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第三章 賢者
「事実です」 -2-
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邸宅の大食堂では、盛大なディナーが始まっていた。
盛大と言っても客はルイス、ミカ、ハンナの三人だけであり、部屋の中央に設置された、縦長の巨大なテーブルについているのはエヴァンも入れて四名だけである。
それでもテーブルの上に並ぶ食事は、普段エヴァンがとっているディナーと比較しても、たいそう豪勢なものであった。手間のかかる料理が多く運ばれてくることにはエヴァンも気づいており、来客が珍しい邸宅において、コックのベロニカが気合を入れていることが伝わってきていた。
ただ一般的なディナーと違うところは、テーブルにいっさいのアルコールが存在しないところだ。聖職者は精神の堕落を嫌って、酒を口にすることがないため、エヴァンも彼らに合わせている形であった。
「彼がギルバート。俺の有能な執事で、家のことだけではなく、荘園運営の補佐もしてもらっています。それと、こちらのネイサンはギルバートの甥です。この邸宅唯一のフットマンとして、毎日忙しい中よく働いてくれています」
ルイスからの希望を受けて、エヴァンはディナーのさなかに、使用人のことを丁寧に一人ずつ紹介していく。
その紹介を受けて、給仕をしているギルバートとネイサンは軽く会釈をする。
「なるほど。ギルバートくんは私と同い年くらいでしょうか。様子を見るに、生まれた時からエヴァン様にお仕えしているのですね」
ルイスはニコニコと笑顔を浮かべながら、メイン料理である鹿肉のステーキを運んできたギルバートを見る。ギルバートは軽く視線を伏せるようにして微笑んだ。
「確かにわたくしはエヴァン様がお生まれになった時からお側におりますが。これはまた嬉しいご冗談を。わたくしは今年で五四になります」
「ほら、やっぱり。ギルバートくんは僕より一つ下だ」
ルイスは笑みを崩さぬまま、ギルバートへと言葉を返す。有能な執事は客人に冗談を続けられたのだと思い、話を流すようにくすりと笑った。
しかし、エヴァンは思わずフォークに刺していた鹿肉を皿の上に取り落とした。そのまま、ギルバートとルイスの顔を交互に見る。老けている訳ではないが、ギルバートは良くも悪くも年相応の見た目をしている。ルイスはどう見ても自分と同年代にしか見えない。
「ご冗談、ですよね?」
「本当ですよ」
「さすがに信じませんよ」
訝かしむエヴァンに、ギルバートも徐々に真顔になっていく。
と、信用を得られなかったルイスは助けを求めるように、横に座っているミカへと視線を向けた。ミカはディナーの席にあっても今まで一人黙々と食事をしていたが、ルイスからの視線を受けて、ようやく顔を上げた。
「事実です」
籠ったような低い声は、エヴァンが初めて聞いたミカの声であった。そしてその一言がやたらと重い。寡黙で真面目そうなミカが、このような場面で嘘をつくとは考えられないためだ。
「嘘……」
話を聞いていたハンナは呆然と呟いたが、この場合は嘘だろうと言っているのではない。あくまで感嘆の言葉だ。
エヴァンも同様の感想を抱きながら、会話を続ける。
「てっきり俺と同い年くらいかと思っていました」
「確かエヴァン様は三二歳でしたよね? 年若い領主様だと話題でしたから、それは嬉しい。私の見た目はいくつになっても変わらないと、確かによく言われるんですけどね」
変わらないにも程がある。エヴァンは突っ込みの言葉を飲み込んだ。
「賢者というのは、皆様、実年齢よりもお若いものなのでしょうか。それも祝福のお力で?」
そう問いかけながら、エヴァンはいままで出会ったことのある賢者の見た目を思い浮かべる。皆それなりの年齢がいっているようではあったが、彼らの実年齢が、それよりもさらに上だったという可能性もあると思ったのだ。
しかし、ルイスはクスクスと笑い声を漏らしながら首を横に振った。
「私などよりも面白い冗談をおっしゃる。賢者というのはあくまで肩書きであって、法王とは違って人外のものではありませんから。私も、もう少し見た目に貫禄があった方が良いだろうとは、常々思っているのですがね」
「そう……ですよね」
エヴァンも、あくまで冗談を言ったのだという体で、話を合わせるようにして笑った。しかし、彼は本気で、賢者とはそういうものなのかと思ったのである。
エヴァンがそう誤解しかけたのには、不老不死である法王の存在と、聖職者だけが持つ特殊な力が関係している。
賢者だけに限らず、聖職者は皆、人の病や傷を治す治癒の力を持っている。その治癒の力には聖職者ごとに個人差があるが、位が高ければ力も強い。
そもそも聖職者になるには、法王の祝福を受ける必要がある。祝福を受けると、彼らの体の構造が変化し、治癒の力が使えるようになるのだ。その証として、元がどんな髪色だったとしても、濃い灰色の髪へと変化する。
だがこの髪の色は、本人の智慧や治癒の力の高まりに合わせる形で、次第に色が薄くなり、白へと近づく。ルイスの髪が銀色で、灰色の髪と形容できるミカやハンナよりも薄い色なのは、これが理由である。
力を高めると体には筋肉がついて体型が変わる。聖職者は智慧を高めると髪色が変わる。そういった感覚で一般的に受け入れられているものである。
また、聖職者が領主になることはない。
