MAN in MAID 〜メイド服を着た男〜

三石成

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第一章 メイド

「一生……になる気がする」 -2-

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 ランチが済んで午後になると、エヴァンは予定通りに、ロウを連れて邸宅を出た。目的地が邸宅からすぐ近くの集落だったこともあり、エヴァンは徒歩で移動することにした。

 途中、邸宅の横にある兵舎に寄り、兵士も一名連れてきている。歳は三八。寡黙な彼の名を、セルゴーといった。

 ユレイトの町で、領主であるエヴァンの姿や顔を知らぬ者はいない。精悍という言葉がぴったりな恵まれた体躯に、太陽の光を纏うような美しい金髪。高い鼻筋を持つ整った顔立ちに、宝石のような碧眼を持つエヴァンは、その全身から血統の良さというものを感じさせる存在感を持っていた。

 そのため、民は皆、エヴァンを見かけると作業の手を止めて帽子を外し、軽く頭を下げる。だが、今日は皆、そのそばに控えるロウの姿を見て、慌てたように二度見するという行動をしていた。

 彼らがそういった行動をとってしまう心理が手に取るようにわかって、エヴァンは笑いを堪える。

 エヴァンの姿を見て、そばにメイド服の人物がいれば、当然ロウの召し抱えているメイドであるだろうと思う。だが、エヴァンと変わらないロウの身長に軽い違和感を覚えて、よく見てみれば、彼が男であることに気づいて戸惑う。

 皆が皆、そういう認知の順番を辿るのだ。

 当の本人であるロウ自身は、人々からの視線を集め、妙な表情をされることを、微塵も気にかけていない。彼を連れているエヴァンもまた、人々の反応を面白く思うだけで、そこに羞恥などは感じなかった。

 共に道を行くセルゴーだけが、終始困惑の表情を浮かべている。

「陳情が上がってきた集落はここだ。ミンスイと呼ばれている」

 土地勘がないロウへ向かい、エヴァンが説明する。

 そうこうしているうちに、エヴァンの姿を見て、住民たちが其々の家から外へと出てきた。

「ああ。領主様、来てくださったのですね」

 一軒の家から出てきた白髪の老婆が、大仰な身振り手振りで感動を表しながら、エヴァンのそばへとやってくる。と、そんな老婆もロウの姿を見て奇妙な表情を浮かべた。

「これは新しく召し抱えた俺のメイドのロウだ。よくしてやってくれ。ところで、火炎岩が盗まれたという陳情を読みやってきた。話は本当か?」

 彼らの表情を見てエヴァンは笑い、軽くロウのことを紹介すると、話を本題へと移す。老婆もハッとした顔をして、エヴァンのへと視線を戻した。

「そうなのです、五日前の朝に火炎小屋から忽然と姿を消していました。領主様、どうか我らの火炎岩を取り戻してくださいませ」

「火炎小屋に火がないと困るだろう」

「ええ、今は皆、隣のセスイまで火をとりに行っていますが、不便なことこの上ありません」

「それは大変だったな。元の火炎岩が見つかるまで、小さいが俺の部屋に置いていたものを代わりに設置しておくので、使ってくれ」

「なんと……! なんて慈悲深く、ありがたいことでしょう」

 老婆は声に涙を滲ませて、その場に平伏しそうになる。エヴァンは彼女の手をとり、背を支えるようにしてそれを押しとどめた。

「このように俺の住まいのすぐそばで盗みが起きるとは、俺の力不足だ。気にすることはない。ことの詳細を教えて欲しいのだが、火炎岩がなくなったことに最初に気づいた者は誰だろうか」

 エヴァンが問いかけると、集まってきた人の中から、四〇歳代とみられる黒髪の女が手を挙げた。

「私です、領主様。ようやく空の端が白み始めた朝の五時。朝食を作ろうと火を取りに行ったら、火炎小屋から火炎岩が消えていることに気づきました。その後、すぐに皆に知らせました」

 エヴァンは老婆の手をもう一度撫でて落ち着かせると、女の方へと向き直った。

「共に火炎小屋に来てくれるか? 何か変わったことなどがあれば教えてほしい」

「もちろんです。こちらへどうぞ」

 女は大きく頷き、集落の中心部にある小屋の方へと向かっていく。小屋の脇にはポンプ式の井戸がある。集落の民はここから水や炎をとって各家庭で使うのだ。

 エヴァンは女の後を追うように小屋の中へと入った。

 火炎岩は聖職者の祝福を受けた後、たとえ水をかけようが燃え続ける性質を持っている。そのため、小屋はあくまで炎による不用意な事故や火事などを起こさないためのものであり、作りとしては非常にシンプルだ。

 小屋の中には岩を積んでできた窯のようなものがあり、盗難防止と、安全柵としての鉄格子の奥に火炎岩が設置される。しかし、この小屋の鉄格子は、窯の根本から破壊され、取り外されていた。当然、その奥で燃え続けているはずの火炎岩も無くなっている。

「火炎岩がなくなったことに気づいた時から、動かしたものなどはあるか?」

「いえ、皆、目視で火炎岩がなくなったことを確認しただけで、何も触れていません。見つけた当時のままです」

 エヴァンは頷くと、後ろに控えていた兵士のセルゴーを見た。

「セルゴー、窯の状態を確認してくれ」

「承知しました」

 呼ばれたセルゴーがエヴァンと女の横を抜け、壊された窯に近づく。彼は小屋に膝をつくと、窯の内側、壊された鉄格子の根本などを丁寧に確認していく。

「窯以外に、小屋の様子で、普段と違うことなど、気づいたことはあるか?」

 セルゴーが観察を続ける様子を見ながら、エヴァンはさらに女に話を聞く。

「もともと誰でも入れるようになっている場所ですし、特にこれといったことは……あ、そういえば、地面に水をこぼしたような跡があった気がします。すぐに乾いてしまったんですが」

「水、か。火炎岩を持ち出すときに使ったのかもしれないな」

 火炎岩は一度燃え出したら永遠に炎を出し続ける性質上、持ち運ぶのに苦労するものである。火炎岩の運搬や設置には、氷鉄と呼ばれる特殊な金属で作られた、専用の器具が使用される。だが、それらは火炎岩よりもさらに高価なものである。

 火炎岩を盗んだものは、氷鉄で作られた器具を持っていなかったに違いない。

 観察を終えたセルゴーが立ち上がり、エヴァンの横へとやってきた。彼は口元に手を添え、エヴァンにだけ聞こえるように耳打ちをする。

「鉄格子に力をかけて、無理に外されたという感じではありません。窯が経年劣化で脆くなっていたことに気づき、抜けやすい数本を外して火炎岩を持ち出した、というところでしょう」

「であれば、同じような手口で、他の場所の火炎岩も盗まれるということは、考えなくて良いか?」

 エヴァンもまた小声でセルゴーに答える。

「そうですね、他の火炎小屋の窯も、脆くなっていないか確認をしておいた方が良いかとは思いますが。こう言ってはなんですが、プロの盗みという訳ではなさそうです」

 エヴァンは頷いた後、再度案内をしてくれた女と、火炎小屋の入り口に集まっていた集落の民へ視線を向ける。

「火炎岩が盗まれた夜に、何か物音などを聞いたり、最近不審な人影を見たりした者はいるか?」

 民たちはお互いに顔を見合わせるが、特に何かを訴えるものはいない。エヴァンの後ろに控えていたロウもまた、静かに彼らの表情や仕草を観察していた。

「そうか、わかった。また何か思いついたことがあれば、いつでも俺のところに教えに来てくれ。先も言ったように、今日のところはひとまず俺の部屋で使っていた火炎岩を置いていく。ロウ」

 エヴァンが促すと、ロウは携えてきたランプを手に、火炎小屋の窯へと近寄った。氷鉄でできたランプの中に、指先ほどの大きさの火炎岩がある。ランプのガラスを開くと、同じく氷鉄で作られた火鋏で摘んで、窯の中へと移した。鉄格子は外れたままであるので、やろうと思えば誰でも火炎岩に触れられる状態だ。

「火が小さくて不便するかもしれないが、しばらくはこれで我慢してくれ。釜の修理は、本来の火炎岩を取り戻してから行う」

 暗くなっていた窯に炎が戻ると、民たちは口々に感謝の言葉を述べながら拍手をする。 エヴァンはそんな彼らの様子を見て微笑み、火炎小屋を後にした。そのままセルゴー、ロウを伴って集落からも出る。

 集落の人の耳目がなくなってから、エヴァンは大木の影となる道端で足を止め、振り向くとセルゴーへ告げた。

「これから犯人が見つかるまで、ミンスイの火炎小屋の警備についてくれ。民には気づかれぬように」

「承知いたしました」

 セルゴーは低い声で一言述べると、そのまま踵を返して道を戻っていく。その了解の早さは、元よりエヴァンの考えは理解していたといった様子である。
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