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山神との付き合いは社会人になっても続いた。
地元の大学を卒業したあと、山神は都内の会社に就職した。そして、俺の家の近くに引っ越してきた。
気がつけば俺の友達と言えるような人間は、山神しかいなくなっていた。
俺は大学生時代の手痛い経験以来、誰とも付き合っていなかったし、山神は山神で、彼女ができては別れたという話をしていたから、本当に気が向いた時、一緒にご飯を食べに行って、ゲームをしたり、仕事の話や、地元の知人の話をする程度の友人だった。
地元ではゲイだとバレたくなくて、必要以上の接触を避けていたのだが、誰とも付き合う気がなくなって、山神とも肩ひじ張らずに付き合えるようになった。恋愛を諦めたことによって得た副産物。
「お前、彼女作らねぇの? 今までお前からそういう話聞いたことないんだけど」
ふと、ゲームをしながら山神が聞いてきた。
そんな質問にも「はは、高校時代からの俺を知っててよく言えるな! 俺は、お前みたいにモテたことねぇもん」と笑って返せるようになった。
ゲイだとかゲイじゃないとか以前に、俺の恋愛話には触れられたくない。軽口を返し、自分を卑下して笑い飛ばすことで、俺は自分自身を守る術を身につけた。
そんな俺達が付き合うようになったのは、約半年前、山神とご飯を食べに行った日だった。
少し前にテレビで紹介されていた駅前の人気店。二人で行く店はいつも大体決まっていたのだが、その日は珍しく臨時休業で、二人とも何の気なしにその店に行った。運良く席が空いていて、俺達はいつも通りに食事して、俺のアパートでゲームでもするか、となって席を立った。そこまではいつもの流れ。
会計の時、俺に声を掛けてきた男がいた。
忘れもしないあの男だ。
俺の心臓がどくんと跳ね、呼吸もままならなくなった。立っている足が震える。
「ヨウだろ? 雰囲気変わったけどすぐわかった。俺、覚えてる? お前あの後、俺ンとこブロックしただろ? アプリも退会しちゃうしさ。俺、お前に言わなきゃいけないことあったのにさぁ」
ケラケラと軽薄に笑いながら、俺に近寄ってきた。こんな下卑た笑い方をする男だっただろうか。俺はどうしてこいつが好きだなんて思ったのだろう。恋愛のフィルタが消えてしまった今、ただただ恐ろしい相手でしかなくて、俺は後ずさった。
俺の異変を察した山神が目の前に立ちふさがって、俺の姿をそいつの視界から隠してくれた。そして、有無を言わさぬ声で「人違いです」と言って店から連れ出した。
「はは、お前の新しい彼氏? おっかねー」と、俺達の背に向けて発された言葉。俺は山神に聞こえていないことを願った。そしてただひたすら、その場を逃げ出さなくては、と思った。
記憶があるのはそこまで。頭の中を過去の記憶がフラッシュバックして、俺はその時どうやって帰ってきたのか覚えていない。
気がつけば俺は湯船の中で震えていた。お湯の中にいて温かいはずなのに身体の芯が寒い。あの時の恐怖が蘇る。いや、正確には正気に戻った時の恐怖。
「羊佑、大丈夫か?」
浴室の扉の向こうから声がして、俺は山神と一緒だったことを思い出した。今までの不審な行動をどう思われたか、急に不安がこみ上げてきて、返事に迷っていると、浴室の扉が開けられた。山神が俺の顔を見て少しホッとした表情を浮かべた。
「な、なに?」
無言というわけにもいかず、平静を装って返事をしてみたが、思っていた以上に弱々しい声が出た。
「お湯、冷めてねぇ? 大丈夫?」
山神が裸の俺を気にする様子もなく、浴室に入ってきて手をお湯につけた。言われてみればお湯はすっかりぬるくなっていた。どれだけこうしていたのだろう。急に先程とは異なる寒気を感じた。
「もう上がる……」
「違ぇよ。 全然音がしねぇから、生きてるか様子見に来たんだよ。 てか、お前、身体が冷え切ってるから、もう一回ちゃんと浸かれ」
そう言ってお湯を出し始める。俺はされるがまま黙っていた。冷たさの中に加わる熱。山神は自分が濡れるのも気にせず、その熱を撹拌した。その度に寒さと温もりを交互に感じた。
地元の大学を卒業したあと、山神は都内の会社に就職した。そして、俺の家の近くに引っ越してきた。
気がつけば俺の友達と言えるような人間は、山神しかいなくなっていた。
俺は大学生時代の手痛い経験以来、誰とも付き合っていなかったし、山神は山神で、彼女ができては別れたという話をしていたから、本当に気が向いた時、一緒にご飯を食べに行って、ゲームをしたり、仕事の話や、地元の知人の話をする程度の友人だった。
地元ではゲイだとバレたくなくて、必要以上の接触を避けていたのだが、誰とも付き合う気がなくなって、山神とも肩ひじ張らずに付き合えるようになった。恋愛を諦めたことによって得た副産物。
「お前、彼女作らねぇの? 今までお前からそういう話聞いたことないんだけど」
ふと、ゲームをしながら山神が聞いてきた。
そんな質問にも「はは、高校時代からの俺を知っててよく言えるな! 俺は、お前みたいにモテたことねぇもん」と笑って返せるようになった。
ゲイだとかゲイじゃないとか以前に、俺の恋愛話には触れられたくない。軽口を返し、自分を卑下して笑い飛ばすことで、俺は自分自身を守る術を身につけた。
そんな俺達が付き合うようになったのは、約半年前、山神とご飯を食べに行った日だった。
少し前にテレビで紹介されていた駅前の人気店。二人で行く店はいつも大体決まっていたのだが、その日は珍しく臨時休業で、二人とも何の気なしにその店に行った。運良く席が空いていて、俺達はいつも通りに食事して、俺のアパートでゲームでもするか、となって席を立った。そこまではいつもの流れ。
会計の時、俺に声を掛けてきた男がいた。
忘れもしないあの男だ。
俺の心臓がどくんと跳ね、呼吸もままならなくなった。立っている足が震える。
「ヨウだろ? 雰囲気変わったけどすぐわかった。俺、覚えてる? お前あの後、俺ンとこブロックしただろ? アプリも退会しちゃうしさ。俺、お前に言わなきゃいけないことあったのにさぁ」
ケラケラと軽薄に笑いながら、俺に近寄ってきた。こんな下卑た笑い方をする男だっただろうか。俺はどうしてこいつが好きだなんて思ったのだろう。恋愛のフィルタが消えてしまった今、ただただ恐ろしい相手でしかなくて、俺は後ずさった。
俺の異変を察した山神が目の前に立ちふさがって、俺の姿をそいつの視界から隠してくれた。そして、有無を言わさぬ声で「人違いです」と言って店から連れ出した。
「はは、お前の新しい彼氏? おっかねー」と、俺達の背に向けて発された言葉。俺は山神に聞こえていないことを願った。そしてただひたすら、その場を逃げ出さなくては、と思った。
記憶があるのはそこまで。頭の中を過去の記憶がフラッシュバックして、俺はその時どうやって帰ってきたのか覚えていない。
気がつけば俺は湯船の中で震えていた。お湯の中にいて温かいはずなのに身体の芯が寒い。あの時の恐怖が蘇る。いや、正確には正気に戻った時の恐怖。
「羊佑、大丈夫か?」
浴室の扉の向こうから声がして、俺は山神と一緒だったことを思い出した。今までの不審な行動をどう思われたか、急に不安がこみ上げてきて、返事に迷っていると、浴室の扉が開けられた。山神が俺の顔を見て少しホッとした表情を浮かべた。
「な、なに?」
無言というわけにもいかず、平静を装って返事をしてみたが、思っていた以上に弱々しい声が出た。
「お湯、冷めてねぇ? 大丈夫?」
山神が裸の俺を気にする様子もなく、浴室に入ってきて手をお湯につけた。言われてみればお湯はすっかりぬるくなっていた。どれだけこうしていたのだろう。急に先程とは異なる寒気を感じた。
「もう上がる……」
「違ぇよ。 全然音がしねぇから、生きてるか様子見に来たんだよ。 てか、お前、身体が冷え切ってるから、もう一回ちゃんと浸かれ」
そう言ってお湯を出し始める。俺はされるがまま黙っていた。冷たさの中に加わる熱。山神は自分が濡れるのも気にせず、その熱を撹拌した。その度に寒さと温もりを交互に感じた。
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