1 / 16
1.『――この世界には、二種類の人間がいる』
しおりを挟む
「――君との婚約を破棄したい」
美しい海が見渡せるレストランで、小洒落た料理を口に運んでいると、そんな衝撃的な言葉が耳に飛び込んでくる。
「真実の愛を見つけたんだ。そして、それは君じゃない」
「そ、そんな――」
自分の言葉の重さを理解してか、気まずそうに俯く男。
彼は目の前で呆然と固まってしまっている女性に一瞥をくれると、空気の重苦しさに耐えられなくなったのか、そのまま席を立ってどこかに行ってしまった。
その光景を横目に見る私は、こう思うのだ。
――あぁ、またいつものやつか、と。
■
ディアナ、20歳、女。
私という人間を端的かつ客観的に説明するとこうなる。
極めて平凡な人生を歩んできたかと問われれば、決してそんなことはなかったと言えるだろう。
むしろ私は他人より苦労してきた方だし、一筋縄ではいかない逆境を幾度も乗り越えてきた自負がある。
しかし、その人生の中で『自分』という人間にどんな価値をつけられるかと聞かれれば、ちょっとばかり答えに詰まってしまう。
だって私は――、
「……手紙?」
と、あくびをしながら郵便受けを開けると、一通の便箋が目に入った。
差出人は、エルマ――エルマ・マリアーノ。
「結婚、したんだ。エルマ、懐かしいなぁ」
エルマ。古い友人だ。
おっとりしていて、まるで陽だまりに咲く花のような柔らかい笑顔が特徴的。
私とは正反対のタイプではあるものの――いや、むしろそのおかげと言うべきか、友達としての相性は良かった。
16歳の時に別々の道を歩き始めてからは、会うことはおろか手紙を送り合うようなこともなかったが……ま、そんなもんである。
そんな彼女も、様々な事情やしがらみがある中で、ついに幸せを掴み取ったのだ。めでたい話だね。
私は便箋を開けることなく机の適当なところに投げると、そのままふかふかのソファに飛び込んだ。
「はぁ、おめでとうおめでとう。エルマはそっち側の人間だったんだねー」
なんて、嫌味っぽく聞こえるだろうか。
いや、いいのだ。嫌味っぽく言ったのだから。
――この世界には、二種類の人間がいる。
演者と、裏方――いや、少し違うか。
主役と、舞台装置。
全ての人間は、どちらかの役割を持っている。
そして私がどっちなのかは……言うまでもない。
もちろん、この広い世界の中で主役はたったひとり――というわけではない。
あちらこちらに無数の主役がいて、その人を持ち上げたり、都合よく展開を動かすために、私のような人間がいるのだ。
頭のおかしい女の妄想と切って捨てられてもおかしくない主張だが、私は本気でそう思っている。
「……はぁ。ご飯食べよ」
いい感じに眠気も覚めてきたところで、私は火を起こし、水を張った鍋に野菜やら肉やらをぶち込んだ。
必要な栄養を最も効率的に摂取できるズボラ飯である。
こんなやる気も覇気もない私ではあるが、こうしてそれなりにいい生活をしていることには理由がある。
そもそも結婚もしてない女が家を持ち、働きもせずに怠惰な毎日を送るなんて、よっぽどの理由がないとそりゃ不可能なのだが。
「……はぁ。溜息出すぎて溜息出る」
あ、そうそう。
私という人間を端的かつ客観的に説明した情報にひとつだけ付け加えると。
――元ベッカー侯爵家の長女である、というのもあった。
なんのことはない。身の丈に合わない恋をして、見事に玉砕。そこで私がやらかしたなんやかんやが原因で家から勘当され、父の慈悲で郊外の一軒家とそこそこの大金を貰った。
それからまぁ、別件の更なるなんやかんやで、えらーい人からの褒美を貰ったりして、一生食うに困らない程度の貯蓄を得た。それだけだ。
「ん、煮えたかな」
そんな私を見て、こんなことを言う人がいる。
今自由に生きられてるんだし、いいじゃん。
好きなことだけして生きていけるなんて、羨ましい。
そう思う気持ちはわかる。一般的に見れば私は充分成功者だし、そもそも生まれから運が良かった。
だから私は、現状に不満を言えるような人間ではない。
「どわちっち! あっつ! 舌やけどしちゃったよ……」
それに、結局世の中は金なのだ。
金で幸せを買えるかはわからないが、少なくとも幸せで金は満たせない。
金がないと生きていくことさえできない。
一生金に悩まされることがないというだけで、心の余裕にはなり得る。はずだ。
――だけど。
「……こんな無駄に広いだけの家より、あなたが欲しかった」
美しい海が見渡せるレストランで、小洒落た料理を口に運んでいると、そんな衝撃的な言葉が耳に飛び込んでくる。
「真実の愛を見つけたんだ。そして、それは君じゃない」
「そ、そんな――」
自分の言葉の重さを理解してか、気まずそうに俯く男。
彼は目の前で呆然と固まってしまっている女性に一瞥をくれると、空気の重苦しさに耐えられなくなったのか、そのまま席を立ってどこかに行ってしまった。
その光景を横目に見る私は、こう思うのだ。
――あぁ、またいつものやつか、と。
■
ディアナ、20歳、女。
私という人間を端的かつ客観的に説明するとこうなる。
極めて平凡な人生を歩んできたかと問われれば、決してそんなことはなかったと言えるだろう。
むしろ私は他人より苦労してきた方だし、一筋縄ではいかない逆境を幾度も乗り越えてきた自負がある。
しかし、その人生の中で『自分』という人間にどんな価値をつけられるかと聞かれれば、ちょっとばかり答えに詰まってしまう。
だって私は――、
「……手紙?」
と、あくびをしながら郵便受けを開けると、一通の便箋が目に入った。
差出人は、エルマ――エルマ・マリアーノ。
「結婚、したんだ。エルマ、懐かしいなぁ」
エルマ。古い友人だ。
おっとりしていて、まるで陽だまりに咲く花のような柔らかい笑顔が特徴的。
私とは正反対のタイプではあるものの――いや、むしろそのおかげと言うべきか、友達としての相性は良かった。
16歳の時に別々の道を歩き始めてからは、会うことはおろか手紙を送り合うようなこともなかったが……ま、そんなもんである。
そんな彼女も、様々な事情やしがらみがある中で、ついに幸せを掴み取ったのだ。めでたい話だね。
私は便箋を開けることなく机の適当なところに投げると、そのままふかふかのソファに飛び込んだ。
「はぁ、おめでとうおめでとう。エルマはそっち側の人間だったんだねー」
