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第一章 『黄金色の少女』

11.『強く、ならなきゃ』

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「……確かめてやる、だと? 偉そうな口を。貴様も冒険者なら分かっているはずだ。『レベル差』という絶対に覆ることの無い壁の高さを!」

「その通りだ。強さというのは、剣技ではない。装備の強さでも、ましてや想いの大きさなんかでもない。レベルだよ。レベルが高い方が勝つ、それが戦いだ」

 それが、この世界の理だ。
 そんなこと、わかりきっている。

「そこまでわかっていて何故余裕でいられる? 痛感したはずだ。私という壁が、貴様らにとってどれほど遠い存在か」

「――あぁ、『さっき』はな」

 俺は、最初にアスモデウスにやられたように、その喉元に剣を突きつけていた。
 アスモデウスが一切反応できないスピードで。

「……なにをした? まさか突然ここまで強くなるはずが――【黒天臥竜こくてんがりょう】!」

「おっと」

 右手から放たれる漆黒の稲妻が俺を襲う――が、そんなもん片手で蹴散らすことができる。さっき俺がやられたように。

「ば、馬鹿な……ありえないッ!」

 確かに、レベル350のアスモデウスを遥かに凌駕する強さを、一瞬で手に入れることはない。
 突然俺のレベルが400とかになったりするわけがない。

 ――例えば、アスモデウスのレベルが下がったりしてない限りは、こんなに急に実力が逆転することもないだろう。

「まさか、そんなことが……」

「俺には見えてるぜ、お前のレベル。教えてやろうか?」

ーーーーーーーーーーーーーーー

 アスモデウス Lv.250

ーーーーーーーーーーーーーーー

「き、貴様のレベルはなんだ! その程度下がろうが、人間如きに遅れをとるはずが……」

「うーん、さっきまではLv.242だったけど……なんかレベル上がった気がするわ、100くらい」

「なっ……」

 ――【レベルドレイン100】。
 それが新しく手に入れたスキルの名前だ。

 正確に言うと、もう無くなってしまったが。
 効果は、『任意の相手のレベルを奪う。このスキルは合計Lv.100を吸収したら消滅する』といったもの。

 ちなみになんで突然スキルを賜ったかというと、それはスキル【万物の慈悲を賜う者】のおかげに他ならない。

 必要なタイミングで必要な『レベル』に関係するスキルが手に入る……ナイスだね!

「俺はこうやってレベルが上がるわけだけど……お前は上がらないんだよね? 下げられたら一生そのままなの? 成長できない生き物は可哀想だ」

「クソが――!! ならば、この小娘の命だけでも――」

「それを俺が許すと思うか?」

 既に意識が朦朧としているタマユラに狙いを変え、その力を振りかざそうとする。
 普通に考えて、レベル差が100近くある俺の前でそのような行動が通るはずもない。冷静さを欠いたら勝てる戦いも勝てないぞ。まぁ、どの道俺にはもう勝てないけど。

「――【天籟一閃】」

「――が、ぁ」

 俺の唯一の剣技が、今度こそアスモデウスの体に風穴を開ける。俺の、勝ちだ。

「私は、負けるのか……にんげん、に……」

「もう負けてるよ。残念だったな」

「――ク、ククク。自惚れるなよ、たかだか人間の分際で、魔王様には一生を何度繰り返しても、とど、かぬ……」

 そう言い残すとアスモデウスは力なくその場に倒れ、やがてピクリとも動かなくなった。
 魔王軍幹部を、打ち破ったのだ。

 きっとこれからも、魔王軍との戦いは続くのだろう。俺はその時のために、レベルを上げ続けなければならない。

「――タマユラ!」

 そんなことより、今なお痛みに苦しんでいるパートナーのことが心配だ。
 俺はすぐさま駆け寄り、ゆっくりと肩を抱き起こす。

「――ヒ、スイ……あの者は……」

「倒した! 俺らの勝ちだ!」

「さすが、ヒスイです、ね……」

 ハイポーションを使用しているので命の危険はないはずだが、やはり痛みのせいか顔色も悪く、意識がはっきりとしない。
 セドニーシティまで馬車で数時間。
 悪路も続くので心配だが、持たせてもらうしかない。

「頑張れ! 少しの辛抱だからな!」



 目を覚ますと、見知らぬ老人が私を覗き込んでいた。

「おぉ、目を覚ましたか。体の調子はどうじゃ?」

「――」

 私はどうなったんだったか。
 トライデントスネークが二体いて、ヒスイが倒して。
 その後にアークデーモンが出てきて。ヒスイが倒して。

 その後に――そうだ、魔王軍の……ヒスイが、倒したと言ったのだったか。

「青年が凄い剣幕で君を運んできたのも驚いたが、お嬢ちゃんの腕が無かったのも驚いたわい。どんな相手と戦ってたんじゃ?」

 そうか――私は腕を無くしていた。
 しかし、見たところ跡さえもなく綺麗に繋がっているし、動かす分にも支障はない。
 ここまでの回復魔法を扱える人物に、心当たりは一人しかいない。

「あの、クアラニル・マーウィン様でしょうか?」

「おぉ、いかにも。王国最高の回復術士クアラニル・マーウィンとは儂のことじゃよ。治療費のことなら気にするでない。あの青年が相場の倍払っていったわ。半分返しといてくれ」

「――そう、ですか」

 そう言って金貨の詰まったずっしりと重たい袋を渡される。
 大体500枚くらいだろうか。これだけあれば、1年は遊んで暮らせる。王国最高の回復術士とは、決して安くないのだ。
 半分で500枚ということは、ヒスイが支払った金貨は1000枚。

 少し前までE級冒険者だったヒスイのどこにそんな大金が隠されていたんだと思うが、先のバーミリオン・ベビー討伐の特別臨時報酬が金貨1000枚だったことを思い返せば、これが辻褄があってしまう。

「どうして、そこまで――」

「経過も安定しとるな。もうしばらく安静にしといた方がいいが、帰りたいなら帰ってもよいぞ」

「ありがとうございます。やらなければならない事もあるので、失礼します」

「そうか。お大事にするんじゃぞ」

 ヒスイは、私にとてもよくしてくれると思う。
 戦闘面でも助けられてばっかりだし、精神面だってそうだ。
 強いし、優しいし、面白いし、もっと一緒にいたいと思う。

 『剣聖』としても、ひとりの人間としても、私はヒスイのことを尊敬している――いや、それは誤魔化しだ。

 私は、ヒスイのことが好きになってしまっているのだ。
 生まれてこの方、色恋沙汰なんて全くなく。
 それどころか、人と肩を並べて戦う機会も多くはない。

 誰かを救うことはあっても、誰かに救われたのはヒスイが初めてだ。

 私はそんなヒスイに、恋心を抱いてしまった。
 これは、もうどうしようもない事実だ。

 もっと触れてほしいし、寄り添ってほしいし、独占したい。
 ――でも、ダメなのだ。ヒスイというお方は、私などが独占していい存在ではない。

 間違いなく、王国……いや世界で一番の実力者だろう。
 これから数多くの民を救う存在を、私の勝手な都合で縛り付けるわけにはいかない。

 思えば、今回の依頼で私はヒスイに迷惑をかけっぱなしだ。

 トライデントスネークの毒を喰らいかけ、ヒスイを危険に晒し、アークデーモンでは腰を抜かし、アスモデウスの前でも何ひとつ役に立てずに戦線を離脱した。

 なんて、惨めなんだ。
 なにが剣聖だ。なにがS級だ。

 ヒスイの隣に立てる強さなんて、これっぽっちもありはしないじゃないか。

 強く、ならなきゃ。
 強くなって、ヒスイの隣に――。



「まだ目を覚まさないのかな……」

 時刻は夜10時。
 タマユラを回復術士のじーさんの元へ預けたのが夜6時くらいだったので、四時間が経過している。

 帰り道は大変だった。
 普通に馬車に揺られていたら何時間かかるか分かったもんじゃないから、タマユラを馬車に乗せ俺は後ろから全力疾走で馬車を押しながら走ったのだ。馬には申し訳ないことをした。

