克死院

三石成

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第一章 現代社会の監獄

一 飛び込み

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 すぐ横を通り抜けた人の気配に、背筋が凍った。


 俺は、行きたくもない職場へと向かうため、電車の最後尾にあたる駅のホームの端に立っていた。朝の通勤時間帯の今、ホームには多くの人が集まっている。ごった返すというほどの人混みではないが、スペースの関係上、人と人との距離が近い。

 この場所に居合わせた人のすべてが、そばにいるお互いの存在を完全に無視している。だが、『彼女』はその瞬間だけ、周囲の視線を一身に集めた。彼女は、学生鞄を肩から下げた、どこにでもいる制服姿の女子高生だ。ホームの端から身を投げていなければ、誰も彼女を注視することなどなかっただろう。

 特急電車がホームに差し掛かり、車両が線路の上を通過する音が脳内を圧迫する。その雑音を押し退けるように、高いホーンが鳴り響く。洪水のように寄せる音の中には、誰かがあげたヒステリックな悲鳴も混ざっていた。耳障りな急ブレーキ音が、すべての音を切り裂く。

 この駅で停車する予定のなかった電車は、通常の停止位置からは大幅にずれたところで停まった。車両の半分以上が駅からはみ出している。

 一瞬の奇妙な静寂のあと、再度周囲の人々がざわつきはじめる。叫び足りなかったらしい悲鳴が上がる横で「救急車を呼べ」「いや警察だ」とか「駅員がくるぞ」だとかの会話を、非常事態でも冷静な判断ができるタイプの人種がしている。

 俺は騒動の最前線で、身動きが取れずにいた。

 周囲のすべての音が、薄い膜を隔てた外側から聞こえてくるように感じていた。自分の鼓動と耳鳴りの音だけがいやにうるさくて、荒い呼吸を止めることができない。平衡感覚がとれずに意識が朦朧とする。

 電車は、俺の目の前からは通過している。つまり、いま俺と線路の間に、遮るものはなにも存在していなかった。線路を少しでも覗き込めば、自分の真横を通ってそこに落ちたはずの女子高生が見えてしまう。ちょっと視線を動かしたり、体を引いたりした瞬間に、見たくないものが見えてしまったら、どうしよう。体を硬直させるほどの恐怖の理由は、そんな情けない理由だった。

「いたい」

 ふと、膜の外側から聞こえてくる音の中に、不思議な響きの声が混じっていることに気がついた。声は小さいのに、奇妙に耳に届く。すべてのざわつきの声は背後から聞こえているのに、その声だけが、俺の前方から発されているのだ。

「いたい」

 声は途切れることなく、一定間隔で無感情に同じことを呟く。

 俺の前には線路しかない。当然、線路の上に他の人などいるわけもなく、声の主は、いましがた電車に轢かれた女子高生しか考えられない。声を出せるということは、奇跡的に電車の車輪と車輪の間に落ちて、彼女は大事故を免れたのではないか。甘い考えが瞬間的に頭をよぎり、俺は深く考えることなく視線を向けた。

 線路の上には、はじめて目にする大きさの血溜まりがあった。絵の具のような赤の鮮烈さが、網膜に焼きつく。その血溜まりの中に広がるのは、ブヨブヨとうねった長い形状のピンク色の物体。線路の上に散らばる女子高生は、上半身と下半身が、腹部で完全に切断されていた。

