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1.颯人視点
7.独りの日々
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「また連絡する」そう言われて1年以上の月日が流れた。
大学は春休みに入っていた。
月が替われば俺は大学三回生になる。はじめこそ、「しばらく会えないだけで、別れじゃない」と自分に言い聞かせて、『元気?』『体調崩してない?』とか『いつになったらこれそう?』とか当たり障りのないLINEはしていた。
だが、それらはすべて既読にはなるものの、ずっと返事はないままだった。あの時感じた嫌な予感は当たった。
ブロックされていないだけマシなのか、それとももう来ないつもりの口先だけの言葉だったのかはわからない。これは、かつて亮太の『会いたい』という言葉を、アルファであることがバレたくなくて隠し続けて拒み続けていた、俺への罰なのか。
アパートの近くで時折すれ違う女性に目が行った。見れば向こうもこちらを見ていて、慌てて目をそらした。
かつて亮太からした女性ものの香水の香り。
一瞬亮太の相手なのでは、と疑う自分もいたが、それにしては年齢がだいぶ年上に見えた。
亮太はこの香りと同じ香水をつけた女性の元へ帰ったのだろうか。
時の経過とともにその香りも記憶から薄れていく。
残っているのは散々開発されたこの身体。亮太を求めて疼くこの身体が、あの日々が夢でなかった事を教えてくれる。だが埋めてくれる本人は現れない。
身体の中にぽっかり空洞ができて、芯がなくなったような気がする。全ては俺に与えられた罰のような気がした。
◇
久しぶりに鈴木に会っていた。なんでも人生で初めて付き合ったカノジョと別れたらしい。
そんな愚痴など聞く気にもならなかったが、それでも気晴らしに誘いに応じた。そして、もしかしたらわずかでも亮太の近況を知れるんじゃないかと期待した。だが、鈴木も最近の亮太についてはなにも知らなかった。
俺の家の近くの居酒屋だった。『鈴木と飲んでいるからこない?』と鈴木を口実に誘おうか迷いながら、勇気も出ず、ただ愚痴を聞いて時間だけが過ぎてゆく。亮太が今どこに住んでいるのかすら、俺は知らない。
「てかさ、段々LINEのやり取りとか少なくなって。 俺、おかしいなと思ってたんだよ!! イベントとか記念日とかも会わなくなってさ。 で、カノジョを問い詰めたら、二股かけられてて!! てか、あっちにとっては俺が浮気だった~!!」
居酒屋でおいおいと泣き始める鈴木。20歳になり、最近飲めるようになった酒。それに飲まれて、酔っ払って泣き言を言う鈴木。
こちらなんて、セフレの関係で捨てられたのだ。泣きたいのはこっちの方だ、と思ったがそんなこと言えるわけもない。
そういえば鈴木が言っていた。亮太にはセックスと引き換えに泊めてくれる相手がたくさんいる、と。
だから関係があるときだって、多くて週に一回しか泊まりに来なかったのだ。
そういえば時折見かけていたあの香水の女性も、いつの間にか見かけなくなったな、とふと思った。
急に思い出したのは、あの香水の香りがしたような気がしたからだ。
学生の多いこの街で彼女は浮いていた。派手な化粧に服装。普段だったら記憶にも残らないすれ違うだけの人。そんな相手でも、亮太が絡むと記憶に残る。
「鈴木はいいやつだから、きっとすぐに別の素敵な人が現れるよ……」
我ながら心のこもっていない、上っ面の慰め。そんなことができたら俺だってこんなに引きずっていない。
ひとしきり愚痴を聞き、鈴木がトイレへ立った時、隣の席の二人組がくすくすわらいながら声をかけてきた。
「オトモダチ、荒れてますねぇ」
いつから座っていたのか気づかなかったが、多分年齢も俺たちとそう変わらないくらいの男と女の二人組。ぱっと見、カップルのように見えた。
だが、思わず鼻をすん、と鳴らしたのは、このどちらかからオメガ独特の香りがしたからだ。これだけ香るということは発情期が近いのだろう。
よく見てみると、男のほうがハイネックのニットの下に、どうやらネックガードをしているようだった。
「お兄さん、アルファでしょ?」
「あ、ああ……」
あからさまに誘うような瞳で見つめて来られて戸惑った。今までも女性やオメガから誘われることがなかったわけではないが、ここまであからさまなのは初めてだった。
「ねぇ、僕としない?」
耳元で囁かれる。
酒のせいなのか、その男から発されるフェロモンのせいか顔が近づくと気分が悪くなった。鈴木が戻ってきたので行き違いにトイレへと向かう。
慌てて持ち歩いているアルファ用の抑制剤を飲んで、ふぅっとため息を付いた。
あの男性もヒートが近くて大変なのだろう。責める気持ちはない。
実際自分の親だって、ヒートの時はつらそうだった。番がいて、俺という子供を生んだあとでもそれなりに大変そうなのは子供心にわかったから、番のいないオメガはもっと大変なのだろう。オメガになりたいだなんて、本当にかつての自分は浅はかだったと反省する。
フェロモンの影響など受けなくても、こんなにも亮太を求めて後孔が疼くというのに。これで自分がオメガだったら気が狂っていたかもしれない。
俺は亮太以外とはセックスをしたいという気持ちが湧いたことがない。
オメガの匂いは何となく分かるが、だからといって性的欲求が刺激されるということはなかった。
それとも経験がないからなのだろうか?別に後孔が疼くと言っても、ちんこが不能というわけではない。誰かとセックスをしてみたら亮太への諦めもつくのだろうか。
混乱する気持ちを落ち着けて席に戻ると、今度は鈴木が隣の席の男女と話していた。
「颯人、やっと帰ってきたー! 大丈夫? 飲みすぎた?」
「いや……あ、まぁそうかも。 俺、悪いけど、そろそろ帰るよ」
もしかしたらと一瞬期待してみたものの、席に戻ればますますフェロモンの香りが鼻についた。できる気がしない。おかしなことになる前に早めに切り上げるのが良いだろう。酒に酔ったふりをして席を立つ。
「じゃあ僕も」
オメガの男性が立ち上がった。
「え? カノジョさんは? 置いてくの?」
鈴木が驚いて聞いた。
「ふふ、カノジョじゃないですよ? ただの飲み友達。 それに彼女、オニーサンともう少し話ししたいみたいだし。 俺はこちらのオニーサンと、ね?」
オメガの男性がハイネックの中のネックガードをちらりと見せると、鈴木はすぐに察した。
自分の分の会計を済ませ、店を出る。男性も急いであとから付いてきた。
大学は春休みに入っていた。
月が替われば俺は大学三回生になる。はじめこそ、「しばらく会えないだけで、別れじゃない」と自分に言い聞かせて、『元気?』『体調崩してない?』とか『いつになったらこれそう?』とか当たり障りのないLINEはしていた。
だが、それらはすべて既読にはなるものの、ずっと返事はないままだった。あの時感じた嫌な予感は当たった。
ブロックされていないだけマシなのか、それとももう来ないつもりの口先だけの言葉だったのかはわからない。これは、かつて亮太の『会いたい』という言葉を、アルファであることがバレたくなくて隠し続けて拒み続けていた、俺への罰なのか。
アパートの近くで時折すれ違う女性に目が行った。見れば向こうもこちらを見ていて、慌てて目をそらした。
かつて亮太からした女性ものの香水の香り。
一瞬亮太の相手なのでは、と疑う自分もいたが、それにしては年齢がだいぶ年上に見えた。
亮太はこの香りと同じ香水をつけた女性の元へ帰ったのだろうか。
時の経過とともにその香りも記憶から薄れていく。
残っているのは散々開発されたこの身体。亮太を求めて疼くこの身体が、あの日々が夢でなかった事を教えてくれる。だが埋めてくれる本人は現れない。
身体の中にぽっかり空洞ができて、芯がなくなったような気がする。全ては俺に与えられた罰のような気がした。
◇
久しぶりに鈴木に会っていた。なんでも人生で初めて付き合ったカノジョと別れたらしい。
そんな愚痴など聞く気にもならなかったが、それでも気晴らしに誘いに応じた。そして、もしかしたらわずかでも亮太の近況を知れるんじゃないかと期待した。だが、鈴木も最近の亮太についてはなにも知らなかった。
俺の家の近くの居酒屋だった。『鈴木と飲んでいるからこない?』と鈴木を口実に誘おうか迷いながら、勇気も出ず、ただ愚痴を聞いて時間だけが過ぎてゆく。亮太が今どこに住んでいるのかすら、俺は知らない。
「てかさ、段々LINEのやり取りとか少なくなって。 俺、おかしいなと思ってたんだよ!! イベントとか記念日とかも会わなくなってさ。 で、カノジョを問い詰めたら、二股かけられてて!! てか、あっちにとっては俺が浮気だった~!!」
居酒屋でおいおいと泣き始める鈴木。20歳になり、最近飲めるようになった酒。それに飲まれて、酔っ払って泣き言を言う鈴木。
こちらなんて、セフレの関係で捨てられたのだ。泣きたいのはこっちの方だ、と思ったがそんなこと言えるわけもない。
そういえば鈴木が言っていた。亮太にはセックスと引き換えに泊めてくれる相手がたくさんいる、と。
だから関係があるときだって、多くて週に一回しか泊まりに来なかったのだ。
そういえば時折見かけていたあの香水の女性も、いつの間にか見かけなくなったな、とふと思った。
急に思い出したのは、あの香水の香りがしたような気がしたからだ。
学生の多いこの街で彼女は浮いていた。派手な化粧に服装。普段だったら記憶にも残らないすれ違うだけの人。そんな相手でも、亮太が絡むと記憶に残る。
「鈴木はいいやつだから、きっとすぐに別の素敵な人が現れるよ……」
我ながら心のこもっていない、上っ面の慰め。そんなことができたら俺だってこんなに引きずっていない。
ひとしきり愚痴を聞き、鈴木がトイレへ立った時、隣の席の二人組がくすくすわらいながら声をかけてきた。
「オトモダチ、荒れてますねぇ」
いつから座っていたのか気づかなかったが、多分年齢も俺たちとそう変わらないくらいの男と女の二人組。ぱっと見、カップルのように見えた。
だが、思わず鼻をすん、と鳴らしたのは、このどちらかからオメガ独特の香りがしたからだ。これだけ香るということは発情期が近いのだろう。
よく見てみると、男のほうがハイネックのニットの下に、どうやらネックガードをしているようだった。
「お兄さん、アルファでしょ?」
「あ、ああ……」
あからさまに誘うような瞳で見つめて来られて戸惑った。今までも女性やオメガから誘われることがなかったわけではないが、ここまであからさまなのは初めてだった。
「ねぇ、僕としない?」
耳元で囁かれる。
酒のせいなのか、その男から発されるフェロモンのせいか顔が近づくと気分が悪くなった。鈴木が戻ってきたので行き違いにトイレへと向かう。
慌てて持ち歩いているアルファ用の抑制剤を飲んで、ふぅっとため息を付いた。
あの男性もヒートが近くて大変なのだろう。責める気持ちはない。
実際自分の親だって、ヒートの時はつらそうだった。番がいて、俺という子供を生んだあとでもそれなりに大変そうなのは子供心にわかったから、番のいないオメガはもっと大変なのだろう。オメガになりたいだなんて、本当にかつての自分は浅はかだったと反省する。
フェロモンの影響など受けなくても、こんなにも亮太を求めて後孔が疼くというのに。これで自分がオメガだったら気が狂っていたかもしれない。
俺は亮太以外とはセックスをしたいという気持ちが湧いたことがない。
オメガの匂いは何となく分かるが、だからといって性的欲求が刺激されるということはなかった。
それとも経験がないからなのだろうか?別に後孔が疼くと言っても、ちんこが不能というわけではない。誰かとセックスをしてみたら亮太への諦めもつくのだろうか。
混乱する気持ちを落ち着けて席に戻ると、今度は鈴木が隣の席の男女と話していた。
「颯人、やっと帰ってきたー! 大丈夫? 飲みすぎた?」
「いや……あ、まぁそうかも。 俺、悪いけど、そろそろ帰るよ」
もしかしたらと一瞬期待してみたものの、席に戻ればますますフェロモンの香りが鼻についた。できる気がしない。おかしなことになる前に早めに切り上げるのが良いだろう。酒に酔ったふりをして席を立つ。
「じゃあ僕も」
オメガの男性が立ち上がった。
「え? カノジョさんは? 置いてくの?」
鈴木が驚いて聞いた。
「ふふ、カノジョじゃないですよ? ただの飲み友達。 それに彼女、オニーサンともう少し話ししたいみたいだし。 俺はこちらのオニーサンと、ね?」
オメガの男性がハイネックの中のネックガードをちらりと見せると、鈴木はすぐに察した。
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