北極星(ポラリス)に手を伸ばす

猫丸

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最終章 再び王都へ

39.出生の秘密

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「うそ……だ……」

 大広間がしんとなった。

「ふはは、バージル、お前の負けだな。 お前が自分の子供だの孫だのと主張するなら、私も同じように主張する手もあるということだ」

「嘘を言うな!! エロア!! お前は独身じゃないか!!」
 
 ヴァレルがマチアスを抱きかかえ、リュカの身体を支え、怒鳴る。
 
「嘘ではない。 婚姻などしなくても、子を産ませることはできる。 私がリュカとの婚姻を望んだのはただ、ヴェルマンドがお前を返せとうるさかったからに他ならない。 リュカ、お前はサラの病気を治すために、私がルー族の娘と交わって生ませた子供だ。 記録もその出産に立ち会ったメイドもいる。
 黄金の魔力を持つ者の治癒の力は強い。 その娘がサラを治すことができればよかったんだが治せなくてな。 ならばその黄金の魔力をサラへ移して体内から治せばいいと考えたんだよ。
 だが、黄金の魔力を持つ者は貴重だ。 失敗するわけにはいかなかった。 念のため、スペアを作っておこうと思った。 それがお前だ。
 だが『生まれた』というから見に行ったら、その時お前は魔力を持っている様子もなかった。 しょうがなく、ルー族の娘に次の子を生ませようとしたが、気が狂って死んでしまったよ。
 変わりの娘を見つけてこようにも、ルー族の奴らの抗議がうるさくてな。 どうやら、その死んだ娘は金狼の娘だったらしい。
 お前が産まれた時から黄金の魔力を持つことがわかっていれば! サラにその魔力を移していれば、サラは死ななかった!
 私は研究について彼女サラにはなにも言っていなかった。 だが、黄金の魔力を持つ者を失い、何年も方法が見つからず、落胆する私を慰めるために、サラは突然私に会いに来た。 予言者の血がそうさせたんだ!
 そして、屋敷の隅にいるお前に気がついた。 サラは私の子を、お前リュカを抱きしめて幸せそうだったよ。 それは、私を愛していたからだ!! 私達はそれで良かったんだ。
 そこのヴェルマンドのガキを産もうだなんてバージルがそそのかさなきゃ、サラはもっと長生きをして、私と一緒になるはずだったのだ!!」

「違う! サラは自らヴァレルを産みたいと言ったんだ!! お前のことなんてなんとも思っていなかった!! それに!! それに、サラだって誰かの命を犠牲にすることなんて望んでいなかったはずだ!!」
 
 バージルが怒鳴った。

「バージル、私はお前のそういうところが昔から大嫌いだ。 私からサラを奪っておきながら、なにもせず、お前なんぞの子供を産ませて殺してしまった。 サラだって、自分の命が助かれば、私に感謝したさ」
 
 パトリスから聞いたとおり、エロアの恐ろしいまでの思い込みと執着。
 
「で、でもなんで……じ、自分の子供なら…なんで僕にあんなことを…………」

「はっ、それはお前が自分の罪を償うためだ。 お前が産まれてすぐ黄金の魔力を発現させていればよかったんだ。 あの森でお前が火熊を仕留めた時、私は歓喜した。 私はお前に罪を償わせる機会を得たのだ。 サラはもう帰ってこない。 ならば、今度は私のためにその力を使い、お前の罪を償うべきだと思ったよ。 だが、お前はケイスとは違って、どんなに魔力を吸い取っても死ななかった。 それが黄金の魔力のせいなのか、お前の体質なのかはわからんがな。 だが、私はそれを検証する機会を得た。 ケイスが密かに研究していた男性妊娠魔法が完成していたと知った時には飛び上がって喜んだよ。 しかも、ちゃんと黄金の魔力をもつ子供まで産んだ! 子供だろうが、孫だろうがそんなことは些細なことだ。 いや、むしろ私に逆らわない幼子のほうが、良いかもしれんな。 でも……そうだな……お前は私のことを憎んでいただろうが、それでも逆らえず、媚びて私に抱かれている姿は、なかなかそそられるものがあったぞ?」

 エロアのおぞましい暴露に全身から血の気が引き、震えが止まらない。

「エロア!! 貴様!! 人を何だと思ってるんだ!!」

 ヴァレルが怒鳴る。

「ふふ、偉大な研究の前にはそんなものは無力だ。 お前達もあの時、私が実験をしている森の近くにいなければ、私に見つかることなく生きられたかもしれないのに、哀れなことだ」

 あざ笑うかのようなエロアの声。

「…………宰相、そんな話を聞いて、ワシが許すと思うのか?」
 
 怒りをたたえたフレデリック王の声が広間に響いた。

「はっ、ここまで話してまだ気づかないとはおめでたい。 今更陛下の許可なんて、いらないんですよ。 貴方方全員ここで死ぬんだから」

 その声と共に、フレデリック王の警護についていた者の剣が王に向けられた。
 そして、リュカ達にも。その剣を突き立てている顔には見覚えがあった。かつてリュカを犯そうとした者たち。
 動けないヴァレルとアルシェを見て、「立場逆転だなぁ?」と、ニヤニヤと笑った。
 リュカたちは、王宮に入るときに荷物検査をされたが、エロアの派閥の方は持ち込んでいたらしい。
 広間に集まる人々も、剣を持っているのがエロア派閥なのだろう。

「貴様、反逆する気か!?」

「陛下、私はずっと私とサラを引き裂いた貴方達を恨んでいた。 そして、気が弱く、うるさい抗議にいちいち耳を傾け、折衷案をとろうとする貴方の政策も大嫌いだった。 そんなもの力で制圧すればいいんですよ。 貴方の後は私に任せてください。 といっても貴方はこの世にはいないでしょうが。 あぁ、あなたの大好きなケイスですけどね、私がヤツの魔力の核を奪ったら、徐々に干からびていってねぇ。 最後は枯れ木のようでしたよ? きっと貴方をあの世で待っていますよ? あぁ、ほら、死の足音が聞こえてきた」

 外からは、兵士たちの怒号、剣がぶつかり合う音、獣の呻き声が聞こえてきた。

「エロア、貴様……!!」

「さぁ、おしゃべりはここまでです。 リュカ、その子を連れて私のところへおいで。 お前が逃げようとさえしなければ、今度は優しくしてあげよう」

 両手を広げて、エロアが命令する。心は必死で抵抗するのに、身体が勝手に動いてしまう。様子のおかしいリュカに抱かれながら、マチアスが泣き叫ぶ。

「リュカっ!!」

 剣を突きつけられた状態でