MAN in MAID 〜メイド服を着た男〜

三石成

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第三章 賢者

「野山を拓いて勝手に歩き始める」 -1-

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 この世界を支配しているのは、人間ではない。

 驚異的な繁殖能力と生命力の高さを持ち、どのような環境下にも適応し、人間を含むあらゆるものを食料として生きるゴブリン。世界の大部分に生息し、知能は低いが独自の文化を作っている彼らが、この世界の支配者だ。

 聖エリーゼ国は、そんなゴブリンに支配された世界にある、人間の唯一の聖域である。北に聳えるベスティ山脈、西に聳えるベスベリ山脈、そして東と南には広大な海の広がる地形が、この地の平穏を生み出している。

 聖エリーゼ国が生まれる前も、人間は古来より、自然に守られたこの地に根付き、生きてきた。

 四二の集団がそれぞれに国を名乗っていたが、各国は、人間が生きていける限られた土地を巡って、絶えず争いを続けた。人はより良い環境を求めるもの。持たざる者は持てる者を襲い、持てる者もより良い土地を狙い、戦いを繰り返す。

 人間同士、国同士の不毛な争いは、いつしかゴブリンではなく、人間自身が人間という種族を絶滅へと追いやろうとしていた。

 そんな中、現在の王都にあたる土地のフィカスという国に、一人の女が生まれた。眩い白銀の髪を持つ乙女の名を「エリーゼ」という。

 彼女は生まれながらに、他人を治癒する不思議な力を持っていた。人々は当然、さまざまな場面においてエリーゼに救いを求めた。

 その癒しの力の噂が広まり、他国がエリーゼの存在を知ると、今度は土地ではなく、エリーゼを巡って、後に「最終戦争」と呼ばれる大戦乱が起こった。人々は傷つき、フィカス国の全土が戦場となった。

 その焦土と化した土地で、エリーゼは自身に詰め寄る人々へと、今すぐ全ての争いをやめるように訴えた。また、フィカス国のあった土地を、どの国にも属さない聖域とすることを宣言する。

 エリーゼは聖域へのいっさいの武器の持ち込みと、あらゆる争いごとを禁則とした。

 また、エリーゼはどの国の者であっても自由に聖域へ訪れることを許可し、皆を等しく癒した。しかし同時に、その禁を破った者に対しては、決して癒しの力を行使しなかった。

 人々は当然、エリーゼに癒してもらえなくなることを恐れ、彼女に従うことを選んだ。結果、四二の国はいつしか四二の領地となり、聖域であった王都を中心とした一つの国となった。これが、現在の聖エリーゼ国の始まりである。

 争いごとが禁じられているため、あらゆることは、法王となったエリーゼの判断に委ねられた。四二の領地を統べる領主は法王が任命し、領地のことは領主が判断する形をとる。すべての人々には領主から土地が与えられるが、これは他の土地を望んではならないという、禁則の裏返しでもある。

 人間の生命には農業が不可欠だが、同時に商人や職人、兵士などそのほかの職業も必要になってくる。そこで、領主は一部の人々を土地の制約から解放する権利を持つ。

 こうして、聖エリーゼ国の根幹を成す仕組みができあがっているのだ。


「つまり、全ての者に職業選択の権利を与えるということは、聖エリーゼ国においてもっとも禁じられている、争いを生む行為だということなんですよ」

 そう話を締めくくったルイスに、テディがまた抗議の声を上げ、食ってかかる。

「どうしてそうなるんだよ。エヴァン様は皆がなりたいものになれるようにしようって言ってるだけで、争いなんか生んでないだろ!」

「こらテディ、やめなさい」

 ついに敬語もやめたテディをエヴァンが叱責するが、ルイスはまた微笑みを浮かべ、かまわないというように首を横に振った。

「争いとは、何も暴力だけを示しているものではないんだよ。二名以上の人間が、異なる目的や意思を持って対立すると、自然と生まれるものなんだ。例えば、もし私がユレイトの領主になりたいと言ったらどうなる?」

「どうって……ユレイトの領主はエヴァン様に決まってるだろ」

「そう。聖エリーゼ国において、それは揺るがないんだ。領主は法王が任命するもので、なりたいと言ってなれるようなものではないし、やりたくないと言って拒否できるものではないよね。だけど、もし誰もがなりたいものになれる権利を持つのであれば、法王や領主や聖職者だけ特別ってわけにはいかない。もしそれを特別扱いするならば、それこそ不公平じゃないかい? 席の数が決まっているものに、それ以上の人間が座ろうとしたら、そこには必ず、争いが生まれるんだよ。これはあくまで領主を例に出しただけだが、これと同等の争いは商人や職人でも起こる」

 ルイスの説明は続けられたが、テディは相変わらず不満そうな顔のまま押し黙った。エヴァンもまた、ルイスの言葉を聞いた上で、あらためて己の立てていた構想について考え込む。

 先ほどまで賑やかだった大食堂に、不自然に沈黙が落ちる。オロオロとしながらも、次の言葉を発したのはハンナだった。

「その、職業選択の自由を全ての者に与えるか正直私も反対なのですが、学舎の設立は、とても画期的で素晴らしいことと私は思います。たとえ農民であっても、皆が文字を読めるようになれば、できることが増えますわ。だって、知識の宝庫である本が読めるようになるのですもの。もし何か私にお手伝いできることがあれば、ぜひ仰ってくださいね」

「そのことに関しては私も同感です。今までハンナくん一人で請け負ってきたものを、今度からは私とミカくんも加わって対応していくことになりますからね。私とミカくんも、学舎に関してはぜひお手伝いしたいと思っていますよ」

 ルイスもハンナに言葉を続けた。エヴァンは考え込むあまりに眉間に寄っていた皺を伸ばして、微笑みを浮かべる。

「ありがとうございます。皆様にご協力いただけましたら、きっと素晴らしい教育を行うことができます」

 エヴァンがそこで言葉を切ると、空気を読んでいたギルバートが一歩前へと進み出た。

「ご歓談のところ失礼いたします。そろそろ夜も更けてまいりましたので、客室へとご案内させていただきます」

「客室? 今日はこちらに泊まっていって良いのですか?」

 ルイスの問いかけに、エヴァンは微笑み頷く。

「ええ、ぜひ。ここからミレーニュ村までは遠いですし、ミレーニュ村の教会に戻ってから、眠れるように教会内を整えるのは大変でしょう。明日はモーニングをお召し上がりになった後に、ミレーニュ村までお送りします」

「それはありがたい」

 二人の会話が済んでから、ハンナが立ち上がった。

「町の教会はすぐ近くですので、私はこれで失礼させていただきますね」

「承知いたしました。ギルバート、ダグラスにハンナ様を教会までお送りするように命じてくれ」

「かしこまりました」

 ギルバートが頷きハンナを伴って大食堂を出て行った。次にネイサンが前へと進み、ルイスとミカを伴って行く。

 そうして、客人を含めて部屋に誰もいなくなると、エヴァンは椅子の背もたれに後頭部を預けて完全に脱力した。彼の口からは、深いため息が漏れていた。
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