夢幻花を散らす

猫丸

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3.俺の異能

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 相変わらず扉はあかない。
 一緒にいる時間が長くなって、悠紀の様子がおかしくなってきた。動きにキレがない。原因は、なんとなく……わかっている。
 俺は悠紀が突きつけてきた拳を叩き落とし、腕を取る。思い切り掴んで肩を取れば、すぐに降参を意味するタップがなされ、珍しく俺が勝った。
「練習しすぎじゃね? 疲れ切ってんじゃん」
 俺はその不調には気づかないふりをして、絞っていた腕を緩めた。
 ちなみに一回くらい勝ったからといって王が移動するとかそういうことはない。
 え、ないよね? いや、大丈夫。きっと、ないはず……。

 そんな日が続いた。ニ人しかいない空間。俺の今までの経験上、すぐに行動に移すかと思ったが、悠紀はなかなか辛抱強かった。
 でも遂に限界に達したのだろう。闇が降りて、今日も暇を持て余し、さっさと眠りにつこうとしたとき隣に寝そべっていた悠紀が急に起き上がった。
 
「主基さん、僕……」
 思い詰めた顔の悠紀。俺はこういう顔をした人間を何人も見てきたから次に続く言葉はわかった。
「僕、主基さんのことが好きです……ここにはニ人しかいないし、怖がらせちゃいけないから、抑えなきゃって思って我慢してたけど……もう……」
「……お前のせいじゃねーよ」
 俺は泣きながら告白する悠紀の頭をぽんぽんとなでる。俺の異能が効いていたのなら、いつ襲ってもおかしくないくらいの感情を押さえつけていたはずだ。悠紀の精神力の強さに俺は驚いた。
 この告白をする段になってもこれだけ理性を保っている。

 ◇
 
 俺の異能は『魅了』だ。俺の見た目や性格なんかは関係なく、ただ人を惑わすのだ。
 この異能を持った人物が現れた時、民心や施政者が惑わされ、国が大きく荒れ、傾くと言われている。そして、それ故同じ異能者の仲間によって、葬り去られることも多かった異能。この異能についた二つ名は『夢幻花』といった。
 
『魅了』というには足りない程の執着や盲信。それが自らの意思なのか、異能のせいなのかわからないまま惑わされていく。
 小さい頃から周りは俺を取り合った。誘拐されそうになったことも日常茶飯事。俺を巡って争う者も大勢いた。刃傷沙汰になったこともあった。普通の人までが俺と一緒にいることによっておかしくなった。何が普通で何が間違っているのかわからない狂気に覆われる。俺の周りには常に盲目的に俺を崇める人間しかいなくなった。
 皆が寄ってきて、ちやほやされたからといって幸せなわけではない。その崇拝に見合う責任が伴う。俺は自分が大した人間ではないことはわかっていた。
 だがそれを周りに言っても、「謙虚だ」と言って笑うだけ。
 その頃、俺も若かったのだと思う。異能ではなく俺自身を見てほしかった。俺は相手にいらだちをぶつけた。それがどういう結果をもたらすかなんて考えもしなかった。ただ怒り任せに「うるせぇ、死ねっ!」と怒鳴った。それだけのつもりだった。
 
 その時俺は実家に住んでいた。あの監獄のような屋敷。音楽を聞きながら寝ていると、俺の部屋に親父と桐谷が来た。
 その男が自殺をしたという。幸い俺の監視についていた異能庁の職員の一人が、そちらの監視についてくれたというから、大事には至らなかったらしい。
 俺は病院で寝ているそいつに会いに行った。親父と桐谷と一緒に。
 部屋に入った瞬間、相手は号泣して俺にすがってきた。
「主基! ……ごめん! ……俺が悪かった! 捨てないでくれ!」
 違う。俺が悪かったのに。誰も俺を責めない。異能に惑わされた本人ですら。俺は恐怖した。この異能を持つ者の多くがたどってきた末路を思い出した。
 相手から逃げるように視線を彷徨わせれば、近くにいた親父と目があった。
『真実の眼』を持つ親父の異能。俺が勘違いをせずに生きてこれた理由は親父のこの異能のおかげでもあった。
 俺はどうしようもなく弱い自分を見透かされたような気がして、恐怖で逃げ出した。
 
 全てから。

 家も学校も捨てて、行きずりの相手とセックスをする日々が続いた。そして相手が完全に異能に侵される前に別の相手へと乗り換える。
 そうやって彷徨って、もう顔も名前も覚えていないくらい大勢の相手との出会いと別れを繰り返してきた。なぜ生きているのかもわからなかった。
 なのにどこに逃げても、誰から逃げても『俺』だけは捨てることができない。
 小さい頃、親父が言った。「お前の周りに人が集まっているのは、その異能故だ。だからお前は周りを傷つけないように人格者でなければならない」
 成長した俺はこんなクズに育った。これは政治家や教祖になりたいやつがもつべき能力だ。世界を救う覚悟のある者が持つべき能力。俺みたいなやつが持つべき異能じゃない。


 
「主基さん、どこへ?」
「あー、洗浄してくるから待ってろ」

 この空間には二人しかいない。異能による恋愛感情で血迷ったとなるより、若さゆえの性欲という方が、正気に戻った時にこいつも傷つかないだろう。
 
「洗浄?」
「俺、男だし、腹ん中きれいにしなきゃできねーだろ? だから……」

 言いながら、もし悠紀が童貞だったらなんか初体験がおっさんで申し訳ないな、と思った。他の相手だったらそう気にならないだろうが、悠紀のことはまだ小さかった頃から知っている。左右の家門の集まりで会った時にはよく遊んであげた相手だった。
 親父が「悠紀なら大丈夫だろう」と言ったから、俺の異能が効かない相手なのだと思っていた。実際に、盲目的に俺に従うのではなく、俺が憧れた『普通の』接し方をしてくれた相手だった。時折こいつが言うわがままも本当に可愛らしくて、とても癒やされたのを覚えている。この儀式の間で、こいつとの手合わせが楽しいというのも、それを思い出させたからでもあった。
 だが、今はこんな状況下だ。こういう危険があると充分予想できたはずなのに、俺を代表にしたミギの連中が悪い。恨むならあちらを恨め。
 
「い、いいんですか?」
「いいもなにも……したいんだろ?」

 俺だってセックスはしたいけど、それは悠紀じゃなくて、別のちんこ。今回ばかりは罪悪感が強い。

「違うんです!……僕、主基さんのことが小さい頃からずっと好きで……!」
 それがこの状況下に置かれた錯覚なのか、当時から異能が効いていたのかはわからない。ただ、やはりあの時家を出てよかったと思った。将来有望なこの男の人生をを狂わせてしまうところだった。
 しかし、ここで再び俺と人生が交わるとは、すべてを持っていそうな男なのに、運は悪いらしい。いや、運が悪いのは俺も一緒か、と自嘲気味に笑う。
 
「あー、わかったから。その気持ちを疑っているわけじゃねーから」
 俺の返し方が気に食わなかったのか、怒ったように俺の手首を掴んで睨んだ。
「わかってない……」
 目の縁が少し赤くなって、悠紀の思いが伝わる。これが異能のせいじゃなきゃどんなに良かっただろう。
「……痛いから、離して……」
「洗浄なんて必要ない。《浄化》」
 は?なに?今ので、俺の腹ん中きれいにしちゃったわけ?ホントに?
「いや、でもちゃんと確認を……」
 そんな説得も荒々しく重なった唇で塞がれる。口を割り開き、ぬるりとした舌が侵入してきた。舌を絡めていれば、浴衣の合わせを開かれ、俺の平らな胸があらわになった。悠紀がぎこちない手つきで、俺の平らな胸を揉んだり、突起周辺をくるくると円を描くように愛撫してきた。
 表情が高揚していた。目が潤み、顔が赤らみ、切なそうに俺の名を呼ぶ。
 その必死さと、こういった閨事の経験値が少なそうなことに、ますます罪悪感が募る。だが俺の身体は正直に愛撫に反応し、ふんどしを突き破りそうな勢いでちんこが反応していた。
 悠紀の手が俺のちんこに触れれば、もう隠すことは出来ない。自分のクズっぷりに呆れながらも、覚悟を決める。

