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1.『――この世界には、二種類の人間がいる』

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「――君との婚約を破棄したい」

 美しい海が見渡せるレストランで、小洒落た料理を口に運んでいると、そんな衝撃的な言葉が耳に飛び込んでくる。

「真実の愛を見つけたんだ。そして、それは君じゃない」

「そ、そんな――」

 自分の言葉の重さを理解してか、気まずそうに俯く男。
 彼は目の前で呆然と固まってしまっている女性に一瞥をくれると、空気の重苦しさに耐えられなくなったのか、そのまま席を立ってどこかに行ってしまった。

 その光景を横目に見る私は、こう思うのだ。

 ――あぁ、またいつものやつか、と。



 ディアナ、20歳、女。
 私という人間を端的かつ客観的に説明するとこうなる。

 極めて平凡な人生を歩んできたかと問われれば、決してそんなことはなかったと言えるだろう。
 むしろ私は他人より苦労してきた方だし、一筋縄ではいかない逆境を幾度も乗り越えてきた自負がある。

 しかし、その人生の中で『自分』という人間にどんな価値をつけられるかと聞かれれば、ちょっとばかり答えに詰まってしまう。

 だって私は――、

「……手紙?」

 と、あくびをしながら郵便受けを開けると、一通の便箋が目に入った。
 差出人は、エルマ――エルマ・マリアーノ。

「結婚、したんだ。エルマ、懐かしいなぁ」

 エルマ。古い友人だ。

 おっとりしていて、まるで陽だまりに咲く花のような柔らかい笑顔が特徴的。
 私とは正反対のタイプではあるものの――いや、むしろそのおかげと言うべきか、友達としての相性は良かった。

 16歳の時に別々の道を歩き始めてからは、会うことはおろか手紙を送り合うようなこともなかったが……ま、そんなもんである。

 そんな彼女も、様々な事情やしがらみがある中で、ついに幸せを掴み取ったのだ。めでたい話だね。

 私は便箋を開けることなく机の適当なところに投げると、そのままふかふかのソファに飛び込んだ。

「はぁ、おめでとうおめでとう。エルマはそっち側の人間だったんだねー」

 なんて、嫌味っぽく聞こえるだろうか。
 いや、いいのだ。嫌味っぽく言ったのだから。

 ――この世界には、二種類の人間がいる。
 演者と、裏方――いや、少し違うか。

 主役と、舞台装置。
 全ての人間は、どちらかの役割を持っている。
 そして私がどっちなのかは……言うまでもない。

 もちろん、この広い世界の中で主役はたったひとり――というわけではない。
 あちらこちらに無数の主役がいて、その人を持ち上げたり、都合よく展開を動かすために、私のような人間がいるのだ。

 頭のおかしい女の妄想と切って捨てられてもおかしくない主張だが、私は本気でそう思っている。

「……はぁ。ご飯食べよ」

 いい感じに眠気も覚めてきたところで、私は火を起こし、水を張った鍋に野菜やら肉やらをぶち込んだ。
 必要な栄養を最も効率的に摂取できるズボラ飯である。

 こんなやる気も覇気もない私ではあるが、こうしてそれなりにいい生活をしていることには理由がある。
 そもそも結婚もしてない女が家を持ち、働きもせずに怠惰な毎日を送るなんて、よっぽどの理由がないとそりゃ不可能なのだが。

「……はぁ。溜息出すぎて溜息出る」

 あ、そうそう。
 私という人間を端的かつ客観的に説明した情報にひとつだけ付け加えると。

 ――元ベッカー侯爵家の長女である、というのもあった。

 なんのことはない。身の丈に合わない恋をして、見事に玉砕。そこで私がやらかしたなんやかんやが原因で家から勘当され、父の慈悲で郊外の一軒家とそこそこの大金を貰った。

 それからまぁ、別件の更なるなんやかんやで、えらーい人からの褒美を貰ったりして、一生食うに困らない程度の貯蓄を得た。それだけだ。

「ん、煮えたかな」

 そんな私を見て、こんなことを言う人がいる。
 今自由に生きられてるんだし、いいじゃん。
 好きなことだけして生きていけるなんて、羨ましい。

 そう思う気持ちはわかる。一般的に見れば私は充分成功者だし、そもそも生まれから運が良かった。
 だから私は、現状に不満を言えるような人間ではない。

「どわちっち! あっつ! 舌やけどしちゃったよ……」

 それに、結局世の中は金なのだ。
 金で幸せを買えるかはわからないが、少なくとも幸せで金は満たせない。
 金がないと生きていくことさえできない。

 一生金に悩まされることがないというだけで、心の余裕にはなり得る。はずだ。
 ――だけど。

「……こんな無駄に広いだけの家より、あなたが欲しかった」
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