時的なタッグを組むだけ。
そういう付き合い方をするべきだったのだろうか。
俺の身勝手で、彼女を傷つけたのだろうか。
「その通りだ。強さというのは、剣技ではない。装備の強さでも、ましてや想いの大きさなんかでもない。レベルだよ。レベルが高い方が勝つ、それが戦いだ」
それが、この世界の理だ。
そんなこと、わかりきっている。
「そこまでわかっていて何故余裕でいられる? 痛感したはずだ。私という壁が、貴様らにとってどれほど遠い存在か」
「――あぁ、『さっき』はな」
俺は、最初にアスモデウスにやられたように、その喉元に剣を突きつけていた。
アスモデウスが一切反応できないスピードで。
「……なにをした? まさか突然ここまで強くなるはずが――【黒天臥竜】!」
「おっと」
右手から放たれる漆黒の稲妻が俺を襲う――が、そんなもん片手で蹴散らすことができる。さっき俺がやられたように。
「ば、馬鹿な……ありえないッ!」
確かに、レベル350のアスモデウスを遥かに凌駕する強さを、一瞬で手に入れることはない。
突然俺のレベルが400とかになったりするわけがない。
――例えば、アスモデウスのレベルが下がったりしてない限りは、こんなに急に実力が逆転することもないだろう。
「まさか、そんなことが……」
「俺には見えてるぜ、お前のレベル。教えてやろうか?」
ーーーーーーーーーーーーーーー
アスモデウス Lv.250
ーーーーーーーーーーーーーーー
「き、貴様のレベルはなんだ! その程度下がろうが、人間如きに遅れをとるはずが……」
「うーん、さっきまではLv.242だったけど……なんかレベル上がった気がするわ、100くらい」
「なっ……」
――【レベルドレイン100】。
それが新しく手に入れたスキルの名前だ。
正確に言うと、もう無くなってしまったが。
効果は、『任意の相手のレベルを奪う。このスキルは合計Lv.100を吸収したら消滅する』といったもの。
ちなみになんで突然スキルを賜ったかというと、それはスキル【万物の慈悲を賜う者】のおかげに他ならない。
必要なタイミングで必要な『レベル』に関係するスキルが手に入る……ナイスだね!
「俺はこうやってレベルが上がるわけだけど……お前は上がらないんだよね? 下げられたら一生そのままなの? 成長できない生き物は可哀想だ」
「クソが――!! ならば、この小娘の命だけでも――」
「それを俺が許すと思うか?」
既に意識が朦朧としているタマユラに狙いを変え、その力を振りかざそうとする。
普通に考えて、レベル差が100近くある俺の前でそのような行動が通るはずもない。冷静さを欠いたら勝てる戦いも勝てないぞ。まぁ、どの道俺にはもう勝てないけど。
「――【天籟一閃】」
「――が、ぁ」
俺の唯一の剣技が、今度こそアスモデウスの体に風穴を開ける。俺の、勝ちだ。
「私は、負けるのか……にんげん、に……」
「もう負けてるよ。残念だったな」
「――ク、ククク。自惚れるなよ、たかだか人間の分際で、魔王様には一生を何度繰り返しても、とど、かぬ……」
そう言い残すとアスモデウスは力なくその場に倒れ、やがてピクリとも動かなくなった。
魔王軍幹部を、打ち破ったのだ。
きっとこれからも、魔王軍との戦いは続くのだろう。俺はその時のために、レベルを上げ続けなければならない。
「――タマユラ!」
そんなことより、今なお痛みに苦しんでいるパートナーのことが心配だ。
俺はすぐさま駆け寄り、ゆっくりと肩を抱き起こす。
「――ヒ、スイ……あの者は……」
「倒した! 俺らの勝ちだ!」
「さすが、ヒスイです、ね……」
ハイポーションを使用しているので命の危険はないはずだが、やはり痛みのせいか顔色も悪く、意識がはっきりとしない。
セドニーシティまで馬車で数時間。
悪路も続くので心配だが、持たせてもらうしかない。
「頑張れ! 少しの辛抱だからな!」
■
目を覚ますと、見知らぬ老人が私を覗き込んでいた。
「おぉ、目を覚ましたか。体の調子はどうじゃ?」
「――」
私はどうなったんだったか。
トライデントスネークが二体いて、ヒスイが倒して。
その後にアークデーモンが出てきて。ヒスイが倒して。
その後に――そうだ、魔王軍の……ヒスイが、倒したと言ったのだったか。
「青年が凄い剣幕で君を運んできたのも驚いたが、お嬢ちゃんの腕が無かったのも驚いたわい。どんな相手と戦ってたんじゃ?」
そうか――私は腕を無くしていた。
しかし、見たところ跡さえもなく綺麗に繋がっているし、動かす分にも支障はない。
ここまでの回復魔法を扱える人物に、心当たりは一人しかいない。
「あの、クアラニル・マーウィン様でしょうか?」
「おぉ、いかにも。王国最高の回復術士クアラニル・マーウィンとは儂のことじゃよ。治療費のことなら気にするでない。あの青年が相場の倍払っていったわ。半分返しといてくれ」
「――そう、ですか」
そう言って金貨の詰まったずっしりと重たい袋を渡される。
大体500枚くらいだろうか。これだけあれば、1年は遊んで暮らせる。王国最高の回復術士とは、決して安くないのだ。
半分で500枚ということは、ヒスイが支払った金貨は1000枚。
少し前までE級冒険者だったヒスイのどこにそんな大金が隠されていたんだと思うが、先のバーミリオン・ベビー討伐の特別臨時報酬が金貨1000枚だったことを思い返せば、これが辻褄があってしまう。
「どうして、そこまで――」
「経過も安定しとるな。もうしばらく安静にしといた方がいいが、帰りたいなら帰ってもよいぞ」
「ありがとうございます。やらなければならない事もあるので、失礼します」
「そうか。お大事にするんじゃぞ」
ヒスイは、私にとてもよくしてくれると思う。
戦闘面でも助けられてばっかりだし、精神面だってそうだ。
強いし、優しいし、面白いし、もっと一緒にいたいと思う。
『剣聖』としても、ひとりの人間としても、私はヒスイのことを尊敬している――いや、それは誤魔化しだ。
私は、ヒスイのことが好きになってしまっているのだ。
生まれてこの方、色恋沙汰なんて全くなく。
それどころか、人と肩を並べて戦う機会も多くはない。
誰かを救うことはあっても、誰かに救われたのはヒスイが初めてだ。
私はそんなヒスイに、恋心を抱いてしまった。
これは、もうどうしようもない事実だ。
もっと触れてほしいし、寄り添ってほしいし、独占したい。
――でも、ダメなのだ。ヒスイというお方は、私などが独占していい存在ではない。
間違いなく、王国……いや世界で一番の実力者だろう。
これから数多くの民を救う存在を、私の勝手な都合で縛り付けるわけにはいかない。
思えば、今回の依頼で私はヒスイに迷惑をかけっぱなしだ。
トライデントスネークの毒を喰らいかけ、ヒスイを危険に晒し、アークデーモンでは腰を抜かし、アスモデウスの前でも何ひとつ役に立てずに戦線を離脱した。
なんて、惨めなんだ。
なにが剣聖だ。なにがS級だ。
ヒスイの隣に立てる強さなんて、これっぽっちもありはしないじゃないか。
強く、ならなきゃ。
強くなって、ヒスイの隣に――。
■
「まだ目を覚まさないのかな……」
時刻は夜10時。
タマユラを回復術士のじーさんの元へ預けたのが夜6時くらいだったので、四時間が経過している。
帰り道は大変だった。
普通に馬車に揺られていたら何時間かかるか分かったもんじゃないから、タマユラを馬車に乗せ俺は後ろから全力疾走で馬車を押しながら走ったのだ。馬には申し訳ないことをした。
そんなこんなで通常の三倍程度のスピードでセドニーシティに帰ってきた。
その後はギルドで回復術士の居場所を尋ね、滞在先の診療所までタマユラを担いで行ったのだ。
「そろそろ様子見に行ってみるか」
治療のために衣服を脱がされていたりしたら気まずいので、なるべく覗き見はしないようにしていたのだが、さすがにそろそろ気になる時間だ。
目を覚ましていたなら話もしたい。
タマユラのことだから今回の件に責任を感じているだろう。励ましてあげないとな。
そもそもLv.350はズルだ。あんなの勝てなくて当たり前だし、俺もちょっと危なかったんだから、気に病む必要は全くない。
というわけで俺は、診療所に足を運んだ。
「お邪魔します。タマユラは……」
と、違和感に気付いた。
この狭い診療所に、ベッドはひとつしかない。
さっきまでそこで寝ていたであろうタマユラの姿が、どこにも見当たらないのだ。
「おぉ、君か。彼女なら先ほどひとりで帰ったよ。それにしても、金貨1000枚は払い過ぎだ。彼女に返すように頼んだのだが、君はまた来るだろうからと置いていったよ。ほらそこのテーブルに……」
え? 行き違いだったのだろうか。
もしギルドに向かったのだったら、俺が取った宿屋からの道ではすれ違わない。もしかしたらギルドにいるかもしれないな。
■
「あ、おかえりなさいませ。タマユラ様から話は伺っております。アークデーモンに魔王軍なんて、すごい災難でしたね……」
というわけで、ギルドの受付嬢に話を聞いてみることにした。やはりタマユラはギルドに来ているようだ。
「それで、彼女は今どこに?」
「え? ヒスイ様も聞いてないんですか? 先ほどギルドマスターの部屋から出てきた後に旅支度をしてどこかに行かれたのですが、一体どちらに……」
旅支度、だって?
病み上がりで、安静にしていないといけないタマユラが?
「それにしても、目覚しい活躍ですね! 後日、ギルドマスターからヒスイ様にS級昇格の打診が……」
どこにいるんだ、タマユラ。
何も言わずに、黙っていなくならないでくれ。
ギルドマスターに何を話したんだ。
ギルドマスター、に――。
「――困ります! ヒスイ様! ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ!」
「ここがギルドマスターの部屋か。すみません! お邪魔しますよ!」
重たく分厚い壁を開けると、荘厳な飾り物と幾千の書類のギャップが激しい煌びやかな部屋の中心に、眼鏡をかけた白髪の老人が座っていた。
「やぁやぁ。キミが噂のヒスイくんだね。くると思ってたよ、ようこそボクの部屋へ」
■
高そうな飾り物と書類の山のギャップもさることながら、ギルドマスターの見た目と口調のギャップもピカイチだ。
「くると思ってた、ですか」
「最近タマユラちゃんと仲良しみたいじゃない。彼女も君の話をよくしてくれるよ」
「タマユラはどこにいるんですか?」
「……そうだなぁ。ぶっちゃけ、ボクも知らないんだよね」
そんなはずはない。
タマユラがこの部屋に出入りしてたという事実は聞いたし、彼女が姿を消す前、最後に話をしたのがギルドマスターなのだ。
「いやね、彼女は自分の弱さを嘆いていたよ」
「彼女は弱くなんか……」
「ない。ボクもそう思うよ。S級ってのは、冒険者の中じゃ本物の頂点だ。彼女も自分の強さに疑問を持ったことは無かったはずだよ。君に会うまでは」
俺に、会うまでは。
俺は知らず知らずのうちに、彼女の自信を奪い、価値観を破壊してしまったのか。
プライドも、信念も、なにもかも。
「そんなわけないでしょ。それはキミの自意識過剰。――まぁ、強さの価値観って意味ならそうなのかもね」
「俺は、どうすれば」
「今はそっとしてやってくれないかな。彼女、強くなりたいんだよ。だから『剣聖』としての立場を副兵団長に預け、行先も告げずに旅に出たんだ。――いつかキミと肩を並べて戦うために」
俺は、彼女との関わり方を間違えたのだろうか。
深入りせず、馴れ馴れしくせず、あくまで『剣聖』と『冒険者』として一時的なタッグを組むだけ。
そういう付き合い方をするべきだったのだろうか。
俺の身勝手で、彼女を傷つけたのだろうか。
31
お気に入りに追加
1,610
あなたにおすすめの小説
平凡すぎる、と追放された俺。実は大量スキル獲得可のチート能力『無限変化』の使い手でした。俺が抜けてパーティが瓦解したから今更戻れ?お断りです
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
★ファンタジーカップ参加作品です。
応援していただけたら執筆の励みになります。
《俺、貸します!》
これはパーティーを追放された男が、その実力で上り詰め、唯一無二の『レンタル冒険者』として無双を極める話である。(新形式のざまぁもあるよ)
ここから、直接ざまぁに入ります。スカッとしたい方は是非!
「君みたいな平均的な冒険者は不要だ」
この一言で、パーティーリーダーに追放を言い渡されたヨシュア。
しかしその実、彼は平均を装っていただけだった。
レベル35と見せかけているが、本当は350。
水属性魔法しか使えないと見せかけ、全属性魔法使い。
あまりに圧倒的な実力があったため、パーティーの中での力量バランスを考え、あえて影からのサポートに徹していたのだ。
それどころか攻撃力・防御力、メンバー関係の調整まで全て、彼が一手に担っていた。
リーダーのあまりに不足している実力を、ヨシュアのサポートにより埋めてきたのである。
その事実を伝えるも、リーダーには取り合ってもらえず。
あえなく、追放されてしまう。
しかし、それにより制限の消えたヨシュア。
一人で無双をしていたところ、その実力を美少女魔導士に見抜かれ、『レンタル冒険者』としてスカウトされる。
その内容は、パーティーや個人などに借りられていき、場面に応じた役割を果たすというものだった。
まさに、ヨシュアにとっての天職であった。
自分を正当に認めてくれ、力を発揮できる環境だ。
生まれつき与えられていたギフト【無限変化】による全武器、全スキルへの適性を活かして、様々な場所や状況に完璧な適応を見せるヨシュア。
目立ちたくないという思いとは裏腹に、引っ張りだこ。
元パーティーメンバーも彼のもとに帰ってきたいと言うなど、美少女たちに溺愛される。
そうしつつ、かつて前例のない、『レンタル』無双を開始するのであった。
一方、ヨシュアを追放したパーティーリーダーはと言えば、クエストの失敗、メンバーの離脱など、どんどん破滅へと追い込まれていく。
ヨシュアのスーパーサポートに頼りきっていたこと、その真の強さに気づき、戻ってこいと声をかけるが……。
そのときには、もう遅いのであった。
スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~
きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。
洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。
レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。
しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。
スキルを手にしてから早5年――。
「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」
突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。
それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。
「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
そこから更に8年――。
18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」
最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。
そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。
異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~
夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。
しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。
とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。
エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。
スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。
*小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
クラスごと異世界に召喚されたんだけど別ルートで転移した俺は気の合う女子たちととある目的のために冒険者生活 勇者が困っていようが助けてやらない
枕崎 削節
ファンタジー
安西タクミ18歳、事情があって他の生徒よりも2年遅れで某高校の1学年に学期の途中で編入することになった。ところが編入初日に一歩教室に足を踏み入れた途端に部屋全体が白い光に包まれる。
「おい、このクソ神! 日本に戻ってきて2週間しか経ってないのにまた召喚かよ! いくらんでも人使いが荒すぎるぞ!」
とまあ文句を言ってみたものの、彼は否応なく異世界に飛ばされる。だがその途中でタクミだけが見慣れた神様のいる場所に途中下車して今回の召喚の目的を知る。実は過去2回の異世界召喚はあくまでもタクミを鍛えるための修行の一環であって、実は3度目の今回こそが本来彼が果たすべき使命だった。
単なる召喚と思いきや、その裏には宇宙規模の侵略が潜んでおり、タクミは地球の未来を守るために3度目の異世界行きを余儀なくされる。
自己紹介もしないうちに召喚された彼と行動を共にしてくれるクラスメートはいるのだろうか? そして本当に地球の運命なんて大そうなモノが彼の肩に懸かっているという重圧を撥ね退けて使命を果たせるのか?
剣と魔法が何よりも物を言う世界で地球と銀河の運命を賭けた一大叙事詩がここからスタートする。
外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~
そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」
「何てことなの……」
「全く期待はずれだ」
私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。
このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。
そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。
だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。
そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。
そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど?
私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。
私は最高の仲間と最強を目指すから。
死んだのに異世界に転生しました!
drop
ファンタジー
友人が車に引かれそうになったところを助けて引かれ死んでしまった夜乃 凪(よるの なぎ)。死ぬはずの夜乃は神様により別の世界に転生することになった。
この物語は異世界テンプレ要素が多いです。
主人公最強&チートですね
主人公のキャラ崩壊具合はそうゆうものだと思ってください!
初めて書くので
読みづらい部分や誤字が沢山あると思います。
それでもいいという方はどうぞ!
(本編は完結しました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる