吾輩は元大王である。

猫丸

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第二章 二年生

13.犯人逮捕

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 生徒会室には、目当ての顔はなかった。
 戸惑う生徒会役員達を無視してずかずかと室内に入ると、生徒会室の『ダクヴァル大王物語』が置かれていた棚辺りの本を落とし、くんくんと匂いを嗅いだ。
「やっぱり……」
 追いついてきたモルゴスにも匂い嗅がせる。
「これは……」
 モルゴスも目を見開いて吾輩を見た。
 少し頬が赤くなっているが、吾輩は見なかったことにして意識を本棚の奥に戻した。
 染み付いた香り。これだけの香りがついているということはどれだけの量が隠されていたのか。
「デヴォールはどこだ? 隠しても貴様らのためにならんぞ?」
 吾輩は手前にいた生徒を問い詰めた。怯えながらも、その生徒は「知らない。今日は見ていない」と答えた。
「隠し立てしたら、更に罪が重くなるぞ?」
 彼らの中に動揺が走った。
 背後から別の生徒が、「そういえば、さっき校舎の裏の方へ行くのを見た、かも……」とつぶやいた。そしてその口を塞ごうとする生徒。
(やはり……)
 吾輩は若者の腐敗を嘆いた。だが今はそんな時間も惜しい。
「モルゴス! 行くぞ! おい、貴様ら! 貴様らにはあとでゆっくり話を聞くから、待っておけ! 逃げたらただじゃおかん!」
 戸惑う連中を尻目に、生徒会室を飛び出す。
(間に合うか!?)
 吾輩とモルゴスの様子に、すれ違う生徒たちが戸惑う。何が起きたのかと騒ぎはますます大きくなった。
 吾輩は、校舎内を走るのも次第にもどかしくなって、廊下の窓から飛び降りた。
「セラ!?」
 窓からモルゴスが顔を出したが、吾輩はお構いなしに走った。
(間に合ってくれ!!)
 吾輩がいつも乗り越える塀の辺りで、やっとデヴォールの姿を捉えた。だがまだ距離はある。
 デヴォールが突進してくる吾輩に気づき、慌てて塀の向こうに何か包みを放った。
「くそっ!」
 吾輩はそのまま加速し、塀を飛び越え、その包みを空中でキャッチした。
『うわっ!? なんだ!? 人!?』
 塀の向こうにいた覆面の男達が叫んだ。レヴァナス語。
 包みを受け取ろうと構えていた男に、吾輩の全体重がのしかかる。男は悲鳴とともに後ろへひっくり返り、気絶した。
 吾輩はすぐにその包みを抱え直した。一瞬何がおきたのかわからず戸惑った他の男達も、すぐに体勢を立て直し、距離を詰めてくる。
 こういった犯罪は一人ではできない。この集団が薬の仕入先か。
 覆面の男が、吾輩に手を伸ばしながら言った。
「……それヲこちらへ寄越シナ」
「誰が渡すか」
 吾輩は包みを抱え直し、言い返した。漏れ出る甘い香り。
「セラ! セラ! 大丈夫デスか!?」
 塀の向こうから、吾輩を呼ぶモルゴスの声が聞こえた。男達の視線が塀の上へと注がれる。
「おう! 敵がいっぱいいるぞ!」
 モルゴスの短い悲鳴が塀の向こうから聞こえた。だが気にしていられない。
 立ち上がり、吾輩の下で伸びている男から距離を取る。他の男達を睨みつけ、体勢を整えながら叫んだ。
 辺りを警戒すれば、森の陰にも数名隠れている気配がした。何人いるのか見当がつかない。
「……冗談ジャナイゾ? ソレヲ渡セ。殺スゾ?」
 男は剣をちらつかせた。
『はっ、嫌だと言ったら?』
 吾輩はレヴァナス語で返した。覆面越しに男達に緊張が走ったのがわかった。
 あぁ、言ってなかったが吾輩、前世からの記憶でレヴァナス語もちょっとばかしできるのだ。
 吾輩は警戒しながら足元に落ちていたちょうど良さげな枝を拾い、ゆっくり構える。少し心もとないが、贅沢はいっていられない。
『殺してでも奪い取るだけだ!』
 男達が吾輩に剣を向けた。吾輩はその切っ先をかわす。囲まれないよう塀を背後に、戦いに有利な地に立つ。片手に包みを、反対の手には剣の代わりに枝。
 実践に慣れていないのか、一人目の男は吾輩の敵ではなかった。
 吾輩はその男達の斬撃をかわし、相手の膝裏に狙いを定め、その骨を折るように枝を遠慮なくを叩き込んだ。
 辺りに男の悲鳴がこだます。きっと折れただろう。その叫び声に、後ろで構えていた男達が少したじろいだ。
 吾輩は、男の落とした剣を拾った。
 剣だけで言えば圧倒的に吾輩の方が上だ。だが多勢に無勢。次々襲ってくる敵に、吾輩の体力も限界に近づいていく。
 何度目かの斬撃を避けそこね、切っ先が吾輩の腕をかすった。
「うっ」
 痛みで吾輩は剣を手から滑らせた。剣が放物線を描いて飛んでいく。
 男達はそのチャンスを見逃さなかった。
 吾輩を取り囲む輪が小さくなった。吾輩は視界の隅でなにか武器になるものを探しながら、じりじりと後退する。
 敵からの攻撃を避けながら、逃げる算段をし始めた頃、避けそこねた刀の切っ先が吾輩の二の腕を更に切った。
「くっ!!」
 切られた場所から血が流れ出て、吾輩は思わず包みを落とし、腕を押さえた。
『派手に暴れやがって、クソが。こっちはいつまでも遊んでるわけには行かねーんだ』
 忌々しそうに吾輩に寄ってくる、リーダーらしき黒尽くめの男。
 囲まれないように背後を守っていた塀によって、逆に逃げ道を塞がれる。男の背後にはまだ倒しきれていなかった手下どもが。
『終わりだ』
 男が剣を振りかぶった。吾輩は構えながら足元の湿った土を握った。腕から血はどくどくと流れ続けていた。
『死ねっ!!!!』
 振りかぶる瞬間、吾輩は男の顔めがけて土を投げた。一瞬ひるんだ隙に吾輩は包みを拾い、再び距離を取った。
 だが万事休す。
 疲労がピークだった。腕に力が入らない。脚だって重い。この脚で森でこいつらを撒けるだろうか、正面突破で戦うべきかどちらが最善だ?
「セラッ!!!!」
 逡巡していると、塀の上から一つの黒い影が。エヴァレインだ。
 そして、少し遅れてモルゴスが塀を越えてきた。
「エヴァ!!!! モルゴスも!!!!」
 助かった、と思った。だが今、気を抜くわけにはいかない。
「二人共、遅いっ!!!!」
 吾輩は怒鳴った。
「「すみませんっっっ!!!!」」
 二人は謝った。
「お前なんぞいなくても、私一人で十分だ。あんな塀一つ自力で越えられんとは」とエヴァレインは目の前の敵を切りつけると、吐き捨てるようにモルゴスに言った。
「ウルサイ。剣の腕はワタシの方が上ダ。セラはワタシが守る!」とモルゴス。
 モルゴスも負けじと、目の前の敵を切りつけた。
 男達の表情が変わったのが覆面越しに伝わってきた。
 二人は更に競うように敵を鮮やかに倒し、今度は吾輩達が相手を取り囲む形となった。
『観念しろ。お前達がデヴォールを使ってアカデミー内に薬をばら撒いたのはわかっている!』
 吾輩のレヴァナス語からだけではなく、モルゴスがなにかに気づいたようだ。
『お前はもしかして……』
 モルゴスがそう呟くと、正面の男が剣を持ち直し、吾輩めがけて突進してきた。
 こちら側には吾輩しかいない。剣の達人であるモルゴスを知っている人物ならば、あちら側の突破は不利だと思ったのだろう。男は吾輩を人質に取ると、首筋に剣を当ててきた。
『道を開けろ! こいつがどうなっても良いのか!?』
 男はエヴァレイン、モルゴスに向かって怒鳴った。
「「セラっ!!!!」」
 エヴァレイン、モルゴスの動きが止まる。
 