 そんなこんなで通常の三倍程度のスピードでセドニーシティに帰ってきた。
 その後はギルドで回復術士の居場所を尋ね、滞在先の診療所までタマユラを担いで行ったのだ。

「そろそろ様子見に行ってみるか」

 治療のために衣服を脱がされていたりしたら気まずいので、なるべく覗き見はしないようにしていたのだが、さすがにそろそろ気になる時間だ。

 目を覚ましていたなら話もしたい。
 タマユラのことだから今回の件に責任を感じているだろう。励ましてあげないとな。
 そもそもLv.350はズルだ。あんなの勝てなくて当たり前だし、俺もちょっと危なかったんだから、気に病む必要は全くない。

 というわけで俺は、診療所に足を運んだ。

「お邪魔します。タマユラは……」

 と、違和感に気付いた。
 この狭い診療所に、ベッドはひとつしかない。

 さっきまでそこで寝ていたであろうタマユラの姿が、どこにも見当たらないのだ。

「おぉ、君か。彼女なら先ほどひとりで帰ったよ。それにしても、金貨1000枚は払い過ぎだ。彼女に返すように頼んだのだが、君はまた来るだろうからと置いていったよ。ほらそこのテーブルに……」

 え? 行き違いだったのだろうか。
 もしギルドに向かったのだったら、俺が取った宿屋からの道ではすれ違わない。もしかしたらギルドにいるかもしれないな。



「あ、おかえりなさいませ。タマユラ様から話は伺っております。アークデーモンに魔王軍なんて、すごい災難でしたね……」

 というわけで、ギルドの受付嬢に話を聞いてみることにした。やはりタマユラはギルドに来ているようだ。

「それで、彼女は今どこに?」

「え? ヒスイ様も聞いてないんですか? 先ほどギルドマスターの部屋から出てきた後に旅支度をしてどこかに行かれたのですが、一体どちらに……」

 旅支度、だって?
 病み上がりで、安静にしていないといけないタマユラが?

「それにしても、目覚しい活躍ですね! 後日、ギルドマスターからヒスイ様にS級昇格の打診が……」

 どこにいるんだ、タマユラ。
 何も言わずに、黙っていなくならないでくれ。
 ギルドマスターに何を話したんだ。

 ギルドマスター、に――。

「――困ります! ヒスイ様! ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ!」

「ここがギルドマスターの部屋か。すみません! お邪魔しますよ!」

 重たく分厚い壁を開けると、荘厳な飾り物と幾千の書類のギャップが激しい煌びやかな部屋の中心に、眼鏡をかけた白髪の老人が座っていた。

「やぁやぁ。キミが噂のヒスイくんだね。くると思ってたよ、ようこそボクの部屋へ」



 高そうな飾り物と書類の山のギャップもさることながら、ギルドマスターの見た目と口調のギャップもピカイチだ。

「くると思ってた、ですか」

「最近タマユラちゃんと仲良しみたいじゃない。彼女も君の話をよくしてくれるよ」

「タマユラはどこにいるんですか?」

「……そうだなぁ。ぶっちゃけ、ボクも知らないんだよね」

 そんなはずはない。
 タマユラがこの部屋に出入りしてたという事実は聞いたし、彼女が姿を消す前、最後に話をしたのがギルドマスターなのだ。

「いやね、彼女は自分の弱さを嘆いていたよ」

「彼女は弱くなんか……」

「ない。ボクもそう思うよ。S級ってのは、冒険者の中じゃ本物の頂点だ。彼女も自分の強さに疑問を持ったことは無かったはずだよ。君に会うまでは」

 俺に、会うまでは。
 俺は知らず知らずのうちに、彼女の自信を奪い、価値観を破壊してしまったのか。
 プライドも、信念も、なにもかも。

「そんなわけないでしょ。それはキミの自意識過剰。――まぁ、強さの価値観って意味ならそうなのかもね」

「俺は、どうすれば」

「今はそっとしてやってくれないかな。彼女、強くなりたいんだよ。だから『剣聖』としての立場を副兵団長に預け、行先も告げずに旅に出たんだ。――いつかキミと肩を並べて戦うために」

 俺は、彼女との関わり方を間違えたのだろうか。
 深入りせず、馴れ馴れしくせず、あくまで『剣聖』と『冒険者』として一時的なタッグを組むだけ。
 そういう付き合い方をするべきだったのだろうか。

 俺の身勝手で、彼女を傷つけたのだろうか。
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