MAN in MAID 〜メイド服を着た男〜

三石成

文字の大きさ
上 下
31 / 43
第三章 賢者

「ぶち壊して欲しい」 -2-

しおりを挟む
 ルイスはふっと息を吐き、柔和に笑う。顔はアルコールの影響で赤らんではいるものの、その表情は昼間のものと変わりないものへと戻っている。

「言ったでしょう? この目で見ているように噂を聞いてきた、と」

 意味深に笑うルイスに、エヴァンは引っかかるものを感じた。

「それは、どういった意味でしょうか」

「せっかくの機会ですから、エヴァン様にはすべてお伝えしてしまいましょう。これは聖職者以外にはあまり知られていないことなので、あまり口外して欲しくはないのですが、賢者以上力を持つ聖職者は、治癒の力の応用で、他人の記憶を見ることができるのです」

「他人の記憶を見る、とは……いまいち想像ができないのですが」

「言葉どおりの意味ですよ。こう、対象の頭に手をやって、その者が記憶を思い起こすと、自分の記憶のように脳内で再生することができるんです。あ、ちなみに記憶を読み取る対象が、その記憶を思い起こしてくれないといけない以上、対象が同意していないことを見ることはできません」

 ルイスはその技術を実演するように、手を誰かの頭に当てるような仕草をする。

「王都の外の生活が知りたくて、私は国中のあらゆる地域に人をやり、各地の様子を見てきました。その中でもっとも興味深かったのが、このユレイトです。安定した荘園や、邸宅の様子を見れば、その治世の才覚が卓越していることはわかります」

「荘園の様子はともかく、邸宅の様子で何か分かるのですか?」

「もちろん。この邸宅は、領主としての品格を損なわない程度の重厚さは備えていますが、広さや使用人の数も含めて、過ぎたるところがひとつもない。あなたは欲を抑え、己よりも民を一番に考えることのできる人間だ」

 率直な褒め言葉に、エヴァンは軽く眉を下げて笑った。処世術として、こういった場面では、相手の褒め言葉を軽く否定して謙遜する方が簡単だ。だが、己よりも民を一番に考えることは、エヴァンにとって事実であり、それを否定することは難しい。

「優秀な使用人に仕えてもらい、このような立派な邸宅に住んで、日毎に素晴らしい食事を口にできる。俺は十分すぎる生活を送っていると思っています。それに、別に努力をしてそうしているわけではなく、俺には、そうする方が、心地が良いというだけの話ですから」

 エヴァンの返事に、ルイスは微笑む。

「でしたら、あなたは領主としての才に恵まれている。生まれ持った才能を、ごく自然に生かせる立場にいる。類稀なることです」

「そうかもしれません。しかし、俺は実は、ロウやテディ、ルイス様が少し羨ましい」

「羨ましい、ですか? ロウくんにテディくん、それに私と、皆随分境遇が違いますが、それはまたどうして」

 エヴァンは頷きながらデスクの上に軽く視線を落とした。そして、ルイスが己の話をし始める前に前置きをしたように「領主の息子として生まれた者の傲慢かもしれません」と言ってから話し始める。

「俺は次男です。立派な兄がおりますから、物心ついたときから、故郷であるルテスーンの領主に自分がならないことは理解しておりました。そして、小さい頃から、自分は騎士になるのだろうと思っていて、実際にルテスーン領では、兵士を経て騎士になっていました。そのことに対して、良いも悪いも感じたことはありません」

 領主とは法王が任命するものであるが、実質的には他の職業と同じく世襲となる。領主が亡くなった場合、前の領主の長子が、同じ領の領主に任命される場合がほとんどである。

 次男以降の息子は、多くはその領の騎士として働くことになる。

「兄を羨んだことはありませんか?」

 ルイスからの問いかけに、エヴァンは首を横に振って答えた。

「まったく。そもそも、領主になりたいと思ったことはありません」

「では、ユレイトの領主に任命された時はどう感じていたのですか?」

「ええ、そこです。俺が皆さんを羨ましく感じるのは」

 エヴァンはそう言って、軽く息を漏らしながら笑う。

「特に何も思わなかったのです。もちろん、俺の戦績を認めていただけて、領をいただけるなど、ありがたいことだと思いました。領主になることの責任も感じましたが、嬉しいとか嫌だとか、そういう感情は微塵も湧かなかった。俺は領主になりたくもなかったし、騎士になりたくもなかった。別に、自分が何をやることになろうが、与えられたものをこなすだけで、構わなかったんです」

 机の上に置かれたランプの中の火炎岩は、炎の揺らぎを発生させることもなく、安定して炎を生み出し続ける。その薄いオレンジ色の光が、穏やかなエヴァンの表情を照らしていた。

「この感覚は、俺が恵まれているからこその発想なのかもしれません。一度も農民になったことはありませんから、もしそうだったら、という、あくまでも仮定の話です。しかし、もし俺が農民の息子として生まれていたら、特に何の疑問も不満も持たずに、農民として生きていたのではないかと思います。俺には自分の将来を変えたい、現状を変えたいという熱意や意志がない。そういったものを持っている者が、眩しく見える」

「なるほど。しかし、そんなエヴァン様から、すべての者が職業を自由に選べるようにしよう、という発想が出たのが興味深いですね」

「だからこそ、なのかもしれません。ロウもテディも、ルイス様も、何か望むものがあって、そこに熱意を燃やす人を眩しく感じる。だからこそ、応援したいと」

 ルイスはようやく納得したように頷き、ゆっくりと椅子から立ち上がった。しかし、立ち上がった拍子に軽くよろめいた。エヴァンは慌ててデスクを回り込みそばへと向かうと、その体を支える。

「さすがに、飲み過ぎではないですか? こうなってくると精神を堕落させるというよりも、お体に障りそうですが」

「これは失礼。いつも部屋でダラダラと一人で飲んでいるものですから。こんなに足にくるとは思わなかった。それに、こんな夜中に、随分長居をしてしまいました。エヴァン様が寝不足にならならなければ良いのですが」

 エヴァンは苦笑を浮かべる。

「ルイス様がいらっしゃらなくても、このところ慢性的な寝不足でしたから。お気になさらず」

 ルイスが燭台を手に歩きだすのに合わせて、エヴァンは彼の体を支えながら共に扉の方へと向かう。そして、思いついたように付け足した。

「明日、ミレーニュ村の教会にお送りするときに、そうとわからないように酒をお贈りしましょう。酒は、いつも何の種類を飲まれていますか?」

「それはありがたい。酒の種類を選り好みできるような立場ではありませんでしたから、手に入るものであれば節操なく何でも飲みます。しかし、もし、注文してもよければラム酒をお願いできますか」

「承知しました」

 エヴァンの返事を聞き、ルイスは本当に嬉しそうに笑った。そして扉を開き、外に出たところで振り向く。

「これからも、私は聖職者として、エヴァン様のなさることに意見することがあるかもしれません。しかし私個人としては、常にエヴァン様のなさることを全面的に肯定しております。そのことをどうぞ、頭の片隅にでも留め置いてください」

「俺は、そのご期待に応えられるでしょうか」

「エヴァン様ならばやってくださいますとも」

 ルイスの言葉には、エヴァンに対する全幅の信頼が込められていた。

「部屋までは自分で歩いて帰れますので、どうぞご心配なく。それでは、おやすみなさい」

 ルイスは就寝の挨拶を述べると、どこかふわふわとした足取りながらも、一人で歩いて廊下の闇の中へと消えていく。

 彼の後ろ姿を見送ってから、エヴァンは扉を閉めて、一人執務室の中へと戻った。

 扉に背を預け、エヴァンはその場で目を閉じて、ふうっと息を吐き出す。ロウ、ルイスの二人と話した言葉の一つ一つが、止めようもなく頭の中を駆け巡っていた。


 それからエヴァンは自分のベッドに戻って体を横たえたが、結局朝まで再度寝付くことはできなかった。

 目を閉じても、さまざまな光景や言葉や考えが、頭の中に浮かんでは消えていく。悶々としたまま、朝日を迎えることになる。

 太陽が昇ると、窓の外からの光が厚いカーテンの隙間から漏れるように、部屋の中へと差し込む。

 その縦に狭められた光は、窓と反対の壁に置かれている本棚を照らし出していた。まるでスポットライトを当てられているかのようなその光景を見ながら、エヴァンはふっと、息を漏らして一人笑う。

 エヴァンの中に、一つのアイディアが降って湧いたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...