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第四章 刺客
エピローグ
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ユレイト領に帰り着いたのは、出立から僅か六日後のことである。
それでもエヴァンはユレイトに入ると、見知った道と景色を目にして、気持ちがホッと和らぐのを感じていた。
エヴァンの本来の故郷はルテスーン領であるが、心の故郷は、もうすっかりユレイト領になっているようだった。
夕陽の中、慣れ親しんだ道の向こうに、邸宅が見えてきた。横から差し込むような陽の眩しさも相まって、エヴァンは馬の背に揺られながら目を細める。
邸宅の門に近づいた時、エントランスからまろび出てくる一人の女の姿があった。
「領主様! おかえりなさいませ」
そう嬉しそうな声をあげて駆け寄ってきたのは、チェックのワンピースを着たエマだ。ワンピースには胸元と腰に大きなリボンがついていて、可愛らしい装いであった。
「ただいま、エマ。ここまで出迎えてくれるとは、熱烈な歓迎だな。何かあったのか?」
エヴァンが驚いた様子を隠さずに問いかけると、エマは気恥ずかしそうに頬を染めて、僅かに俯いた。
「旅でお疲れのところ、押しかけるような形になってしまって、すみません。どうしても領主様に早くお見せしたいと、気持ちが急いてしまって」
「俺に見せたいもの? なんだろうか」
エヴァンは馬から降り、手綱を引きながらエマの横に並ぶ。
エマはエヴァンの帰還に喜びのあまり急いで出てきたは良いものの、いざとなると尻込みする様子で、視線を斜め下へと落とした。しかし、手にしていた紙の束をエヴァンへと差し出す手つきには、自信が満ちている。
「これは?」
「ロウさんをモデルにした教本の物語です。テディくんと一緒にギルバートさんに文字を習いながら、最後まで書き起こしてみました。あっ、字はまだまだ下手なんで、読むのが大変かもしれないんですが、物語の内容にはかなりの自信があります。テディくんもギルバートさんも読んでくれて、とても面白いって言ってくれたんですよ。どこにどういった挿絵を入れるかも考えていて、そのあたりのことはミッチェルさんとも相談したいんですけど」
エマは相変わらずの早口で畳み掛けるように語る。エヴァンはその言葉を聞き、紙の束を受け取りながら、驚きに目を瞬いた。
「すごいな、もう文字が書けるようになったのか。エマの話す物語を、俺が文字に書き記すと言っていたのに、すっかり他のことで手がいっぱいになってしまって。ずっと作業が進められていなかったことが、気がかりだったんだ」
「領主様がお帰りになった時にお渡ししたいと思っていて、それが原動力になっていたんだと思います。自分でもびっくりするぐらい物覚えが良くなっていて。文字を習いはじめの頃は、テディくんにちょっと馬鹿にされていたりしたんですが、今ではすっかり立場が逆転しました」
照れ隠しにガハハと笑いながら、エマは夕陽に照らされた顔をいっそう赤くした。
エヴァンは視線を上げる。
話し声を聞きつけたか、ギルバート、テディ、リリー、ネイサンが続々とエントランスから出てくる姿が見えた。エマだけでなく、皆が主人の帰りを心待ちにしていたのだ。
エヴァンは微笑み、彼らに手を振ってみせる。
それから、エマから渡された紙の束を確かめる。それは紙の端を紐で結んで簡易的な本の形状にしてあった。
表紙の紙には、素朴な文字が綴られていた。
『メイド服を着た男』
それが後に国全体に広まり、一大ブームを巻き起こすことになる本のタイトルであった。
それでもエヴァンはユレイトに入ると、見知った道と景色を目にして、気持ちがホッと和らぐのを感じていた。
エヴァンの本来の故郷はルテスーン領であるが、心の故郷は、もうすっかりユレイト領になっているようだった。
夕陽の中、慣れ親しんだ道の向こうに、邸宅が見えてきた。横から差し込むような陽の眩しさも相まって、エヴァンは馬の背に揺られながら目を細める。
邸宅の門に近づいた時、エントランスからまろび出てくる一人の女の姿があった。
「領主様! おかえりなさいませ」
そう嬉しそうな声をあげて駆け寄ってきたのは、チェックのワンピースを着たエマだ。ワンピースには胸元と腰に大きなリボンがついていて、可愛らしい装いであった。
「ただいま、エマ。ここまで出迎えてくれるとは、熱烈な歓迎だな。何かあったのか?」
エヴァンが驚いた様子を隠さずに問いかけると、エマは気恥ずかしそうに頬を染めて、僅かに俯いた。
「旅でお疲れのところ、押しかけるような形になってしまって、すみません。どうしても領主様に早くお見せしたいと、気持ちが急いてしまって」
「俺に見せたいもの? なんだろうか」
エヴァンは馬から降り、手綱を引きながらエマの横に並ぶ。
エマはエヴァンの帰還に喜びのあまり急いで出てきたは良いものの、いざとなると尻込みする様子で、視線を斜め下へと落とした。しかし、手にしていた紙の束をエヴァンへと差し出す手つきには、自信が満ちている。
「これは?」
「ロウさんをモデルにした教本の物語です。テディくんと一緒にギルバートさんに文字を習いながら、最後まで書き起こしてみました。あっ、字はまだまだ下手なんで、読むのが大変かもしれないんですが、物語の内容にはかなりの自信があります。テディくんもギルバートさんも読んでくれて、とても面白いって言ってくれたんですよ。どこにどういった挿絵を入れるかも考えていて、そのあたりのことはミッチェルさんとも相談したいんですけど」
エマは相変わらずの早口で畳み掛けるように語る。エヴァンはその言葉を聞き、紙の束を受け取りながら、驚きに目を瞬いた。
「すごいな、もう文字が書けるようになったのか。エマの話す物語を、俺が文字に書き記すと言っていたのに、すっかり他のことで手がいっぱいになってしまって。ずっと作業が進められていなかったことが、気がかりだったんだ」
「領主様がお帰りになった時にお渡ししたいと思っていて、それが原動力になっていたんだと思います。自分でもびっくりするぐらい物覚えが良くなっていて。文字を習いはじめの頃は、テディくんにちょっと馬鹿にされていたりしたんですが、今ではすっかり立場が逆転しました」
照れ隠しにガハハと笑いながら、エマは夕陽に照らされた顔をいっそう赤くした。
エヴァンは視線を上げる。
話し声を聞きつけたか、ギルバート、テディ、リリー、ネイサンが続々とエントランスから出てくる姿が見えた。エマだけでなく、皆が主人の帰りを心待ちにしていたのだ。
エヴァンは微笑み、彼らに手を振ってみせる。
それから、エマから渡された紙の束を確かめる。それは紙の端を紐で結んで簡易的な本の形状にしてあった。
表紙の紙には、素朴な文字が綴られていた。
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それが後に国全体に広まり、一大ブームを巻き起こすことになる本のタイトルであった。
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