 耳鳴りの音がひどくなる。意識が遠のき、俺の体が前後に揺れたとき、背後から肩を掴まれた。

「おい、きみ、線路に落ちるなよ。大丈夫か」

 力強い腕に引き寄せられるままに振り向くと、中年のサラリーマンが顰めっ面をしていた。彼は俺の顔を見るなり、そのまま腕を掴んで歩き始める。

「ひどい顔色だぞ。あんなもん、ジロジロ見るようなものじゃない。あとで警察に色々と話は聞かれるだろうが、それまでこっちで休んでなさい」

 俺はもちろん、抵抗などしなかった。歩きはじめたばかりの幼児のように、サラリーマンに手を引かれるまま、ホームの中ほどに設置されているベンチの方へと歩き出す。

 と、線路の方から、またか細い声がした。

「……どうして」

 誰に問うわけでもなく、自然と漏れたような声。心情を汲み取るにはあまりにも短いセリフではあるが、彼女がどういう意図でその言葉を発したのか、俺には痛いほど理解できた。なぜなら、俺もまったく同じ言葉が脳内を駆け巡っていたからだ。

 ——彼女はどうして、あの状況で生きているのだろうか。


「名前は今泉陸玖いまいずみりく。二四歳です。ポラリア株式会社という広告制作会社で、ディレクターをしています。家からの最寄り駅がここなんです。今日もこれから出勤の予定で、いつもどおり電車を待っていました。落ちた彼女とは、なんの面識もありません」

 駅員室で、俺は駆けつけた警察官から事情を聞かれていた。たまたま居合わせてしまっただけではあるが、自殺が起きた際にもっとも近い場所にいたのだから当然の流れだ。俺の顔色が最悪だったため体調が落ち着くまで後回しにされたが、あのとき周囲にいた他の者たちも、それぞれに別の警察官から事情聴取を受けたようだ。俺の担当になった若い警察官は、はじめに名刺を俺に渡してから平良たいらと名乗った。

 なんとなく落ち着かなくて、渡された名刺を手の中でいじり、そこに書かれている電話番号を黙読する。〇七〇-五七七三-〇〇一二という文字列的に、これは平良さんの所持する携帯直通の番号のようだ。

 視線を上げると、壁にかかっている時計を見る。針はちょうど一〇時を示している。会社の始業時間は九時からだ。先ほど、直属の上司に『人身事故に巻き込まれた』というメッセージだけは送った。ただ、現時点でも遅刻である。

「飛び降りた女の子の様子に、事故が起きる前からおかしなところなどを感じていませんでしたか?」

 平良さんからの質問に、俺は首を振った。

「ぼんやりしていて、周囲の様子は全然見ていませんでした。接近に気づいたのも、彼女がすぐ横を通り過ぎた瞬間がはじめてだったくらいで。まさかこんなことになるとは、思っていなくて」

「朝はどうしてもそうですよね、わかります」

  容疑者というわけではないので、俺に対する平良さんの態度は柔らかいものだ。曖昧な供述にも理解を示してくれる。

「彼女がホームから転落した時の様子を思い出せますか?」

「来た電車に乗り込むときみたいに、躊躇う様子もなく真っ直ぐに歩いて行って、当然のように落ちたって感じでした。何か声を出していたり、変な行動をしているとかもなかったと思います」

 俺は話しながら、彼女が横切ったときに頬に感じた僅かな風の感触を思い出していた。ふんわりと漂った花のような甘い匂いは、彼女が使っているシャンプーの香りだったのだろうか。そんな体臭すらも感じるほど近くにいた人間が、直後にあんなことになるなんて、いまだに信じられていない。思考の果てに、脳裏に焼き付いた線路上の光景を思い出しそうになる。挙動不審になるのも厭わず、俺は強く頭を振った。

「誰かに押されたり、足を引っ掛けられたり、そういったことはありませんでしたか? 周囲で、なにか気になった行動をしていた人などは?」

「いえ。俺の横を通って、彼女が自分から落ちていきました。彼女が落ちたときに一番近くにいたのは俺なんで、そういうことを考えると、一番怪しくなるのは俺なんですけど。俺とは体のどこも接触はありませんでした。その。俺のこと、疑ってらっしゃいます?」

「いえいえ、ただお聞きしているだけですよ。周囲で見られていた他の方も、皆さん同様の証言ですしね」

 比較的俺と歳が近いだろうと思われる平良さんは、俺を安心させるように朗らかな笑みを浮かべる。だが彼の視線は、俺の顔をじっと見つめたままだ。まるで、心の奥底までもを見定めるような眼差しだと思った。

「彼女と面識はなかったとおっしゃっていましたが、こちらが最寄駅なら、毎朝姿は見かけていたのではありませんか? いつもこの駅を同じ時間帯で利用していらっしゃる他の方の多くは、そう供述されていたのですが」

「あー、それが……」

 思わず言い淀んだ。この事故に関して、なにか疚しいことがあるわけではない。ただ自分の状況を人に話すのが恥ずかしくて、ためらわれただけだ。しかし、何かを秘匿すれば、途端に怪しくなることはわかっている。俺は、乾いた唇を舐めてから再度口を開く。

「実は俺、仕事が忙しくて、会社に泊まり込む日が多いんです。昨日も、何日ぶりかわからないけど久しぶりに家に帰ったってありさまでして。もし彼女が毎朝この駅を利用していても、俺は毎朝姿を見かけていたとかもなくて、特にお話しできる情報もないんですよ」

「なるほど、それは大変ですね」

 俺の恥ずかしい事情をすべて話すと、ようやく本当の意味で平良さんの視線が和らいだ。向けられるものは、むしろ同情めいたものになっている。

 俺が新卒で入社し、いまも勤めている会社は紛うことなきブラック企業だ。そのことは、目の下のクマを常態化させて働いている俺自身が一番よくわかっている。辞めれば良いという考えはいつも頭の隅にあるが、実行に移すことはできないでいた。辞めた後の収入を考えてしまうのと、自分が辞めた後に苦労する人がいることを意識してしまうからだ。これは、俺の八方美人で押しに弱い性格が招いている事態である。

 だが、改めて振り返ってみると、俺は数年前から不幸を引き寄せる体質になっているようだ。大学のサークルで世話になった先輩に誘われ、安心して入った会社がブラックだったこと。そんなブラックな会社の同期の中で、もっともこき使われているのが俺であること。いつぶりだかわからなくなるほど久しぶりに家に帰ったら、翌日の朝から人身事故に巻き込まれ、凄惨な現場を目の当たりにしてしまったこと。さらに細かく不幸をあげていけば、キリがないように思われた。

「他に何か気になったことなど、話しておきたいことはありますか?」

「いえ、特には」

「そうですか。では、事情聴取はこれで以上となります。最後に電話番号だけ控えさせていただいてもよろしいですか。ないとは思うのですが、後からお聞きしたいことができた場合、ご連絡させていただくことがあります」

 手帳を差し出され、俺はそこに名前と携帯電話の番号を記した。

「ご協力ありがとうございました」

 溌剌と働いている警察官の言葉に促され、立ち上がる。そのまま駅員室を後にしようとしたが、ふと思い直してドアのところで立ち止まった。

「あの。彼女は亡くなったんですか。轢かれたすぐ後、線路の上で何か呟いているのを聞いたんですが」

 彼女が言っていた「どうして」という声が耳から離れず、問いかけていた。

 一瞬の躊躇いの後、平良さんは眉を寄せて答える。

「奇跡的に一命を取り留めています」

 自殺を試みた者が救助され、一命を取り留めた。本来であれば大変喜ばしいことであるはずだが、それを告げるときに表情を曇らせた平良さんの心情を、俺は正確に読み取ることができた。線路に横たわる女子高生の姿は、即死して当然のものだった。むしろ、死んでいなければおかしいと断言して良い。体を腹部から完全に切断され、あちこちにはらわたが出ている状態で命を繋いでいるというのは、奇跡と雑に一括りにしてしまって良いものなのか。

「それは、なによりです。無事に回復するといいですね」

 俺は、内心とは裏腹にごくありきたりな言葉を告げて、駅員室を出た。


 会社のビルに着いたのは、一一時三分前のことだった。人身事故の影響でまだ電車は止まったままであり、最寄りの駅からタクシーで出勤するはめになった。領収書はもらわない。どうせ経費で落ちることはないのだ。