なんて、嫌味っぽく聞こえるだろうか。
いや、いいのだ。嫌味っぽく言ったのだから。
――この世界には、二種類の人間がいる。
演者と、裏方――いや、少し違うか。
主役と、舞台装置。
全ての人間は、どちらかの役割を持っている。
そして私がどっちなのかは……言うまでもない。
もちろん、この広い世界の中で主役はたったひとり――というわけではない。
あちらこちらに無数の主役がいて、その人を持ち上げたり、都合よく展開を動かすために、私のような人間がいるのだ。
頭のおかしい女の妄想と切って捨てられてもおかしくない主張だが、私は本気でそう思っている。
「……はぁ。ご飯食べよ」
いい感じに眠気も覚めてきたところで、私は火を起こし、水を張った鍋に野菜やら肉やらをぶち込んだ。
必要な栄養を最も効率的に摂取できるズボラ飯である。
こんなやる気も覇気もない私ではあるが、こうしてそれなりにいい生活をしていることには理由がある。
そもそも結婚もしてない女が家を持ち、働きもせずに怠惰な毎日を送るなんて、よっぽどの理由がないとそりゃ不可能なのだが。
「……はぁ。溜息出すぎて溜息出る」
あ、そうそう。
私という人間を端的かつ客観的に説明した情報にひとつだけ付け加えると。
――元ベッカー侯爵家の長女である、というのもあった。
なんのことはない。身の丈に合わない恋をして、見事に玉砕。そこで私がやらかしたなんやかんやが原因で家から勘当され、父の慈悲で郊外の一軒家とそこそこの大金を貰った。
それからまぁ、別件の更なるなんやかんやで、えらーい人からの褒美を貰ったりして、一生食うに困らない程度の貯蓄を得た。それだけだ。
「ん、煮えたかな」
そんな私を見て、こんなことを言う人がいる。
今自由に生きられてるんだし、いいじゃん。
好きなことだけして生きていけるなんて、羨ましい。
そう思う気持ちはわかる。一般的に見れば私は充分成功者だし、そもそも生まれから運が良かった。
だから私は、現状に不満を言えるような人間ではない。
「どわちっち! あっつ! 舌やけどしちゃったよ……」
それに、結局世の中は金なのだ。
金で幸せを買えるかはわからないが、少なくとも幸せで金は満たせない。
金がないと生きていくことさえできない。
一生金に悩まされることがないというだけで、心の余裕にはなり得る。はずだ。
――だけど。
「……こんな無駄に広いだけの家より、あなたが欲しかった」
0
お気に入りに追加
257
あなたにおすすめの小説
妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。
しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。
それを指示したのは、妹であるエライザであった。
姉が幸せになることを憎んだのだ。
容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、
顔が醜いことから蔑まされてきた自分。
やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。
しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。
幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。
もう二度と死なない。
そう、心に決めて。
失敗作の愛し方 〜上司の尻拭いでモテない皇太子の婚約者になりました〜
荒瀬ヤヒロ
恋愛
神だって時には失敗する。
とある世界の皇太子に間違って「絶対に女子にモテない魂」を入れてしまったと言い出した神は弟子の少女に命じた。
「このままでは皇太子がモテないせいで世界が滅びる!皇太子に近づいて「モテない魂」を回収してこい!」
「くたばれクソ上司」
ちょっと口の悪い少女リートは、ろくでなし上司のせいで苦しむ皇太子を救うため、その世界の伯爵令嬢となって近づくが……
「俺は皇太子だぞ?何故、地位や金目当ての女性すら寄ってこないんだ……?」
(うちのろくでなしが本当にごめん)
果たしてリートは有り得ないほどモテない皇太子を救うことができるのか?
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?
望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。
ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。
転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを――
そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。
その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。
――そして、セイフィーラは見てしまった。
目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を――
※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。
※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)
嫌われ王妃の一生 ~ 将来の王を導こうとしたが、王太子優秀すぎません? 〜
悠月 星花
恋愛
嫌われ王妃の一生 ~ 後妻として王妃になりましたが、王太子を亡き者にして処刑になるのはごめんです。将来の王を導こうと決心しましたが、王太子優秀すぎませんか? 〜
嫁いだ先の小国の王妃となった私リリアーナ。
陛下と夫を呼ぶが、私には見向きもせず、「処刑せよ」と無慈悲な王の声。
無視をされ続けた心は、逆らう気力もなく項垂れ、首が飛んでいく。
夢を見ていたのか、自身の部屋で姉に起こされ目を覚ます。
怖い夢をみたと姉に甘えてはいたが、現実には先の小国へ嫁ぐことは決まっており……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる