MAN in MAID 〜メイド服を着た男〜

三石成

文字の大きさ
上 下
8 / 43
第一章 メイド

「名領主でいらっしゃいます」 -1-

しおりを挟む
 一連のギルバートの話を聞き終えたエヴァンの表情は、実に複雑なものとなっていた。

 エヴァンはギルバートに全幅の信頼を置いている。そのギルバートが言うのだから、ロウの強さも、メイドとしての実力も確かなものなのだろうということはわかる。

 また、メルランではなくロウを雇うことになった経緯も、納得できるものである。しかし、その当の本人であるロウがメイドを志す理由がメイド服とは、理解の範疇を軽々と超えている。

「ロウはその、変態というやつなのか? 異性装を好む者が存在するという話を、聞いたことがある」

 エヴァンの直球の質問に、ギルバートは曖昧に笑う。

「詳しいことはロウ本人とお話になって、気になることをお聞きになった方がよろしいかと思います。今日中に挨拶をさせようとは思っていたのですが……今から、ロウをここに呼んでもよろしいですか?」

「ああ、構わない」

 エヴァンの許しを得て、ギルバートはサンルームから庭につながる扉を開けると、庭にいたロウに声をかけた。

 メイド服を身に纏ったロウが振り返り、呼ばれるままにサンルームの中へとやってくる。ギルバートに促され、彼はカウチに座るエヴァンのすぐ前に立った。

 ロウのペールブルーの澄んだ瞳が、エヴァンを見る。そしてエヴァンもまた、ロウの姿をまじまじと見つめ返した。

 成人男性がメイド服を着ている。

 しかしながら、短い黒髪には白いフリルのついたヘッドドレスをつけ、黒のワンピースの上にエプロンドレスを身に纏っている彼は、なぜか妙に魅力的だった。

 一般的な感覚から言えば、滑稽に見えるはずなのである。この世界の男は、メイド服はおろかスカートを履かないし、履いていたら、それは異様な状態だ。ワンピースの袖のパフスリーブも、男の装いにはない装飾だ。

 だが、その全ての違和感を、ロウの恐ろしく端正な顔立ちが帳消しにしている。逆にやや倒錯的な雰囲気が漂い、一度視界に入れてしまえば、つい目を離せなくなるような魅力まで放っていた。

「エヴァン様、こちらが新たにメイドとして召し抱えました、ロウ・レナダです。ロウ、ご主人様にご挨拶を」

 ギルバートに促され、今まで一言も声を発していなかったロウが口を開く。

「セルジア領出身のロウ・レナダだ。この邸宅にいる者も、通ってきた町の者も、皆があんたのことを良い領主だって褒めてたよ。この邸宅で働けることになってよかった。よろしくな、主人」

 最後に『主人』とついてはいたものの、その主人を『あんた』呼ばわりである。そもそも発された言葉のすべてにおいて主人に対する言葉遣いではないが、そんなロウの態度にも、ギルバートは特に口を挟むことはなかった。ロウの口の悪さは、ギルバートは既に体感していたことであるし、己の主が、言葉遣いごときで腹を立てるような、器の小さい人物ではないことを熟知しているからだ。

 エヴァンは瞼を軽く伏せるようにして目を細め、笑う息を漏らした。

「俺の良い評判を聞かせてくれるとは、なんとも耳に心地いいな。俺の方も、君の話を今しがたギルバートから聞いていたところだ。セルジアの騎士団長に、決闘で勝ったというのは本当の話か?」

「ああ、間違いねぇよ。セルジアの領主にもらった証書があるんだが、今は部屋に置いてきちまってる。ギルバートは見てるぞ」

 ロウの言葉を保証するように、ギルバートが静かに頷いた。エヴァンは問いかけを続ける。

「メイドを志した理由は、メイド服が好きだからだと言ったと聞いたのだが、これも間違いないか?」

「そのとおりだ」

 何一つ恥ずる様子なく断言するロウに、逆にエヴァンの方が的外れな質問をしているような気分になってくる。

「メイドが好きだという者がいることはわかる。メイドのように、自分のことを献身的に世話してくれる者に、愛着を抱くという心の動きは、わかりやすい。しかし、メイド服が好きというのは、いまいちよく理解できないのだが」

「メイド服の良さを説明するのは、俺には難しいな。好きな食べ物の、どこがどう好きか説明しろと言われるのに、似てる気がする。でも、この黒と白のコントラストとか、静謐な雰囲気とか、実用的なのに華やかさもあるところとかが好き、かな」

 ロウの表情を見れば、主人であるエヴァンの質問に、誠意をもって真面目に答えようとしていることはわかる。彼はこれらのことを、冗談で言っているわけではないのだ。

「女性のドレスに対して、綺麗だとか可愛いとか、好ましく思う気持ちはわかる。しかし、それはあくまで見る分に良いのであって、自分が着たいとは思わない気がするのだが。そこのところはどうだ」

「そういうもんなのか? 俺は着たいから着られるように努力したんだが」

「ドレスなども着るのか、君は」

「いや、別にドレスは着たくねぇかな。俺はあんまり服にはこだわらねぇんだが、メイド服だけ特別なんだ。それに……」

 ロウは籠を持っていない方の指先でスカートを摘んで、自身の姿を見せつけるように、腰を軽く捻ってみせる。

「俺に似合うだろう?」

 あまりに直球な言葉に、エヴァンは思わず声をたてて笑ってしまった。そして、ロウに親しみを覚えると共に、ギルバートがロウのことを気に入った理由を理解する。

 ロウはおかしな青年だが、その言動には裏表がなく、すべて心の底からの思いを口にしている、ということが伝わってくるのだ。

 心を偽らないということは、時に短所にもなり得る性質ではある。だが、エヴァンのように領主という重い責務を背負う者にとっては、ロウのような存在に接することが、心を癒してくれる。なぜならば、彼が腹の中で何を考えているのかと、勘繰らなくて済むからである。

「ああ、よく似合っている」

 ロウからの問いかけに、エヴァンは素直に答えた。男の着るメイド服は見慣れないが、メイド服は男の着る服ではないという先入観をなくせば、実際、ロウによく似合っていると思ったのだ。

 そんな楽しそうな主人の様子を見て、ギルバートも嬉しそうに微笑んでいた。

 そこまでの話を聞き、エヴァンは新たに浮かんだ疑問に、首を捻る。

「しかし、服を着たいだけなら、何も実際のメイドにならずとも良いのではないか?」

 すべて手縫いで、着用者に合わせて特注で作られるこの世界の衣服は、一般的に高価だ。そのため、使用人にとってはお仕着せとして支給される服はありがたいものであるが、メイド服はあくまで、使用人に着せるためのものである。エヴァンが着ているような、生地からして上等なものではない。

「メイドでもないのにメイド服を着ていたら変だろう」

「男がメイドになるという時点で変だけどな?」

「どうして?」

 ロウは不思議そうな顔でエヴァンを見る。そういう顔をしたいのは自分のほうなのだが、と思いながらも、エヴァンは妙に腑に落ちたような気持ちで、再度笑う。未だ理解はできないが、ロウなりの信条があってメイドになったのだ、ということだけはわかった。

「いや、構わない。それでは、また別の質問だ。セルジア領出身とのことだが、なぜこんなにも故郷から離れた、辺境のユレイトに来たのだ?」

「特にユレイトを目指して来たわけじゃねぇよ。メイドとして雇ってくれるならどこでもよかった。日雇いの仕事をしながら、雇用先を探してあちこちを旅していたら、ここに辿り着いた」

「なるほど」

 納得の相槌をしながら、エヴァンは軽く前のめりにしていた姿勢を緩め、カウチの背もたれに体を寄せた。そんな彼の仕草から、ギルバートは、主人がロウに対して抱いていた疑問をあらかた解消したことを察する。

「エヴァン様、ロウを仕事に戻らせても構いませんでしょうか?」

「ああ、実に興味深い話を聞けた。良き働きを期待している」

 ギルバートの言葉にエヴァンが応えると、ロウは会釈程度に軽く頭を下げてから、サンルームの扉から再度庭へと出て行った。

 彼はそのまま元いた場所へとは戻らずに、庭を横切って歩いていく。先ほどまで庭でハーブを収穫していたので、収穫物をキッチンのコックの元へと届けに行ったのだ。

 そんな姿が見えなくなるまで見送ってから、エヴァンはギルバートを見た。彼は妙に満足そうな顔をしている。

「計画通りって表情だな」

「エヴァン様ならば、ロウのことも受け入れてくださると思っておりました」

「ロウは雇ってくれるところを探して、ここまで流れ着いたと言っていた。男のメイドを雇ってメイド服を着せるなんて、俺はこの国で一番の変人領主だな」

 軽く自虐の言葉を口にするエヴァンに、ギルバートは満面の笑みを向ける。

「いいえ。この国で一番お心の広い、名領主でいらっしゃいます」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...