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1.前編
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「てかよぉ、クローゼット開けて、マジでこんなところに隠れるヤツいんのかよ、って思った。靴とかあれば、言い逃れできるわけねぇのに」
友人の戸開が、ビールジョッキをテーブルに置いた。
酔っていて力加減がままならないのか、思ったより大きな音が響き、隣のテーブルのカップルがちらりとこちらを見た。
俺は少しずり落ちてきた眼鏡をくいっと直して、戸開の肩をぽんぽんと叩いた。
戸開が俯けば、少し長めの前髪のせいで表情はよく見えない。
だがさすがに今回は相当堪えている様子が全身から伝わってきた。
高校から始まって十年以上の付き合いになるが、ここまで酒に酔い、荒れている戸開をみるのは初めてだ。
「飲み過ぎだ。帰ろう」
帰宅を促す。といっても帰る家は一緒。
離婚に向けて話し合い中の戸開は、奥さんの浮気現場に遭遇してから、俺のマンションに居候している。
「やっぱ、別れるしかないのかな……」
「さぁな。二人の気持ち次第だろ?」
そんな状況に遭遇してもやり直す方法を考えてるというのだから、随分と惚れ込んだものだ、と呆れた。
「……俺の何がいけなかったんだ?」
戸開にしては、珍しく弱気な発言。
「さぁな。……いや、そうじゃない。……ただ合わなかっただけだろ?」
俺は戸開を傷つけない言葉を選ぶ。
戸開の奥さんは自由奔放なタイプの美人だった。
俺は戸開には言ったことはなかったが、戸開の奥さんが苦手だった。
背が高く整った顔立ちの戸開とは、外見も釣り合っていたと思う。二人並んだら、通りすがりの人も思わず振り返って見てしまうような、そんなかっこいい夫婦だった。
だが彼女は美人ゆえなのか、彼女の性格なのか、女であることや若さを武器にして、男性に色目を使っているタイプの女性だった。異性へのボディタッチが多く、常にちやほやしてくれる男を探しているようなお姫様タイプ。そんなふうに見えた。
そういった甘え上手な所に、この単純な男は惚れたのだろうか。
戸開と結婚する時に『自分に気があるのでは?』と期待していた男達がショックを受けていたのはまだ記憶に新しい。
だがそんなことは、恋愛に夢中になっていた戸開には言わなかった。
……というより、言えなかった。
俺も戸開の奥さんに気がある男の一人だと思われたくなかったのだ。
俺は同性愛者だ。そしてこの戸開という男に長年片思いをしている。
嫉妬もあるかもしれない。俺とは性別も性格も真逆のタイプを選んだ悔しさも。
戸開は、見た目の良さから余裕のある男に見えるが、意外と独占欲が強く、嫉妬深い男だ。
だから戸開が付き合い始めて直ぐに結婚したのも、奥さんを他の男を引き離す為にだったことを俺は知っている。
連日俺と共に酒を飲み、愚痴る戸開。
それでもそろそろ家に帰ろうと促すと、やっと頷いてトイレへと立った。
テーブルで一人戻りを待っていれば、手持ち無沙汰でなんとなく空いた皿を端に寄せたり、伝票に手を伸ばして眺めたりして時間を潰す。
「あれ? 岩屋くんじゃない? 久しぶり。僕のこと覚えてるかな? 以前ほら、何度か。……あ、もう帰るところかな? 今度、久しぶりに……どうかな?」
ふと、テーブルの脇を通り過ぎようとしていた、少し年上の男性が声をかけてきた。
見ればかつて何度かセックスをしたことのある男だった。名前は確か、伊東だったか……。
「……いえ、えっと俺は……」
「あ、彼氏できた?」
「……いや、そんなんじゃないですけど……」
「彼氏いないならいいじゃん。てか、セックスは別として、今度飲みに行かない? ね?」
俺の肩に手を乗せてきた。俺は少し眉をしかめながらも平静を装う。
「……トイレ、空いたみたいですよ?」
向こうに戸開の姿が見えて、その手をさり気なく払った。
「また連絡するよ」
伊東が去った。向こうから声を掛けてくるまで存在すら忘れていた男だった。
一年位前、戸開の結婚が決まった頃、ヤケクソで寝た相手の一人だ。
「知り合い?」
トイレへ去っていった伊東の後ろ姿を見ながら戸開が言った。酔いは少し冷めたようだ。
あの男が戻ってくる前にさっさと帰ろう。俺が同性愛者だということは、戸開は知らないのだ。
「あぁ、昔のね」
===
ベッドの下に敷かれた布団の中に戸開が潜り込んだ。
「電気、消すよ?」
俺はベッドの中から声を掛けた。
トイレから帰ってきてから戸開は大人しくなった。どうやら本当に酔いが冷めたらしい。あんなに荒れていたのに。
もともと酒が強いやつだから、正気に戻ればそんなもんだろうと俺はさして気にもしなかった。
俺は返事を待たずに照明のリモコンボタンを押した。
明日も仕事だ。
普段は真っ暗にするけれど、今は居候がいるから常夜灯を点けておく。
「……なぁ、お前は結婚、しねぇの?」
部屋が薄暗くなり、しばらくして、戸開が俺に訊ねた。
俺はうとうとし始めていて、返事をしようとしたが、どうも声が出なかった。
頭はまだぼんやり起きてはいたが、身体が眠りにつき始めていた。俺は寝付きが良いのだ。
声を出せもしないのに、色々な返事が頭の中をぐるぐると回っている。
『俺はモテないから』
『相手がいないから』
―― いや違うな……。
『俺はずっとお前のことが好きだから……』
友達となって長い年月が経った。心の中では何度も伝えた言葉。だが一度も恋愛の告白として口に出したことのない台詞。
彼女と別れたらお前は俺のところへ戻って来る。それだけで十分だ。恋人になれるとかそんな大それたことは望まない。
お前が結婚した時は、もう二度とお前の隣は空かないのだと思って荒れた時期もあった。だがこうしてまたお前は戻ってきたじゃないか。
返事をしなければ、静かな時間が流れた。
戸開も寝たのだろう。
ふと、なにか生温かいものが唇に触れた。
―― あぁ、夢だな。隣に戸開がいて、寝る前にあんなことを聞かれたから。さっきの居酒屋で、戸開が結婚したときの荒んだ気持ちを思い出させられたから。だからこんな夢を見るのだ。
軽く口を開き、腕を伸ばして相手の首に巻き付ける。
夢の中だからか身体が自然と動く。
ぴちゃぴちゃと唇を舐め、甘い吐息を漏らす。
―― 寝言は言ってないよな?
甘い感触を味わいながらも、脳の隅では隣で寝る戸開に聞かれたら困ると思っていた。
だがやめられない。幸せな夢から覚めたくない。
下半身に血が集まるのがわかった。
「ん……ふぅ……」
鼻にかかるような甘い声が漏れ出た。
その瞬間、夢の中の戸開がビクリとし、そして俺の口の中に舌を入れてきた。
途端に意識が浮上する。
「うわっ!? ……ご、ごめん!! 寝ぼけてた!!」
目を開ければ、近眼の俺でも裸眼ではっきりと見える位の距離に、戸開の顔があった。されているのは俺の方なのに、あまりに驚いて思わず謝ってしまう。
俺が目を覚ましたのに気がついて、戸開もガバっと身体を起こして少し距離を取った。
すぐに舌を引っ込めてくれてよかった。思わず噛んでしまうところだった。
「いや、俺の方こそ……」
戸開は口ごもりながら、それでもなにかいいたげにこちらを見ていた。
「な、なに?」
つい聞いてしまったが、答えられても困ると思った。なのに戸開は口を開いた。
「岩屋、お前って……」
「い、いや。やっぱいい! 明日も仕事だから寝よう!」
俺は頭から布団を被り、戸開の姿を視界から消した。俺の身体を覆う布団。それでも視線を感じた。
「……なぁ、さっき居酒屋であった男、どういう関係?」
「……さぁな。……お前には関係ない」
俺は布団を被ったまま答える。
心臓がバクバクとうるさく音を立てていた。
「岩屋、お前、男が好きなの?」
「……さぁな。……俺、寝るから」
どこまで聞かれていたかわからない状態で、否定も肯定もできない。ただバレませんようにと布団の隅を掴んで目を瞑った。
なのに、パッと冷気が俺を包んだ。
驚いて目を開ければ、戸開が俺の布団を剥ぎ取っていた。
「勃った。したい」
「は? ……お、お前……まだ酔ってるのか? 出したいならトイレでも行って、一人で出してこいよ」
剥ぎ取られた布団を取り返そうと、端を掴んだ。
「あ゛ー。……そうだな、酔ってるかも。舐めて?」
戸開がわしゃわしゃと髪をかくと、ジャージをおろして、勃ち上がったちんこを見せてきた。目が完全に据わっている。
俺は軽くため息を付いた。昔から強引なこの男は、言い出したら聞かないのは知っている。
それに俺達は高校時代にもこんな事をしていた時期があった。
「ちっ、またオンナの代わりにしやがって。お前、まだ一応既婚者だろ? 浮気じゃねぇの?」
「……お前、は……オトコ、だから……浮気じゃない……」
なんとも歯切れの悪い返事だった。
(オトコだろうが、オンナだろうが、浮気は浮気だ、バカ)と思う。だがもしこれで離婚の決心が付くなら、と仄暗い感情も湧き上がる。
俺にとってはこれが浮気だろうが違かろうがどうでも良いことだ。
「はっ……舐めるだけだぞ? 出したら寝ろ」
俺は戸開の陰茎に舌を這わせた。棒全体を丁寧に舐め、陰嚢も口に含んでやわやわと刺激する。
「電気点けていいか?」
戸開が上ずった声で聞いてきた。
「ダメだ。点けたらやめる」
そういうと、鈴口に舌を差し込み軽く刺激した後、棒全体を口に含んだ。
じゅぼじゅぼと淫猥な水音が部屋の中に響く。戸開の呼吸が少し荒くなっていた。
「お前、上手くなったな……」
戸開が俺の頭を撫でた。
(いつの時代と比べてるんだ、バカ)と思う。
俺がこいつのちんこを舐めたのは今回が初めてではなかった。学生時代、戸開の部屋で一緒にエロサイトを見ていた時、勃った戸開のちんこを俺がふざけて舐めたのが初めてだった。
その時は俺達は二人共まだ童貞で、ただの好奇心がエスカレートしただけ。そう装った。
だが俺はその時すでにこいつに片思いをしていた。それでもバレたくなくて、ただひたすら『ふざけているだけ』『命令されて仕方なく』というスタイルを突き通した。
決して服は脱がない。勃ち上がった俺のちんこを戸開には見せない。終わったらこの事には一切触れず、いつも通りの悪友に戻る。
その後も戸開が命令し、俺が「しょうがねぇな」と抜いてあげる。それが何度か続いた後、戸開に彼女ができた。
そしてすぐ戸開が童貞を捨て、俺が口で抜いてあげることもなくなって、俺達は以前と変わらぬ友達に戻った。
あの時最後までしていればなにか変わっただろうか?