 オフィスのある四階まで階段で駆け上がると、目の前に現れるのは、無機質な白いドアと受付用の電話だけ。壁面に設置されたカードリーダーにセキュリティーカードをかざし、解錠された扉を押し開けて中へと入る。

 ビルのフロア全体を借り切っているため、オフィスはそこそこの広さがある。ここで、約一二〇人の従業員が各々のデスクについて働いている。一〇〇人を超える人が集まっているというのに、社内は妙に静かだ。オフィスに響くのは、かかってきたら二コール以内で取ると決まっている電話の呼び出し音や、キーボードのタイプ音だけ。無駄な会話は禁じられている。白い箱の中に閉じ込められたような、どこにでもあるいたって普通のオフィスだ。従来どおりと言った方が正しいかもしれない。最近では、従業員に楽しく働いてもらって生産性を上げるという理由で、レイアウトに遊び心を出したり、フリーアドレス式にしたりするオフィスが増えていると聞く。この会社では、そういった方向に舵を切る気配は微塵もない。

 俺は真っ直ぐに自分の席へ向かうと、オフィスチェアに鞄を置いた。席にはつかず、さらに奥の席に座っている男の横に立つ。

岡本おかもとさんおはようございます。すみません、遅れました」

「おはよう。もう一一時だねぇ。人身事故で電車が止まったって言っても、君の家からなら、タクシーで来られたんじゃないの?」

 直属の上司は、パソコンのモニターに視線を向けたまま話す。

「あ、はい。タクシーで来ました。ただ、電車が止まっていただけではなく、自分の目の前で飛び込みがあったもので、警察からの事情聴取を受けていて」

 俺の言葉に興味を惹かれたように、上司はようやくこちらを向いた。そして、いやらしくニヤリと笑う。

「死体見た? 電車に轢かれるとぐちゃぐちゃになるって言うけど、あれほんと?」

 デリカシーのかけらもない質問を直球で投げられ、答えに詰まる。上司が言わんとしているものは見たが、彼女は一命を取り留めたという。であれば、あれは死体ではない。

「幸い、飛び込んだ方も一命を取り留めたようです」

「なーんだ」

 返事は一言だったが、その後に続く言葉は「つまんないな」であることは明白だ。上司は俺の話に興味を失い、再び視線をモニターへと移した。彼の瞳には、表計算ソフトで作成中の見積書しか写っていない。

「申請出しておいてねぇ。有給消費して半休使ったってことにしといていいから。あ、それと森田もりたさんからなんかメール来てたよ」

 有給休暇など、日頃から溜まっては消えていくばかりなので、それを消費することになったのは構わない。だが、森田さんからメールが来ていたという後半の言葉に、嫌な予感がした。森田さんというのは、取引先である大手広告代理店に勤めているクリエイティブディレクターだ。俺と同じ『ディレクター』という名称がついた肩書きを持っているが、立場には雲泥の差がある。

 俺は慌てて自分のデスクに戻ると、オフィスチェアに腰掛け、パソコンを起動させた。メールソフトを開くと、複数受信しているメールの中に、たしかに森田さんが送信者になっているものがあった。タイトルの頭に【至急】の文字を付けるのが彼の癖だ。タイムスタンプは昨日の夜一〇時三二分。昨日俺が会社を出た、僅か二分後に送信されてきたことになる。

 なんの感情もこもっていない『お世話になっております』から始まるメールを読み始めると、胃の辺りがシクシクと痛み出した。内容は、いま俺が携わっている案件の企画書の修正依頼だ。問題は、その期限である。午後からクライアントと打ち合わせがあるため、一時までに修正したものを送ってきてくれ、と記載があった。

