【闇BL】地獄に咲く薔薇

猫丸

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2.ささやかな恋※

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「ご機嫌ですね……」

 湯浴みを終え、鼻歌を歌って準備している錦弥に銀次が話しかけた。いつも客の前に行くまで憂鬱な表情をしているのに、今日は頬が薔薇色に染まっている。

「うん。 だって今日は池田様のご指名だもの」

 池田様というのは、旗本の次男で、最近錦弥を指名してくれる男だった。本当に武士なのかと思うようなうらなりで気の弱い男。錦弥より身体も細く、頼りない見た目をしていた。
 だが、今まで様々な男に抱かれてきた錦弥にとってみれば外見など些細なこと。この池田公政という男は、とにかく優しかった。

 料理屋で男達が数人の陰間を呼んで宴会をしていた時の事。その中で「衆道を経験したことがない」という公政に悪友が押し付けたのが錦弥だった。
「この陰間相手なら池田殿の釜の方が開きそうだけどな」と押し付けた相手が笑いながら言った。
 『釜が開く』とは、『菊門が開く』と同義で、つまり錦弥に公政がヤラれてしまうのでは、という意味を含む。
 その侮辱にどうするのかと思って見ていたが、この公政という男、武士の端くれであるにもかからわず、言い返しもしなかった。錦弥の股のあたりを着物越しにちらりと視線を送ったかと思うと「いや、さすがに初めてでは入らないんじゃないかな……」と間抜けな返答をした。
 その返答に相手の男は「池田殿は、肝だけでなく尻の穴も小さいのか」と大笑いした。

「でも、こちらの方は大きそうですわ……私としましてはこちらで満足させていただければ……」

 錦弥はそう言って公政の股間に手を伸ばした。戸惑う公政の股間を少し上下に撫でてあげれば、公政のうぶな魔羅はすぐに反応した。

「うふふ、……ね?」

 ◇

 その夜、錦弥は公政に抱かれた。ぎこちない性交ではあったが、公政は優しかった。
 痣だらけの錦弥の身体を見て涙を流し、錦弥が辛くないか労りながら身体をつなげた。錦弥は嬉しくてその晩、もっともっととねだった。

  それ以来公政は定期的に錦弥を呼んでくれるようになった。
 ただおしゃべりだけで過ごすこともあれば、身体をつなげることもある。普段から泣き叫ぶような行為を強いられているのだ。優しく抱いてもらえれば、別れの時間が惜しくなる。

 その日は久しぶりの公政からのご指名だった。
 会えない日々は不安だったが、会えばそんな事は忘れてしまう。別の陰間や遊女に浮気している様子もなく、錦弥はほっとした。忙しかったのか、金策していたのかもしれない。
 いくら価値の下がった陰間とは言え、陰間遊びは吉原の遊女よりも銀子がかかる。
 公政がどれだけのお金を持っているのかは知らないが、次男という立場。決して楽な出費ではないだろう。
 
「このまま時が止まればいいのに……」

 公政の胸に顔を埋め、泣き言を言う。帰してしまえば次いつ会えるかわからない。呼んでもらえなければ錦弥から会う手段はない。

「必ずまた会いに来る」

 実直なこの男は大真面目に答える。

「本当に? 本当に呼んでくれる?」
 
「あぁ、約束する」

 唇を重ねてみれば、公政も応えてくれる。

「ん……もう一回、して……?」

 次はいつになるかわからないという不安からつい錦弥の方から誘ってしまった。それは珍しいことだった。

「で、でも、時間が……」

「ギリギリまで池田様を味わいたい……」

 公政を横にし、身体をまたぐ。硬くなった魔羅を、すでに何度も子種を注がれた種壺に当てれば、すっかりほぐれている穴はすぐに公政を受け入れた。

「あん……気持ちいい……ねぇ、池田様も気持ちいい?」

 公政の上で腰を振り、自らの陰茎を扱く。

「あぁ、錦弥、気持ちが良くて腰が抜けそうだ……」

「嬉しい……」

 再び唇を重ねて、公政の首に抱きつく。
 その時ふすまの外から声がした。
 
「池田様、錦弥さん、そろそろお時間ですので……」

「うるさい、銀次、野暮なことを言わないで! 少し位待って……!」

 そう怒りながら、公政を強く抱きしめる。
 
「そういうわけには……時間が過ぎても戻ってこなければ錦弥さんの借金が増えてしまいますので……」

「そんなもの……」

 動きを止めて、黙り込む。離れたくないが、そう言われると逆らえない。そうやって男にのめり込み、自らの時間を自らで買い、身を破滅させていく遊女、陰間は数しれない。錦弥にはそこまでの覚悟はまだなかった。それに銀次のことだ、時間ギリギリまでまで待ってくれていたはず。
 拳をぐっと握りしめて、公政の陰茎を抜く。

「また……呼んでくださいね……」

 寂しそうに言えば、公政が錦弥を抱きしめた。

「銀次、延長だ。 錦弥を今晩一晩貸し切る」

「池田様!? ……大丈夫なのですか? 貴方の負担にはなりたくないのです……」

「なに、それくらいなんとでもなる。 先日大役を仰せつかったのだ」

 熱烈な口づけをして、再び身体をつなげる。

「池田様、錦弥は幸せです……」

 客をつなぎとめる技術などではなく、錦弥の心からの言葉だった。

 時間が惜しくて、二人は抱き合いながら話をする。
 公政の話は楽しかった。

 樹齢何百年もの桜の木。その桜が満開になるとこの世の天国のような美しさだという。そして、果てしなく塩水をたたえた海。秋になると黄金の稲穂が実る田んぼ。背丈ほども降り積もる雪。
 公政にとっては生まれ育った当たり前の世界だが、幼い頃から芳町で過ごす錦弥にとってはすべてが新鮮に思えた。

「こんな話つまらないかな……? どうも私は口下手で気の利いた会話の一つもできなくて……」

 そう公政は聞いた。

「いいえ、いいえ。 私にとってはどれも夢のような素敵なお話です……」

「いつか錦弥にも見せたいな」

「うふふ、楽しみにしていますね」

「私は本気だ。 それに錦弥はいつも傷だらけで痛々しい。 こんなにきれいなのに、ひどい客ばかり取らされて……いつか私が身請けする。 ここから出してやるから待っていろ」

 夢見てはいけないと思っていた夢。
 そんな希望を与えるようなことを言うのは、この男が本当に純粋で、正直で、でも世間知らずな証拠なのかもしれない。
 だがそれでも錦弥にとっては、ほんのわずかな救いとなった。

 身請けが難しくとも、年季が明けたら、この男と住むのも悪くないかもしれない。
 今日一日をどう生き永らえるかでなく、未来への希望。

  

 
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