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第一章 一年生
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吾輩は元大王である。信じるか信じないかは貴様の自由だ。
かつてはこの大陸の殆どを手中に収め、その領土拡大の早さから『悪魔と契約した男・ダクヴァル』なんて近隣諸国から恐れられていた大王が吾輩だ。
王立アカデミーの教科書にも載っている。どうやら今から約800年位前のことらしい。
さすがにその国も、今はもうない。かつての国土は大小の様々な国に分裂し、互いを牽制しつつも、表面上は一応の平和を保っているといったところだ。
ちなみにかつて剣を振り回し、笑いながら敵を切りつけていた吾輩だが、今はその剣をペンに持ち替え、日夜勉学に励む真面目な学生となっている。
吾輩の前世について興味を持った者は、図書館にでも行くが良い。
吾輩ほどの偉人ともなれば、様々な書物が出ている。中にはあることないこと書かれたくだらぬ本も存在するが、貴様らがそんな書物には当たらないことを切に願う。
そう。例えば今吾輩が読んでいる本とか……。
「……きもっ」
ぞわっと鳥肌が立ち、思わず開いていた本をぱたんと閉じた。
天井の高い、アカデミーの図書館内に、吾輩のつぶやきと、本を閉じた音が響く。近くの机で勉強していた生徒がちらりとこちらに視線を寄越した。
今吾輩が読んでいたのは、吾輩の死後、当時の側近リディカントが書いたとされている『ダクヴァル大王物語』だ。読めば読むほど気持ちの悪い物語。
史実は概ね正しい。だが、事ある毎にどれだけ吾輩が素晴らしい人物だったか、つらつらと美辞麗句が並べられている。
当時の吾輩は恐れられこそすれ、このような褒め言葉を言われるような存在などではなかった。
著者とされているリディカントなんぞ、とにかく生意気な男で、大王である吾輩を働かせまくる鬼のようなヤツだったのだ。
そんな男がこんな本を書いたとは、にわかには信じ難い。きっとヤツの名を騙り、後世の者が創作したのだろう。
それにしても、これが吾輩の伝記の中で一番の名著と言われているとは世も末だ。
挿絵だけは、当時吾輩が気に入っていた画家が描いたものなので、吾輩がどれだけ格好良かったかをちゃんと後世に伝えているが。だがこの本で評価できる所はその点だけだ。
そもそも吾輩の当時の領土拡大に、大義名分があったわけでもない。ただ王の血筋というだけでやりたい放題に生きていただけなのだ。
三男でありながら、王になったのは、吾輩が少しばかり剣の才能があったのと、上二人の兄が愚鈍であったから。
近隣諸国に攻め入ったのも、宴の席で出自の低い吾輩の母を馬鹿にしたとか、相手が国境を越えてきたから頭にきて攻め入ったとか、確かそんな理由だったと思う。
つまり権力を傘に気ままに生きてきた暴君だったというわけなのだ。
とはいえ、当時は『力が正義』『舐められたら負け』なところもあって、どの国もやられたらやりかえす、そんな時代だった。王は命を賭けて、力で押さえつける、そんな時代だったのだ。
だがこの本で語られる吾輩は、素晴らしく高潔で民思いな大王であったかのように美化されている。
きっと後世に伝えるために記録係が都合の悪い部分を削除したか、何百年もの間に時代に合うように変化していったのだろう。だがやりすぎだ。馬鹿者。
あまりの気持ち悪さに窓の外を眺めると、同級生が女子学生とピッタリ密着しながらベンチに座っていた。見ていると、互いに見つめ合い、唇を重ね合わせ始めた。
おいおい、確かあいつには婚約者もいたはずなのに、他の女と目に付くところでいちゃつくとは、全くお盛んなことだ。
かくいう吾輩も前世ではちんこが乾く間もないほど、散々女遊びをしてきたから、人のことをとやかく言える立場でもないのだが。だが、今生では火遊びも恋愛も全く縁がない。
黒髪・黒い目は前世と同じなのだが、どうも今生の吾輩の見た目はちと童顔過ぎるのではないだろうか。
加えてしがない男爵家の次男ときた。受け継ぐ爵位もなければ、財産も何もない。アカデミーを卒業して、王国関連の仕事につくか、どこかに婿入りするするくらいが関の山。
まぁ、今生では信頼できる伴侶をのんびり探したいと思っているから、今のところはそれで良い。
盛り上がっていた二人がどこかへ消え、手元の本へ視線を戻す。この本はもう読まなくてもよいだろう。吾輩は立上がった。
こんな物を読むなら、かつての我が国土がどのように変化し、現在に至ったかを知るほうが意味がある。
今の時代は剣を振り回し、恐怖で人々を押さえつけるような時代ではない。
知略を駆使して、思うように相手を動かす。そういう時代だ。
そう思えるとは、吾輩もずいぶんと丸くなったものだ。
かつてはこの大陸の殆どを手中に収め、その領土拡大の早さから『悪魔と契約した男・ダクヴァル』なんて近隣諸国から恐れられていた大王が吾輩だ。
王立アカデミーの教科書にも載っている。どうやら今から約800年位前のことらしい。
さすがにその国も、今はもうない。かつての国土は大小の様々な国に分裂し、互いを牽制しつつも、表面上は一応の平和を保っているといったところだ。
ちなみにかつて剣を振り回し、笑いながら敵を切りつけていた吾輩だが、今はその剣をペンに持ち替え、日夜勉学に励む真面目な学生となっている。
吾輩の前世について興味を持った者は、図書館にでも行くが良い。
吾輩ほどの偉人ともなれば、様々な書物が出ている。中にはあることないこと書かれたくだらぬ本も存在するが、貴様らがそんな書物には当たらないことを切に願う。
そう。例えば今吾輩が読んでいる本とか……。
「……きもっ」
ぞわっと鳥肌が立ち、思わず開いていた本をぱたんと閉じた。
天井の高い、アカデミーの図書館内に、吾輩のつぶやきと、本を閉じた音が響く。近くの机で勉強していた生徒がちらりとこちらに視線を寄越した。
今吾輩が読んでいたのは、吾輩の死後、当時の側近リディカントが書いたとされている『ダクヴァル大王物語』だ。読めば読むほど気持ちの悪い物語。
史実は概ね正しい。だが、事ある毎にどれだけ吾輩が素晴らしい人物だったか、つらつらと美辞麗句が並べられている。
当時の吾輩は恐れられこそすれ、このような褒め言葉を言われるような存在などではなかった。
著者とされているリディカントなんぞ、とにかく生意気な男で、大王である吾輩を働かせまくる鬼のようなヤツだったのだ。
そんな男がこんな本を書いたとは、にわかには信じ難い。きっとヤツの名を騙り、後世の者が創作したのだろう。
それにしても、これが吾輩の伝記の中で一番の名著と言われているとは世も末だ。
挿絵だけは、当時吾輩が気に入っていた画家が描いたものなので、吾輩がどれだけ格好良かったかをちゃんと後世に伝えているが。だがこの本で評価できる所はその点だけだ。
そもそも吾輩の当時の領土拡大に、大義名分があったわけでもない。ただ王の血筋というだけでやりたい放題に生きていただけなのだ。
三男でありながら、王になったのは、吾輩が少しばかり剣の才能があったのと、上二人の兄が愚鈍であったから。
近隣諸国に攻め入ったのも、宴の席で出自の低い吾輩の母を馬鹿にしたとか、相手が国境を越えてきたから頭にきて攻め入ったとか、確かそんな理由だったと思う。
つまり権力を傘に気ままに生きてきた暴君だったというわけなのだ。
とはいえ、当時は『力が正義』『舐められたら負け』なところもあって、どの国もやられたらやりかえす、そんな時代だった。王は命を賭けて、力で押さえつける、そんな時代だったのだ。
だがこの本で語られる吾輩は、素晴らしく高潔で民思いな大王であったかのように美化されている。
きっと後世に伝えるために記録係が都合の悪い部分を削除したか、何百年もの間に時代に合うように変化していったのだろう。だがやりすぎだ。馬鹿者。
あまりの気持ち悪さに窓の外を眺めると、同級生が女子学生とピッタリ密着しながらベンチに座っていた。見ていると、互いに見つめ合い、唇を重ね合わせ始めた。
おいおい、確かあいつには婚約者もいたはずなのに、他の女と目に付くところでいちゃつくとは、全くお盛んなことだ。
かくいう吾輩も前世ではちんこが乾く間もないほど、散々女遊びをしてきたから、人のことをとやかく言える立場でもないのだが。だが、今生では火遊びも恋愛も全く縁がない。
黒髪・黒い目は前世と同じなのだが、どうも今生の吾輩の見た目はちと童顔過ぎるのではないだろうか。
加えてしがない男爵家の次男ときた。受け継ぐ爵位もなければ、財産も何もない。アカデミーを卒業して、王国関連の仕事につくか、どこかに婿入りするするくらいが関の山。
まぁ、今生では信頼できる伴侶をのんびり探したいと思っているから、今のところはそれで良い。
盛り上がっていた二人がどこかへ消え、手元の本へ視線を戻す。この本はもう読まなくてもよいだろう。吾輩は立上がった。
こんな物を読むなら、かつての我が国土がどのように変化し、現在に至ったかを知るほうが意味がある。
今の時代は剣を振り回し、恐怖で人々を押さえつけるような時代ではない。
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