吾輩は元大王である。

猫丸

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第二章 二年生

3.モルゴス

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 彼の名はモルゴスといった。
 隣国、レヴァナス国の貴族で、自国の学校を卒業した後に一年の期間限定で留学してきたらしい。年齢はエヴァレインと同じ。だがガタイの良さからもう少し年上に見えた。
 校舎内を見学していたら、迷子になってしまったという。
「エルドラン国の言葉が上手ですね」
「レヴァナス国と似てマスからね。両国の言語のルーツは一緒デスし……その昔、ダクヴァル大王が大陸を収めた時代に、大陸中に言語も一緒に広マリましたカラ、ね?」
「え、えぇ……そうですね」
 歴史書に描かれている大王とそっくりな顔からダクヴァル大王の名が上がるとどうも戸惑ってしまう。
 吾輩は彼を捜しに来た人物にモルゴスを託した。彫りの深い顔立ちを見るとモルゴスと同じレヴァナス出身なのだろう。彼らと並んでみても、やはりモルゴスはダクヴァル大王の影武者にそっくりだった。
(確か、影武者の名前はレビアスだったか。レヴァナス王国はやつの子孫の国だし、似るのも当然かもしれぬな)
 モルゴスは『貴族』と言ったが、案外王族の血が混じっていそうだ。
 集まってきた数人の同国の者と共に去っていく大きな背中を眺めながら思った。
 ふと、モルゴスが振ると、吾輩に向かってにっこり笑ってウインクをし、投げキッスをした。
「な、何だあれはっ!! 確かに情熱のレヴァナス国とはいうけれども、お、お、男にまでっ!!」
 吾輩は顔が赤くなったのがわかった。

(なんだか今日は朝から色々あったな……)
 まだ半日しか経っていないのに、ぐったりと疲れていた。
「あれ、セラフィン。来てたんだ? 具合悪いの? 大丈夫? お休みかと思っていたよ」
 顔を上げると、今年の代表生徒のデヴォールだった。日差しを浴びて、髪が透け、元々の赤茶の髪が、血のように赤く見えた。
「色々あって遅刻……」
 吾輩は来る途中に出会った妊婦の話をした。当然ながらエヴァレインと喧嘩したという話は、きっかけがきっかけなだけに割愛した。
「セラフィンらしいね。面倒見も良くて。今年も生徒会に入ればよかったのに」
 デヴォールは吾輩の前の席に座ると、振り返りながら言った。 
「去年はエヴァレインのやつに……いや、エヴァ先輩に振り回されただけで、本当はなる予定じゃなかったんだよ。だから今年は適任者がなっただろ?」
「よく言うよ。今年も君で決まりそうだったのに、『他の人にもチャンスを~』とか言って逃げたくせに」
「いや……それは、だって……その……」
 今年も吾輩が学年の代表生徒になり、生徒会に関係してしまえば、来年もまちがいなく生徒会に入れられるに違いない。それだけは阻止したいと、今年は代表生徒になることを拒否しまくったのだ。
 そのかわりに選ばれたのがデヴォールだった。
 だが吾輩は彼には感謝している。
 デヴォールは地位や男女問わず、皆から慕われているし、彼が去年の生徒会のことを色々と聞いきてくれたおかげで、話すきっかけが生まれ、友達になれたのだから。デヴォールは南の方に領地を持つ、吾輩と同じ男爵家の次男で、兄と入れ違いに入学してきたらしい。昨年こそはエヴァレインが吾輩につきまとっていたせいで、話しかけられなかったようだが、今年はお邪魔虫もいない。友情を深め合いまくり! これこそ吾輩が憧れていた学生生活なのだ!
「はは、冗談だよ。僕も先輩とか色々な人と接すことができて勉強になるし、良かったと思っているよ?」
 そんな他愛もない雑談に幸せを感じていると、教師が入ってきた。
「あ、れ……?」
 その後ろについてきた見たことのある顔。
 モルゴスも気付いたようで、吾輩を見て笑顔で手を降ってきた。皆の視線がこちらに集まり、吾輩はデヴォールの背中に隠れるように小さくなる。だが教諭も吾輩に気付いた。
「ん? セラフィン、お前、姿が見えないと思ったらいつの間に? いつ来たんだ?」
「……えっとぉ……」
「まぁちょうどいい。朝集会で伝えたように、レヴァナスからの留学生のモルゴスさんがうちのクラスに入ることになった。セラフィン、お前、代表生徒だったよな? モルゴスさん、なにか困ったら彼に聞くといい」
「ちょっ、先生っ!!!! 今年の代表生徒はデヴォールです!」
 吾輩は訂正した。
「んー、ワタシは、彼が良いナ。知り合いナノデ」
「そうなのか?」
「ち、違っ……!」
 吾輩は慌てて否定する。
「ハイ、先程、天使が塀の向こうから降ってきて……ワタシ、恋におち……」
「うわぁぁぁぁ!!!! や、やります! 俺、デヴォールと一緒にお世話します!」
 吾輩は、デヴォールの手を掴んで手をあげさせた。デヴォールは首を傾げていながらも拒否はしなかった。
 天使とか恋とか、男に向かって何なんだ! それともレヴァナスだと違う意味があるのか? 紛らわしい表現はやめてもらいたい。そうでなくてもエヴァレインのせいで異質な目で見られているのに。
 恐るべしレヴァナスの男。
「よろしくネ」
 モルゴスが吾輩の隣の席に座り、いよいよ世話係から逃げられなくなった吾輩。
 とほほ。また吾輩の自由時間が減っていく……。
 落ち込んでいる吾輩に、デヴォールが振り返って小声で囁いた。
「│塀《・》って、セラフィン。もしかして遅刻してきた時も塀越えたの? 遅刻は門番に言って入れてもらうんだよ?」
 デヴォールは、吾輩が時々あの壁を越えてアカデミーの敷地の外に抜け出しているのを知っていた。デヴォールもやってみたいと一度挑戦したことがあるのだが、吾輩くらい運動神経がよくないと乗り越えることはできないらしい。
「いや、だって昼休みで門番いなかったから」
「遅刻者は門で出席をとるんだよ。登校確認できてないなら、保護者に連絡行ってない?」
「……保護者に連絡?」
「うん、このコンフルクスの街の治安が良いって言ってもアカデミーの生徒は貴族の子息令嬢が大半だろ? 万が一のことがないように、寮生は寮に確認がくるし、通学生は屋敷の方に確認の連絡がいくはずだよ? 大丈夫?」
 一年生のときは寮生だったし、遅刻もしたことがなかったのでそんなことは知らなかった。
 エヴァレインに連絡がいったら気まずい。そう思っていたら、やはり授業中、廊下にエヴァレインが現れた。心配そうにバタバタと現れ、そして吾輩の姿を見つけると一瞬ホッとした表情を浮かべたものの、吾輩の方を見て睨んでいる。
 朝、謝罪を受け入れなかったのがまずかったのか、遅刻したことを怒っているのか。吾輩と話すまでは帰る気がなさそうだ。
 吾輩はため息をついた。
 廊下にやつがいれば、皆授業に集中できない。
「セラフィン、エヴァ殿下に帰るように言ってくれ」
 ついに教師までも、吾輩に頼む始末。
 吾輩は廊下に出て、教室から少し離れた場所にエヴァレインを連れて行った。
「その、色々あって遅刻したんだ。事故とかではないから心配するな。さっさと研究棟へ帰れ」
 吾輩が謝るのも違うと思って、要件を伝える。だがエヴァレインは吾輩に掴みかかるように意外なことを言った。
「そんな事は今はどうでもいいんです! あの、あの隣の席の男は? あの男と話したのですか!?」
「へ? ……あぁ、モルゴスのことか? あぁ、レヴァナスからの留学生らしいが、レビアスそっくりだよな。はは……」
「セラ、あの男、モルゴスとは絶対に関わらないでください……」
 エヴァレインにしては珍しく必死な様子。
「いや、そうはいってもクラスメイトだし。世話係も頼まれたしそういうわけには……」
「そんなの断ればいいじゃないですか! 今年は貴方は代表生徒じゃないんだから!」
 なんて勝手な言い草だ。昨年度は散々吾輩を振り回しておいて。
「お願いですから……ね……?」
 エヴァレインは吾輩を抱きしめ、そして首筋に吸い付いた。
「ちょっ……おい!! 見えるところに痕をつけるな!!」
 吾輩は抵抗してエヴァレインから距離を取った。
「セラ、同じ敷地内にいるとはいえ、いつも側にいられるわけじゃない。私は心配なんです……」
 すがるような目で吾輩を見るな。吾輩はそんなに信用がないのか?
「いくらやつが憧れの見た目をしているからと言って、吾輩はそんなに尻軽ではないわ!! 不愉快だ!! 帰れ!! お前とはしばらく口をきかんっ!!!!」
「セラっ!!!!」
 背を向け教室へと戻る。吾輩は怒っていた。
 あれは嫉妬なのか? 嫉妬だとしても吾輩を束縛しようとするな。吾輩は貴様の所有物ではない。
 教室へ戻れば、皆が心配そうにこちらを見ていた。
 吾輩はそんな視線を無視して正面を向く。
「さっきの人ハ、エヴァレイン王弟殿下、だよネ? ……セラの恋人?」
 顔を向けず、睨むように視線だけそちらに向ける。初対面の人間が吾輩のプライベートまで踏み込んでくるな、という気持ちだった。
 目が合うと、モルゴスは大きな身体をこちらに向け、首筋をとんとんっと指で叩いた。
 吾輩は思わず自分の首筋を押さえて立ち上がった。
「ち、違う!!」
 そこは先程エヴァレインが吾輩に吸い付いた箇所だった。生徒全員の視線がこちらへ向く。
「なんだ? セラフィン、質問か?」
「……なんでもないです……」
 吾輩は、首筋を押さえたまま座る。
 その後の授業は全く頭の中に入っては来なかった。

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