鷹鷲高校執事科

三石成

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九月の章

文化祭準備 -2-

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「山下、どうした?」

 顔だけ入れるような形で教室の中を覗き込んでいた山下は、白石から声をかけられて、ビクッと体を震わせた。

「お邪魔しちゃってすみません。こちらにアルバート様いらっしゃってないかなって」

 へへ、と笑いを滲ませて答えると、白石は目を細めた。

「あー、はいはい、こちらにいらっしゃっていますよ。ほらアルバート様、お迎えですよ」

 白石の足元に、アルバートの綺麗なブロンドの髪が見えた。彼は主人の足元で伏せをしている大型犬のように床の上に寝ている。その奇妙な状況に、山下は目を瞬く。

「唸ってないで、山下が迎えに来てくれたんですから行ってきてください」

 白石はアルバートを宥めすかすような口調で言うと、アルバートの腕を掴んで半ば無理やり引き起こした。肩を貸すようにしてアルバートを扉のところまで連れてくる。

「山下、わざわざ悪かったな。教室に返した方がいいんだろうなとは思っていたんだけど」

「いいえ、ぼくは全然。アルバート様、大変申し訳ないのですが、ぼくたちの教室で衣装合わせだけさせてください。そのあと、帝王科の方の教室で練習に参加していただけると、皆さん喜ばれるかと」

 山下が声をかけるが、アルバートは動かない。

「頑張ってきてくださったら、今日はお好み焼きにしましょうか」

 ダメ押しのような白石の言葉。アルバートは頷くと、ようやく体に芯を取り戻したように、一人で歩き出した。

 そんな二人の様子に、山下は思わず笑った。

 やれやれといった様子で白石が戻っていく。山下もまた、そのままアルバートと共に隣の教室に入ろうとした、その時。

「ちょっと。あんた、えっと、山下……?」

 背後から疑問系で名前を呼びかけられ、山下は振り向いた。

 そこに立っていたのは、今壱組の教室から出てきた水島だった。山下と水島は同学年としてお互いの存在を認識してはいるものの、なんの接点もない上に性格としても真逆なため、今までまともに会話したこともなかった。

「はい、ぼくは山下です。どうかしましたか?」

「あんたさ、生徒会執行部でしょ」

「そうです」

「体育祭の時、入場門のところで転んでた」

 水島の言葉に、山下は体を強張らせた。その時のことが思い出され、嫌な感覚が足元から立ち上ってくる。

 山下は思わず、水島の視線から逃げるように廊下の床に視線を落とす。

「……お見苦しいところをお見せしまして」

「そうじゃないでしょ。僕、見てたんだけど。なんで誰にも言わなかったの」

 一瞬の間。水島の言わんとしようとしていることを理解して、山下は息を漏らす。それから意を決して顔を上げると水島を見返し、へへ、と笑った。

「仕方のないことですし」

「そんなことない。あんたが何も言わなかったら、あんたがただドジ踏んだだけみたいに見えるだろ。横のやつが足出してきて、それで転ばされたんだって、本当のことを言えばいいだけのことだよ」

 山下は顔に曖昧な笑顔を浮かべたまま、静かに首を振った。

「ぼくのことをそんなに気にかけて下さって、ありがとうございます。でも、大丈夫です。ぼくが我慢してれば、それで丸く収まることなので」

 山下は頭を下げ、逃げるように教室の中へと入ろうとした。しかし、水島は山下の腕をつかんで引き止める。

「とても大丈夫には見えないから言ってるんだよ」

「いつものことなんです」

 振り向かず、扉の方を見たまま、山下は応える。

「昔からなんです。ぼくの父は、三上家の執事なんです」

「山下……」

「あ。そうだ」

 言葉を重ねようとする水島に、山下は話題を変えるように明るく声を上げると、無理やり笑顔を浮かべて振り向いた。

「水島さん、リレーに出場されていましたよね。すごく足が速くてすごかったです」

「今は山下の話をしてるんだけど?」

 今度は水島が眉を寄せるが、山下は気にすることなく言葉を続ける。

「でも水島さん、途中までは手を抜いて走ってらっしゃいましたよね」

「それは……」

 痛いところを突かれて言い淀んだ。山下は変わらず微笑む。

「それは、どうしてですか?」

「宗一郎とは同じ組だったし、どっちが一位とっても勝敗には関係なかったから」

「水島さんは、宗一郎様に一位を取っていただこうと思ったんですよね。初めから本気を出せば、宗一郎様のことは抜けたのに」

 水島は掴んでいた山下の手を離した。

「それがいけないこと?」

「ぼくはいけないなんて、思っていません。あの場面で咄嗟にそういう判断をする水島さんには、ぼくの考えをわかっていただけるのではないかと思いまして」

 水島は、もう言い返すことができなかった。

「気にかけてくださって、本当に、ありがとうございました」

 山下は最後に感謝の言葉を述べてから、ペコリと頭を下げて教室の中へと入っていった。廊下に一人残された水島は、そっと下唇を噛む。山下の気持ちを、痛いほど理解できてしまうからだ。
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