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九月の章
体育祭 -2-
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「山下、大丈夫か」
ケビンの声に隠れるほどの声量で東條は問うと、山下の腕をとり立ち上がらせる。
「すみません、東條さん」
「怪我は?」
「ないです。本当にすみません」
山下も素早く立ち上がり、東條と共に、地面に転がってしまった襷とペットボトルを回収する。ようやくすべてを元通りにして、再び襷とペットボトルを配ろうとした。しかし。
「おい、正気かよ。一回地面に転がったものを俺らに使えっていうのか?」
修斗の言葉に、山下の体がビクンと震える。
「し、失礼いたしましたっ。しかし、この騎馬戦専用の襷はここにある分しかなくて……」
「ちょっと、もうやめましょうよ、修斗くん。俺からしたら全然汚れてるように見えないよ?」
ついに見かねて、ケビンが拡声器のスイッチを切ると山下の元へとやってきた。
「うるせぇな、黙ってろよ葛城。お前が俺に口出しできる立場だと思ってんのか」
修斗は強硬な姿勢を崩さず、ケビンを睨みつける。修斗の家は代々大臣を輩出している家系で、修斗の両親ともに現在の政界で重要なポストについている。外交官である葛城家との力関係は明白だ。
ケビンは一瞬たじろいだがすぐに眉を顰め、もう一歩修斗の方へと距離を詰めた。
「俺はこの体育祭の運営をしている生徒会執行部だ。これ以上妨害をするようなら出場停止を命じるよ」
修斗は軽く片眉を上げると「へぇ」と何かを面白がるように笑った。
「なるほどな。憶えておくよ、葛城」
その時、騎馬戦の競技開始を告げる尚敬のアナウンスが響く。ケビンは慌てて拡声器のスイッチを入れると、入場の案内を始めた。今まで様子を静観していた他の選手達も、山下から襷を受け取っていっせいに入場門からグラウンドへと向かっていく。
帝王科の選手達がいなくなり、静まり返った入場門横。山下はケビンに深々と頭を下げた。
「ぼくの不注意でご迷惑をおかけしまして、大変申し訳ございません」
「いや、気にしないで。それよりかなり派手に転んでたけど、大丈夫?」
「はい、ちょっと疲れが出てしまったみたいで……」
ほっとしたように体から力を抜き、山下は「へへ」と、いつものように笑った。
その姿を、少し離れたところからじっと見ている者がいる。
騎馬戦執事科部門に出場するため、入場門横に来ていた水島だ。彼は形良い眉を寄せながら、誰にも聞こえないように、口の中で舌打ちをしていた。
それからは大きな問題もアクシデントもなく、体育祭はフィナーレへと向かおうとしていた。グラウンドにかかる日差しも傾き、夕暮れも近い。
最後の入場案内が終わり、ケビン、東條、山下の三人も本部テントに戻ってくる。
「体育祭最終競技、リレー走開始です」
尚敬のアナウンスに続き、グラウンドから田中の放ったスターターピストルの音が響く。トラック上に選手が四名一斉に走り出した。
他の種目では二度に分けられていたが、最後のリレー走だけはバトラーとマスターも同時に走る。紅組帝王科が第一レーン、白組帝王科が第二レーン、紅組執事科が第三レーン、白組執事科が第四レーンとなっている。
掲示された得点ボードの点数によると、紅組三四○点に対し、白組三六○点。
現時点で白組が二○点リードしているが、リレーは一位四○点、二位が二○点、三位が一○点の配点になっているため、どちらが勝ってもおかしくない状況になっていた。
各レーン、走者は学年で一人ずつの計三人だ。初めは一年、次に二年が必死の走りを見せ、順調にバトンを繋いでいく。
学年の組の中で最も足の速い生徒がリレー選手に選ばれているため、各レーンの走力は拮抗している。抜きつ抜かれつの熱い展開に、今までの暑さや疲れも忘れた様子で、会場も興奮に包まれた。
「第一レーン、アンカーにバトンが渡りました!」
尚敬の実況が入る。
バトンを手に走り出したのは、白組の宗一郎だ。前の走者も速かったものの、グンッとその速度を増した走りに、声援も大きくなる。
「第四レーン、第三レーンとほぼ同時にすぐ後に続きます! さて、追いつけるでしょうか」
第四レーン。宗一郎の少し後に走り出したのは、紅組の執事科水島。白組の執事科、塔矢というバトラーがその後に続く。二人ともかなりの速さで走っていくが、宗一郎との距離を詰めるには及ばない。
一位に紅組である宗一郎が入った場合、二位が紅組か白組かで、この体育祭が引き分けになるか紅組の逆転勝利になるかが決まる。注目は、水島と塔矢に集まっていた。
「第一走者から第二走者へのバトンを取り落とすというアクシデントがあった第二レーン、今最後の選手がスタート」
最後にバトンが回ってきたのは、白組帝王科。走者は、アルバート。
「最後まで諦めずに走っていただきた……おっと、これは……はやい、はやい!」
実況をしていた尚敬が立ち上がった。
もはや勝負には絡んでこないと思われていた第二レーン。アルバートにバトンが渡った途端、その距離が一瞬にして詰まっていく。
アルバートは今、いつもは無造作におろしているブロンドの髪を、高い位置で一つに括っていた。普段は校内のあちこちで寝ている姿しか目撃されてないアルバートが、今はその長い足をフルに活かし疾走していた。
「一人抜き、二人抜き、三人抜いた!」
走り出した時の勢いのままアルバートがトップに躍り出ると、グラウンドの興奮は最高潮に達した。と、その時。
「第四レーンもラストスパートをかけます。距離を詰めていく」
水島の走るフォームがあからさまに変わった。同時に走る速度も上がる。駆け抜け、逃げていくアルバートに追い縋るように、水島もまた前を走る宗一郎を抜く。
「ここで、ゴール! 一位、白組帝王科アルバート選手。二位、紅組執事科水島選手。三位、紅組帝王科宗一郎選手、四位、白組執事科塔矢選手。熱い走りを見せてくれた代表選手達に、今一度大きな拍手をお送りください」
大歓声が巻き起こる中、ゴールの横で宗一郎は息を切らせながら、悪戯めいた笑顔で水島を見ていた。一方水島は、宗一郎の視線に気づくとバツが悪そうに下を向く。
誰もが予期しなかった激走を見せたアルバートは、ゴールテープを切ったそのあと、グラウンドの上に大の字になって寝転がっていた。
ケビンの声に隠れるほどの声量で東條は問うと、山下の腕をとり立ち上がらせる。
「すみません、東條さん」
「怪我は?」
「ないです。本当にすみません」
山下も素早く立ち上がり、東條と共に、地面に転がってしまった襷とペットボトルを回収する。ようやくすべてを元通りにして、再び襷とペットボトルを配ろうとした。しかし。
「おい、正気かよ。一回地面に転がったものを俺らに使えっていうのか?」
修斗の言葉に、山下の体がビクンと震える。
「し、失礼いたしましたっ。しかし、この騎馬戦専用の襷はここにある分しかなくて……」
「ちょっと、もうやめましょうよ、修斗くん。俺からしたら全然汚れてるように見えないよ?」
ついに見かねて、ケビンが拡声器のスイッチを切ると山下の元へとやってきた。
「うるせぇな、黙ってろよ葛城。お前が俺に口出しできる立場だと思ってんのか」
修斗は強硬な姿勢を崩さず、ケビンを睨みつける。修斗の家は代々大臣を輩出している家系で、修斗の両親ともに現在の政界で重要なポストについている。外交官である葛城家との力関係は明白だ。
ケビンは一瞬たじろいだがすぐに眉を顰め、もう一歩修斗の方へと距離を詰めた。
「俺はこの体育祭の運営をしている生徒会執行部だ。これ以上妨害をするようなら出場停止を命じるよ」
修斗は軽く片眉を上げると「へぇ」と何かを面白がるように笑った。
「なるほどな。憶えておくよ、葛城」
その時、騎馬戦の競技開始を告げる尚敬のアナウンスが響く。ケビンは慌てて拡声器のスイッチを入れると、入場の案内を始めた。今まで様子を静観していた他の選手達も、山下から襷を受け取っていっせいに入場門からグラウンドへと向かっていく。
帝王科の選手達がいなくなり、静まり返った入場門横。山下はケビンに深々と頭を下げた。
「ぼくの不注意でご迷惑をおかけしまして、大変申し訳ございません」
「いや、気にしないで。それよりかなり派手に転んでたけど、大丈夫?」
「はい、ちょっと疲れが出てしまったみたいで……」
ほっとしたように体から力を抜き、山下は「へへ」と、いつものように笑った。
その姿を、少し離れたところからじっと見ている者がいる。
騎馬戦執事科部門に出場するため、入場門横に来ていた水島だ。彼は形良い眉を寄せながら、誰にも聞こえないように、口の中で舌打ちをしていた。
それからは大きな問題もアクシデントもなく、体育祭はフィナーレへと向かおうとしていた。グラウンドにかかる日差しも傾き、夕暮れも近い。
最後の入場案内が終わり、ケビン、東條、山下の三人も本部テントに戻ってくる。
「体育祭最終競技、リレー走開始です」
尚敬のアナウンスに続き、グラウンドから田中の放ったスターターピストルの音が響く。トラック上に選手が四名一斉に走り出した。
他の種目では二度に分けられていたが、最後のリレー走だけはバトラーとマスターも同時に走る。紅組帝王科が第一レーン、白組帝王科が第二レーン、紅組執事科が第三レーン、白組執事科が第四レーンとなっている。
掲示された得点ボードの点数によると、紅組三四○点に対し、白組三六○点。
現時点で白組が二○点リードしているが、リレーは一位四○点、二位が二○点、三位が一○点の配点になっているため、どちらが勝ってもおかしくない状況になっていた。
各レーン、走者は学年で一人ずつの計三人だ。初めは一年、次に二年が必死の走りを見せ、順調にバトンを繋いでいく。
学年の組の中で最も足の速い生徒がリレー選手に選ばれているため、各レーンの走力は拮抗している。抜きつ抜かれつの熱い展開に、今までの暑さや疲れも忘れた様子で、会場も興奮に包まれた。
「第一レーン、アンカーにバトンが渡りました!」
尚敬の実況が入る。
バトンを手に走り出したのは、白組の宗一郎だ。前の走者も速かったものの、グンッとその速度を増した走りに、声援も大きくなる。
「第四レーン、第三レーンとほぼ同時にすぐ後に続きます! さて、追いつけるでしょうか」
第四レーン。宗一郎の少し後に走り出したのは、紅組の執事科水島。白組の執事科、塔矢というバトラーがその後に続く。二人ともかなりの速さで走っていくが、宗一郎との距離を詰めるには及ばない。
一位に紅組である宗一郎が入った場合、二位が紅組か白組かで、この体育祭が引き分けになるか紅組の逆転勝利になるかが決まる。注目は、水島と塔矢に集まっていた。
「第一走者から第二走者へのバトンを取り落とすというアクシデントがあった第二レーン、今最後の選手がスタート」
最後にバトンが回ってきたのは、白組帝王科。走者は、アルバート。
「最後まで諦めずに走っていただきた……おっと、これは……はやい、はやい!」
実況をしていた尚敬が立ち上がった。
もはや勝負には絡んでこないと思われていた第二レーン。アルバートにバトンが渡った途端、その距離が一瞬にして詰まっていく。
アルバートは今、いつもは無造作におろしているブロンドの髪を、高い位置で一つに括っていた。普段は校内のあちこちで寝ている姿しか目撃されてないアルバートが、今はその長い足をフルに活かし疾走していた。
「一人抜き、二人抜き、三人抜いた!」
走り出した時の勢いのままアルバートがトップに躍り出ると、グラウンドの興奮は最高潮に達した。と、その時。
「第四レーンもラストスパートをかけます。距離を詰めていく」
水島の走るフォームがあからさまに変わった。同時に走る速度も上がる。駆け抜け、逃げていくアルバートに追い縋るように、水島もまた前を走る宗一郎を抜く。
「ここで、ゴール! 一位、白組帝王科アルバート選手。二位、紅組執事科水島選手。三位、紅組帝王科宗一郎選手、四位、白組執事科塔矢選手。熱い走りを見せてくれた代表選手達に、今一度大きな拍手をお送りください」
大歓声が巻き起こる中、ゴールの横で宗一郎は息を切らせながら、悪戯めいた笑顔で水島を見ていた。一方水島は、宗一郎の視線に気づくとバツが悪そうに下を向く。
誰もが予期しなかった激走を見せたアルバートは、ゴールテープを切ったそのあと、グラウンドの上に大の字になって寝転がっていた。
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