8 / 51
五月の章
ゴールデンウィーク -1-
しおりを挟む
ゴールデンウィークに入って三日目。
広さ故なのか、壁の厚さからくるものなのか。普段から騒がしさを感じることがない鷹鷲高校の男子寮が、今日はますます静まり返っている。多くの生徒は帰省しており、寮に残っている人数は僅かだ。
東條は自室の、二段ベッドの下段に胡座をかき、時代小説のページをめくっていた。今日読んでいる本は、江戸の幕末を舞台にしたものだ。
自室といっても、バトラーには個室がない。一部屋に四つの二段ベッドが置かれており、八人で一室を利用する。部屋のあるフロアも地階で、半分地下にある。窓は天井付近に細長く、気持ち程度の明り取りがあるだけだ。壁はレンガが剥き出しの状態で、クラシカルさはあるが、威圧感がありどこか薄暗い。
今日の東條は、ロングティーシャツの上にカーディガンをはおり、下はごく普通のジーパンという、非常にラフな格好をしていた。
廊下を歩く足音が聞こえてきて、東條は顔を上げる。
「たーだいまー」
ガチャリと扉を開け、部屋に入ってきたのは白石だ。彼は体に馴染んだコックコートを着ている。
「おかえり、おつかれさま。今日のメニューは?」
東條は問いかけると、手製の栞を挟んで文庫本を閉じた。
「なんと山形牛のステーキが残ったんで、サンドイッチにしてみました」
白石はニヤリと笑うと、ごく自然に東條の横に腰掛ける。白石のベッドは、東條のベッドの上段だ。厨房から持ち帰ってきた包みから分厚いサンドイッチを出すと、一つを東條へと手渡す。
「おお……豪勢だな」
肉の厚みに感動しつつも、東條は礼儀正しく「いただきます」と言ってからかぶりついた。自然と表情が緩む。
そんな東條の様子を楽しげに見てから、白石も自分のサンドイッチを取り出し、食べ始めた。数口、まるで味見するようにしっかりと咀嚼して、
「うん。いい味付け」と頷く。
鷹鷲高校では、希望を出すことで寮や学校内でのさまざまな仕事を請け負うことができる。そこで働いた分の報酬は外部でバイトをするよりもよほど高い。よって、バトラーのほとんどは、校内のどこかでカリキュラムとは関係ない自分の仕事を持っている。
寮に住んでいる限り、バトラー自身の生活にはいっさいの費用はかからないのだが、貴族であるマスターと違い、バトラーは平民だ。金銭的に苦しい家庭が多く、彼ら自身が校内で働くことで家へと仕送りをし、家族の生活を支えている。
白石はシェフの任についていた。彼は今まで、厨房でマスターたちのランチを作っていたのだ。
長期休暇であろうとも、さまざまな事情や各自の希望で、寮に残っている生徒はいる。バトラーは帰省していようがしていなかろうが、放任されるのでほとんど関係はない。だが、マスターを同じような扱いにしておくわけにはいかない。
白石は厨房を任されているシェフであるがゆえに、本人の希望ではなく必要に迫られて学校に残っていた。
東條はサンドイッチをペロリと食べてしまうと立ち上がり、部屋の隅に置いているジャーからコップ二つに水を注いだ。うち一つを白石に差し出す。
「ごちそうさま、美味しかった」
「おそまつさま。東條は午後何か用事があったんだっけ」
「いや、特には。シェフ殿と違って、僕は休暇を満喫しているよ」
水を一口含んでから東條はそう言って、先ほどまで読んでいた文庫本を指差す。それを見てから、白石もサンドイッチを食べきると軽く伸びをした。
「じゃあ何かするか。一日中部屋に篭って本読んでるってのはもったいない気がする」
「僕はそれでいっこうに構わないが」
「薔薇の迷宮に行こうか、今がちょうど見頃だろ。マスターのお付きで行ったんじゃのんびりもできねぇし、今なら人も少ないだろうから」
東條の返事を意に介さず、白石はコックコートを脱ぎ始めた。ベッドサイドに備え付けられているキャビネットから、黒のジャージを取り出すとそれに着替える。
相談されているようで勝手に決まった予定に、東條は軽く笑った。
鷹鷲高校では、入学してからクラスや寮の部屋が変わることはない。つまり東條と白石は、入学してからずっと同じベッドの上下に寝ている仲だ。もはや気心はしれている。
そして、同じベッドを共有している相手だから、というのを差し引いても、東條は白石の多少強引な性格を好ましく感じていた。
