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第一章 『黄金色の少女』

7.『毒霧の中で』

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「すみません。湿っぽい話になってしまいましたね」

「そんなことはないよ、なんかこう……楽になった。ありがとう」

「どういたしまして、ヒスイ様」

 俺は心のどこかで、後ろめたさを感じていたんだと思う。
 なんの努力もなく、こんな簡単に強くなってしまっていいのかと。

 そもそも、元々追放されて然るべきな実力しか無かったのではないかと。

 だけど、誰かに認めてもらうことでこんなに心が楽になるとは。元々あったはずの自信も多少取り戻したし、完全にタマユラに救ってもらってしまった。

「さすがに追放はやりすぎだよな……」

「追放……? まさか、ヒスイ様は前のパーティに追放されたのですか!?」

「声でけぇ! そうだよ! 恥ずかしいからあんまり大きな声で言わないでくれる!?」

 幸い、この荒野に噂話や他人のゴシップが大好きな情報屋はいないので、若干の恥で済んだ。

「まさか、E級パーティでもそんなことがあるのですね……正当な理由がなくメンバーをパーティから追放するのは、冒険者規則違反となるのですが」

「まぁ、自分から辞めたことになってるから……」

「ヒスイ様を追放するとは、全く見る目のないお方のようですね……あぁ、だからヒスイ様が馴染めなかったのですね」

「馴染めなかったっていうと、なんか俺が友達付き合い下手な奴みたいな……」

「冒険者規則に違反するような方々は、ひたむきに真っ直ぐなヒスイ様には合いません。ヒスイ様にとっても、道を違えたのは幸運だったと思いますよ。ヒスイ様を必要としている人々は、そこ以外にたくさんいますから」

 あらやだ、アフターフォローまで完璧だわ。これが『剣聖』の話術ね……!

 それにしても、ずっと気になっていることがある。
 これからタマユラと人間関係を築く上で、とても大事なことだ。

 ちょっと突っ込んでみよう。

「あのさ、様付けはちょっと……」

「そうですか? 私の恩人ですから、丁重にと思いまして……ならば、ヒスイ殿、と」

「本質が変わってないな……呼び捨てでいいよ! 歳も地位もタマユラの方が上なんだし……」

「地位など私は気にしませんが……わかりました、では。――ヒ、ヒスイ」

 おっ、おお……なんかグッとくるな。
 顔を赤らめた年上の金髪美女に呼び捨てで呼ばれたのは人生でも初めてのことだ。
 そればかりではなく、その相手があの『剣聖』タマユラであるということが、どれほど貴重な体験か噛み締めねばなるまい。

「なんだかこれ、恥ずかしいですよ。私としては敬称をつけさせて頂いた方が……」

「いいのいいの。そっちの方がこう……距離を感じないというか、なんか嬉しい」

「そ、そうですか。では、今後はこちらで呼ばせて頂きます」

 なんて話をしていると、目的地付近に到着したのであった。



「最後の目撃情報があったのはこの辺りのようです。体長10メートル近くある蛇型モンスターですが、30センチメートルほどの背丈の草があれば、上手く隠れてしまいます。くれぐれもお気をつけて」

 馬車から降り、徒歩で移動を始めて十分ほど。
 徐々に草木が目立つようになり、もはやいつどこに潜んでいるかも分からない。

 細心の注意をはらいながら、じわじわと前に歩んでいく。

「――【魔力感知】」

 タマユラが、敵の居場所を探るためにスキルを行使する。
 聞けば、トライデントスネークは気配を殺すことが恐ろしく上手いそうだ。【気配感知】や【殺気感知】では、見つからないうちに尾を踏んでしまう可能性がある。

 ゆえに、生命が生きているだけで常に漏れ出ている微量の魔力を感知するしかない。
 まぁ、どのスキルも使えない俺からしたら関係の無い話だ。

「――近いですね」

 その潜めた声を合図に、一気に緊張感が張り詰める。
 獲物を見つけたトライデントスネークは、視界の外から毒霧を噴射してくるという。

 いくらレベルが高くても、毒を食らってしまったらおしまい。全身に麻痺毒が回って、早々にリタイアだ。

 それで俺が死ぬことは無いかもしれないが、タマユラひとりで戦闘をさせることになってしまう。そうなってしまえば、いかにS級といえど確実に勝てるとは言えない。

 だから俺は、決して毒霧を喰らわないように――、

「――来ます!」

 タマユラが叫ぶと同時に、草むらから巨大な蛇が飛び出してくる。その尾は三叉に分かれていた。間違いない、トライデントスネークだ。

「毒霧が来ます!」

 ――シャァアアアア!!

