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第四章 刺客
「拾った猫は責任を持って面倒を見なくては」-2-
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その後、一行はフットマンらによってセルジア邸の客室に案内された。セルジアに泊まるのはこの一晩だけであり、翌日の早朝にはユレイトへの帰路につく。
セルジアでやっていかねばならぬこととして、エヴァン、ルイス、セルゴーの三人は、レティシアを連れて客室を出た。
金に輝く門の外までやってきてから、セルゴーがレティシアの手首を縛っていたロープを解く。
「雇い主がロウの安全を保証すると言ったからには、もう君を捕らえておく必要もないからな。好きなところに行きなさい」
同時にエヴァンが声をかけるが、レティシアは解放された手首を自分の手で軽く癒すように撫でるだけ。返事をすることもなければ、その場から立ち去る様子もない。
「ヒュドラの毒は完全に解毒が済んでいるから、体調を心配する必要もないからね。ただ、今回は私がすぐに駆けつけられて、運が良かったということを忘れないで。もう自分で死のうとなんてしちゃダメだよ」
今までレティシアの治療をしてきたルイスが、最後に彼自身の体調について説明をする。その言葉にも、レティシアは返事をしなかった。長い前髪は相変わらず彼の目元を覆っており、その表情は窺い知れない。
沈黙のみの奇妙な間が空き、ルイスとエヴァン、セルゴーは顔を見合わせる。
「では、戻るか」
エヴァンが促し、ルイスとセルゴーも頷いた。三人は邸宅内へと戻るために、踵を返して歩き出す。と、すぐさまルイスが立ち止まる。
その理由は、ルイスの祭服の長い袖を、背後からレティシアが掴んでいたからだった。ルイスは振り返る。
「どうしたんだい。ロウくんを刺したことに関して、エヴァン様は罪に問わないと言った。ロウくんも許すと言っている。もう、自由にして構わないんだよ」
ルイスは優しい声で問いかけるが、レティシアは黙りこくったまま、俯いている。何を言うわけでもないが、ルイスの袖を握った手には渾身の力がこもっていて、離す様子もない。
「そう黙っていてはわからないよ。体調はもう心配する必要はないと言っただろう? 離してくれるかい」
ルイスはため息をひとつ、自分の袖を解放しようと軽く腕を引っ張った。と、レティシアは俯いたまま、小さく言葉を漏らした。
「行く場所がない」
それはメイドに扮していた時のものとは違い、紛れもない男の声だった。
「いく場所って、ここが君の故郷だろう? 家に帰ればいい」
レティシアはブンブンと大きく首を振る。その動きに、彼の目元を覆う前髪が乱れ、彼の深緑色の瞳を露わにした。その瞳には、潤むものがあった。
「どこにも、もう、帰れないっ」
「レティシア、きみ……」
切羽詰まったようなレティシアの声に、ルイスはハッとしたように息を呑む。そして、逡巡したのは一瞬。
「エヴァン様」
ルイスは意志を固めて、先を行くエヴァンを呼び止めた。
振り返ったエヴァンもまた、ルイスの袖を握っているレティシアの姿を見ると、事態を察する。
「レティシアをミレーニュの教会に連れて帰りたいと思うのですが、お許しいただけますか」
「それはもちろん。ですが、構わないのですか? ルイス様にお任せしてしまっても」
「この子が私の袖を掴んだのも何かの縁でしょう。拾った猫は責任を持って面倒を見なくては」
エヴァンはどこか申しわけなさそうにしているが、ルイスは軽い調子で冗談を口にしながら、自身の袖を握っているレティシアの手を引き寄せる。そして、その渾身の力が入っている手を解かせると、半ば強制的に握手をして、彼の瞳をまっすぐに見た。
「では、これからは私の教会で働きなさい。人手があるに越したことはないからね。ちなみに、君の本当の名前は?」
問いかけに、レティシアは首を横に振って応えた。
「レティシアでいい」
「そうかい? まあ私もそれで馴染んでしまったから、それでいいならいいのだけど。まあ、これから改めてよろしくね、レティシア」
『よろしく』とその言葉がルイスの口から告げられると、ようやく強張っていたレティシアの表情が緩んだ。彼は握手を返しながら、おずおずと口を開く。
「よろしく、お願いします……」
結局、一行はレティシアのことも、ユレイトに連れて帰ることとなった。
セルジアでは僅か一晩の滞在を経て、すぐさまユレイトへの帰路を辿る。短く、忙しないものではあったが、この旅で得たものは大きかった。
まず、第一の目的であったロウの身の安全は保証された。これで、ロウが夜毎に刺客から狙われずに済む。
またミッチェルはセルジアの町の景色を描くことができ、教本の挿絵がまた一つ完成に近づいた。
そして、レティシアは刺客という曰く付きの身分を捨て、教会手伝いとなることが決まり、帰るべき家を見つけた。短い期間ではあるが、リオン領でメイドに扮することもできていたレティシアの家事スキルは高い。ルイスとミカは生活が楽になり、いっそう教会本来の仕事に専念できるだろう。
最後に。エヴァンはセルジアの町で浮浪者の姿を見、ハインツと相対したことで、この世界における、新たな課題を見つけるに至っていたのであった。
セルジアでやっていかねばならぬこととして、エヴァン、ルイス、セルゴーの三人は、レティシアを連れて客室を出た。
金に輝く門の外までやってきてから、セルゴーがレティシアの手首を縛っていたロープを解く。
「雇い主がロウの安全を保証すると言ったからには、もう君を捕らえておく必要もないからな。好きなところに行きなさい」
同時にエヴァンが声をかけるが、レティシアは解放された手首を自分の手で軽く癒すように撫でるだけ。返事をすることもなければ、その場から立ち去る様子もない。
「ヒュドラの毒は完全に解毒が済んでいるから、体調を心配する必要もないからね。ただ、今回は私がすぐに駆けつけられて、運が良かったということを忘れないで。もう自分で死のうとなんてしちゃダメだよ」
今までレティシアの治療をしてきたルイスが、最後に彼自身の体調について説明をする。その言葉にも、レティシアは返事をしなかった。長い前髪は相変わらず彼の目元を覆っており、その表情は窺い知れない。
沈黙のみの奇妙な間が空き、ルイスとエヴァン、セルゴーは顔を見合わせる。
「では、戻るか」
エヴァンが促し、ルイスとセルゴーも頷いた。三人は邸宅内へと戻るために、踵を返して歩き出す。と、すぐさまルイスが立ち止まる。
その理由は、ルイスの祭服の長い袖を、背後からレティシアが掴んでいたからだった。ルイスは振り返る。
「どうしたんだい。ロウくんを刺したことに関して、エヴァン様は罪に問わないと言った。ロウくんも許すと言っている。もう、自由にして構わないんだよ」
ルイスは優しい声で問いかけるが、レティシアは黙りこくったまま、俯いている。何を言うわけでもないが、ルイスの袖を握った手には渾身の力がこもっていて、離す様子もない。
「そう黙っていてはわからないよ。体調はもう心配する必要はないと言っただろう? 離してくれるかい」
ルイスはため息をひとつ、自分の袖を解放しようと軽く腕を引っ張った。と、レティシアは俯いたまま、小さく言葉を漏らした。
「行く場所がない」
それはメイドに扮していた時のものとは違い、紛れもない男の声だった。
「いく場所って、ここが君の故郷だろう? 家に帰ればいい」
レティシアはブンブンと大きく首を振る。その動きに、彼の目元を覆う前髪が乱れ、彼の深緑色の瞳を露わにした。その瞳には、潤むものがあった。
「どこにも、もう、帰れないっ」
「レティシア、きみ……」
切羽詰まったようなレティシアの声に、ルイスはハッとしたように息を呑む。そして、逡巡したのは一瞬。
「エヴァン様」
ルイスは意志を固めて、先を行くエヴァンを呼び止めた。
振り返ったエヴァンもまた、ルイスの袖を握っているレティシアの姿を見ると、事態を察する。
「レティシアをミレーニュの教会に連れて帰りたいと思うのですが、お許しいただけますか」
「それはもちろん。ですが、構わないのですか? ルイス様にお任せしてしまっても」
「この子が私の袖を掴んだのも何かの縁でしょう。拾った猫は責任を持って面倒を見なくては」
エヴァンはどこか申しわけなさそうにしているが、ルイスは軽い調子で冗談を口にしながら、自身の袖を握っているレティシアの手を引き寄せる。そして、その渾身の力が入っている手を解かせると、半ば強制的に握手をして、彼の瞳をまっすぐに見た。
「では、これからは私の教会で働きなさい。人手があるに越したことはないからね。ちなみに、君の本当の名前は?」
問いかけに、レティシアは首を横に振って応えた。
「レティシアでいい」
「そうかい? まあ私もそれで馴染んでしまったから、それでいいならいいのだけど。まあ、これから改めてよろしくね、レティシア」
『よろしく』とその言葉がルイスの口から告げられると、ようやく強張っていたレティシアの表情が緩んだ。彼は握手を返しながら、おずおずと口を開く。
「よろしく、お願いします……」
結局、一行はレティシアのことも、ユレイトに連れて帰ることとなった。
セルジアでは僅か一晩の滞在を経て、すぐさまユレイトへの帰路を辿る。短く、忙しないものではあったが、この旅で得たものは大きかった。
まず、第一の目的であったロウの身の安全は保証された。これで、ロウが夜毎に刺客から狙われずに済む。
またミッチェルはセルジアの町の景色を描くことができ、教本の挿絵がまた一つ完成に近づいた。
そして、レティシアは刺客という曰く付きの身分を捨て、教会手伝いとなることが決まり、帰るべき家を見つけた。短い期間ではあるが、リオン領でメイドに扮することもできていたレティシアの家事スキルは高い。ルイスとミカは生活が楽になり、いっそう教会本来の仕事に専念できるだろう。
最後に。エヴァンはセルジアの町で浮浪者の姿を見、ハインツと相対したことで、この世界における、新たな課題を見つけるに至っていたのであった。
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