MAN in MAID 〜メイド服を着た男〜

三石成

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第四章 刺客

「私、やります!」 -2-

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 ベロニカが腕をふるった料理に、エマ大感激のランチの後。

 秋になったとはいえ強い午後の陽がさすエヴァンの執務室には、エヴァン、エマ、ミッチェルの三人がいた。ギルバートは他の荘園運営の些事をこなすため、彼の自室に戻っている。

 僅かな時間を三人で歓談していると、ノックの音がした。エヴァンが入室を許可する声をかけると、ドアが開いてロウが姿を表す。

「作業の供にあるといいかと思って、茶を淹れて持ってきたぞ」

 そうラフに話すロウは、いつも通りにメイド服姿である。手にはティーカップとポットの乗ったお盆を手にしている。

「ありがとう。ロウ自身もこれからここで仕事をしてもらうから、茶を置いたらそこに座ってくれ」

 エヴァンはロウに椅子を勧める。だが、他の二人は椅子に腰掛けたロウの姿を見て、ポカンと口を開けた。

「これが俺のメイドの一人で、ロウという。二人に話した、教本に載せる物語の主人公になる男だ」

「男、でいいんですよね?」

 ごく素直に問いかけてくるミッチェルの言葉に、エヴァンは笑う。

「ああ、ロウは体も心も男だ。どうしてメイドになったのか、その理由と経緯は、これからロウ自身の口から話してもらう。ミッチェルにはロウが説明している間に、どのような挿絵を描くか考えながらロウの姿をスケッチしてもらいたいと思う……エマ?」

 エマはロウの姿を目にしてから、まるで凍りついてしまったかのように固まっていた。エヴァンに名前を呼ばれると、ようやく我を取り戻したようにハッとして、開きっぱなしだった口を閉じる。

「大丈夫か?」

「すみません、大丈夫です。人生で初めて感じたような領主様の衝撃に続いて、こんなに美しい人を立て続けに見ることになるなんて思わなくて。今日はいったい、どんな幸運な日なんでしょう。やっぱり田舎とは違いますわね。でも私はやっぱり領主様の方が……」

「ん、俺が何か?」

「あっいえ、なんでもありません」

 本来の自身の調子で喋り続け、うっかり口を滑らせたエマは、首を横にブンブンと振る。それから自分の気分を変えるように、自身の両頬を軽く両手で叩いた。

「領主様のご期待に応えられるように、ロウさんからしっかりお話を聞いて、最高の物語を作らせていただきます!」

「俺は別に話すのが上手いわけじゃねぇから、俺の話でわからないこととか、質問とかあったら、途中でいくらでも口挟んで聞いてくれ」

 ロウはそう前置きをすると、いつもどおりの、やや低めの声で話し始めた。


 ロウの話の大筋は、エヴァンが事前に彼から聞いていた話と相違ない。しかし、話はいっそう具体的であり、エヴァンは話を聞きながら、あらためて心を動かされた。エマが話の要所要所で細かなところまで詰めるように質問をするため、ロウの、生まれながらの不遇な生活環境などが、実感として伝わってきたからだ。

 そしてそんなロウの姿を、ミッチェルが開いたスケッチブックの上に、彼の使い慣れた木炭で描いている。

 エヴァンはデスクについて別件の執務をこなし、時折ロウの運んできてくれた茶を飲みながら、耳だけをロウの話へとむけていた。

「それで、土地の制約から解放された俺は、俺をメイドとして雇ってくれるところを探すために、すぐにセルジア領を離れて旅に出ることにしたんだ」

「どうしてセルジア領を離れることにしたんですか? 私はユレイト領の農民ですから、セルジア領なんて都会の事情はあまりわからないんですが、メイドの雇い先は、王都に近いセルジア領の方が多いのでは?」

 エマの鋭い質問に、話を聞いていたエヴァンは、思わずペンを握る手の動きを止めた。ロウがメイドとして雇ってくれる場所を探して方々を旅して歩いていたという話は聞いていたが、エマの質問はもっともだ。

 ユレイト領では、使用人を雇っているのは領主であるエヴァンしかいない。しかし、もっと栄えていて規模の大きい荘園であれば、そこで暮らす商人にも豊かな者が増えてくる。そういった豪商は、領主のように使用人を雇うこともある。各地に一人ずつしかいない領主に雇ってくれないかと打診して回るよりも、故郷でそういった商人に掛け合っていった方がよほど効率が良い。

「命を狙われはじめたんだよ。身を守るために、早急にセルジアを出る必要があった。と言っても、セルジア領を出ても刺客はついて回ってたが」

「刺客だと? いったい、誰がそんなもの送ってきた」

 淡々と語るロウに、真っ先に驚きの声を上げたのはエヴァンだ。ロウはエヴァンへと視線を向ける。表情は変わらないが、彼の眼差しには、わかっているだろうと問うような色がある。

「元農民の俺を、人を使ってまで殺そうとする奴なんて、そうそういない。刺客を捕まえて問いただすくらいしか、本当のところは知りようがないが。俺に負けて恥をかいたセルジアの騎士団長じゃねぇかと、俺は思ってる」

 エヴァンは唖然とした。

「ロウは正式に領主に許されて決闘大会に参加して、そこで正々堂々実力で勝ち抜いたから、約束どおりに褒美をもらっただけだろう。どうして命を狙われなきゃならない」

「さあな、ただの農民に負けて、騎士団長の誇りが傷ついたんじゃねぇのか」

「そんな理不尽な話があってたまるか」

「そうやって義憤を感じてくれるのが、主人のいいところだよ」

 ロウはふっと笑う息を漏らした。と、エマがおずおずといった様子で手を上げて質問する。しかし、その瞳は抑えきれない好奇心に輝いている。

「軽々しくこんなこと聞いていいのか分からないんですが、刺客って、実際どういう感じなんですか」

「はじめは、それこそ土地の制約から解放されたその日の夜だ。家に帰って寝てたら人の気配を感じて、起きたら目の前に刃が迫ってた。飛び起きて戦って昏倒させて、そのまま逃げるように家と村を出た。刺客の格好は黒尽くめの服にフードをかぶって、想像通りのアサシンって感じだったな。だがさっきも言ったように、俺のことを殺そうとする奴なんて限られてるから、すぐにセルジア領を出ようと思ったんだ」

「セルジア領を出た後は、どうしていたんですか? 見知らぬ土地で生活するのは、大変だったのでは?」

「もともと資産を蓄えられるような生活はしてなかったから、着のみ着のまま故郷を出ても、特に何が大変ってこともなかったな。旅先の農民に泊めてもらって、飯をもらう代わりに一日働いたり、新たにメイドを雇ってくれるような奴がいないか聞き込みをしたり。俺を狙ってきた刺客が、寝床を提供してくれた奴らに危害を加えないよう、こっそり警戒することには苦心した。おかげで妙に隠密行動が得意になっちまった」

「それで独特の身のこなしをするようになったのか、ロウの話にはいつも驚かされる」

 エヴァンはどこか呆れたように言う。

「俺だって、自分が刺客に狙われるようになるだなんて、予想外もいいところだ」

「それで、刺客はいつごろまで来ていたんだ」

「いつごろまで、というか、今もときどき」

「今も? ということは、この邸宅に刺客が来ているということなのか?」

 こともなげに言うロウの言葉に、エヴァンは驚きの声をあげた。

「どうしてすぐに相談しない」

「俺の問題だし、俺一人で対処できてるし、別に迷惑はかけてねぇだろ?」

「確かにロウに話してもらう今まで、まったく気がついてもいなかったが。問題はそこではなく、他の領地から、戦力が送り込まれているという事実だ。これが本当ならば、それこそ国のあり方を揺るがす事件だぞ。正式に抗議をしなければ」

「つっても、俺に刺客を送ってくるなんてそいつしか考えられないってだけで、証拠があるわけじゃねぇからな」

 ロウの言葉に、エヴァンは真剣な表情で唸り、腕組みをする。ミッチェルはそんなエヴァンの方へと近寄り、そっと小声で話しかけた。ミッチェルの表情は兵士のそれへと変化している。

「エヴァン様。ロウさんの元にくる刺客を捕まえて、尋問するより他ないのではないでしょうか」

「そうだな……証拠がない段階でセルジア領の騎士団長に疑いをかけるわけにもいかない。ロウ」

 ミッチェルとの会話を一度切り上げ、エヴァンはロウへと再度声をかける。

「今日からお前に、常時護衛をつける。次に刺客が現れたら捕縛してくれ。尋問がしたい」

「護衛なんていらねぇよ。それに、刺客として使われてるようなやつは、尋問どころか拷問したところで絶対に情報を漏らさない。捕縛された段階で隙を見て自害しちまうぞ」

「どうしてそう言い切れる」

 エヴァンが問いかけると、ロウは表情を曇らせた。

「このユレイトに来る前。俺も話を聞こうと、刺客を捕まえたとこがあるんだ。だが、そいつは口の中に仕込んでいた毒を飲んで、死んでしまった。だから俺は、毎回捕まえることなく追い返してるんだ」

 ロウの口調は重く苦い。刺客は自害したとは言え、その状況に追い込んでしまったのは自分だという思いがあるのだ。

「そうか……だが、今まで手に負えていたからとって、今後も無事とは限らないだろう。そのような危険な状態で、ロウを無防備に放置しておくなどできない。とにかく護衛はつける」

 絶対に譲らない姿勢を見せるエヴァンの言葉に、ロウはため息を一つつき、渋々と頷いた。

「わかった。ただまぁ当然といえば当然だが、刺客はセルジアを出てからいままで、襲撃はすべて夜に来てる。昼間は護衛つけとくだけ無駄だぞ。夜だけでいい。刺客の気配を感じたら、俺から声をかけるようにするから、不寝番なんかもしなくていいしな」

「ロウがそう言うのならばそうしよう。ミッチェル、兵舎に戻ったら、セルゴーに事情を説明して、今晩からロウの護衛につくように言伝をしておいてくれ。ロウとセルゴーは面識があるから、護衛には適任だろう」

「かしこまりました」

 ミッチェルの返事に頷きながら、エヴァンは微かな不安が胸に湧いてくるのを感じていた。
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