 悠紀のふんどしに触れ、結びをほどけば、血管がバキバキに浮き上がった太いちんこが現れた。
 きれいな見た目からは想像もできない程大きい悠紀のちんこに俺の喉はゴクリとなった。
(俺がクズなのは今に始まったことじゃない)
 悠紀のちんこを軽く扱いて、その大きなイチモツを口に含んだ。喉の奥まであたってもまだ収まりきらない大きさ。入れたら気持ちよさそう……。
「主基さん、僕っ……」
「ひーよぉ。じふんのぺーすれ、ぅご、け……」
 俺は自分のふんどしから自分のちんこを取り出して扱いた。俺だってとりあえずイッておきたい。
 それを見て、更に興奮した悠紀が俺の頭を両側から掴んだ。俺に遠慮しつつもイキそうなのか、打ち付けが早くなって、少し呼吸が苦しくなる。口の中の肉が一回り膨張し、動きが止まった直後、喉の奥に熱く濃い液体がかかった。びくんびくんと残滓まで吐き出され、飲みきれなかった液体が、口の端から流れ落ち、首筋に伝わった。
 だが俺はそんなことも気にせず、自らのちんこを扱く。口の中の精液を飲み込み、くぐもった喘ぎ声を漏らす。悠紀が俺の痴態を凝視していた。
「あ、イクっ!!」
 俺は射精した。飛んだ精液が悠紀の足元にかかった。

「悪ぃ」
 俺は自分の首筋に垂れる精液をそのままに、悠紀の足元を拭こうとした。
 だがそんな俺を制して、悠紀が俺に襲いかかってきた。
「い、入れてもいいですか?」
 一度イッたというのに悠紀のちんこは既に復活していた。
 向きを変え、興奮する悠紀に見せつけるように、俺はうつ伏せの体勢で尻だけを突き上げ、両手で穴を拡げた。場所を確認するように、悠紀の指が何度か俺の穴を出入りし、そして切っ先が当てられた。
 俺は突き上げに備えて、両手を床に置く。穴をこじ開けるように、太い棒が体内に侵入してきた。
「んっ……くっ……ふと、い……」
 だが気持ちがいい。両手を布団について突き上げを受け止める。
 気持ちがいい。気持ちがいい。気持ちがいい。
 俺は、身体を突っ伏して、ただ夢中で喘いで、排泄器官で肉棒と精液を受け入れた。
 悠紀の思っている感情全てが幻だったとしても、俺に向けられるすべての愛がこの異能故だったとしても、ただ今この瞬間の、この快楽だけは真実なのだ。
 
 一度受け入れてしまえばあとはもう止めることは出来ない。
 ましてや、この空間には俺達しかいない。俺達はどこでも抱き合った。俺の身体を手に入れた悠紀は、それまでの態度は何だったかと思うほど俺を甘やかしたし、俺の全てを見たがった。
 暇つぶしに冷蔵庫の食材で料理をしていれば、後ろから抱きしめてきたし、一緒にお風呂にも入ってくるし、寝ている時も俺を抱きしめた。

「ここから出ても、どこにも行かないで……。一緒にいて……」
 悠紀は俺によくそう言った。俺はそう言われる度に、この空間にはない煙草が吸いたくなった。
(どこかに行くのはお前のほうだろ……)
 段々罪悪感よりも、胸の痛みのほうが強くなってくる。
 ずっと人と深く付き合うことを避けてきたのだ。逃げることのできないこんな空間に放り込まれて、真っ向から愛をぶつけられる。
 なのに、この空間から出たとたんにお前は俺から背を向けるのだ。
 異能がなくなるという希望を抱いて、この儀式に参加した。だが今はこの空間から出るのが、この異能を失うのがとても怖い。
 こいつにだけ効く異能があれば良いのに。

 俺は返事をはぐらかして、唇を重ねる。
 ここを出ても変わらずお前が隣りにいるだなんて、そんな期待を俺に抱かせるな。

 
 
 
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