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第一章 『黄金色の少女』

4.『ただ、剣を振るだけ』

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「――らぁぁぁぁああああ!!!!」

 大地を劈くような勢いで蹴り、一気に空中に飛び上がる。
 全長十五メートルはあるはずだが、あっという間に目線が同じ高さになる。

「――く、らぇぇぇええええ!!!」

 俺は戦闘系スキルを使えない。
 だから、いつも通り。
 ただ、剣を振るだけ。

 より速く、より美しく。
 いつも側にいてくれた、この剣で。

「――ら、ぁあああ!!!」

 刀身が喉元を捉える。
 スピード、よし。
 ブレ、なし。

 全身全霊の完璧な斬撃が、バーミリオン・ドラゴンを確実に逃がさない。
 その剣速は、今までに何百、何千と振ったどの一太刀よりも速く辿り着く。

 いける! これなら、勝てるッ――!

「――――ぇ」

 間違いなくバーミリオン・ドラゴンの命を奪うはずだった斬撃は、予想もしていないタイミングで途切れる。

 ぽきっ。

「な、折れッ――」

 かわいらしくも絶望的な音を立てて、その剣は役目を終えた。
 考えてみれば当然の結果だ。今やレベル200を超える規格外の剣戟に、使い古しのボロっちい剣が耐えられるはずなかったのだ。

 想定外――いや、浅慮だったか。
 絶対な自信を持って振るった剣が、思わぬイレギュラーで届かなかった。

 焦り。焦り。焦り。焦り。
 今俺がやらなきゃ、決めなきゃ、倒さなきゃ、ダメだ、ダメだ。――もう、ダメか。

 いくらレベルが高くても、丸腰じゃどうにもならない。
 死んでしまう。俺も、この子も――

「――――これを! 使ってください!」

 俺の意識を引き戻したのは、諦めることなど一切知らないような真っ直ぐな声だった。
 その声の主は、夕焼けのように美しい黄金色の自らの剣を、俺を信じて託してくれたのだ。

「――――ッ! ありがとう!」

 空中に放り投げられたその美しい剣を受け止め、俺は最後の一撃を放つ。

 今度こそ、逃がさない。

「――――らぁぁぁぁああああああ!!!」

 その瞬間、視界は黄金に包まれた。
 やがて焼き焦げた平原と、月明かりのみが照らす静かな夜――そして、守りたかった者たちの安堵した表情だけが残った。

 ――俺はバーミリオン・ドラゴンを、討伐したのだ。

「は、はぁー……疲れたぁー。マジでもうダメかと思った……」

「驚いた。貴方は、本当にお強いのですね。まさか本当に【バーミリオン・ベビー】を討伐してしまうとは……」

 そうだ、俺は強くなったのだ。
 幻想でも幻術でもなく、守りたいものを守れる強さを、手に入れたのだ。それが何よりも嬉しかった。

 しかし、最後に勝利を手にできたのは、俺のことを信じて大切な剣を託してくれた少女がいたからで――、

「――は? ベビー!? バーミリオン・ドラゴンじゃないの!?」

「バーミリオン・ドラゴンがこんな街道にいるはずがありません。まぁ、ベビーでも異例中の異例でしたけど……あれはA+級モンスター【バーミリオン・ベビー】ですよ。見た目や生態がバーミリオン・ドラゴンに似てますが、別種だそうです」

 そりゃそうか。伝説上の生き物がホイホイ出てくるわけもないよな。
 ちょっとガッカリだけど……。

「ちなみに、本物のバーミリオン・ドラゴンって何メートルくらいあるのかな?」

「そうですね……文献によると、30メートルとも50メートルとも言われた巨体だとか。ブレスひと吹きで街が消し飛んだらしいです」

「ヤバすぎる……」

 そんなの人間がどうにか出来る存在だと思えないんだけど。S級パーティって凄いのな……。

 それにしても、

「無事でよかったよ、君も俺も」

「全くです――助けて頂き、本当にありがとうございました。このご恩は必ずお返しいたします。よろしければ……お名前を、教えて頂けませんか?」

 黄金色の少女は佇まいを直し、俺を真っ直ぐ見つめてそう言った。
 しかし……よく見ると、非常に整った顔立ちをしている。
 危ない、さっきの戦闘中に直視していたら、脈拍が上昇して戦闘に支障が出てたかもしれん。

「ああ、言ってなかったっけ。俺はヒスイ。歳は20歳で、E級冒険者やってます」

「E級!? そんなはずは……! 見たところ装備はかなり簡素ですが……この筋肉の付き方は、少なくとも数年単位で冒険者をやられている方ですよね?」

「ま、まぁそうなんだけど、色々あって……そ、そういえば、君の剣、すごく綺麗だよね。切れ味も抜群だし、耐久性もバッチリ。いい剣だね」

 俺の全力の剣撃でも壊れなかったし。
 ていうか壊れてたら弁償ものだったのか?
 さすがにあの状況だったし、文句は言わないでくれただろうか……少し磨り減ってたりしたらどうしよう。

「まぁ、聖剣ですからね」

 あ、なんだ聖剣か。
 聖剣ならそう簡単には壊れないな、安心安心――。

「聖剣!?」

「あ、はい」

「聖剣って、世界に一本しかないあの聖剣!?」

「その『聖剣エクスカリバー』です」

 なんか俺、知らない間に国宝級の剣を握ってたっぽいぞ!?
 あれ……? 聖剣を所持しているのって、たしか――、

「あ、あの……お名前は……?」

「あぁ、これは失礼しました! 私、『剣聖』タマユラと申します。私も冒険者をやっておりまして、ランクは『S級』です」

「剣聖!? タマユラ!? S級!?」

「22歳です」

「年上!?」

 やっぱり有名人じゃないか!
 素性に謎が多いS級冒険者の中でも、常に弱き者の味方であり、持ち前の類稀なる剣才を活かして民を守る姿はまさに高潔無比! その生き様はまさに『剣聖』そのもの!
 と人気の高い英雄的存在だ。
 決して俺がそう言い出したわけではない。タルクがそんなこと言ってたんだよ。

「あはは……照れます」

「実際にお目にかかるのは初めてだから気付かなかったよ、タマユラさん……タマユラ殿?」

「呼び捨てで結構ですよ。それにそんなS級冒険者をたったひとりで救ったのは、他ならぬ貴方なんですから」

「タマユラ……みたいなS級冒険者でも、A+級モンスターのソロ討伐は厳しいの?」

「それはそうですよ。モンスターというのは基本的にパーティで討伐するものですから。……今回はセドニーシティ行きの馬車の護衛で付いていたんです」

 聞けば、本来護衛の仕事はA級やB級冒険者の仕事だが、どうしても都合の合う冒険者が見つからないと泣きつかれたそうな。
 タマユラは人がいいもんだから、丁度手が空いてましたと引き受けたらしい。

 今回の馬車は護衛がいないのかなぁ、と思ってたけど。
 なるほど、S級冒険者が付いていたのなら、護衛がひとりしかいないのも納得だ。

「でも結果的にはタマユラでよかったね。A級やB級の冒険者じゃ、誰も生き残れなかっただろうし」

 今回の一件では、犠牲者も多い。
 だが、タマユラがバーミリオン・ベビーを前方で食い止めておいてくれたおかげで、異変を察知した後方の馬車は全て停止。
 結果的には前方の馬車に乗っていた二十名ほどが命を落としてしまったが、タマユラでなければ被害は倍じゃ済まなかっただろう。

「どうでしょうか。ヒスイ様に助けて頂かなければ、私もろとも全滅してたと思います。本当に、感謝してもしきれません。――この街道で、あのような強大なモンスターが出現することは今までになかったのですが」

 俺も、底辺として三年ほど冒険者をやっているが、あのようなモンスターは見たことがない。
 なにか異変が起こっているのだろうか。

「あの……こちらの馬車に乗っていらしたということは、セドニーシティに御用がおありなんですよね? もしよろしければ、ご一緒してもよろしいでしょうか」

「同じ馬車に乗るってこと? 全然いいよ。タマユラは、セドニーシティに戻ったら何をするの?」

「まずは冒険者ギルドにこの一件を報告しようと思ってます。別の個体が現れる可能性を考慮すると、一刻を争うかと」

「俺も冒険者ギルドに用があるし、そこまで一緒に行こうか」

「はい、よろしくお願いします」

 ということで、タマユラの同行が決定したのだった。
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