 トライデントスネークが大きく口を開けると、そこから紫色の霧が吹き出してくる。

 瞬く間に一帯に広がり、俺たちは退くことしかできない。

「毒霧が晴れるまで二十秒……近寄らないように気をつけてください!」

「そんなに待つ必要は、ない!」

 俺はタマユラから貸してもらった剣を抜き、空を切るように振るった。
 途端、大気を裂くような衝撃波が走り、あっという間に紫色は掻き消えることとなった。

「さすがです! これなら!」

 それを確認したタマユラが、数秒と待たずに大地を蹴り飛ばす。まるで風と競い合うような速さで、瞬く間にトライデントスネークに切りかかろうとする――、

「――危ない!」

 が、タマユラよりもほんの少しだけ早く異変に気付いた俺が、余すことのない力で駆ける。
 狙いはトライデントスネーク――ではなく、タマユラだ。

 正しく迅速で駆けたタマユラに追いつく勢いを、そのまま彼女を突き飛ばす力に変える。
 トライデントスネークに届こうかという彼女の刃は勢いを失い、彼女の体のみが吹っ飛んだ。

「――なにを」

 ――シャァァアアア!!

 目を丸くしているタマユラだが、それどころではない。
 今まさにタマユラがいた場所に辿り着いた俺は――紫色の悪意に包み込まれているところだった。

 クソ、油断した。
 依頼内容は、『トライデントスネーク一体の討伐』。
 だからって、この場所に一体だけしか出現しない道理はなかったんだ。

 またも俺に少し遅れて、タマユラがその異変に気付く――いや、その異変を目の当たりにする。

「――二体目!? まさか、トライデントスネークが群れをなすなんて聞いたことが……」

 気配を殺すことが恐ろしく上手いコイツのことだ。
 タマユラの【魔力感知】に上手く引っかからなかったのも仕方がないことだと言える。それに、タマユラには「トライデントスネークは群れをなさない」という事前知識があったらしい。

 全ての可能性を想定していなかった、俺のミスだ。
 レベルにあぐらをかいていないで、もっと頭を働かせるべきだった――いや、それよりも心配なのはタマユラのことだ。

 一体ですらひとりで相手にするのは不安が残るモンスター。それをひとりで二体など、到底討伐できはしないだろう。頼む、逃げろ。逃げてくれ。

「――【黎光一閃れいこういっせん】!! ヒスイ! 今助けます!」

 眩い光とともに、トライデントスネークのうち一体から鮮血が吹き出す。が、まだだ。致命傷とまではいかない。

 ならば追撃をするかその場から立ち去れば良いものを、わざわざ俺の方に駆け寄ってくる。

 ――そうだ、こういう人なのだ、タマユラは。
 自分が助かるために逃げるなど、微塵も考えもしないのだ。

 だったらなおさら、俺がこうならないようにするべきだった――ていうか、この毒っていつ効いてくるの?

「待てタマユラ! 闇雲に突っ込んでも勝てない!」

「――しかし! ……あれ。ヒスイ、動けるのですか?」

「え? うん。なんか知らないけど」

 遅効性の毒なのか? でも聞いてた話と違うなぁ。
 食らった瞬間、例えS級冒険者でも半日は一歩も動けなくなるって聞いたけど。

「咄嗟に息止めてたのかな? 俺」

「皮膚からも侵入してくるので……」

「えぇ……」

 ――シャァァ……。

 トライデントスネークと目が合う。
 心なしか、目を丸くしているように見えた。

「……まぁいいや、らぁぁああ!!!」

 よく分からないけど、効かないなら結果オーライだ。
 俺は今度こそ、その息の根を止めるために大きく地面を蹴った。

 そしてその一秒後には、ふたつの頭が地面に転がっていたのだった。
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