そう思ったこともある。
だが俺はこいつと友人でいるために、時が戻ったとしても、きっと変わらずこの態度を貫くだろう。
寝巻き代わりに着ているTシャツの首元から、戸開の指が侵入して俺の鎖骨をなぞった。
「岩屋も脱げよ」
くすぐったさに眉をしかめると、戸開がそう言った。
「俺はいい」
ぶっきらぼうに言い放つ。
戸開は少し不満げに口を尖らせたが、俺の頭を掴んで自分のリズムを取り始めた。上がる体温で、濃厚な戸開の香りが鼻腔から脳へと侵入する。
もう二度と味わえないと思っていた愛しい男の性器。
喉の奥まで突かれれば、思わず漏れ出る生理的なうめき声。それは喘ぎ声に似ていて、ますます自分の脳みそが蕩ける。
(挿れたい……後ろの穴に入れてぐちゃぐちゃにかき混ぜられたい……)
濡れるはずのない後孔から、じゅんっとなにかが漏れ出たような気すらする。
俺の状態を確認するかのように、戸開が足で俺の股間を軽く踏んだ。
「勃ってんな」
「触んな。生理現象だ。触るならやめるぞ?」
俺は平静を装った。
「やめるなら、お前のちんこ、触らせてくれんのか?」
「そうじゃねぇ、終わりってことだ」
そういいながら、早くイカせないとヤバいな、と思った。こちらが醜態を晒す前に早く……。
陰茎を握る手、吸い込む口に力が入る。
「岩屋、イきそ……」
戸開の呼吸が荒くなり、口の中の陰茎が硬さを増した。俺は戸開の腰の動きに合わせて頭を動かす。
肉棒がビクンビクンと震え、口の中に放たれる粘度の高い熱い液体。
青臭い香りとともに、先程よりももっと強く、戸開の香りが充満する。その香りが俺の脳を痺れさせた。
「口、開けて?」
口の中の液体を吐き出そうとティッシュに手を伸ばした俺に、戸開が言った。
「あ゛?」
不満げな声を出すが、口角に両側から親指を突っ込まれて、仕方なく精液の溜まった口を開く。
「飲んで?」
「あ゛? あ゛に゛い゛っ゛て゛……」
無視してティッシュの箱を掴んだ途端、口が塞がれた。
「んーっ!? んーっ!? んーっ!?」
抵抗したものの、飲まないことには解放してくれなさそうだった。仕方なく飲み干し、飲んだことを必死にアピールする。
青臭い香りが鼻を抜ける。
「……飲んだ?」
戸開が俺の口の中を確認した。中になにもないことを確認すると、手を離した。
「な゛に゛す゛ん゛だよ゛っ!!」
俺は戸開の胸元をグーでパンチした。
「俺にもよくわからん」
「はぁ!? ふざけんな!! 次こんな事したら追い出すからな! ったく、口ゆすいでくるっ!!」
俺は慌てて洗面所へと逃げ込んだ。顔を水で洗い、口の中をすすぐ。
だが鼻の奥に残った香りはなかなか消えなかった。
「あ~……くそっ、ちんこ突っ込みてぇ……」
それで満足するわけもないのだが、服の上から強く後孔を押さえた。
友人の戸開が、ビールジョッキをテーブルに置いた。
酔っていて力加減がままならないのか、思ったより大きな音が響き、隣のテーブルのカップルがちらりとこちらを見た。
俺は少しずり落ちてきた眼鏡をくいっと直して、戸開の肩をぽんぽんと叩いた。
戸開が俯けば、少し長めの前髪のせいで表情はよく見えない。
だがさすがに今回は相当堪えている様子が全身から伝わってきた。
高校から始まって十年以上の付き合いになるが、ここまで酒に酔い、荒れている戸開をみるのは初めてだ。
「飲み過ぎだ。帰ろう」
帰宅を促す。といっても帰る家は一緒。
離婚に向けて話し合い中の戸開は、奥さんの浮気現場に遭遇してから、俺のマンションに居候している。
「やっぱ、別れるしかないのかな……」
「さぁな。二人の気持ち次第だろ?」
そんな状況に遭遇してもやり直す方法を考えてるというのだから、随分と惚れ込んだものだ、と呆れた。
「……俺の何がいけなかったんだ?」
戸開にしては、珍しく弱気な発言。
「さぁな。……いや、そうじゃない。……ただ合わなかっただけだろ?」
俺は戸開を傷つけない言葉を選ぶ。
戸開の奥さんは自由奔放なタイプの美人だった。
俺は戸開には言ったことはなかったが、戸開の奥さんが苦手だった。
背が高く整った顔立ちの戸開とは、外見も釣り合っていたと思う。二人並んだら、通りすがりの人も思わず振り返って見てしまうような、そんなかっこいい夫婦だった。
だが彼女は美人ゆえなのか、彼女の性格なのか、女であることや若さを武器にして、男性に色目を使っているタイプの女性だった。異性へのボディタッチが多く、常にちやほやしてくれる男を探しているようなお姫様タイプ。そんなふうに見えた。
そういった甘え上手な所に、この単純な男は惚れたのだろうか。
戸開と結婚する時に『自分に気があるのでは?』と期待していた男達がショックを受けていたのはまだ記憶に新しい。
だがそんなことは、恋愛に夢中になっていた戸開には言わなかった。
……というより、言えなかった。
俺も戸開の奥さんに気がある男の一人だと思われたくなかったのだ。
俺は同性愛者だ。そしてこの戸開という男に長年片思いをしている。
嫉妬もあるかもしれない。俺とは性別も性格も真逆のタイプを選んだ悔しさも。
戸開は、見た目の良さから余裕のある男に見えるが、意外と独占欲が強く、嫉妬深い男だ。
だから戸開が付き合い始めて直ぐに結婚したのも、奥さんを他の男を引き離す為にだったことを俺は知っている。
連日俺と共に酒を飲み、愚痴る戸開。
それでもそろそろ家に帰ろうと促すと、やっと頷いてトイレへと立った。
テーブルで一人戻りを待っていれば、手持ち無沙汰でなんとなく空いた皿を端に寄せたり、伝票に手を伸ばして眺めたりして時間を潰す。
「あれ? 岩屋くんじゃない? 久しぶり。僕のこと覚えてるかな? 以前ほら、何度か。……あ、もう帰るところかな? 今度、久しぶりに……どうかな?」
ふと、テーブルの脇を通り過ぎようとしていた、少し年上の男性が声をかけてきた。
見ればかつて何度かセックスをしたことのある男だった。名前は確か、伊東だったか……。
「……いえ、えっと俺は……」
「あ、彼氏できた?」
「……いや、そんなんじゃないですけど……」
「彼氏いないならいいじゃん。てか、セックスは別として、今度飲みに行かない? ね?」
俺の肩に手を乗せてきた。俺は少し眉をしかめながらも平静を装う。
「……トイレ、空いたみたいですよ?」
向こうに戸開の姿が見えて、その手をさり気なく払った。
「また連絡するよ」
伊東が去った。向こうから声を掛けてくるまで存在すら忘れていた男だった。
一年位前、戸開の結婚が決まった頃、ヤケクソで寝た相手の一人だ。
「知り合い?」
トイレへ去っていった伊東の後ろ姿を見ながら戸開が言った。酔いは少し冷めたようだ。
あの男が戻ってくる前にさっさと帰ろう。俺が同性愛者だということは、戸開は知らないのだ。
「あぁ、昔のね」
===
ベッドの下に敷かれた布団の中に戸開が潜り込んだ。
「電気、消すよ?」
俺はベッドの中から声を掛けた。
トイレから帰ってきてから戸開は大人しくなった。どうやら本当に酔いが冷めたらしい。あんなに荒れていたのに。
もともと酒が強いやつだから、正気に戻ればそんなもんだろうと俺はさして気にもしなかった。
俺は返事を待たずに照明のリモコンボタンを押した。
明日も仕事だ。
普段は真っ暗にするけれど、今は居候がいるから常夜灯を点けておく。
「……なぁ、お前は結婚、しねぇの?」
部屋が薄暗くなり、しばらくして、戸開が俺に訊ねた。
俺はうとうとし始めていて、返事をしようとしたが、どうも声が出なかった。
頭はまだぼんやり起きてはいたが、身体が眠りにつき始めていた。俺は寝付きが良いのだ。
声を出せもしないのに、色々な返事が頭の中をぐるぐると回っている。
『俺はモテないから』
『相手がいないから』
―― いや違うな……。
『俺はずっとお前のことが好きだから……』
友達となって長い年月が経った。心の中では何度も伝えた言葉。だが一度も恋愛の告白として口に出したことのない台詞。
彼女と別れたらお前は俺のところへ戻って来る。それだけで十分だ。恋人になれるとかそんな大それたことは望まない。
お前が結婚した時は、もう二度とお前の隣は空かないのだと思って荒れた時期もあった。だがこうしてまたお前は戻ってきたじゃないか。
返事をしなければ、静かな時間が流れた。
戸開も寝たのだろう。
ふと、なにか生温かいものが唇に触れた。
―― あぁ、夢だな。隣に戸開がいて、寝る前にあんなことを聞かれたから。さっきの居酒屋で、戸開が結婚したときの荒んだ気持ちを思い出させられたから。だからこんな夢を見るのだ。
軽く口を開き、腕を伸ばして相手の首に巻き付ける。
夢の中だからか身体が自然と動く。
ぴちゃぴちゃと唇を舐め、甘い吐息を漏らす。
―― 寝言は言ってないよな?
甘い感触を味わいながらも、脳の隅では隣で寝る戸開に聞かれたら困ると思っていた。
だがやめられない。幸せな夢から覚めたくない。
下半身に血が集まるのがわかった。
「ん……ふぅ……」
鼻にかかるような甘い声が漏れ出た。
その瞬間、夢の中の戸開がビクリとし、そして俺の口の中に舌を入れてきた。
途端に意識が浮上する。
「うわっ!? ……ご、ごめん!! 寝ぼけてた!!」
目を開ければ、近眼の俺でも裸眼ではっきりと見える位の距離に、戸開の顔があった。されているのは俺の方なのに、あまりに驚いて思わず謝ってしまう。
俺が目を覚ましたのに気がついて、戸開もガバっと身体を起こして少し距離を取った。
すぐに舌を引っ込めてくれてよかった。思わず噛んでしまうところだった。
「いや、俺の方こそ……」
戸開は口ごもりながら、それでもなにかいいたげにこちらを見ていた。
「な、なに?」
つい聞いてしまったが、答えられても困ると思った。なのに戸開は口を開いた。
「岩屋、お前って……」
「い、いや。やっぱいい! 明日も仕事だから寝よう!」
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「……なぁ、さっき居酒屋であった男、どういう関係?」
「……さぁな。……お前には関係ない」
俺は布団を被ったまま答える。
心臓がバクバクとうるさく音を立てていた。
「岩屋、お前、男が好きなの?」
「……さぁな。……俺、寝るから」
どこまで聞かれていたかわからない状態で、否定も肯定もできない。ただバレませんようにと布団の隅を掴んで目を瞑った。
なのに、パッと冷気が俺を包んだ。
驚いて目を開ければ、戸開が俺の布団を剥ぎ取っていた。
「勃った。したい」
「は? ……お、お前……まだ酔ってるのか? 出したいならトイレでも行って、一人で出してこいよ」
剥ぎ取られた布団を取り返そうと、端を掴んだ。
「あ゛ー。……そうだな、酔ってるかも。舐めて?」
戸開がわしゃわしゃと髪をかくと、ジャージをおろして、勃ち上がったちんこを見せてきた。目が完全に据わっている。
俺は軽くため息を付いた。昔から強引なこの男は、言い出したら聞かないのは知っている。
それに俺達は高校時代にもこんな事をしていた時期があった。
「ちっ、またオンナの代わりにしやがって。お前、まだ一応既婚者だろ? 浮気じゃねぇの?」
「……お前、は……オトコ、だから……浮気じゃない……」
なんとも歯切れの悪い返事だった。
(オトコだろうが、オンナだろうが、浮気は浮気だ、バカ)と思う。だがもしこれで離婚の決心が付くなら、と仄暗い感情も湧き上がる。
俺にとってはこれが浮気だろうが違かろうがどうでも良いことだ。
「はっ……舐めるだけだぞ? 出したら寝ろ」
俺は戸開の陰茎に舌を這わせた。棒全体を丁寧に舐め、陰嚢も口に含んでやわやわと刺激する。
「電気点けていいか?」
戸開が上ずった声で聞いてきた。
「ダメだ。点けたらやめる」
そういうと、鈴口に舌を差し込み軽く刺激した後、棒全体を口に含んだ。
じゅぼじゅぼと淫猥な水音が部屋の中に響く。戸開の呼吸が少し荒くなっていた。
「お前、上手くなったな……」
戸開が俺の頭を撫でた。
(いつの時代と比べてるんだ、バカ)と思う。
俺がこいつのちんこを舐めたのは今回が初めてではなかった。学生時代、戸開の部屋で一緒にエロサイトを見ていた時、勃った戸開のちんこを俺がふざけて舐めたのが初めてだった。
その時は俺達は二人共まだ童貞で、ただの好奇心がエスカレートしただけ。そう装った。
だが俺はその時すでにこいつに片思いをしていた。それでもバレたくなくて、ただひたすら『ふざけているだけ』『命令されて仕方なく』というスタイルを突き通した。
決して服は脱がない。勃ち上がった俺のちんこを戸開には見せない。終わったらこの事には一切触れず、いつも通りの悪友に戻る。
その後も戸開が命令し、俺が「しょうがねぇな」と抜いてあげる。それが何度か続いた後、戸開に彼女ができた。
そしてすぐ戸開が童貞を捨て、俺が口で抜いてあげることもなくなって、俺達は以前と変わらぬ友達に戻った。
あの時最後までしていればなにか変わっただろうか?
