3 / 43
第一章 メイド
「彼は男性です」-2-
しおりを挟む
ことの始まりは、エヴァンが兵士団を率いて北方ゴブリン討伐の遠征に向かってから、五日後のこと。
冬節七五日と呼ばれるその日は、希望者の中からメイド選定を行うための、面接日に設定されていた。「領主邸にてメイド募集。応募条件:健康であること」の知らせは、荘園中に発布されていた。
当初、面接は午後から行うと布告していた。だが、面接希望者が早朝から門前に並び始めたため、ギルバートは急遽予定を変更して、朝の九時から面接を始めた。
この世界の人口の大部分は農民である。そして、農民は生まれながらに土地に縛られている。領地は領主が所有するため、そこに根ざす農民もまた、ある意味では領主の所有物だということだ。農民は領主の許可なく土地を移動することはできず、職業の自由もない。これを「土地の制約」という。
農民が領主邸のメイドになるということは、土地の制約から解放されることを意味している。農民からしてみれば、今回の募集は人生の転機たりえた。
とりわけ、領主のエヴァンは人道的な優れた統治力で知られている。加えて、三二歳という若さと、勇壮で見目麗しい容貌も相まって女性人気が高い。
農作業から解放されたい、綺麗な邸宅で働きたい、あわよくばエヴァンとお近づきになりたいと願う荘園中の女たちが、こぞって領主邸に集まったのだ。
ギルバートはリリーと共に、邸宅の二階にある応接室にて、途切れることなくやってくる希望者の面接を行なっていた。
二五歳と歳若く、本来は何の決定権もないリリーを面接に同席させたのは、ギルバートの判断だ。新たなメイドを採用した場合、その者ともっとも多く共に時を過ごすことになるのはメイドのリリーだ。ギルバートは彼女と、新たなメイドとの相性を重要視したのである。
「基本的な家事は、問題なく行えるということですね?」
「ええもちろん。弟と妹が合わせて一〇人もいるものですから、毎日がまるで戦争のようなものです。洗濯や掃除など、仕事の速さにかけては誰にも負ける気がしません。体が強いのも自慢でして、近所を含めて全員が病気になった時も、私だけ元気だったんですよ。それに、弟妹たちにお話を聞かせることも得意なんです。よくあるおとぎ話から、実際にあった歴史の話まで。あまりにお話をせがまれるものだから、何度か自分でも物語を作って話してみたんです。そうしたら、その話が面白いって村中で評判になって、他の家の子供まで聞きにきたりなんかして。領主様を退屈させない自信があります。きっと、この邸宅でもお役に立てますわ」
たったいま面接を受けているエマという女は、淀みなく怒涛の勢いで話し続ける。そして大きく口を開けて、ガハハと豪快に笑った。話好きな点と笑い方に難は感じるものの、ギルバートはなかなか好感触を得て、手元のメモ紙に丸をつける。
いっぽう、横に座っていたリリーは、エマの笑い声を聞いて眉を顰め、大きくバツを描いていた。ギルバートは彼女の手元の紙を横目で眺めながらも、笑顔を崩さない。
「なるほど、大変興味深い。面接は以上になります。エントランスで結果を受け取ってからお帰りください」
そう最後の案内をすると、ギルバートは手でドアを示す。
リリーが却下したため、彼女には不合格の結果を出すことにしたのだ。エントランスでネイサンから配られる封筒の中身は全て不合格の通知であり、もし面接に合格した場合は、この場で合格を伝えることになっている。
エマが出ていき扉が閉まると、ギルバートはリリーの方へ向きなおった。
「リリー。来た者を全員不合格にしていては、いつまでたっても新たなメイドを採用することができませんよ。面接はあくまで一次試験であって、明日には実技試験があるのですから」
ギルバートが苦言を呈す理由は、リリーが今まで一度も丸をつけないからだ。
「別に、全員を不合格にするつもりはありません。そうおっしゃるギルバートさんは、ちょっと判断が甘すぎませんか? 希望者が山のように来ているのですから、皆を通していたら明日も大変なことになりますよ。あんな下品な笑い方を隣でずっとされていたら、たまったものじゃありませんから。そもそも彼女、喋りすぎです」
可愛らしい声ながらもキッパリとものを言うリリーに、ギルバートはある種の納得をしながらも、吐息を漏らした。朝からすでに二〇人面接しているが、正午近くになっても、まだ終わりが見えない。そもそも、本来の面接開始時間はこれからであり、希望者はまだ増えていくことが予想される。
ギルバートは立ち上がると、あとどれほど残っているものかと、部屋の窓から敷地内を見下ろした。
エントランスポーチと、そこから道が繋がる正門が見える。面接希望者は邸宅の中に入りきれておらず、庭を挟んで、正門からさらに外まで列が続いている。
そのとき、ギルバートは邸宅前に並ぶ人の数ではなく、別の場所に目を奪われた。正門前で、守衛と見知らぬ男が何か揉めている。
「問題が起きたようです。リリー。わたくしは外の様子を見てきますので、面接を進めておいてください」
「そんな、困ります」
「合否は、わたくしの判断抜きで決めていただいて構いませんから」
リリーは困惑顔をしていたが、合否の決定権を委ねられると、途端に目を輝かせた。
「承知いたしました。希望者の見極めは、このリリーにばっちりお任せくださいな」
自身の胸元を叩き、実に頼もしい様子で笑顔を見せる。
ギルバートはそんな彼女の様子に頷くと、部屋を後にした。背後では、リリーが実に凛とした様子で、次の面接希望者を呼んでいた。
冬節七五日と呼ばれるその日は、希望者の中からメイド選定を行うための、面接日に設定されていた。「領主邸にてメイド募集。応募条件:健康であること」の知らせは、荘園中に発布されていた。
当初、面接は午後から行うと布告していた。だが、面接希望者が早朝から門前に並び始めたため、ギルバートは急遽予定を変更して、朝の九時から面接を始めた。
