鷹鷲高校執事科

三石成

文字の大きさ
上 下
33 / 51
一〇月の章

祭の陰 -2-

しおりを挟む
 水島は一人、鈴木の言っていた物置の前へと駆けつけた。普段から利用されていないせいか、歴史ある校舎の中でもいっそう古めいて感じる木製の扉だ。広い鷹鷲高校の校舎には使われていない空き教室も多く、この周辺は客もおらず閑散としている。

 扉に手をかけると、鍵がかかっているのか揺れるだけで開くことはなかった。だがその扉についた真鍮製のノブを回した時、中から人の話し声のようなものが聞こえた。

 水島には、中から微かに聞こえた声に聞き覚えがあった。体育祭のあの日、水島を冷たく貶した男の声だ。

 その事実を認識した途端、水島の体は突き動かされるように行動していた。

 近くの空き教室から重厚な肘掛け椅子を引っ張ってくると、扉のノブに思い切り打ち付ける。椅子の重さを増した渾身の一撃は強く、バキッという激しい物音をたてノブと共に鍵が壊れた。

 そのままの勢いで扉を開き、水島は目を見開いた。

 驚いたようにこちらを見る修斗と幸也。そして、部屋の中央に着衣を乱し、力無く横たわる山下。彼の顔や体のあちこちに殴打の痕も見て取れるが、それ以上に水島にとって衝撃だったのは、そこに性的な暴行を加えられた形跡があることだ。

 その山下の姿を目にした瞬間、水島は、自分の記憶の中に沈めた出来事が蘇るのを感じていた。視界の端がじわりとぼやけるような感覚。今水島の目に入っているのは、修斗の歪んだ顔だけ。

「なんだ、お前執事科の水島……」

 修斗が何かを言いかけたが、水島は構わず踏み込み、全体重をかけて近くにいた修斗の顔面に拳をめり込ませた。

「うっ!」

 水島の小柄な体から繰り出されたとは思えない程の重い顔面ストレートに、修斗はうめき声をあげて、そのままふらりと後ろへ尻餅をつく。

 すると、水島が鍵をぶち破って部屋に入ってきたことすら気にかけず、虚に天井を見上げていた山下が、ようやくビクッと体を震わせた。

 傷ついた体が痛むのを庇いながら上体を起こし、驚愕に目を見開いている。山下には、マスターを殴った水島の行為がすぐには脳内処理できなかったのだ。

「水、島さん……いま、何を……」

「お前、何をしたかわかってんのか、平民の分際で」

 同時に、今まで様子を見ていた幸也が声を上げる。だが、その声を掻き消すほどの声量で水島は叫んだ。

「何をしたかわかってねぇのは貴様らだろうが! これは紛うことなき犯罪だぞ」

「お前が貴族に手をあげたことが罪だ! この寄生虫が。お前らがここにいられるのも、毎日飯が食えるのも、誰のおかげだと思っている」

 水島の言葉に、鼻から血を垂らしながら修斗が言い返す。

「なんだって?」

「お前は今俺を殴りつけた。このことは俺も幸也も山下も見ている。大問題になるぜ」

「そういうお前は、山下に何をした!」

「こいつは俺を訴えたりしねぇよ。全部同意の上ってことだ。なあ?」

 修斗は育ちに似合わぬ下卑た笑いを浮かべながら、横にへたり込んだままの山下の顎を掴んだ。山下は嫌悪感を滲ませ眉を寄せながらも、口をキュッと噤んで、目を閉じる。

 山下の表情には、彼の悲壮な覚悟が宿っていた。山下は決して水島へ助けを求めてはいない。だが同時に、水島はそんな山下の表情に過去の自分の影を重ねることを止められないでいた。

 修斗と幸也の言葉や振る舞いは、水島をさらに激昂させていく。

「このクソ野郎が、山下から手を離せ!」

 水島は拳を握りしめると、再度修斗に殴りかかった。

 床に押し倒し、馬乗りになると、幾度も、幾度も顔面を殴りつける。

「水島さん、やめてくださいっ」

 山下が声を上げるが、すっかり頭に血が上った水島の耳には届いていなかった。

「何不自由ない生活をしてきたお前に、山下の苦しみがわかるものか。腹が減ってるのに、目の前に並ぶ食べ物の一つも買えない苦しさがお前にわかるか。明日住む場所がなくなるかもしれない恐怖が、お前にわかるのか。どんなに人間としての尊厳を踏み躙られても、家族のためにすべてを我慢する山下の気持ちが……っ」

 修斗を殴り続けながら、叫ぶ水島の両目からは、大粒の涙がこぼれ落ちている。発する言葉は山下の苦しみの代弁のようであり、その実、水島自身の苦すぎる思い出の発露である。

 修斗は鼻血を垂らしながら、もはや言葉もない。幸也は殴られている修斗を見ているだけで、いっさいの手出しができなかった。幸也も修斗も、無抵抗な者を殴ることには慣れているが、殴られることには免疫がないお坊ちゃんなのである。

「ふざけるなっ……」

 水島は渾身の力を込め、再度腕を振り上げた。

 と、その時。

 背後から伸びてきた力強い手が、水島の拳を掴んで引き止める。

「おやめなさい」

 この場に似合わぬほど、冷静に低く響く声。水島はハッとして振り返る。

 そこには、鷹鷲高校の校長である鳳大都が立っていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

処理中です...