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第一章 メイド
「一生……になる気がする」 -1-
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翌日。
一日の休息で遠征の疲れを取りきったエヴァンは、朝から自身の執務室に籠り、政務に励んでいた。
脇にはギルバートが控え、エヴァンを補佐しながら書類を次々に処理していく。
「なるほど、承知いたしました。今お伺いしたことを踏まえ、遠征の報告書はわたくしが後でまとめておきます。では次に、こちらが溜まっていた、荘園内からの陳情です」
ギルバートが、抱えていた紙の束をデスクの上に置く。その分厚さを目にして、エヴァンはため息を噛み殺す。しかし不平不満を口にすることはなく、一枚目から記載されているものに目を通し始めた。
「すでにわたくしの方で目を通しておりまして、同様の内容のものはまとめてあります」
「ああ、ありがとう」
荘園内に住む民から寄せられる陳情の内容は、実に多岐にわたる。税をもっと軽くしてくれというのは定番であるが、どこの川に橋をかけてくれ、水害対策をしてくれといった大規模なもの。はたまた、隣の家から聞こえてくる夫婦喧嘩の声がうるさい、市場でぼったくりにあった、などのご近所トラブルのようなものまである。
領地のことのすべては領主に一任されているため、どのように対処するかは領主が決めて良いことだ。そもそも陳情など受け付けないという領主もいる。だが、エヴァンは陳情のすべてに目を通し、可能な限り対応することを目指していた。
「近所に教会が欲しい、か」
陳情を読み上げる形で、エヴァンは呟く。
「その陳情が出されたのは、去年開墾して整備したばかりのミレーニュ村ですね。あそこはユレイトの中でも端にありますから、教会への移動も大変なのでしょう」
「なるほど。そもそも教会を増やしたいと思っていたし、これは是非とも対応しよう。王都に聖職者の派遣願いを出してくれ」
ユレイト領には現在、教会が一つしかない。
教会は生活に密着した、非常に重要な施設である。国民の全てが同一の宗教を信仰しており、祈りの場として活用されるのはもちろん。聖職者は病人や怪我人を癒しの力で癒すことができるため、病院としての機能も持つ。人が亡くなった場合に葬式をするのも、もちろん教会の役目だ。
「教会を建てるのはどこにいたしますか? 陳情の出されたミレーニュ村では、少々端すぎるかとは思いますが」
「いや、今後もっとあのあたりを開墾していくことを考えれば、端すぎるということもないだろう。午後に現地を見に行って、場所を決めよう」
「かしこまりました」
教会の話がひと段落したところで、次の陳情を読もうと紙を捲り、エヴァンは目を剥く。
「火炎岩が盗まれた、だと?」
「そちらの陳情が出されたのは町にあるミンスイです」
町というのは、つまりこの邸宅がある、ユレイト領の首都とも言うべき中心地だ。ミンスイは町の中の一つの集落の名である。
「うーん……教会の場所の選定は、ギルバートだけで行ってきてくれるか。こちらの火炎岩のところには俺が行く。民も困っているだろうから、急を要する」
火炎岩とは、国の西方にあるベスベリ山脈からは採掘される特殊な岩だ。聖職者が祝福すると、常時炎が噴き出すようになる。火炎岩はとても高価なもののため、そう大量に利用できるものではないのだが、この世界の主な燃料として使用されている。
邸宅の中では拳大の火炎岩がキッチンに一つ、指先大の大きさの火炎岩がエヴァンの寝室に一つある。エヴァンが外出する際は、砂状になった火炎岩を携帯する。
荘園内の各家庭には火炎岩はないのが普通だ。一〇棟ほどの家の集まった集落の中心に火炎岩の設置された火炎小屋があり、人々はそこから火を持って行って、自宅のキッチンや暖炉の薪を燃やす、といった使い方をしていた。
公共のものである火炎岩が盗まれたとなると、その集落の生活はひどく不便なものになる。
「承知いたしました。盗みということもありますし、安全のため、ネイサンをお連れください」
ギルバートの言葉に、エヴァンは少しばかり考え、ふっと唇に笑みを乗せた。
「せっかくだ。ロウを連れていくのはどう思う?」
「なるほど。普通であればメイドが同行することはありませんが、ロウであればよろしいかと思いますよ。彼の強さは折り紙つきですからね」
ギルバートもまた、エヴァンと同じように悪戯めいた笑みを浮かべている。ギルバートからの返答に、エヴァンは満足げに頷いた。
「よし、ではそうしよう。ロウに話を伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
話がまとまったところで、エヴァンはポケットに入れていた懐中時計を引っ張り出して文字盤を見る。時刻はちょうど正午を示している。ランチの時間だ。
エヴァンは革張りの椅子から立ち上がり、食堂へと向かっていった。
一日の休息で遠征の疲れを取りきったエヴァンは、朝から自身の執務室に籠り、政務に励んでいた。
脇にはギルバートが控え、エヴァンを補佐しながら書類を次々に処理していく。
「なるほど、承知いたしました。今お伺いしたことを踏まえ、遠征の報告書はわたくしが後でまとめておきます。では次に、こちらが溜まっていた、荘園内からの陳情です」
ギルバートが、抱えていた紙の束をデスクの上に置く。その分厚さを目にして、エヴァンはため息を噛み殺す。しかし不平不満を口にすることはなく、一枚目から記載されているものに目を通し始めた。
「すでにわたくしの方で目を通しておりまして、同様の内容のものはまとめてあります」
「ああ、ありがとう」
荘園内に住む民から寄せられる陳情の内容は、実に多岐にわたる。税をもっと軽くしてくれというのは定番であるが、どこの川に橋をかけてくれ、水害対策をしてくれといった大規模なもの。はたまた、隣の家から聞こえてくる夫婦喧嘩の声がうるさい、市場でぼったくりにあった、などのご近所トラブルのようなものまである。
領地のことのすべては領主に一任されているため、どのように対処するかは領主が決めて良いことだ。そもそも陳情など受け付けないという領主もいる。だが、エヴァンは陳情のすべてに目を通し、可能な限り対応することを目指していた。
「近所に教会が欲しい、か」
陳情を読み上げる形で、エヴァンは呟く。
「その陳情が出されたのは、去年開墾して整備したばかりのミレーニュ村ですね。あそこはユレイトの中でも端にありますから、教会への移動も大変なのでしょう」
「なるほど。そもそも教会を増やしたいと思っていたし、これは是非とも対応しよう。王都に聖職者の派遣願いを出してくれ」
ユレイト領には現在、教会が一つしかない。
教会は生活に密着した、非常に重要な施設である。国民の全てが同一の宗教を信仰しており、祈りの場として活用されるのはもちろん。聖職者は病人や怪我人を癒しの力で癒すことができるため、病院としての機能も持つ。人が亡くなった場合に葬式をするのも、もちろん教会の役目だ。
「教会を建てるのはどこにいたしますか? 陳情の出されたミレーニュ村では、少々端すぎるかとは思いますが」
「いや、今後もっとあのあたりを開墾していくことを考えれば、端すぎるということもないだろう。午後に現地を見に行って、場所を決めよう」
「かしこまりました」
教会の話がひと段落したところで、次の陳情を読もうと紙を捲り、エヴァンは目を剥く。
「火炎岩が盗まれた、だと?」
「そちらの陳情が出されたのは町にあるミンスイです」
町というのは、つまりこの邸宅がある、ユレイト領の首都とも言うべき中心地だ。ミンスイは町の中の一つの集落の名である。
「うーん……教会の場所の選定は、ギルバートだけで行ってきてくれるか。こちらの火炎岩のところには俺が行く。民も困っているだろうから、急を要する」
火炎岩とは、国の西方にあるベスベリ山脈からは採掘される特殊な岩だ。聖職者が祝福すると、常時炎が噴き出すようになる。火炎岩はとても高価なもののため、そう大量に利用できるものではないのだが、この世界の主な燃料として使用されている。
邸宅の中では拳大の火炎岩がキッチンに一つ、指先大の大きさの火炎岩がエヴァンの寝室に一つある。エヴァンが外出する際は、砂状になった火炎岩を携帯する。
荘園内の各家庭には火炎岩はないのが普通だ。一〇棟ほどの家の集まった集落の中心に火炎岩の設置された火炎小屋があり、人々はそこから火を持って行って、自宅のキッチンや暖炉の薪を燃やす、といった使い方をしていた。
公共のものである火炎岩が盗まれたとなると、その集落の生活はひどく不便なものになる。
「承知いたしました。盗みということもありますし、安全のため、ネイサンをお連れください」
ギルバートの言葉に、エヴァンは少しばかり考え、ふっと唇に笑みを乗せた。
「せっかくだ。ロウを連れていくのはどう思う?」
「なるほど。普通であればメイドが同行することはありませんが、ロウであればよろしいかと思いますよ。彼の強さは折り紙つきですからね」
ギルバートもまた、エヴァンと同じように悪戯めいた笑みを浮かべている。ギルバートからの返答に、エヴァンは満足げに頷いた。
「よし、ではそうしよう。ロウに話を伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
話がまとまったところで、エヴァンはポケットに入れていた懐中時計を引っ張り出して文字盤を見る。時刻はちょうど正午を示している。ランチの時間だ。
エヴァンは革張りの椅子から立ち上がり、食堂へと向かっていった。
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