吾輩は元大王である。

猫丸

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第二章 二年生

4.トビーの食堂

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 あれから吾輩とエヴァレインはぎこちない空気が流れている。行きも帰りも別々。食事もほとんど会話を交わさない。もちろん寝室も。
 そのせいで屋敷内の空気も重かった。
 あの日、吾輩だって言い過ぎたかと一応謝ろうとしたのだ。そしてその上でやはり嫌なことは嫌だと言おうと思った。
 だがエヴァレインは、「モルゴスと関わるな」の一点張り。吾輩は再びキレた。
 そんなに吾輩を信用できないのか? 友人付き合いまで干渉されないといけないのか? そもそも学校に行く前は嫌だといった吾輩を抱こうとしたのも、学校で見えるところにキスマークを付けてきたのも、すべてあやつのほうではないか。
 やつはなにもわかっていない。今回ばかりは吾輩が折れる必要なんてない。向こうからきちんと謝ってもらわなければ許す気はない。そういう結論に至った。 
 例え吾輩が居候の身だとしても!

「ねぇ、セラ? 昨日のお昼はドコに行ってたンですか?」
 外はしとしとと雨が降っていた。
 モルゴス、デヴォールと共に学食でランチの白身魚のフライを食べていた時だった。モルゴスがふと吾輩に質問をしてきた。
「えっ……?」
 吾輩はちらりとデヴォールを見た。デヴォールは肩をすくめた。
「一緒にお昼ご飯食べヨウと探したノニ見つからナクて……時ドキ、セラ、いなくなるケド……」
「えっと……」
「……やっぱり、エヴァ殿下の、トコ?」
「ち、違う! それは違うっ!!」
 なぜ浮気がバレたみたいな否定を吾輩はしているのだろう。吾輩の恋人はエヴァレインなのに(絶賛喧嘩中ではあるが……)だが、学内でもいちゃついているように見られたくない。
 それに本当に違うのだ。吾輩、実は学校を抜け出して、学校近くの町の食堂に行っていたのだ。

 先日助けた母親と少年の家族は街で食堂を経営していた。
 あの日、無事子供が生まれたのか気になって、帰りがけに再び近くに行ったのだった。
 あの母子を馬車から降ろした付近できょろきょろしていると近所の者が気付いて、吾輩を彼らの家まで連れて行ってくれた。
 家にはあの母親と少年がいた。ベッドで横になっている母親と、その脇に座る少年。そして、大事そうに小さな命を抱く父親が。赤子は女の子だった。
 無事生まれたのだとわかれば、今日あった一日の出来事も全てを忘れて笑顔になった。
 良いことをした。
 赤子の頬をつつけば泣いてしまった。だが、そんな姿すらも可愛らしいものだと思う。なんの血の繋がりもない赤子ですらこれだけ愛おしいのだ。我が子だったらどんなだろう、と吾輩はエヴァレインを思い出した。
 この赤子は、少年が生まれて以降、なかなか次に恵まれなかった夫婦の元にやってきた待望の子供だった。健康で幸せに育ってほしいと心の底から願う。
「お礼をいいたかったのに、こいつが名前も聞かなかったっていうから!」
 そういって父親は肘で少年の頭を小突いた。少年の名前はトビーといった。トビーは一瞬眉をしかめたものの、新しい生命、妹の誕生にすぐに笑顔に戻った。
 吾輩も思わず笑った。
 彼らは自宅からすぐの場所で小さな食堂を経営しているのだという。
「貴族のお坊ちゃまにお礼として渡せるもんなんてなにもねぇけど、お陰で助かりました。本当にありがとうございました」
 父親は深々と頭を下げた。
「いや、気にすることはない。たまたま通りかかっただけだし、母子ともに健康で良かった。じゃぁ俺はこれで……」といいつつ、ふと気になって質問をした。
「……ちなみに食堂ではどんなものを出しているのだ? 今度食べに行って良いか?」
 
 そんな話をした数日後、吾輩は例の塀からアカデミーを抜け出しお昼を食べに行った。昼休み後の授業を選択していない空き時間があるとはいえ、多少慌ただしかったが、食いしん坊の好奇心のほうが勝った。
 トビーの親が経営している店は、日替わりで具材が変わる肉のシチューとハーブ入りの肉団子が有名な、街でも人気の食堂だった。出産直後で動けない母親の代わりにトビーも手伝っていた。
 深い皿に盛られた赤褐色のソース。その中にゴロゴロと大きめにカットされた鹿の肉やじゃがいも、にんじん、セロリ、玉ねぎ。一匙口に運べば、思わず「美味いな」と感想が口をついて出た。
 はじめのうちは「貴族の方に出していいのかわからない庶民的な料理」と恐縮していたトビーの父親も、吾輩のその言葉に喜び、サービスでハーブ入りの肉団子にチーズソースがかかった料理も出してくれた。
「ぜひこのパンにシチューをつけて食べてみてください。このパンも評判なんですよ。アステリオン産の小麦を使っているんです」
 トビーがスライスされたパンを持ってきた。
「アステリオン?」
 吾輩がアステリオン領主の息子だということは伝えていない。
「えぇ、アステリオン産の小麦は焼いた時の香りがとても良くて評判がいいんです」
「そうだな。よく知っている」
 吾輩は思わずにんまりとした。
「あ、す、すみません! そうですよね! 貴族の方ならもっと良いものを食べていらっしゃる……」
「そういうことではない。自分もアステリオン産の小麦が大好きだという意味だ」
 吾輩は、その店がとても気に入った。
 その後も何度か行ったが、なにを食べても美味い。
 それに前世でも今生でも末っ子で生まれた吾輩。弟がいたらこんな気分なのだろうか、とトビーに対しても微笑ましく思っていた。
 時折(エヴァレインを連れてきたいな)と思った。だが吾輩達は相変わらず喧嘩したままだった。
 
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