MAN in MAID 〜メイド服を着た男〜

三石成

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第一章 メイド

「メイド服が好きだから」 -1-

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「セルジアの騎士団長に勝った? それはどういう意味だ」

 そこまで静かにギルバートの話を聞いていたエヴァンだが、ついに我慢ならなくなり口を挟んだ。

 彼が水を飲み干してしまうと、ギルバートはごく自然に、コップを受け取る。

「言葉どおりの意味です。セルジアにて騎士団長を務める男とセルジア領主の前で決闘をして、勝ったというのです」

 改めてそこまで説明を受けても、エヴァンの表情は懐疑的だ。

「どのような領であっても、騎士団長が農民と決闘をするわけがない。騎士団長だぞ?」

 エヴァンは繰り返して強調する。

 相手の命を奪うことは許されていないが、力の優劣を決める試合としての決闘は、この世界ではよく行われる。一種の興行的な催しである。しかし、それはあくまでも農民同士、兵士同士、騎士同士、領主同士など、同じ身分の者同士で行われるものであって、いくら余興のような試合であっても、身分違いの者同士が行うことはない。

 領主は法王より土地を与えられ、自分の領地として治めている。そして、どの荘園であっても例外なく、領地や領民を守るため、そして法王の命令に従って出兵するための、独自の戦力を保持している。

 もちろんこのユレイト領も三〇名の兵士からなる兵士団を有しているが、より大きな、そして豊かな領地になれば、当然のように保有している戦力も大きくなる。

 そして騎士団というのは、その名の通り騎馬兵のみで組織された集団だ。ごく一般常識として、兵士団に比べて騎士団の方が身分も高くなり、また強さも格段に上がる。そんな騎士団の長を務める者ともなれば、当該領地で最も強い男がなるものなのだ。

 さらに言えば、セルジア領はこの聖エリーゼ国で一、二を争う力を有する領地であり、保有戦力も最大規模。

 法王はあくまで大いなる神の化身であるため、いかなる戦力も保持していない。つまり、ロウはこの聖エリーゼ国で、最も強い男に勝ったと主張しているに等しいということだ。

「彼の持つ、セルジア領主の紋章印のある証明書は紛れもなく本物でした。わたくしをお疑いになりますか?」

「まさか。俺が疑っているのは、そのロウという男の言葉の方だ」

 ギルバートに問われ、エヴァンは即座に言葉を返す。すると、ギルバートも反発することなく深く頷いた。

「わたくしも、ダグラスが投げ飛ばされているところを目撃していなければ、なかなか信じることができなかったでしょう。しかし、その軽やかな身のこなしに、彼は本当のことを言っているのだろうと感じたのです」

 エヴァンももちろん、己の邸宅にて守衛を務めるダグラスのことはよく知っている。そして、彼の強さも、彼の肉体の屈強さも理解している。そんな彼が、元農民の男に易々と投げ飛ばされたということすら、俄には信じ難い。しかし、他の誰よりも信用している執事のギルバートが、その目で見たと言うことを疑うことはできない。

「彼の強さはわかったが、それで?」

 エヴァンはここまでの話を飲み込むことにした。先を促すと、ギルバートは再度頷いた。

「セルジアの騎士団長に決闘で勝つような男を、みすみす逃す手はないと思いました。そこで、わたくしは彼の面接を合格ということにして、翌日のメイドの実技試験に呼ぶことにしたのです」

 落ち着いた声で続けられる言葉に納得しかけ、エヴァンは再度考えてから、カウチの上で体を乗り出した。

「いや、だからどうしてそこで、メイドとしての実技試験になるのだ。それほど腕の立つ男ならば、うちの兵士団に入ってもらった方がよほど良いだろう。戦地に行きたくないなら、守衛という手もある」

 すると、ギルバートは目を閉じ、実に渋い表情で首を横に振る。

「もちろん、わたくしもエヴァン様と同じように考え、兵士団への入団や、守衛としての雇用を提案いたしました。兵士長に取り立てて下さるよう、エヴァン様にわたくしから進言することまで含めて、条件として提示したのです。しかし、ロウはすべての提案に対して、首を縦に振ることはありませんでした。彼はあくまでメイドになりたいのであって、その他の職業には、いっさいの興味がないということでした」

「はあ……」

 あまりにも想定外の青年の意向に、エヴァンは気の抜けた相槌を打ってしまう。

 メイドとフットマンを比較しても二倍もの給料の差があるが、さらにフットマンと兵士の給料を比較すると、五倍ほどの差がある。つまり、メイドと兵士の給料は一〇倍違うのだ。本来、比べることすらおこがましい対象である。

 この国の身分制度はあまり厳密なものではないが、トップに法王がおり、その下に領主、次に聖職者、騎士、そして兵士と続き、商人や職人や執事やメイドなどさまざまな職の平民がその下。最下層が農民になっている。ロウは給料だけでなく、身分さえも省みていないことになる。

「もしわたくしが本当にメイドとして彼を雇う気がないのなら、ロウはこの地を去るというのです。そもそも、ロウがユレイトにいたのも、セルジアからメイドとして雇用してくれる場所を探して、転々と移動してきたが故とのことでした」

「それで、手放すのが惜しくなって、メイドとしての実技試験を受けさせることにしたのか」

 エヴァンの言葉に、ギルバートは大きく頷く。

「翌日の実技試験に来るようにと伝えると、ロウはとても喜んでいました。それからわたくしはリリーの元へ戻り、丸一日かけて希望者全員の面接を終えたのです。結果的に、翌日の試験に進むことになったのは、ロウを含めて一〇名でした」

 そうしてギルバートの話は、面接の次の日、メイド実技試験へと移る。
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