鷹鷲高校執事科

三石成

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一〇月の章

鷹鷲祭 -1-

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 鷹鷲祭当日。

 校舎内にある四〇〇の客席を備えた本格的な劇場は、満員御礼となっていた。

 スポットライトの当たる舞台上には本格的なセットが組み上げられており、そこだけがすっかり一四世紀のイタリアにタイムスリップしてしまったかのようだ。鷹鷲高校の財力をフルに活かし、文化祭のいち出し物とは思えない完成度を誇っている。

 ストーリーが広く知られている『ロミオとジュリエット』という定番の演目にもかかわらず、観客は皆舞台上で繰り広げられるやりとりに夢中になっている。

 その理由は舞台のセットが素晴らしいという理由だけではなく、演者達の魅力が際立っているからだ。

 男子部の出し物であるがゆえに、登場人物全員が男だけという特異さはある。だが観劇を続けていれば、そうと感じさせない世界観が構築されていた。中でも最も観客達の注目を集めているのは、ロミオを演じるアルバートだった。

 スポットライトを浴びてキラキラと輝くブロンドの髪、彫りの深い端正な顔立ちをさらに際立たせる舞台メイク。王子様然としたクラシカルな衣装を完璧に着こなし、アルバートはごく自然体でロミオを演じきっていた。

「ああ、僕の女神。必ず戻ってくると約束するよ。ベンヴォーリオにはすべてを打ち明けた。何かあったら彼に伝えてくれ。さあジュリエット、見送りのキスをしてくれるかい」

 朗々と響く声は甘く、観客席からはうっとりとしたため息が漏れ聞こえてくる。

 そんな煌びやかな舞台を、宗一郎、明彦、東條、白石の四人は観客席に並んで観劇していた。

 東條は、隣に座る白石の方へと軽く上体を傾ける。

「アルバート様って、もしかしてすごい人なのか?」

 他の観客の邪魔にならないようごく小さな声で囁くと、白石もまた同じようにしてそれに応える。

「実は俺もそう感じ始めている」

「ちなみに今日頑張ったらご褒美は?」

「フォンダンショコラを焼く予定だ」

 相変わらずな返答に、東條は小さく笑う息を漏らしてから体勢を戻した。

 白石がアルバートの専属になってから、アルバートの生活は見違えた。元はほとんど授業にも参加していなかったが、毎朝白石にあの手この手で連れ出され、ほぼ毎日学校に来るようになった。

 アルバートをベッドから引き摺り出すのは大変なことだが、白石はいっさい手を抜かない。

 アルバートが白石を召し抱えることになるのはほぼ確実。そうなれば、白石は一生涯アルバートに仕えることになる。アルバートが良き当主としてブラウン家を存続させていくことが、白石の生活の安定にもつながっているのだ。

 ことの道理が理解できないほど、白石は愚かではない。

 幕間を挟みながら劇は進む。

 大公に扮するケビンが若き恋人たちの死を悼む最後の台詞を述べ、ロミオとジュリエットへ捧げる弔いの鐘が鳴り響くと、拍手喝采が巻き起こった。


 白石が残った劇場を後にして、三人は校舎内の廊下をのんびりと歩き始めた。学校内は多くの人で溢れ、城のような広い校舎の廊下も多少の歩きにくさがある。窓の外から見える普段は静かな庭園なども、今日ばかりは全く違う姿を見せていた。

「次どこ行きたい?」

 文化祭のパンフレットを開きながら、明彦が問う。

「水島のシフトが終わるのはいつごろだったか。もしタイミングがよければ、迎えに行きがてらうちの店にも顔を出すか」

 宗一郎が東條に視線を向けながら言い、東條は頷いた。

「はい、水島のシフトはあと二五分ほどで終わる予定です。喫茶に行って何かお飲みになるのでしたら、ちょうどよろしいかと」

「東條のシフトっていつだっけ」

「わたくしは水島と入れ違いでシフトに入る予定になっておりますので、そのまま一時間、おそばを離れることになります」

 宗一郎は選定で誰も選ばなかったため、日々担当が変わることになっている。しかし、水島が我先にと宗一郎の担当になろうとし、そして宗一郎もそれを許容するために、宗一郎の担当は多くの日を水島が行っていた。

 いっぽう、一一人から選定された東條は、それだけ多くの担当をローテーションしている。よって、選定された東條と選定をした明彦よりも、むしろ選定をされなかった水島と選定をしなかった宗一郎の方が一緒にいる時間が長いという不思議な現象が起きていた。

 ともあれ、今日は宗一郎の担当を水島が、そして明彦の担当を東條が務めている。宗一郎と明彦が一緒にいる都合上、夏休みを共に過ごした四人は朝から共に鷹鷲祭を回っていたのだった。

 今水島がグループを抜けているのは、彼が観劇の最中に抜け出て己のシフトをこなしに行ったからだ。壱組の出し物である浪漫喫茶は、バトラーでシフトを組んで接客をすることになっていた。

「お、じゃあいろいろと都合がいいな。行くか」

 宗一郎の言葉に明彦も同意し、三人は帝王科三年壱組の教室へと向かった。執事科の方の教室は、バックヤードになっている。

 帝王科の教室は、元より執事科の教室よりも調度品が凝っていて、荘厳な雰囲気がある。外部から学校に遊びにきた客からすれば、元の教室だけでも大変興味深いものだ。だが、今日は教室がさらに大正ロマンの雰囲気に作り替えられていた。

 入口には東條と白石が二人で塗っていた看板が掲げられ、新たに設置された色硝子が嵌め込まれた扉を開くと、珈琲の香りが漂ってくる。

 赤い絨毯の上にはクラシカルな刺繍模様が入る布張りのソファがいくつも設置され、マホガニーのテーブルと合わせてすっかり喫茶店の様相だ。

 本来は完全な洋風の窓にモダンさを感じる障子がかけられていることで、和洋折衷の独特の雰囲気を醸し出していた。

 これら調度品の全体の手配を担当したのは、持ち前のセンスを発揮した水島だった。
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