MAN in MAID 〜メイド服を着た男〜

三石成

文字の大きさ
上 下
20 / 43
第二章 訪問者

「なりたいものになるためだ」 -1-

しおりを挟む
 ノックを三回。

「はーいっ、今出まーす」

 家の中から聞こえたのは、明るい女の声だった。

 間も無く扉が開き、声の主である女が顔を出す。歳はエヴァンとそう変わらない程。日に焼けた健康的な肌と、その肌に見合う、程よく肉がついた、がっしりとした体型をしている。

 赤銅色の髪を三つ編みにしてまとめているその小柄な女は、顔を出した時は先ほどの声のトーンと同じく、人好きのする明るい笑顔を浮かべていた。しかし、目の前に領主であるエヴァンが立っていることを認識して、表情が固まる。

 次に、エヴァンの後ろに立っている兵士が、ロープで拘束された子供を抱えている様子を見て、一気に顔を青ざめさせた。

「りょ、りょ、りょ、領主様! そ、それに、テディ! あんた、何やったの!」

 女は驚きの声を腹から出す。その声は近所にも響き渡るような声量であり、見た目通りに、彼女が健康体そのものであることの証左だった。

 名前を呼ばれたテディは、セルゴーの肩の上で、またプイと横を向いた。

 彼女は当然、テディの母である。ロウが言っていたとおり、テディの母は病に伏してなどいない。

「朝早くに突然、大人数で押しかけてすまない。名前を聞いても良いかな? テディのことについて、話があってな。ここで話すのは何だから、家の中に入れてもらえないだろうか」

 母親の反応はあくまで想定の範囲内のものであり、エヴァンは柔和に微笑む。

「は、はいっ、もちろんです。私はテディの母で、ミオーネと申します。汚いところで本当に申し訳ないのですが、中へ、どうぞどうぞ」

 テディの母、ミオーネは我に返ったように口元を押さえ、慌てて横にずれて、客を家の中に招き入れる。 

 丸太を組んで作られた家は素朴な印象であるが、しっかりとした作りになっていて、中に入ると暖かい。テーブルの上に出ている生活用品や、床に転がっている人形などからは、雑然とした生活の匂いを強く感じる。しかし、それも荒んでいるというよりも、家庭の温かみを感じられる範囲だ。

 目につくところに酒瓶が転がっているというわけでもなく、ここまでのミオーネと家の状況を見ただけでも、テディが初めに言っていたことのすべてが嘘であることが伝わってくる。

 家の中は玄関から小さなキッチン、ダイニング、リビングが全ての一つの大きな部屋になっている。そのリビングにあたる絨毯の上には、ふっくらとした頬を持つ赤ん坊が座っていた。テディの妹だ。彼女はガラス玉のような美しい瞳で、ぞろぞろと家の中に入ってきた珍しい客たちを、興味深そうに見上げている。

 エヴァンはミオーネに促されるままに、ダイニングテーブルの椅子を引いて座る。エヴァンが促すと、セルゴーは肩に担いでいたテディをその横に下ろした。彼の体を縛っているロープはそのままだ。

 ミオーネはエヴァンの向かい側に座り、そんな息子の様子を見て気にかけながら、おずおずと口を開く。

「それで、そのー。どうも、うちのテディが何か大変なご迷惑をおかけしてしまったようで。親として本当にお恥ずかしい質問なのですが……テディはいったい、何をしでかしたのでしょうか」

「ミンスイの火炎岩が盗まれたことは、ミオーネも知っていると思うのだが」

「はい、もちろん。私どもも、とても不便な思いをしておりました。領主様が、ご自身でお使いになっていたという火炎岩を置いていって下さって、どれほど助かったことか。あ、今もその火炎岩から取ってきた炎でスープを作っていたのですが、お召し上がりになりますか? うちの畑で作った野菜をたっぷり使っておりまして、栄養満点ですよ」

 ミオーネは不安を紛らわせるようによく喋る。様子から彼女の心情が伝わってきて、エヴァンは出来るだけ彼女を怯えさせないようにと、柔らかく微笑んだ。

「それはありがたい申し出だが、気持ちだけもらっておこう。話を戻すと、その元の盗まれた火炎岩を盗んだ犯人が、このテディだったのだ」

「……はい?」

 目を瞬かせ、ミオーネは間の抜けた声で問い返す。しかし彼女は、エヴァンの声が聞き取れなかったわけでも、言葉の内容を理解できなかったというわけでもない。

 ただ、衝撃的な事実を受け入れるのに、時間がかかっただけだ。その証拠に、ミオーネの顔は一度、先ほどよりもいっそう青白くなり、それから赤くなっていった。彼女の顔色の変化を引き起こしているのはもちろん、怒りである。

「テーデーィーッ! アンタァ、何考えてんのぉおおおっ」

 ミオーネの怒りの雷が、テディに落ちた。その怒声は、家の中にいる者の鼓膜をビリビリと震わせるような衝撃があった。縛られたままそっぽを向いて立っていたテディが、その場で一〇センチほど飛び上がる。 

 声を上げるだけではミオーネの怒りは収まらず、彼女は椅子から立ち上がると、テディに掴みかかる。

「アンタ、自分が何をしたのか分かってるの? いつもみたいなイタズラじゃ済まないのよ、盗みよ、盗み、窃盗よ! アンタのせいで皆が本当に困ったのよ。領主様の手をこんなに煩わせて、何考えているの、とっとと出しなさい、火炎岩を今返しなさい、早く返しなさい、早く!」

 ミオーネはキツツキが木を打つが如く喋り続け、テディの体をグラグラと揺する。しかし、テディは怯えきった表情を浮かべながらも口を一文字に閉じて、黙秘を貫いている。

「待て、待て。俺たちはまず話を聞きにきたのだ。一回落ち着こう」

 エヴァンは親子の間に入り、ミオーネの体を押しとどめると、再び椅子に座らせた。ミオーネの怒声は相当なボリュームだったが、赤ん坊は特に驚いた様子もなく、絨毯の上でコロコロしている。母親の怒声が、もはや日常と化しているのだ。

「テディははじめ、父が酒乱の上、母が病にかかり、その病を治すための薬を買うため、火炎岩を盗んで商人に売ったのだと話していた。俺たちはそれが嘘だということはわかったのだが、では本当はどうして盗みを働いたのか、火炎岩をどこへやったのかと問うと、口を噤むようになってしまってな」

「はああっ? 夫のサムは勤勉でよく働き、酒はいっさい飲みませんし、私は、風邪の一つもひかない、健康体そのものです!」

「ああ、ミオーネの様子を見て安心したよ。苦しんでいる病人がいるという話が嘘であったのは、喜ばしいことだった」

 押し止められても、ミオーネは鼻息荒くテディを睨みつけていた。しかし、エヴァンの言葉に驚いたように視線を移し、眉を下げる。

「領主様、なんて慈悲深いお言葉でしょう」

 少しだけ彼女の怒りのボルテージが下がる。エヴァンは謙遜するように首を横に軽く振り、言葉を続ける。

「母が病気という話が嘘でも、何か他に事情があるのはないか。俺はそう思ってここまで来たのだ。テディはどうやら、本当になにも話すつもりがないらしい。ミオーネは、何か思い当たる節はないか」

 問いかけられるとミオーネは一度考えこみ、それから訴えるようにエヴァンを見た。

「親の私が言うのもおかしな話なのですが、テディは本当に頭の良い子です。その上好奇心が強いので、たびたび他愛ない悪戯をします。でも、盗みを働くような子ではないんです。今年も作物は順調にできていますし、領主様が寛大なお陰で、農民は皆豊かに暮らせており、食うに困るようなこともありません。なので、どうして火炎岩という、皆にとって大切なものを盗もうと思ったのか、私には皆目見当がつきません」

 そして、最後にため息を一つ。

「しかし、息子がやったことは親の責任です。火炎岩は、何年かかっても私たちが弁償させていただきます。本当に申し訳ありませんでした」

 ミオーネは深々とエヴァンへ頭を下げる。そんな母親の様子を見て、テディも居た堪れなくなったように顔を伏せた。その時、家の扉が開いた。

「ただいまー」

 朗らかな声を出して家の中へと入ってきたのは、背が高くがっしりとした体格の男。細い目をしていて、いつでも微笑んでいるような優しい雰囲気を纏う。

 彼がテディの父でミオーネの夫である、サムだ。彼は早朝の作業をこなしに畑へと出ており、今帰ってきたところだった。彼は家の中の様子を眺め、ピタリと動きを止める。そして。

「りょ、りょ、りょ、領主様!」

 さすが夫婦である。サムは扉を開けた時のミオーネと、全く同じ驚きの声をあげたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...