 吾輩は震えた。
 切れた腕からどくどくと血が吹き出しているような気がした。
 心配そうな二人の表情。
 頭に血が登り、くらくらした。
 吾輩は唸った。視界が真っ赤に染まったように見えた。
「……許せぬ……」
『あ゛?』
 吾輩は『悪魔と契約した男・ダクヴァル大王』とまで言われた男だ。その吾輩が、こんな小者の人質になるだなんて、何たる屈辱っ!!!!
 吾輩が恐怖で震えていると勘違いしたこの男は、エヴァレインとモルゴスに「そうだ、動くな」と、言いながらじりじりと馬の方へと退却し始めた。
 何たる悪役然とした態度!!
 吾輩は囚われの姫の役なのか!?
 生きてこのような恥辱を味わうとは!!
 こやつ、絶対に許さぬ!!!!

 吾輩は怒りで、包みを足元へ投げつけるように落とした。
 男が『おい、こら! 拾え!』と怒鳴る。男の手が緩んだ。
 吾輩は男の指示に従うふりをしてしゃがみ込む。のろのろと包みに手を伸ばすと、立ち上がり様、思い切り男の股間を蹴り上げた。
 断末魔の様な悲鳴を上げ、男が剣を落とした。
 吾輩はその剣を拾い、その苦しみもがく男の腹を踏みつけ、頭上に切っ先を突きつけた。
「おい、小僧。舐めるな。吾輩を誰だと思っている? 吾輩は、であるぞ?」 
 
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