MAN in MAID 〜メイド服を着た男〜

三石成

文字の大きさ
上 下
42 / 43
第四章 刺客

「拾った猫は責任を持って面倒を見なくては」-2-

しおりを挟む
 その後、一行はフットマンらによってセルジア邸の客室に案内された。セルジアに泊まるのはこの一晩だけであり、翌日の早朝にはユレイトへの帰路につく。

 セルジアでやっていかねばならぬこととして、エヴァン、ルイス、セルゴーの三人は、レティシアを連れて客室を出た。

 金に輝く門の外までやってきてから、セルゴーがレティシアの手首を縛っていたロープを解く。

「雇い主がロウの安全を保証すると言ったからには、もう君を捕らえておく必要もないからな。好きなところに行きなさい」

 同時にエヴァンが声をかけるが、レティシアは解放された手首を自分の手で軽く癒すように撫でるだけ。返事をすることもなければ、その場から立ち去る様子もない。

「ヒュドラの毒は完全に解毒が済んでいるから、体調を心配する必要もないからね。ただ、今回は私がすぐに駆けつけられて、運が良かったということを忘れないで。もう自分で死のうとなんてしちゃダメだよ」

 今までレティシアの治療をしてきたルイスが、最後に彼自身の体調について説明をする。その言葉にも、レティシアは返事をしなかった。長い前髪は相変わらず彼の目元を覆っており、その表情は窺い知れない。

 沈黙のみの奇妙な間が空き、ルイスとエヴァン、セルゴーは顔を見合わせる。

「では、戻るか」

 エヴァンが促し、ルイスとセルゴーも頷いた。三人は邸宅内へと戻るために、踵を返して歩き出す。と、すぐさまルイスが立ち止まる。

 その理由は、ルイスの祭服の長い袖を、背後からレティシアが掴んでいたからだった。ルイスは振り返る。

「どうしたんだい。ロウくんを刺したことに関して、エヴァン様は罪に問わないと言った。ロウくんも許すと言っている。もう、自由にして構わないんだよ」

 ルイスは優しい声で問いかけるが、レティシアは黙りこくったまま、俯いている。何を言うわけでもないが、ルイスの袖を握った手には渾身の力がこもっていて、離す様子もない。

「そう黙っていてはわからないよ。体調はもう心配する必要はないと言っただろう? 離してくれるかい」

 ルイスはため息をひとつ、自分の袖を解放しようと軽く腕を引っ張った。と、レティシアは俯いたまま、小さく言葉を漏らした。

「行く場所がない」

 それはメイドに扮していた時のものとは違い、紛れもない男の声だった。

「いく場所って、ここが君の故郷だろう? 家に帰ればいい」

 レティシアはブンブンと大きく首を振る。その動きに、彼の目元を覆う前髪が乱れ、彼の深緑色の瞳を露わにした。その瞳には、潤むものがあった。

「どこにも、もう、帰れないっ」 

「レティシア、きみ……」

 切羽詰まったようなレティシアの声に、ルイスはハッとしたように息を呑む。そして、逡巡したのは一瞬。

「エヴァン様」

 ルイスは意志を固めて、先を行くエヴァンを呼び止めた。

 振り返ったエヴァンもまた、ルイスの袖を握っているレティシアの姿を見ると、事態を察する。

「レティシアをミレーニュの教会に連れて帰りたいと思うのですが、お許しいただけますか」

「それはもちろん。ですが、構わないのですか? ルイス様にお任せしてしまっても」

「この子が私の袖を掴んだのも何かの縁でしょう。拾った猫は責任を持って面倒を見なくては」

 エヴァンはどこか申しわけなさそうにしているが、ルイスは軽い調子で冗談を口にしながら、自身の袖を握っているレティシアの手を引き寄せる。そして、その渾身の力が入っている手を解かせると、半ば強制的に握手をして、彼の瞳をまっすぐに見た。

「では、これからは私の教会で働きなさい。人手があるに越したことはないからね。ちなみに、君の本当の名前は?」

 問いかけに、レティシアは首を横に振って応えた。

「レティシアでいい」

「そうかい? まあ私もそれで馴染んでしまったから、それでいいならいいのだけど。まあ、これから改めてよろしくね、レティシア」

 『よろしく』とその言葉がルイスの口から告げられると、ようやく強張っていたレティシアの表情が緩んだ。彼は握手を返しながら、おずおずと口を開く。

「よろしく、お願いします……」


 結局、一行はレティシアのことも、ユレイトに連れて帰ることとなった。

 セルジアでは僅か一晩の滞在を経て、すぐさまユレイトへの帰路を辿る。短く、忙しないものではあったが、この旅で得たものは大きかった。

 まず、第一の目的であったロウの身の安全は保証された。これで、ロウが夜毎に刺客から狙われずに済む。

 またミッチェルはセルジアの町の景色を描くことができ、教本の挿絵がまた一つ完成に近づいた。

 そして、レティシアは刺客という曰く付きの身分を捨て、教会手伝いとなることが決まり、帰るべき家を見つけた。短い期間ではあるが、リオン領でメイドに扮することもできていたレティシアの家事スキルは高い。ルイスとミカは生活が楽になり、いっそう教会本来の仕事に専念できるだろう。

 最後に。エヴァンはセルジアの町で浮浪者の姿を見、ハインツと相対したことで、この世界における、新たな課題を見つけるに至っていたのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...