MAN in MAID 〜メイド服を着た男〜

三石成

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第二章 訪問者

「何が幼気だ」 -2-

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 そんな感動的な光景の最中。カゴに乗せた洗い物の山を抱え持ったロウが通りかかかり、一言。

「それ、嘘だぞ」

 セルゴーとギルバートの拍手が止み、一瞬の静寂がエントランスに落ちる。エヴァンは驚きの表情を浮かべて、ロウを見返した。

「それって、何がだ?」

「そのガキが話したこと全部」

「どうしてそのようなことがわかる」

 エヴァンの問いかけに、ロウは抱えていたカゴを床に置いた。

「主人とミンスイに行った時に、ガキの横にそいつの母親がいたのを見たんだ。とてもじゃねぇが、あの女は病弱って感じじゃなかったな。健康体そのものだった。それに、そいつ体は小さいが、もっと歳、いってるんじゃねぇか」

 エヴァンは自分に抱きついているテディの体が、ピクリと反応したのを感じていた。そして同時に、あのミンスイからの帰り道に、ロウから不思議な問いかけをされたことを思い出す。もし犯人が子供だったら、どうするのかとロウは聞いていた。

「もしかして、ロウはテディが火炎岩を盗んだ犯人だということがわかっていたのか?」

「ああ。主人のそばに集まってる奴らの表情をひととおり見て、こいつがやったんだろうなってな。まあ、ただの勘だが」

 ロウはエヴァンに近づくと、その場にかがみ込んだ。そして、そのままエヴァンにしがみついたまま硬直しているテディに語りかける。

「よお坊主、見事な演技力だな。大人からの同情をひく話ってものをわかってるし、もう火炎岩を手放してしまったことにして、返さずに済ませるところも、二つ目の火炎岩を盗みに行った理由をつけたところも上手い。あわよくば、ユニコーンの角までだまし取れたかもしれない。だが、詰めが甘いな。主人がお前の家を訪ねて母を見舞う、父を諭すと言ったら、どうするつもりだったんだ? 主人は民一人一人に親身に向き合う奴だぞ」

 テディは硬直したまま、沈黙。エヴァンをはじめ、その場にいたロウ以外の全員も、先ほどまでの感動から抜け出すことができておらず、戸惑うばかり。

 と、そのとき。

「とうっ」

 テディは素早くエヴァンから離れると、かがみ込んで自分に接近していたロウの顔面を蹴り上げ、後ろへ倒した。そのまま脱兎のごとく走り出す。

 しかし、扉から出る寸前でセルゴーにより捕まえられた。シャツの首元を持たれ、宙にぶら下げられる。

「このクソガキが! よくも騙してくれたな」

「子供だと思って甘く見てる方が悪いんだよ、皆オレの演技に大感激しちゃってさ、笑い堪える方が大変だったぜ」

 首根っこ掴まれたまま、テディはハッハーと笑い飛ばす。先ほどの健気な様子とは、態度から言葉遣い、雰囲気までまったくの別人のようである。普段は寡黙で冷静なセルゴーの顔が、みるみるうちに怒りで赤くなっていく。 

 そばで呆気に取られていたギルバートが、慌ててエヴァンへ駆け寄る。

「エヴァン様、お怪我はございませんか」

「ああ、俺は何事もない。それよりロウ、大丈夫か、お前が不意をつかれるなんて」

 顔面を蹴り上げられ、見事に背後にすっ転ばされていたロウが起き上がる。彼の綺麗な顔には、泥が見事に靴型に付着している。

「やられた。あいつ、無意識に他人の呼吸を読むことができてる。鍛えればいい兵士になるぞ」

 ロウはテディへ怒りの声をあげるでもなくそう冷静に言うと、カゴの中から布巾を引っ張り出して、顔を拭った。

 そうこうしているうちに、セルゴーが持参していたロープで、テディの腕をまとめて体ごと縛り上げる。そのロープは元より捕まえた犯人を拘束するために用意していたものであり、ようやく本来の役目を果たしていた。

「おいオッサン! 幼気な子供にこんなことしていいと思ってんのか」

「何が幼気だ」

 そうして身動きが取れないようにしてから、セルゴーは改めてテディの体をエヴァンの方へと突き出す。

「大変申し訳ございません、エヴァン様。このような茶番に付き合わせることになってしまい……俺が子供の嘘を見抜けぬばかりに」

「いや、気にするな、迫真の演技に俺もすっかり騙された。で、今のが嘘なら、火炎岩を盗んだ本当の理由は何だ? 火炎岩はどこにある」

 一連の騒動に、エヴァンはもはや苦笑するしかない。改めて、テディへと問いかける。しかし、少年は下唇を突き出すむくれた態度で、そっぽを向いて沈黙を貫く。もはや何も語ることはないという様子だ。

「おいガキ、いい加減にしろ」

 セルゴーが凄むが、エヴァンは手を軽く上げてそれを制した。

「こうなっては仕方ない。この子の言う通り、テディはまだ幼い子供だ。まずは彼の親に事情の説明と、話を聞きに行こう。もしかしたら、本当に何か困っている事情があるかもしれない」

 だが、エヴァンの言葉に、今度は逆にテディが反応する。

「火炎岩のことに親は何も関係ねぇって言っただろ、それは嘘じゃねぇよ。それにオレはもう一一歳だ。子供扱いするな」

「お前、三歳も下の年齢を言っていたのか。というか、今さっき子供であることを笠に着ようとしていたくせに、主張をころころと変えるな。通用すると思っているのか」

「セルゴー、子供と正面から言い合うな」

 セルゴーがすっかりテディのテンションに引っ張られているのを見て、エヴァンは笑う。そして、ロウ、ネイサン、ギルバートへと順に視線を向ける。

「ロウ。テディの家に、一緒に来てくれないか。それで、ネイサン、すまないがロウの仕事を引き受けてやってくれ。ギルバート、今日予定していた執務は任せた。昨日片付けられなかったものも残っていると思うが、俺の承認の必要のあるものはまとめておいてくれ」

「了解」

「お任せください」

「かしこまりました」

 エヴァンからの指示に、彼らはそれぞれ別の言葉遣いながら、声を合わせて承知した旨の返事をした。

 ネイサンはエヴァンのために、ロウもすぐさま外出の準備を始めるが、セルゴーの持つ縄に縛られたままのテディだけが反論の声を上げる。

「だから! 親は何も知らねぇって言ってんだろ。行くだけ無駄だよ。オレは絶対、家になんて行かないからな」

 彼は不動の意思を示すように、その場にどかりとあぐらをかいて座り込んだ。

「では、火炎岩を本当はどうしたのか、どうして盗んだのか、ここで全てを話してくれるのか?」

 エヴァンは再度問いかけるが、テディはまたプイッと顔を背ける。親のいる家にも行きたくはないが、火炎岩を盗んだ本当の理由は話したくない、ということだ。

「ご主人様、こちらを」

「ありがとう」

 ネイサンが持ってきた防寒用のマントを羽織り、エヴァンは同じく支度を終えたロウを伴い、エントランスから外へと出る。

 セルゴーは座り込んだテディを何の苦もなく肩に担ぎ上げると、後に続いた。

「こんなのは横暴だ! 子供に乱暴するな! 誰か助けてくれー、人攫いだー!」

 セルゴーの肩の上で、水揚げされた魚のごとく暴れるテディ。

「うるさい、黙ってろ」

 賑やかな彼らが遠ざかっていく様子を見送り、ギルバートは笑いを堪えるように咳払いを一つ。

「どうかお気をつけて、行ってらっしゃいませ」
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