そう思ったこともある。
だが俺はこいつと友人でいるために、時が戻ったとしても、きっと変わらずこの態度を貫くだろう。
寝巻き代わりに着ているTシャツの首元から、戸開の指が侵入して俺の鎖骨をなぞった。
「岩屋も脱げよ」
くすぐったさに眉をしかめると、戸開がそう言った。
「俺はいい」
ぶっきらぼうに言い放つ。
戸開は少し不満げに口を尖らせたが、俺の頭を掴んで自分のリズムを取り始めた。上がる体温で、濃厚な戸開の香りが鼻腔から脳へと侵入する。
もう二度と味わえないと思っていた愛しい男の性器。
喉の奥まで突かれれば、思わず漏れ出る生理的なうめき声。それは喘ぎ声に似ていて、ますます自分の脳みそが蕩ける。
(挿れたい……後ろの穴に入れてぐちゃぐちゃにかき混ぜられたい……)
濡れるはずのない後孔から、じゅんっとなにかが漏れ出たような気すらする。
俺の状態を確認するかのように、戸開が足で俺の股間を軽く踏んだ。
「勃ってんな」
「触んな。生理現象だ。触るならやめるぞ?」
俺は平静を装った。
「やめるなら、お前のちんこ、触らせてくれんのか?」
「そうじゃねぇ、終わりってことだ」
そういいながら、早くイカせないとヤバいな、と思った。こちらが醜態を晒す前に早く……。
陰茎を握る手、吸い込む口に力が入る。
「岩屋、イきそ……」
戸開の呼吸が荒くなり、口の中の陰茎が硬さを増した。俺は戸開の腰の動きに合わせて頭を動かす。
肉棒がビクンビクンと震え、口の中に放たれる粘度の高い熱い液体。
青臭い香りとともに、先程よりももっと強く、戸開の香りが充満する。その香りが俺の脳を痺れさせた。
「口、開けて?」
口の中の液体を吐き出そうとティッシュに手を伸ばした俺に、戸開が言った。
「あ゛?」
不満げな声を出すが、口角に両側から親指を突っ込まれて、仕方なく精液の溜まった口を開く。
「飲んで?」
「あ゛? あ゛に゛い゛っ゛て゛……」
無視してティッシュの箱を掴んだ途端、口が塞がれた。
「んーっ!? んーっ!? んーっ!?」
抵抗したものの、飲まないことには解放してくれなさそうだった。仕方なく飲み干し、飲んだことを必死にアピールする。
青臭い香りが鼻を抜ける。
「……飲んだ?」
戸開が俺の口の中を確認した。中になにもないことを確認すると、手を離した。
「な゛に゛す゛ん゛だよ゛っ!!」
俺は戸開の胸元をグーでパンチした。
「俺にもよくわからん」
「はぁ!? ふざけんな!! 次こんな事したら追い出すからな! ったく、口ゆすいでくるっ!!」
俺は慌てて洗面所へと逃げ込んだ。顔を水で洗い、口の中をすすぐ。
だが鼻の奥に残った香りはなかなか消えなかった。
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