どの領主も皆独自の戦力を持ち、法王からの要請に応えて出兵しなければいけない。その関係上、いっさいの戦力の保持をしないと誓っている聖職者が、領主になることはできないのだ。
盛大と言っても客はルイス、ミカ、ハンナの三人だけであり、部屋の中央に設置された、縦長の巨大なテーブルについているのはエヴァンも入れて四名だけである。
それでもテーブルの上に並ぶ食事は、普段エヴァンがとっているディナーと比較しても、たいそう豪勢なものであった。手間のかかる料理が多く運ばれてくることにはエヴァンも気づいており、来客が珍しい邸宅において、コックのベロニカが気合を入れていることが伝わってきていた。
ただ一般的なディナーと違うところは、テーブルにいっさいのアルコールが存在しないところだ。聖職者は精神の堕落を嫌って、酒を口にすることがないため、エヴァンも彼らに合わせている形であった。
「彼がギルバート。俺の有能な執事で、家のことだけではなく、荘園運営の補佐もしてもらっています。それと、こちらのネイサンはギルバートの甥です。この邸宅唯一のフットマンとして、毎日忙しい中よく働いてくれています」
ルイスからの希望を受けて、エヴァンはディナーのさなかに、使用人のことを丁寧に一人ずつ紹介していく。
その紹介を受けて、給仕をしているギルバートとネイサンは軽く会釈をする。
「なるほど。ギルバートくんは私と同い年くらいでしょうか。様子を見るに、生まれた時からエヴァン様にお仕えしているのですね」
ルイスはニコニコと笑顔を浮かべながら、メイン料理である鹿肉のステーキを運んできたギルバートを見る。ギルバートは軽く視線を伏せるようにして微笑んだ。
「確かにわたくしはエヴァン様がお生まれになった時からお側におりますが。これはまた嬉しいご冗談を。わたくしは今年で五四になります」
「ほら、やっぱり。ギルバートくんは僕より一つ下だ」
ルイスは笑みを崩さぬまま、ギルバートへと言葉を返す。有能な執事は客人に冗談を続けられたのだと思い、話を流すようにくすりと笑った。
しかし、エヴァンは思わずフォークに刺していた鹿肉を皿の上に取り落とした。そのまま、ギルバートとルイスの顔を交互に見る。老けている訳ではないが、ギルバートは良くも悪くも年相応の見た目をしている。ルイスはどう見ても自分と同年代にしか見えない。
「ご冗談、ですよね?」
「本当ですよ」
「さすがに信じませんよ」
訝かしむエヴァンに、ギルバートも徐々に真顔になっていく。
と、信用を得られなかったルイスは助けを求めるように、横に座っているミカへと視線を向けた。ミカはディナーの席にあっても今まで一人黙々と食事をしていたが、ルイスからの視線を受けて、ようやく顔を上げた。
「事実です」
籠ったような低い声は、エヴァンが初めて聞いたミカの声であった。そしてその一言がやたらと重い。寡黙で真面目そうなミカが、このような場面で嘘をつくとは考えられないためだ。
「嘘……」
話を聞いていたハンナは呆然と呟いたが、この場合は嘘だろうと言っているのではない。あくまで感嘆の言葉だ。
エヴァンも同様の感想を抱きながら、会話を続ける。
「てっきり俺と同い年くらいかと思っていました」
「確かエヴァン様は三二歳でしたよね? 年若い領主様だと話題でしたから、それは嬉しい。私の見た目はいくつになっても変わらないと、確かによく言われるんですけどね」
変わらないにも程がある。エヴァンは突っ込みの言葉を飲み込んだ。
「賢者というのは、皆様、実年齢よりもお若いものなのでしょうか。それも祝福のお力で?」
そう問いかけながら、エヴァンはいままで出会ったことのある賢者の見た目を思い浮かべる。皆それなりの年齢がいっているようではあったが、彼らの実年齢が、それよりもさらに上だったという可能性もあると思ったのだ。
しかし、ルイスはクスクスと笑い声を漏らしながら首を横に振った。
「私などよりも面白い冗談をおっしゃる。賢者というのはあくまで肩書きであって、法王とは違って人外のものではありませんから。私も、もう少し見た目に貫禄があった方が良いだろうとは、常々思っているのですがね」
「そう……ですよね」
エヴァンも、あくまで冗談を言ったのだという体で、話を合わせるようにして笑った。しかし、彼は本気で、賢者とはそういうものなのかと思ったのである。
エヴァンがそう誤解しかけたのには、不老不死である法王の存在と、聖職者だけが持つ特殊な力が関係している。
賢者だけに限らず、聖職者は皆、人の病や傷を治す治癒の力を持っている。その治癒の力には聖職者ごとに個人差があるが、位が高ければ力も強い。
そもそも聖職者になるには、法王の祝福を受ける必要がある。祝福を受けると、彼らの体の構造が変化し、治癒の力が使えるようになるのだ。その証として、元がどんな髪色だったとしても、濃い灰色の髪へと変化する。
だがこの髪の色は、本人の智慧や治癒の力の高まりに合わせる形で、次第に色が薄くなり、白へと近づく。ルイスの髪が銀色で、灰色の髪と形容できるミカやハンナよりも薄い色なのは、これが理由である。
力を高めると体には筋肉がついて体型が変わる。聖職者は智慧を高めると髪色が変わる。そういった感覚で一般的に受け入れられているものである。
また、聖職者が領主になることはない。
どの領主も皆独自の戦力を持ち、法王からの要請に応えて出兵しなければいけない。その関係上、いっさいの戦力の保持をしないと誓っている聖職者が、領主になることはできないのだ。
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