吾輩は元大王である。

猫丸

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第二章 二年生

10.冤罪

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 ふと腹が減ったな、と思った。塀を飛び越えられなかったせいで、お昼を食べ損ねていた。
 それに昨夜散々鳴かされたせいで、朝はパン粥くらいしか食べていなかったことを思い出した。
「急げば間に合うかな」
 すると向こうからアカデミーの教師と警備員がバタバタとやってきて吾輩に言った。
「セラフィン=アステリオン、ポケットの中身を出せ!」

 吾輩はそのまま外から鍵のかかる個室へと連れて行かれた。
 吾輩が拾った物は『媚薬』だった。それも中毒性のある。
 吾輩はあの香りを思い出した。
 エヴァレインがパーティーで飲まされたのはこれだったのだ。そして、前世の死の間際にも嗅いだ香り。
 そんなことにも気づかないなんて、本当に浮かれすぎていたらしい。
 幸せボケか!? 平和ボケか!? しっかりしろ、吾輩!!
 吾輩は自分の頭をぽかぽかと叩いた。
 それでもまだ気持ちに余裕があったのは、本当にやましいことが何もないから。すぐに疑いは晴れるだろうと思っていた。
 だが入ってきた調査担当の男は言った。
「残念だけど、君の言っている女子生徒は知らないと答えているよ」
「そんなはずは……ならばもともとあの場に落ちていたんじゃないですか?」
「あの少し前に通りかかった人物は、そんなものはなかったと言っている。それに君はあの場で度々目撃されているし、君からあの媚薬独特の香りを嗅いだ人がいるんだよ。それで君の周辺を警戒してしたところだったんだよ」
「はっ? ……吾輩を警戒、だと……?」
 思わず素がでた。
「ワタシが説明しマス」
 扉が開いてモルゴスが現れた。
「モルゴスが?」
 バタバタと廊下を走る足音が扉の前で止まり、続いてエヴァレインも現れた。
「セラッ!!!! なにがあったんですか!? どうしてこんなことに!?」
「エヴァレイン。アナタにも使用疑いがアルのだから、ここへは入れません」
 扉の前で止められる。
「調査に加われないのは、貴様もだろ!? モルゴス! これは立派な内政干渉だ! レヴァナス国に抗議するぞ!」
「残念ながら、ワタシには権利がアル。ワタシは、調査員として派遣されている」
「「……は? 調査員?」」
 思わず間抜けな声が出た。留学生じゃないのか? 吾輩の正面に座る男を見るとうんうんと頷いているから、どうやら冗談ではないらしい。
 以前エヴァレインが飲まされた媚薬は、レヴァナスから密輸された物だった。それを受けて、エルドラン国とレヴァナス国の二国合同で秘密裏に調査組織が作られた。モルゴスはそのレヴァナスの代表だというのだ。
「だからなんだ! 貴様の国がちゃんと薬物の管理をしていないから、このような自体になったのだ! そもそも私は被害者で、セラは私を助けてくれた恩人で恋人だ! 我々がそんな薬なんぞを使っているわけがないだろう!?」
 いつも冷静なエヴァレインが激昂している。
「ワタシもソレヲ信じたい……ケド、最初のキッカケはなんであれ、アナタは常習性が疑われている。それにワタシの使にそれを使った疑いもアル」
「天使?」
 皆の目が吾輩に向けられた。吾輩は『天使』という言葉を否定し、首を横にふる。
 モルゴスが近づいてきて、吾輩の首元に手を伸ばした。
 吾輩はモルゴスが何をしようとしているのかわからず、ただされるがまま、じっとしていた。制服のシャツの上部を少し開けられる。
「ほら……普通コンナに痕付ける? アナタ、セラに薬飲ませてセックス強要してるでしょ?」
 吾輩の服の下は昨夜の情事のせいで、たくさんの赤い痕がついていた。鎖骨付近を見ただけで吾輩がどれだけ抱かれたのか分かる。
 吾輩は、エヴァレインはただの絶倫なのだと思っていた。本当は違うのか? 吾輩は少し不安になった。
「……エヴァ、お前、薬、抜けてなかったのか……?」
「貴方まで!! そんな訳ないでしょう!? 私は貴方のことを愛しているだけなんですっ!!」
「そ、そうだよな? ……モルゴス、濡れ衣だ! こやつはただの絶倫だ!」
 皆の前での堂々としたエヴァレインの告白に吾輩は真っ赤になったが、疑いを晴らすためにモルゴスに向かって叫んだ。
「あぁ、ワタシの天使……かわいそうに……アナタはデショ?」
 どういう意味だ? と言葉に詰まると、モルゴスは吾輩の頬をせつなそうに撫でた。
「モルゴス、はお前の天使などではない。勝手にさわるな。 それに、自分の恋人に印をつけて何が悪い? お前のように人の恋人ものを奪おうとする輩から自分の恋人を守るためのお守りだ」
 エヴァレインが怒ってモルゴスに向かって怒鳴る。
「ワタシの天使は、残念なことに異性愛者ヘテロセクシャリティだ。同性を好きになるハズがナイ。媚薬を飲ませたんダロ? かワイそうに……昨日はソノせいでセラ、禁断症状で苦しんでタ……」
「昨日……? なんのことだ?」
 吾輩は首を傾げた。
「午後の授業中、ずっと股間沈めヨウとしてイタ……」
「ち、違うっっっ!!!! それはっ!!!!」
「わかッテいる、セラ。アナタは、ワタシが守る」
 モルゴスがすべてわかっているとばかりに頷き、エヴァレインから吾輩を隠すように立ちふさがった。
 見られていたことも死ぬほど恥ずかしいのに、媚薬の禁断症状だと思われていたとは!
 吾輩、エヴァレインと仲直りできたのが嬉しかっただけで、本当に違うのだ!
「本当に違うのだーーー!!!!」
 誰にも聞き入れてもらえない叫びが虚しく室内に響き渡った。
 
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