広さ故なのか、壁の厚さからくるものなのか。普段から騒がしさを感じることがない鷹鷲高校の男子寮が、今日はますます静まり返っている。多くの生徒は帰省しており、寮に残っている人数は僅かだ。
東條は自室の、二段ベッドの下段に胡座をかき、時代小説のページをめくっていた。今日読んでいる本は、江戸の幕末を舞台にしたものだ。
自室といっても、バトラーには個室がない。一部屋に四つの二段ベッドが置かれており、八人で一室を利用する。部屋のあるフロアも地階で、半分地下にある。窓は天井付近に細長く、気持ち程度の明り取りがあるだけだ。壁はレンガが剥き出しの状態で、クラシカルさはあるが、威圧感がありどこか薄暗い。
今日の東條は、ロングティーシャツの上にカーディガンをはおり、下はごく普通のジーパンという、非常にラフな格好をしていた。
廊下を歩く足音が聞こえてきて、東條は顔を上げる。
「たーだいまー」
ガチャリと扉を開け、部屋に入ってきたのは白石だ。彼は体に馴染んだコックコートを着ている。
「おかえり、おつかれさま。今日のメニューは?」
東條は問いかけると、手製の栞を挟んで文庫本を閉じた。
「なんと山形牛のステーキが残ったんで、サンドイッチにしてみました」
白石はニヤリと笑うと、ごく自然に東條の横に腰掛ける。白石のベッドは、東條のベッドの上段だ。厨房から持ち帰ってきた包みから分厚いサンドイッチを出すと、一つを東條へと手渡す。
「おお……豪勢だな」
肉の厚みに感動しつつも、東條は礼儀正しく「いただきます」と言ってからかぶりついた。自然と表情が緩む。
そんな東條の様子を楽しげに見てから、白石も自分のサンドイッチを取り出し、食べ始めた。数口、まるで味見するようにしっかりと咀嚼して、
「うん。いい味付け」と頷く。
鷹鷲高校では、希望を出すことで寮や学校内でのさまざまな仕事を請け負うことができる。そこで働いた分の報酬は外部でバイトをするよりもよほど高い。よって、バトラーのほとんどは、校内のどこかでカリキュラムとは関係ない自分の仕事を持っている。
寮に住んでいる限り、バトラー自身の生活にはいっさいの費用はかからないのだが、貴族であるマスターと違い、バトラーは平民だ。金銭的に苦しい家庭が多く、彼ら自身が校内で働くことで家へと仕送りをし、家族の生活を支えている。
白石はシェフの任についていた。彼は今まで、厨房でマスターたちのランチを作っていたのだ。
長期休暇であろうとも、さまざまな事情や各自の希望で、寮に残っている生徒はいる。バトラーは帰省していようがしていなかろうが、放任されるのでほとんど関係はない。だが、マスターを同じような扱いにしておくわけにはいかない。
白石は厨房を任されているシェフであるがゆえに、本人の希望ではなく必要に迫られて学校に残っていた。
東條はサンドイッチをペロリと食べてしまうと立ち上がり、部屋の隅に置いているジャーからコップ二つに水を注いだ。うち一つを白石に差し出す。
「ごちそうさま、美味しかった」
「おそまつさま。東條は午後何か用事があったんだっけ」
「いや、特には。シェフ殿と違って、僕は休暇を満喫しているよ」
水を一口含んでから東條はそう言って、先ほどまで読んでいた文庫本を指差す。それを見てから、白石もサンドイッチを食べきると軽く伸びをした。
「じゃあ何かするか。一日中部屋に篭って本読んでるってのはもったいない気がする」
「僕はそれでいっこうに構わないが」
「薔薇の迷宮に行こうか、今がちょうど見頃だろ。マスターのお付きで行ったんじゃのんびりもできねぇし、今なら人も少ないだろうから」
東條の返事を意に介さず、白石はコックコートを脱ぎ始めた。ベッドサイドに備え付けられているキャビネットから、黒のジャージを取り出すとそれに着替える。
相談されているようで勝手に決まった予定に、東條は軽く笑った。
鷹鷲高校では、入学してからクラスや寮の部屋が変わることはない。つまり東條と白石は、入学してからずっと同じベッドの上下に寝ている仲だ。もはや気心はしれている。
そして、同じベッドを共有している相手だから、というのを差し引いても、東條は白石の多少強引な性格を好ましく感じていた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。


体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる