MAN in MAID 〜メイド服を着た男〜

三石成

文字の大きさ
上 下
26 / 43
第三章 賢者

「事実です」 -2-

しおりを挟む
 邸宅の大食堂では、盛大なディナーが始まっていた。

 盛大と言っても客はルイス、ミカ、ハンナの三人だけであり、部屋の中央に設置された、縦長の巨大なテーブルについているのはエヴァンも入れて四名だけである。

 それでもテーブルの上に並ぶ食事は、普段エヴァンがとっているディナーと比較しても、たいそう豪勢なものであった。手間のかかる料理が多く運ばれてくることにはエヴァンも気づいており、来客が珍しい邸宅において、コックのベロニカが気合を入れていることが伝わってきていた。

 ただ一般的なディナーと違うところは、テーブルにいっさいのアルコールが存在しないところだ。聖職者は精神の堕落を嫌って、酒を口にすることがないため、エヴァンも彼らに合わせている形であった。

「彼がギルバート。俺の有能な執事で、家のことだけではなく、荘園運営の補佐もしてもらっています。それと、こちらのネイサンはギルバートの甥です。この邸宅唯一のフットマンとして、毎日忙しい中よく働いてくれています」

 ルイスからの希望を受けて、エヴァンはディナーのさなかに、使用人のことを丁寧に一人ずつ紹介していく。

 その紹介を受けて、給仕をしているギルバートとネイサンは軽く会釈をする。

「なるほど。ギルバートくんは私と同い年くらいでしょうか。様子を見るに、生まれた時からエヴァン様にお仕えしているのですね」

 ルイスはニコニコと笑顔を浮かべながら、メイン料理である鹿肉のステーキを運んできたギルバートを見る。ギルバートは軽く視線を伏せるようにして微笑んだ。

「確かにわたくしはエヴァン様がお生まれになった時からお側におりますが。これはまた嬉しいご冗談を。わたくしは今年で五四になります」

「ほら、やっぱり。ギルバートくんは僕より一つ下だ」

 ルイスは笑みを崩さぬまま、ギルバートへと言葉を返す。有能な執事は客人に冗談を続けられたのだと思い、話を流すようにくすりと笑った。

 しかし、エヴァンは思わずフォークに刺していた鹿肉を皿の上に取り落とした。そのまま、ギルバートとルイスの顔を交互に見る。老けている訳ではないが、ギルバートは良くも悪くも年相応の見た目をしている。ルイスはどう見ても自分と同年代にしか見えない。

「ご冗談、ですよね?」

「本当ですよ」

「さすがに信じませんよ」

 訝かしむエヴァンに、ギルバートも徐々に真顔になっていく。

 と、信用を得られなかったルイスは助けを求めるように、横に座っているミカへと視線を向けた。ミカはディナーの席にあっても今まで一人黙々と食事をしていたが、ルイスからの視線を受けて、ようやく顔を上げた。

「事実です」

 籠ったような低い声は、エヴァンが初めて聞いたミカの声であった。そしてその一言がやたらと重い。寡黙で真面目そうなミカが、このような場面で嘘をつくとは考えられないためだ。

「嘘……」

 話を聞いていたハンナは呆然と呟いたが、この場合は嘘だろうと言っているのではない。あくまで感嘆の言葉だ。

 エヴァンも同様の感想を抱きながら、会話を続ける。

「てっきり俺と同い年くらいかと思っていました」

「確かエヴァン様は三二歳でしたよね? 年若い領主様だと話題でしたから、それは嬉しい。私の見た目はいくつになっても変わらないと、確かによく言われるんですけどね」

 変わらないにも程がある。エヴァンは突っ込みの言葉を飲み込んだ。

「賢者というのは、皆様、実年齢よりもお若いものなのでしょうか。それも祝福のお力で?」

 そう問いかけながら、エヴァンはいままで出会ったことのある賢者の見た目を思い浮かべる。皆それなりの年齢がいっているようではあったが、彼らの実年齢が、それよりもさらに上だったという可能性もあると思ったのだ。

 しかし、ルイスはクスクスと笑い声を漏らしながら首を横に振った。

「私などよりも面白い冗談をおっしゃる。賢者というのはあくまで肩書きであって、法王とは違って人外のものではありませんから。私も、もう少し見た目に貫禄があった方が良いだろうとは、常々思っているのですがね」

「そう……ですよね」

 エヴァンも、あくまで冗談を言ったのだという体で、話を合わせるようにして笑った。しかし、彼は本気で、賢者とはそういうものなのかと思ったのである。

 エヴァンがそう誤解しかけたのには、不老不死である法王の存在と、聖職者だけが持つ特殊な力が関係している。

 賢者だけに限らず、聖職者は皆、人の病や傷を治す治癒の力を持っている。その治癒の力には聖職者ごとに個人差があるが、位が高ければ力も強い。

 そもそも聖職者になるには、法王の祝福を受ける必要がある。祝福を受けると、彼らの体の構造が変化し、治癒の力が使えるようになるのだ。その証として、元がどんな髪色だったとしても、濃い灰色の髪へと変化する。

 だがこの髪の色は、本人の智慧や治癒の力の高まりに合わせる形で、次第に色が薄くなり、白へと近づく。ルイスの髪が銀色で、灰色の髪と形容できるミカやハンナよりも薄い色なのは、これが理由である。

 力を高めると体には筋肉がついて体型が変わる。聖職者は智慧を高めると髪色が変わる。そういった感覚で一般的に受け入れられているものである。

 また、聖職者が領主になることはない。

 どの領主も皆独自の戦力を持ち、法王からの要請に応えて出兵しなければいけない。その関係上、いっさいの戦力の保持をしないと誓っている聖職者が、領主になることはできないのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...