 腕時計を見る。現在は一一時一五分。昼休みを返上すればギリギリ間に合うかもしれないが、あまりにも時間がない。俺宛のメールには必ずCCに上司が追加されているので、上司は朝の出社時からこのメールを確認していたのだ。遅刻の連絡をしていたのだから、読んでいたのなら代わりに対応しておいてくれよ、と思う気持ちが湧き上がる。だが、文句を言ったところでなんの解決にもなりはしないので、膨らみかけた不満はそのまま心の奥深くへと押し込める。

 さらなる問題は、この修正が俺の対応だけにとどまらないことだ。添付されていたファイルを開き、修正指示を見ると、企画書に載せた広告のデザイン部分にも指示が入っている。このデザインは俺が勝手に修正することはできないため、社内のデザイナーに作業をしてもらわねばならない。つまり、そのデザイナーの昼休みもなくなるということだ。

 産休から戻ったばかりで、近頃いつも妙にピリピリとしている担当デザイナーの顔を思い浮かべると、胃の痛みが増した。ため息を一つ漏らす。ぐずぐずしていても仕方ない。

 俺は、デザイナーに頭を下げに行くため再び席から立ち上がった。そのままデザイナーの席が集まっているデスクの島へ早足に向かっていると、途中で声をかけられる。

「あ、今泉ちゃーん。いいところに」

 キャスターを利用して、俺の進路を塞ぐようにオフィスチェアごと体を滑らせてきたのは、営業の竹下たけしただ。中年太りが気になっていると言いつつ、趣味と実益を兼ねて日夜営業先との飲みに勤しんでいる男。営業成績は良く優秀なのだが、無理な条件で手当たり次第に仕事を持ってくるので、社内のディレクターからの評判はすこぶる悪い。俺も、彼から回された仕事に嫌な記憶が数多ある。

「すみません、竹下さん。いま時間なくて」

「つれないこと言わないでよ。いい案件とってきたんだけどさ、今泉ちゃんに回していいよね?」

「案件の割り振りは、まず岡本さんを通していただかないと」

「どうせおかもっちゃんに話しても、今泉ちゃんのところに行くに決まってるって。冷蔵庫メーカーのブランドサイト大規模改修だよん。なんと予算五〇〇〇万越え、お金ガッポガッポ好きだよねー?」

 妙なテンションで問いかけられ、俺は乾いた笑いを漏らす。

 案件の予算は潤沢であるに越したことはない。だが、俺はあくまで会社員だ。いくら大きな金額の案件を扱ったところで、俺の給料が増えるわけではない。むしろ、ありがた迷惑である。金額が大きい案件ということは、それだけ大掛かりな内容になるのだから。いまでさえ進行中の案件を抱えすぎて、まともに帰れていないというのに、さらにそんな大きな案件を抱えるわけにはいかない。

「勘弁してください、本当にパツパツなんですよ。このあいだ竹下さんがとってきた、駅中ポスター案件も終わっていませんし」

「まったまたー、優秀な今泉ちゃんなら余裕だって。ほら時間ないんでしょ? いいって言うまで、ここで、このまま、案件の説明始めちゃうからね。まずリリースは大晦日予定なんだけどー」

 こちらの都合などお構いなしにはじまった竹下の説明に、俺はチラリと時計を見る。すでに、ここで足止めされて六分経過している。

「あー……わかりました。詳細のメールを俺に回しておいてください」

「さっすが、できる男は違うね! じゃあ、あとはヨロシクー」

 竹下さんはパチンと指を鳴らし、ついでにウィンクを一つ飛ばすと、再びオフィスチェアごと自分の席へと戻っていく。彼の言動には、妙に昭和の香りを感じる。

 俺は余計な荷物をまた一つ抱え、本来の目的を果たすべく歩きはじめた。そうして感情を忙殺される日常に戻った俺は、朝に見たショッキングな光景のことも、現実離れした悪夢を見た後のように、次第に忘れ去っていく。
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