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五月の章
生徒総会 -2-
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時と所変わって、場所は大広間。
大広間は校舎の中心部に位置し、高い吹き抜けには豪奢なシャンデリアが煌めいている。鷹鷲高校の中で最も広く、式典などが行われるシンボル的な場所だ。一般的な学校では、全校生徒が集まるようなイベントは体育館で行われるのが普通だが、鷹鷲高校では運動を専門に行える体育館は別にある。
大広間の床には大理石が敷き詰められ、その上を歩くたびに、コツコツと実に小気味良い音がした。今そこには、男子部の全生徒が集っている。これから生徒総会が始まろうとしていた。
大広間の前方には、床と同じ大理石で作られているものの、一段高くなっているエリアが存在する。その壇上で、東條は無表情の奥に複雑な心境を押し殺して立っていた。目の前には、壇の下に並べられた椅子に座る、大多数の生徒たちが見える。
東條と同じく壇上に並んでいるのは、東條の他に五人の生徒。バトラーが東條を含めて三人に、マスターも三人という構成だ。その中には明彦の姿もあった。
壇上の中央に立っていたマスターの一人、真壁尚敬が一歩前へと進み出て、手にしたマイクで話し始めた。
「時間になったので、生徒総会を始めます」
彼の言葉に合わせ、大広間の扉前に控えていたバトラーたちが一斉に扉を閉めていく。重厚な扉は閉まる時に重みのある音を響かせ、空間が隔離されたことで厳かな雰囲気が漂いだした。
ざわめいていた話し声がおさまったのを見計らい、尚孝は再度口を開く。
「まずは今年の生徒会執行部の紹介から。俺は真壁尚敬です、よろしくお願いします」
尚敬は隣に立っている明彦にマイクを手渡す。明彦は緊張しきった表情で一歩前に進み、「七森明彦です。よろしくお願いします」と続けた。
さらにその隣へとマイクが渡っていく。
「葛城ケビンです。よろしく」
「執事科の田中正です。よろしくお願いいたします」
「同じく、執事科の山下早苗です。よろしく、お願いします」
と、そこまできて、マイクは最後に東條へと手渡される。
「同じく執事科の東條操です。よろしくお願いいたします」
定形文通りの挨拶を済ませ、東條はマイクを尚敬へと戻す。
「以上六名で生徒会を運営していきます。執行部メンバーがさきほど決まったばかりですので、詳しい役職は来月の校内紙でお知らせします。さて続いて、各クラスから上がった生徒活動に関する問題点や意見を発表していただきます」
マイクを再度握った尚敬は滑らかに言葉を続け、生徒総会を進行していく。
さきほど各々の教室で行われたクラス会は、この一年に一回の生徒総会に向けて、クラスでの意見をまとめるものであった。生徒総会で各クラスから出された意見は、その後生徒会執行部により精査され、必要とあれば教員や理事にも掛け合われる。こうして、学校生活の改善は行われていくのだ。
東條が一、二年の時もクラス会、生徒総会共に同様に行われた。だが三年になって変化が生まれたのは、自動的に生徒会執行部となる、クラスの代表を選ぶ必要があった点だ。
一般的な多くの学校では、生徒会執行部は二年生で構成される。いや、生徒会執行部だけではなく、部活の部長などもそうだ。その理由は三年生になると受験勉強に専念する必要が出てくるからだが、この鷹鷲高校の生徒には、大学受験というものは存在しない。
マスターは大半が大学に進学するが、彼らが入る大学は全員に用意される。学力の問題もあるにはあるが、基本的には貴族の特権で、本人が望んだ大学に自動的に入ることができるのだ。
そのため、生徒会執行部は全員が三年生で構成されるし、選挙なども行われない。
東條は先ほどのクラス会でクラスの代表に選ばれ、こうして生徒会執行部として全校生徒の前で挨拶するにいたった。
生徒会に選ばれるのは名誉なことだ。東條も任されたからには己の仕事としてまっとうする所存だが、そのいっぽうで腹立たしさを感じているのは、東條をクラスの代表に推薦したのが水島だという点だ。無論、嫌がらせでしかない。
生徒会に所属しているのは名誉なことではあるが、面倒なことも多い。一般的な学校も同様だが、内申点などが全く存在しない鷹鷲高校においては、やっていて特にメリットはない。
バトラーを選ぶのはマスター本人であり、その選択理由に、生徒会執行部に所属していたかどうかを含める者はいない。むしろ、生徒会執行部の活動でマスターに接する時間が減る分、不利にすらなる。
この現代に貴族制度が復活したのは三二年前。
資本主義を貫いた社会は、極端な貧富の差を生み出した。その差は年々拡大していき、世の中は非正規雇用者で溢れ、社会保障費は増加の一途をたどり維持が不可能になり、生活の不安定さに貧困層は荒れ、生産性を失い、犯罪が多発した。
もはやまともな社会を運営することが不可能となったとき、政府は生活保護制度を止めると同時に富裕層の家をそれぞれ貴族と認定し、貴族に平民の世話をすることを奨励した。極端に言えば政府が弱者を守る責任を完全に放棄した政策だったが、これが意外にもうまく働き始めた。
貴族は社会的に名誉な称号と地位を受け、さまざまな特権を得ると同時に、平民を守り育てることとなったのだ。
平民は貴族を敬い従うことで、比較的安定的に仕事や賃金、さまざまな生活の保障を受けることができるようになった。将来への慢性的な不安を抱えていた貧困層にとって、それらは精神的な支えにもなりえた。
貴族と平民という括りは当初反発を生んだこともあったものの、本質的には会社の経営層と従業員という関係から変化がなかったこと、また貴族、平民と明示されて括られることで逆に不公平感がなくなったことにより、社会に受け入れられたのだ。
だがそこで、新たな需要が生まれた。
貴族は平民から、人の上に立つ者としていっそうの資質を求められた。同時に貴族は平民に、貴族に付き従う者としてのプロフェッショナルな教育を受けた者を求めた。その需要に応える形で、貴族の鳳家により創設されたのが、この鷹鷲高校だ。今から二四年前のことである。
創設者の鳳大都は今も校長として学校の経営を続けている。
貴族であれば、希望すれば誰でも入学できる帝王科と異なり、倍率が毎年三桁に上る執事科入学への道は厳しい。
その理由は、一五歳であれば誰でも受験できることに加え、卒業時には花摘の契約を結んだ後に貴族に召し抱えられ執事になることができるからだ。花摘の契約には法的な拘束力はないものの、学校がその効力を一生涯保証する。つまり、この世界には他に類を見ない終身雇用が約束されるのだ。
さらにバトラーは在学中、授業料と生活費をいっさい支払わないで済む。加えて、校内で仕事をすれば、多額の給料まで支払われる。
それらはすべて、マスターが学校へ支払う授業料によって賄われている。つまり、マスターは高校の授業料としては法外な金額を払って、鷹鷲高校に在籍している。
彼らの目的は大きく分けて三つ。一つ目は上質な帝王学を学ぶこと。二つ目はより力を持つ他の貴族とのコネクションを結ぶこと。最後に、生涯己の身を託す執事を手に入れることだ。
無論、鷹鷲高校を経ずとも、貴族は平民を執事として召し抱えることはできるし、その方が、費用としてはよっぽど安く済む。それでもなお子供を鷹鷲高校へ通わせたがる貴族が多いということは、それだけ、彼らが高い能力を持つ執事を望んでいるということの証左であった。
バトラーが入学時に受ける試験は、一般的な高校とはまったく異なる。独自のものだが内容はIQテストに近く、今までの知識よりその者の伸び代や基礎的な能力を計る。つまり、教え込む知識や技術を受け入れ、飲み込み、成長できる者かどうかを測るのだ。
それに加え、いくつもの面接とグループワークをくぐり抜け、人間的、性質的にも執事に適している人物かどうかというのが見られていく。
その徹底した適正試験をくぐり抜けた者だけが、鷹鷲高校執事科への入学を認められるのだ。
「それでは、生徒総会を閉会します。お疲れ様でした」
つつがなく進行していた生徒総会は、尚敬の言葉によって締めくくられた。
退出していく生徒たちで大広間がざわめく中、東條はさっそく生徒会執行部の務めとして、大広間の片付けに動き出す。
「この後仕事のないバトラーは、大広間の片付けをお願いします」
他生徒へ指示を出しながら舞台から降りる。すると、その目の前に水島が立っていた。水島にも指示を出そうと口を開きかけた時。
「あ、宗一郎、部屋まで一緒に行こー」
水島は踵を返し、宗一郎のほうへまるで周囲に見せつけるようにくっつきに行く。もちろん片付けを手伝う様子はない。
東條はその水島の姿に、思わずため息を噛み殺した。
試験はあくまで試験であり、その者の資質のすべてを見抜けるわけではない。厳しい試験を突破し、狭き門をくぐり抜けた者でも、全員が執事らしい資質を備えているとは限らない。と、東條はそう感じずにはいられなかった。
大広間は校舎の中心部に位置し、高い吹き抜けには豪奢なシャンデリアが煌めいている。鷹鷲高校の中で最も広く、式典などが行われるシンボル的な場所だ。一般的な学校では、全校生徒が集まるようなイベントは体育館で行われるのが普通だが、鷹鷲高校では運動を専門に行える体育館は別にある。
大広間の床には大理石が敷き詰められ、その上を歩くたびに、コツコツと実に小気味良い音がした。今そこには、男子部の全生徒が集っている。これから生徒総会が始まろうとしていた。
大広間の前方には、床と同じ大理石で作られているものの、一段高くなっているエリアが存在する。その壇上で、東條は無表情の奥に複雑な心境を押し殺して立っていた。目の前には、壇の下に並べられた椅子に座る、大多数の生徒たちが見える。
東條と同じく壇上に並んでいるのは、東條の他に五人の生徒。バトラーが東條を含めて三人に、マスターも三人という構成だ。その中には明彦の姿もあった。
壇上の中央に立っていたマスターの一人、真壁尚敬が一歩前へと進み出て、手にしたマイクで話し始めた。
「時間になったので、生徒総会を始めます」
彼の言葉に合わせ、大広間の扉前に控えていたバトラーたちが一斉に扉を閉めていく。重厚な扉は閉まる時に重みのある音を響かせ、空間が隔離されたことで厳かな雰囲気が漂いだした。
ざわめいていた話し声がおさまったのを見計らい、尚孝は再度口を開く。
「まずは今年の生徒会執行部の紹介から。俺は真壁尚敬です、よろしくお願いします」
尚敬は隣に立っている明彦にマイクを手渡す。明彦は緊張しきった表情で一歩前に進み、「七森明彦です。よろしくお願いします」と続けた。
さらにその隣へとマイクが渡っていく。
「葛城ケビンです。よろしく」
「執事科の田中正です。よろしくお願いいたします」
「同じく、執事科の山下早苗です。よろしく、お願いします」
と、そこまできて、マイクは最後に東條へと手渡される。
「同じく執事科の東條操です。よろしくお願いいたします」
定形文通りの挨拶を済ませ、東條はマイクを尚敬へと戻す。
「以上六名で生徒会を運営していきます。執行部メンバーがさきほど決まったばかりですので、詳しい役職は来月の校内紙でお知らせします。さて続いて、各クラスから上がった生徒活動に関する問題点や意見を発表していただきます」
マイクを再度握った尚敬は滑らかに言葉を続け、生徒総会を進行していく。
さきほど各々の教室で行われたクラス会は、この一年に一回の生徒総会に向けて、クラスでの意見をまとめるものであった。生徒総会で各クラスから出された意見は、その後生徒会執行部により精査され、必要とあれば教員や理事にも掛け合われる。こうして、学校生活の改善は行われていくのだ。
東條が一、二年の時もクラス会、生徒総会共に同様に行われた。だが三年になって変化が生まれたのは、自動的に生徒会執行部となる、クラスの代表を選ぶ必要があった点だ。
一般的な多くの学校では、生徒会執行部は二年生で構成される。いや、生徒会執行部だけではなく、部活の部長などもそうだ。その理由は三年生になると受験勉強に専念する必要が出てくるからだが、この鷹鷲高校の生徒には、大学受験というものは存在しない。
マスターは大半が大学に進学するが、彼らが入る大学は全員に用意される。学力の問題もあるにはあるが、基本的には貴族の特権で、本人が望んだ大学に自動的に入ることができるのだ。
そのため、生徒会執行部は全員が三年生で構成されるし、選挙なども行われない。
東條は先ほどのクラス会でクラスの代表に選ばれ、こうして生徒会執行部として全校生徒の前で挨拶するにいたった。
生徒会に選ばれるのは名誉なことだ。東條も任されたからには己の仕事としてまっとうする所存だが、そのいっぽうで腹立たしさを感じているのは、東條をクラスの代表に推薦したのが水島だという点だ。無論、嫌がらせでしかない。
生徒会に所属しているのは名誉なことではあるが、面倒なことも多い。一般的な学校も同様だが、内申点などが全く存在しない鷹鷲高校においては、やっていて特にメリットはない。
バトラーを選ぶのはマスター本人であり、その選択理由に、生徒会執行部に所属していたかどうかを含める者はいない。むしろ、生徒会執行部の活動でマスターに接する時間が減る分、不利にすらなる。
この現代に貴族制度が復活したのは三二年前。
資本主義を貫いた社会は、極端な貧富の差を生み出した。その差は年々拡大していき、世の中は非正規雇用者で溢れ、社会保障費は増加の一途をたどり維持が不可能になり、生活の不安定さに貧困層は荒れ、生産性を失い、犯罪が多発した。
もはやまともな社会を運営することが不可能となったとき、政府は生活保護制度を止めると同時に富裕層の家をそれぞれ貴族と認定し、貴族に平民の世話をすることを奨励した。極端に言えば政府が弱者を守る責任を完全に放棄した政策だったが、これが意外にもうまく働き始めた。
貴族は社会的に名誉な称号と地位を受け、さまざまな特権を得ると同時に、平民を守り育てることとなったのだ。
平民は貴族を敬い従うことで、比較的安定的に仕事や賃金、さまざまな生活の保障を受けることができるようになった。将来への慢性的な不安を抱えていた貧困層にとって、それらは精神的な支えにもなりえた。
貴族と平民という括りは当初反発を生んだこともあったものの、本質的には会社の経営層と従業員という関係から変化がなかったこと、また貴族、平民と明示されて括られることで逆に不公平感がなくなったことにより、社会に受け入れられたのだ。
だがそこで、新たな需要が生まれた。
貴族は平民から、人の上に立つ者としていっそうの資質を求められた。同時に貴族は平民に、貴族に付き従う者としてのプロフェッショナルな教育を受けた者を求めた。その需要に応える形で、貴族の鳳家により創設されたのが、この鷹鷲高校だ。今から二四年前のことである。
創設者の鳳大都は今も校長として学校の経営を続けている。
貴族であれば、希望すれば誰でも入学できる帝王科と異なり、倍率が毎年三桁に上る執事科入学への道は厳しい。
その理由は、一五歳であれば誰でも受験できることに加え、卒業時には花摘の契約を結んだ後に貴族に召し抱えられ執事になることができるからだ。花摘の契約には法的な拘束力はないものの、学校がその効力を一生涯保証する。つまり、この世界には他に類を見ない終身雇用が約束されるのだ。
さらにバトラーは在学中、授業料と生活費をいっさい支払わないで済む。加えて、校内で仕事をすれば、多額の給料まで支払われる。
それらはすべて、マスターが学校へ支払う授業料によって賄われている。つまり、マスターは高校の授業料としては法外な金額を払って、鷹鷲高校に在籍している。
彼らの目的は大きく分けて三つ。一つ目は上質な帝王学を学ぶこと。二つ目はより力を持つ他の貴族とのコネクションを結ぶこと。最後に、生涯己の身を託す執事を手に入れることだ。
無論、鷹鷲高校を経ずとも、貴族は平民を執事として召し抱えることはできるし、その方が、費用としてはよっぽど安く済む。それでもなお子供を鷹鷲高校へ通わせたがる貴族が多いということは、それだけ、彼らが高い能力を持つ執事を望んでいるということの証左であった。
バトラーが入学時に受ける試験は、一般的な高校とはまったく異なる。独自のものだが内容はIQテストに近く、今までの知識よりその者の伸び代や基礎的な能力を計る。つまり、教え込む知識や技術を受け入れ、飲み込み、成長できる者かどうかを測るのだ。
それに加え、いくつもの面接とグループワークをくぐり抜け、人間的、性質的にも執事に適している人物かどうかというのが見られていく。
その徹底した適正試験をくぐり抜けた者だけが、鷹鷲高校執事科への入学を認められるのだ。
「それでは、生徒総会を閉会します。お疲れ様でした」
つつがなく進行していた生徒総会は、尚敬の言葉によって締めくくられた。
退出していく生徒たちで大広間がざわめく中、東條はさっそく生徒会執行部の務めとして、大広間の片付けに動き出す。
「この後仕事のないバトラーは、大広間の片付けをお願いします」
他生徒へ指示を出しながら舞台から降りる。すると、その目の前に水島が立っていた。水島にも指示を出そうと口を開きかけた時。
「あ、宗一郎、部屋まで一緒に行こー」
水島は踵を返し、宗一郎のほうへまるで周囲に見せつけるようにくっつきに行く。もちろん片付けを手伝う様子はない。
東條はその水島の姿に、思わずため息を噛み殺した。
試験はあくまで試験であり、その者の資質のすべてを見抜けるわけではない。厳しい試験を突破し、狭き門をくぐり抜けた者でも、全員が執事らしい資質を備えているとは限らない。と、東條はそう感じずにはいられなかった。
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