吾輩は元大王である。

猫丸

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第二章 二年生

12.空中回転回し蹴り

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「いや……まさか、そんなはずは……」
 初めてできた友を疑いたくはない。
 だが吾輩はこの香りを嗅いだ。
 
 ここに入れられて何時間経ったのだろう。周りの状況がわからず不安になってきた頃、監視スペースの先の扉が開き、モルゴスが現れた。パンとスープの簡単な軽食をトレーに乗せている。
 ここに何日間も吾輩を留めておく気か!? と頭にきたが、食べ物を見た途端、ぐぅと吾輩の腹の虫が大きな音を立てた。そういえば、昼を食べ損ねたままだった。
「今、使用者から話を聞いていマス……あ、コレハ温かいうちにドウゾ」
 モルゴスは吾輩の腹の虫を聞きつけ、仕切りの牢を開けて、テーブルに食事を置いた。吾輩は、遠慮なくそれに手を伸ばした。
「リストが見つかったということか?」
 吾輩は格子越しにモルゴスに尋ねた。モルゴスは首を振った。
「幾人かの生徒ハ、持ち物検査で実物を持っていたノデ……」
「そうか、それで?」
「彼らミナ、アナタから買ったと言っています……」
「はぁぁぁぁ!? 何をたわけたことを!!!!」
 吾輩の怒鳴り声にモルゴスはビクリと身体を震わせた。
 テーブルの上の食器もがちゃんと音を立てる。
 だからこのような物々しい牢にいれられたのだ、と合点がいった。ただの使用疑いではなく、始めから吾輩を売人だと疑っていたのだ。
 誰かが……多分あやつが吾輩を嵌めようとしている。
「……デヴォールは? デヴォールはどうしている?」
 モルゴスはすこしはっとすると、眉をしかめて悲しそうに言った。
「……デヴォールも罪を認めまシタ」
「認めたのか? ならば全て明らかになったんじゃないのか?」
「……デヴォールも、アナタから薬をもらって使ってしまったと……彼も退学が決まりました……」
「はぁっ!? あの男、許せんっ! とんだ食わせ者だったな!」
 裏切られた悲しみ、やっぱりという諦め、様々な感情がない混ぜになる。
 吾輩は、残っているパンを口の中に放り込むと、モルゴスの胸ぐらを掴み睨んだ。
 なぜこの様な時にパンなどを食べているかというと、昔からの習性だ。一度戦になれば次いつ食べられるかわからない。緊迫した事態だからこそ、吾輩は無理矢理飲み込んだ。
 吾輩よりも頭一つ分大きなモルゴスが視線を逸らす。そして吾輩の拳を両手でそっと包み、吾輩と視線を合わせると、悲しげに言った。
「セラ……罪を認めるのはツライかもしれないケド、ワタシがアナタを救いマス。薬ヲ抜くのも助ける。ダカラ私の手を取って……ネ? ワタシの天使……いや大王様……」
「そうじゃない!!!! 貴様の脳みそは藁でも詰まっとるのか!? 貴様の良いところは見た目だけなのか!?」
『大王様』と言われ、吾輩も大王スイッチが入ってしまった。
「モルゴス!!!! もういい!!!! どけっ!!!! 吾輩が直接デヴォールを問い詰めるっ!!!!」
「そ、ソレハ出来ません……」
 モルゴスが吾輩の手を強く握り、抵抗を示した。
「貴様らは、盗まれた調査資料とリストの在り処を知りたいんだろ? 吾輩を冤罪で捕まえて、真犯人が証拠隠滅でもすれば、貴様の責任だぞ?」
 モルゴスがビクリと身体を震わせ、逡巡しているのがわかった。使用者達の証言と吾輩の言葉、どちらが真実かを測りかねているのだろう。
「ここで吾輩を行かせねば、お前はもう友達ではない。もし間に合わなければ、吾輩はお前を一生許さないからな。吾輩が逃亡を心配しているのならお前がついてくれば良い」
「いや、でもそれは……いや、ダメだ! セラ! もしそうだとたら、アナタが危険に巻き込まれてしまう!!!! デヴォールのことはワタシがもう一度確認するから!」
「えぇい、うるさいっ!!!! 今更どの口が言うっ!!!!」
 吾輩はモルゴスが掴んでいる手を勢いをつけて外し、その脇を抜け、バンっと格子の扉を開け放した。慌てて止めようとしたモルゴスの頭を、吾輩は空中回転回し蹴りで、540°回転し、パコーンと蹴飛ばした。
「う、うわぁぁっ!?」
 足がモルゴスの頭に命中し、テーブルや食器がひっくり返った瞬間、吾輩も少しだけ正気に戻った。
(や、やってしまったーーーー!!!!)
 だがもう遅い。モルゴスは武道の達人だし、ちゃんと受け身を取れていたから、大丈夫なはずっ!!!!
 そう信じて吾輩は逃走した。
 薬の売人という罪に加えて、友好国の王族を蹴飛ばすという罪を重ね、吾輩は走りながらもめまいがしそうだった。この牢の鍵を開けたことですら、きっとモルゴスは吾輩が話せばわかると信じていたからだろう。そして罪を認めて反省してくれると。だが、吾輩はやってもいない罪を認めるほどお人好しではない。
(すまぬ! 今生の両親よっ! 恨むなら、大王の記憶を持たせて生まれ変わらせたエヴァレインを恨め!)
 先程まで愛だのなんだのと言っていたことも忘れて、エヴァレインのせいにして、冷静さを取り戻した。
 
 デヴォールを捕まえなくては。
 吾輩が始めに『ダクヴァル大王物語』を返してもらった時、生徒会室の扉の向こうから一瞬あの香りが漏れ出たではないか。
 吾輩はそれを女性物の香水だと思った。自分がそこでエヴァレインと結ばれたことと結びつけて、デヴォールにも相手ができたのだと思い込んでしまった。
 何たる不覚!!!!
 「デヴォールめ!!!! 吾輩を欺いた罪は重いぞっ!!!!」
 吾輩は、止めに来る教師や警備、生徒等を蹴散らし、疾風のごとく生徒会室へと向かった。
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