MAN in MAID 〜メイド服を着た男〜

三石成

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第四章 刺客

「距離感すごくない?」 -2-

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「だから、誰もが簡単に通れる道を作るのではなくて、こういうこともできるのだと示す。教本としてその物語が活用されることで、物語は多くの者に広まり、社会に良い影響を与えてくれるだろう」

 エヴァンが語り終えると、しばしの間、皆が呆気に取られたように言葉を発することはなかった。その沈黙を破ったのは、ギルバートの拍手だ。

「現状の社会を壊すことなく、影響を与えていけるような、実に素晴らしい政策だと思います、エヴァン様。教本にメッセージを込めていくことは、今回だけではなく、これからも活用できそうですね」

「ああ、そうだな。ギルバートにそう言ってもらえて安心した。ロウは、この話についてどうだろうか。話のモデルになってもらうのだから、ロウには許可を貰いたいのだ」

 エヴァンが話を向けると、ロウは肩をひょいとすくめた。

「俺の話が何かの役に立つなら、別に何も問題はねぇよ。だがところで、本ってどうやって作るもんなんだ?」

「物理的に本を作るという話であれば、文字や挿絵が描かれた版を作って、その版にインクをつけ、紙に押しつけて印刷する。その紙の束をまとめれば本のできあがりだ。この、実際に本を作るところは町の職人に声をかければ良い。だがまずはその、大事な版を作るのに必要な原本を作らねば……とは思っていて、そこを悩んでいる。ベースはロウの実話にするのだが、これをどうしたら子供たちが楽しく読めるような物語にできるのか、と」

 この世界における本は、一般的に高価なものである。

 ユレイトの町には一軒の印刷所があり、荘園内で流通する本の全てを刷っている状態ではあるが、その本の種類はそう多くない。最も多く刷られているのは、先日ルイスが語った最終戦争と、国の成り立ちを綴った歴史書。そのほかのほとんどがいわゆる技術書や図鑑のようなもので、娯楽のために読むような小説や児童書などは存在しない。よって、作家を生業にする者など、当然この世界にはいないのだ。

 と、リリーがハッとしたように顔を上げた。

「そういえば、メイドの面接をしたときに、子供たちに物語を話して聞かせるのが得意だって言っている人がいませんでしたか?」

 リリーが話を向けたのは、共にその面接をしていたギルバートである。だが、もはや数えることも億劫になるほどの人数を面接したギルバートは、渋い表情を浮かべる。面接で彼女たちが言っていた自己アピールなど、もう憶えていないのである。

「ほら、あのペラペラとよく喋って、その上ガハハって下品な声で笑っていた人ですよ。確かぁ……あー……エマさん、だった気がします」

 リリーは自分のこめかめのあたりを人差し指でトントンと叩きながら、記憶を絞り出した。と、リリーの言葉に刺激されたように、ギルバートも目を見開く。

「ああ、確かにいました。彼女が作った物語が近所でも評判で、村中の子供たちがこぞって聴きにきたという」

「それは、ぜひ教本作りに協力願いたい能力を持っていそうだな。ギルバート、彼女を探すことはできるか?」

 エヴァンが問うと、ギルバートは任せてくれと言わんばかりに自分の胸を叩く。

「面接にきた者は全員、住所と名前を記録しております。リリーがエマという名前を憶えていてくれましたから、参照すればどこに住んでいるかはわかります」

「二人とも、よくやってくれた。彼女には俺から説明をしたい、邸宅に呼んできてくれ」

「かしこまりました。明日にでも、こちらから迎えを出しましょう」

 ギルバートの返事にエヴァンが頷いたところで、今度はダグラスが話し出す。

「エヴァン様、兵の中に絵の得意な者がおります。ミッチェルなのですが、彼の絵を挿絵に起用するのはいかがでしょうか」

「ミッチェルが、絵を描くことを得意とするというのは初耳だな。彼の描いた絵を見たことがあるのか?」

 エヴァンは自分の兵団にいる、年若い青年であるミッチェルのことはもちろん知っている。だが、彼が絵を得意とすることは初耳だった。問いかけられ、ダグラスは大きく頷く。

「どうもミッチェルは、シャイな性格のようですね。誰にも知られないよう、非番の時に隠れるようにして、この邸宅の庭で写生をしております。俺も守衛として立っている所を風景の一部として描かれていて、それで見せてもらったことがあるのです。繊細で美しい絵を描きますよ」

「なるほど、それで合点がいった。ミッチェルには俺から声をかけておこう」

 今日のこのお茶会で、悩んでいた作家と挿絵画家の当てが一気に見つかった。

 早速大きく動き出した教本作りの計画に、エヴァンは満足そうに息を漏らして、ブルーベリーのスコーンを一口。ブルーベリーのみずみずしさが残った、優しい甘さが口の中に広がる。

「俺は人に恵まれているな」

 独り言のようにつぶやいたエヴァンの言葉に、使用人たちは嬉しそうに顔を綻ばせたのだった。




 翌日。

 迎えにやった馬車に揺られ、領主邸に到着したのは、ぽっちゃりとした体型が可愛らしい印象の、栗毛の女だった。

 エプロンをつけたまま、くすんだ茶色のワンピースを着た彼女は、半ば転げ落ちるように馬車から降りてくると、あたりをキョロキョロと見回しながら邸宅の中へとやってくる。

「エマ様、ようこそいらっしゃいました。先日もこちらでお会いしましたが、わたくしは執事のギルバートと申します」

 エントランスまで迎えに出たギルバートの声かけに、エマは眼を丸くする。

「まあ、エマ様ですって。そんな呼ばれ方をしたのは生まれてきて初めてのことです。ギルバートさん、あの私、今日はどうして呼ばれたんでしょうか。前回こちらでメイドが募集されていた時には確かに面接を受けに来たのですが、不合格だったんです。あ、別にそのことについて、怒ってなどいませんよ。すごくたくさん面接を受けに来ている方たちがいましたもんね。縁がなかったんだなってわかってます。だから、腹いせに何かしてやろうとか思いませんでしたし、物を壊したり盗んだりなんてしていませんし。もし何かなくなっていたとしても、犯人は私じゃありません。……いや、待って? そもそも、物を壊したり盗んだりした犯人を呼び立てるのに、わざわざあんな立派な迎えの馬車なんて寄越すかしら?」

 エマは一度話し始めると止まらないようで、怒涛の勢いで言葉を続ける。最後の方はギルバートに話しかけているというよりもむしろ、大きすぎる独り言だ。そんな彼女の様子に、ギルバートは彼女を面接した時の様子を明確に思い出していた。

「ご心配には及びませんよ、けっして悪い話ではありません。説明はエヴァン様がなさいますので、どうぞこちらへ」

 ギルバートは穏やかな微笑みを浮かべたままエマを安心させると、階段を上ってエヴァンの執務室へと彼女を案内した。ノックを三回。

「エヴァン様。エマ様がいらっしゃいました」

 扉が開かれ、薄暗い印象のある廊下から、光の溢れる執務室の中へと視線を移す。

 その時、エマは自分の体に、雷でも落ちたかのような衝撃を感じた。

 執務室の中で、エヴァンは窓辺に立っていた。美しい金髪が、窓から差し込む秋の太陽の光を浴びて、キラキラと輝いている。同じく金のまつ毛に縁取られた碧眼がエマの方を見て、そして微笑んだ。

 その眼差しを向けられた瞬間に、エマの心臓が尋常ではない速度で脈打ち出す。

 ユレイト領の中で西端にあるセリンダ村に住むエマは、今まで己の暮らす荘園の領主を見たことがなかったのだ。

「突然呼び立ててしまってすまない、驚いただろう。こちらに座ってくれ、エマ」

 エヴァンに名前を呼ばれ、エマの心の中で、小さなたくさんのエマが全員同時に絶叫する。「名前を呼ばれたわ、なんて甘い声なんでしょう」「ちょっと初対面で呼び捨ての距離感すごくない?」「いやまって、だって相手は領主様だもの、呼び捨てで当然なのよ、こんなところで舞い上がらないで私」などなど。

 しかし、表のエマは一言も発することなく、デスクの前に置かれた椅子にスススッと腰掛けた。

 そんな彼女の様子に、ギルバートは軽く首を傾げる。先ほどのエントランスでのエマの様子からして、ここでも凄まじい勢いで話し始めるだろうと予測していたのである。

 一方、エマから熱い視線を向けられているエヴァンは彼女と初対面である。特に違和感を感じることもなく、エマとデスクを挟んで向かい合う形で、椅子に腰を下ろした。

「一応、自己紹介はしておこうか。俺がユレイト領主のエヴァンだ」

「エマ・セリンダ、と、申します」

 先ほどまでは、視線で穴を開けるほどの勢いでエヴァンを見つめていたエマは、そう短く小さな声で名乗りながら視線を伏せた。エヴァンとの距離が近くなったことで、視線を交わしていることに心臓が耐えられなくなったからである。エマは自分が、髪を引っ詰めただけで、口紅のひとつも差していないことを思い出していた。

 そんな彼女の様子に、部屋の隅に控えているギルバートは、さらに首の傾斜を深めた。

「よろしく、エマ。早速だが、今日わざわざここまで来てもらった理由を説明させてもらおう」

 エマとギルバートが、それぞれにまったく違うことを頭の中で考えているなど知る由もないエヴァンは、誰に対する時とも変わらぬ落ち着いた口調で話し始める。
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