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第二章 二年生
11.真犯人
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吾輩の話は誰にも聞いてもらえず、校舎内にある牢へ移動させられた。
ただの使用疑いにしてはえらく凶悪犯罪者扱いだな、と吾輩は眉を寄せた。
尖塔の上の方にある部屋で、ベッドやテーブルがあり、一見普通の部屋。違うのは、窓に格子がついていること。そして部屋の中には吾輩のいる空間と、監視のためのテーブルと椅子の置かれた空間があり、その間は鉄格子で仕切られていた。
かつて位が高い者を幽閉しておくための部屋だったのだろう。
さすがに監視員まではいなかったが、こんなところに入れられて気分が良い者はいない。
それにしても、アカデミー内にこんな部屋があったことも驚きだった。
だが、考えてみればもともとここは城塞だったのだ。さもありなん。
エヴァレインには個別に話を聞くということで、吾輩とは別のところに連れて行かれた。
ヤツがどうなっているかはわからぬが、ヤツのことだ。きっと大丈夫だろう。
それよりも今は吾輩の方だ。本当に使用していたことにされてしまえば、アカデミーの退学はもちろん、家族にも何らかの罰、社会的制裁が下るであろう。
あの朴訥とした家族に迷惑をかけるわけにはいかない。やつらは田舎者だから、世間の怖さなど知らぬのだ。
だが、様々な証拠が吾輩が薬物使用者であるかのように示されている。
なにより、調査員が『吾輩が、エヴァレインから薬をもらうためにセックスをしている』という絵を描いているのだ。
吾輩は異性愛者であるから、薬目当てでなければエヴァレインとセックスするなどありえぬ、と。
なんであやつがそう思うのかわからぬ。あやつと恋愛の話などしたこともないのに。
それともあやつも吾輩達と同じように前世の記憶があるのだろうか?
「いや、あろうがなかろうが今はどうでも良いな」
問題は、そう思い込んでいるモルゴスが、辻褄が合うように証拠集めをしまう可能性があることだ。
思わせぶりな態度も、吾輩を『天使』とか呼ぶ、あの意味不明な言動も、全ては吾輩の素行調査、懐柔作戦だったのだ。
それを吾輩が勘違いしていただけ。
あんなヤツ、もう友達じゃない!
吾輩は少し湿り気のあるベッドに寝転びながら、モルゴスとエヴァレインの会話を振り返った。
一年生のパーティで、エヴァレインに媚薬を盛った犯人令嬢は、あの後すぐに見つかり、家門も含めて一族は処分されている。
その令嬢が持っていた媚薬を、研究棟で成分解析した結果、レヴァナス産のものであることが突き止められた。
その薬は中毒性の高いもので、ここ数年、学園内で秘密裏に流通し、水面下で問題になっていたのだという。
表面化しなかったのは、アカデミーが『名誉を重んじる貴族達の集まり』だから。
そのようなものに手を出したことが発覚した子息令嬢は、親によってひっそりとアカデミーをやめさせられていた。
アカデミーにいる誰かが、媚薬を売っている。
レヴァナスからの留学生か、自国の生徒か、職員か。なにもわからない。
二国協力のもと、調査チームが作られた。
使用疑いのある生徒のリストが作られる。だが、捜査を撹乱するかのようにアカデミー内に媚薬が更に蔓延し、調査対象者が増えていった。
吾輩が「風紀が乱れている」と感じたのは、吾輩の心情に関係なく、本当にその通りだったのだ。
そんな矢先、研究棟でそのリストと調査資料が盗まれた。
起こったのは『トラブル』ではなく『盗難事件』だった。
「レヴァナスの赤い花……」
吾輩は再び前世で見た景色を思い出していた。
広大な平野にまるで絨毯のように一斉に咲き乱れる真っ赤な一重の花。その花々が風に揺れる。
その先の地平線に、灼熱の太陽がゆっくりと沈み、空も真っ赤に染まる。そして訪れる沈黙の闇。
あの花をレビアスは「美しい花だが闇を孕んでいる」と説明した。
「ある時は人を助け、ある時は人を惑わす」とも。
あの美しい花は幻覚成分を孕む。戦争で傷つき、痛む身体の苦痛を和らげる薬として、当時は広く利用されていた。
だが、中毒性があり、過剰接種すると幻覚を見始める。そしてそのような時に性行為をしようもんなら、その快楽が脳裏に焼きつけられ、やめられなくなるという。
それが今回の媚薬、いや麻薬の主原料だった。
あれは『精液を混ぜないと収まらない媚薬』なのではない。ただその症状がもたらす興奮状態が、性行為をすることによって少し治まった様に見えるというだけ。
吾輩はあの日の光景の続きを思い出した。吾輩達は医療用として使用するための一部の管理地のみを残し、その草原を焼いた。
真っ赤な花々が、真っ赤な炎に包まれる。そして後に残ったのは、真っ黒な焼け野原。
吾輩は、胸の中に鉛が沈んだような心持ちになった。
あの時、医療用などとためらわず、全て根絶やしにするべきだったのか。あの時代であれば、今の麻薬よりも効果が薄かった。禁断症状で苦しむ人々を、力と権力で押さえつけることも可能だった。
ふと、エヴァレインが心配になった。
エヴァレインはそのような時に吾輩と身体をつなげてしまったのだ。今の精製された麻薬は、少量でも薬効成分が強く中毒性が高い。
禁断症状に苦しまなかっただろうか。いや、それともあんなに吾輩を求めるのは薬の禁断症状なのか?
不安が胸を渦巻く。
「えぇい!!!! そんなはずはない!!!! やつは吾輩のことを心の底から愛しているのだ!!!! 800年以上続く執着なのだぞ!? 異常なセックス回数位、しょうがないではないか!!!! やつはただの絶倫なのだ!!!!」
吾輩は自分を鼓舞するように、迷いを断ち切るように叫んだ。
吾輩はヤツを愛している。それだけでよいではないか。問題があれば二人でなんとかすればよいのだ。
そんな思考に至れば、頭も少しスッキリとして、余計な邪念を消して冷静に今までのことを振り返ってみた。
吾輩は最近、あの香りを嗅いでいる。エヴァレインが飲んだ時と、今回拾った時以外にも。
どこだ? 恋愛に舞い上がってなにか見落としているもの……。
頭の中でなにかが弾ける。
「……まさか……デヴォール?」
ただの使用疑いにしてはえらく凶悪犯罪者扱いだな、と吾輩は眉を寄せた。
尖塔の上の方にある部屋で、ベッドやテーブルがあり、一見普通の部屋。違うのは、窓に格子がついていること。そして部屋の中には吾輩のいる空間と、監視のためのテーブルと椅子の置かれた空間があり、その間は鉄格子で仕切られていた。
かつて位が高い者を幽閉しておくための部屋だったのだろう。
さすがに監視員まではいなかったが、こんなところに入れられて気分が良い者はいない。
それにしても、アカデミー内にこんな部屋があったことも驚きだった。
だが、考えてみればもともとここは城塞だったのだ。さもありなん。
エヴァレインには個別に話を聞くということで、吾輩とは別のところに連れて行かれた。
ヤツがどうなっているかはわからぬが、ヤツのことだ。きっと大丈夫だろう。
それよりも今は吾輩の方だ。本当に使用していたことにされてしまえば、アカデミーの退学はもちろん、家族にも何らかの罰、社会的制裁が下るであろう。
あの朴訥とした家族に迷惑をかけるわけにはいかない。やつらは田舎者だから、世間の怖さなど知らぬのだ。
だが、様々な証拠が吾輩が薬物使用者であるかのように示されている。
なにより、調査員が『吾輩が、エヴァレインから薬をもらうためにセックスをしている』という絵を描いているのだ。
吾輩は異性愛者であるから、薬目当てでなければエヴァレインとセックスするなどありえぬ、と。
なんであやつがそう思うのかわからぬ。あやつと恋愛の話などしたこともないのに。
それともあやつも吾輩達と同じように前世の記憶があるのだろうか?
「いや、あろうがなかろうが今はどうでも良いな」
問題は、そう思い込んでいるモルゴスが、辻褄が合うように証拠集めをしまう可能性があることだ。
思わせぶりな態度も、吾輩を『天使』とか呼ぶ、あの意味不明な言動も、全ては吾輩の素行調査、懐柔作戦だったのだ。
それを吾輩が勘違いしていただけ。
あんなヤツ、もう友達じゃない!
吾輩は少し湿り気のあるベッドに寝転びながら、モルゴスとエヴァレインの会話を振り返った。
一年生のパーティで、エヴァレインに媚薬を盛った犯人令嬢は、あの後すぐに見つかり、家門も含めて一族は処分されている。
その令嬢が持っていた媚薬を、研究棟で成分解析した結果、レヴァナス産のものであることが突き止められた。
その薬は中毒性の高いもので、ここ数年、学園内で秘密裏に流通し、水面下で問題になっていたのだという。
表面化しなかったのは、アカデミーが『名誉を重んじる貴族達の集まり』だから。
そのようなものに手を出したことが発覚した子息令嬢は、親によってひっそりとアカデミーをやめさせられていた。
アカデミーにいる誰かが、媚薬を売っている。
レヴァナスからの留学生か、自国の生徒か、職員か。なにもわからない。
二国協力のもと、調査チームが作られた。
使用疑いのある生徒のリストが作られる。だが、捜査を撹乱するかのようにアカデミー内に媚薬が更に蔓延し、調査対象者が増えていった。
吾輩が「風紀が乱れている」と感じたのは、吾輩の心情に関係なく、本当にその通りだったのだ。
そんな矢先、研究棟でそのリストと調査資料が盗まれた。
起こったのは『トラブル』ではなく『盗難事件』だった。
「レヴァナスの赤い花……」
吾輩は再び前世で見た景色を思い出していた。
広大な平野にまるで絨毯のように一斉に咲き乱れる真っ赤な一重の花。その花々が風に揺れる。
その先の地平線に、灼熱の太陽がゆっくりと沈み、空も真っ赤に染まる。そして訪れる沈黙の闇。
あの花をレビアスは「美しい花だが闇を孕んでいる」と説明した。
「ある時は人を助け、ある時は人を惑わす」とも。
あの美しい花は幻覚成分を孕む。戦争で傷つき、痛む身体の苦痛を和らげる薬として、当時は広く利用されていた。
だが、中毒性があり、過剰接種すると幻覚を見始める。そしてそのような時に性行為をしようもんなら、その快楽が脳裏に焼きつけられ、やめられなくなるという。
それが今回の媚薬、いや麻薬の主原料だった。
あれは『精液を混ぜないと収まらない媚薬』なのではない。ただその症状がもたらす興奮状態が、性行為をすることによって少し治まった様に見えるというだけ。
吾輩はあの日の光景の続きを思い出した。吾輩達は医療用として使用するための一部の管理地のみを残し、その草原を焼いた。
真っ赤な花々が、真っ赤な炎に包まれる。そして後に残ったのは、真っ黒な焼け野原。
吾輩は、胸の中に鉛が沈んだような心持ちになった。
あの時、医療用などとためらわず、全て根絶やしにするべきだったのか。あの時代であれば、今の麻薬よりも効果が薄かった。禁断症状で苦しむ人々を、力と権力で押さえつけることも可能だった。
ふと、エヴァレインが心配になった。
エヴァレインはそのような時に吾輩と身体をつなげてしまったのだ。今の精製された麻薬は、少量でも薬効成分が強く中毒性が高い。
禁断症状に苦しまなかっただろうか。いや、それともあんなに吾輩を求めるのは薬の禁断症状なのか?
不安が胸を渦巻く。
「えぇい!!!! そんなはずはない!!!! やつは吾輩のことを心の底から愛しているのだ!!!! 800年以上続く執着なのだぞ!? 異常なセックス回数位、しょうがないではないか!!!! やつはただの絶倫なのだ!!!!」
吾輩は自分を鼓舞するように、迷いを断ち切るように叫んだ。
吾輩はヤツを愛している。それだけでよいではないか。問題があれば二人でなんとかすればよいのだ。
そんな思考に至れば、頭も少しスッキリとして、余計な邪念を消して冷静に今までのことを振り返ってみた。
吾輩は最近、あの香りを嗅いでいる。エヴァレインが飲んだ時と、今回拾った時以外にも。
どこだ? 恋愛に舞い上がってなにか見落としているもの……。
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「……まさか……デヴォール?」
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