この世界の人口の大部分は農民である。そして、農民は生まれながらに土地に縛られている。領地は領主が所有するため、そこに根ざす農民もまた、ある意味では領主の所有物だということだ。農民は領主の許可なく土地を移動することはできず、職業の自由もない。これを「土地の制約」という。
農民が領主邸のメイドになるということは、土地の制約から解放されることを意味している。農民からしてみれば、今回の募集は人生の転機たりえた。
とりわけ、領主のエヴァンは人道的な優れた統治力で知られている。加えて、三二歳という若さと、勇壮で見目麗しい容貌も相まって女性人気が高い。
農作業から解放されたい、綺麗な邸宅で働きたい、あわよくばエヴァンとお近づきになりたいと願う荘園中の女たちが、こぞって領主邸に集まったのだ。
ギルバートはリリーと共に、邸宅の二階にある応接室にて、途切れることなくやってくる希望者の面接を行なっていた。
二五歳と歳若く、本来は何の決定権もないリリーを面接に同席させたのは、ギルバートの判断だ。新たなメイドを採用した場合、その者ともっとも多く共に時を過ごすことになるのはメイドのリリーだ。ギルバートは彼女と、新たなメイドとの相性を重要視したのである。
「基本的な家事は、問題なく行えるということですね?」
「ええもちろん。弟と妹が合わせて一〇人もいるものですから、毎日がまるで戦争のようなものです。洗濯や掃除など、仕事の速さにかけては誰にも負ける気がしません。体が強いのも自慢でして、近所を含めて全員が病気になった時も、私だけ元気だったんですよ。それに、弟妹たちにお話を聞かせることも得意なんです。よくあるおとぎ話から、実際にあった歴史の話まで。あまりにお話をせがまれるものだから、何度か自分でも物語を作って話してみたんです。そうしたら、その話が面白いって村中で評判になって、他の家の子供まで聞きにきたりなんかして。領主様を退屈させない自信があります。きっと、この邸宅でもお役に立てますわ」
たったいま面接を受けているエマという女は、淀みなく怒涛の勢いで話し続ける。そして大きく口を開けて、ガハハと豪快に笑った。話好きな点と笑い方に難は感じるものの、ギルバートはなかなか好感触を得て、手元のメモ紙に丸をつける。
いっぽう、横に座っていたリリーは、エマの笑い声を聞いて眉を顰め、大きくバツを描いていた。ギルバートは彼女の手元の紙を横目で眺めながらも、笑顔を崩さない。
「なるほど、大変興味深い。面接は以上になります。エントランスで結果を受け取ってからお帰りください」
そう最後の案内をすると、ギルバートは手でドアを示す。
リリーが却下したため、彼女には不合格の結果を出すことにしたのだ。エントランスでネイサンから配られる封筒の中身は全て不合格の通知であり、もし面接に合格した場合は、この場で合格を伝えることになっている。
エマが出ていき扉が閉まると、ギルバートはリリーの方へ向きなおった。
「リリー。来た者を全員不合格にしていては、いつまでたっても新たなメイドを採用することができませんよ。面接はあくまで一次試験であって、明日には実技試験があるのですから」
ギルバートが苦言を呈す理由は、リリーが今まで一度も丸をつけないからだ。
「別に、全員を不合格にするつもりはありません。そうおっしゃるギルバートさんは、ちょっと判断が甘すぎませんか? 希望者が山のように来ているのですから、皆を通していたら明日も大変なことになりますよ。あんな下品な笑い方を隣でずっとされていたら、たまったものじゃありませんから。そもそも彼女、喋りすぎです」
可愛らしい声ながらもキッパリとものを言うリリーに、ギルバートはある種の納得をしながらも、吐息を漏らした。朝からすでに二〇人面接しているが、正午近くになっても、まだ終わりが見えない。そもそも、本来の面接開始時間はこれからであり、希望者はまだ増えていくことが予想される。
ギルバートは立ち上がると、あとどれほど残っているものかと、部屋の窓から敷地内を見下ろした。
エントランスポーチと、そこから道が繋がる正門が見える。面接希望者は邸宅の中に入りきれておらず、庭を挟んで、正門からさらに外まで列が続いている。
そのとき、ギルバートは邸宅前に並ぶ人の数ではなく、別の場所に目を奪われた。正門前で、守衛と見知らぬ男が何か揉めている。
「問題が起きたようです。リリー。わたくしは外の様子を見てきますので、面接を進めておいてください」
「そんな、困ります」
「合否は、わたくしの判断抜きで決めていただいて構いませんから」
リリーは困惑顔をしていたが、合否の決定権を委ねられると、途端に目を輝かせた。
「承知いたしました。希望者の見極めは、このリリーにばっちりお任せくださいな」
自身の胸元を叩き、実に頼もしい様子で笑顔を見せる。
ギルバートはそんな彼女の様子に頷くと、部屋を後にした。背後では、リリーが実に凛とした様子で、次の面接希望者を呼んでいた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜
櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。
パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。
車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。
ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!!
相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム!
けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!!
パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる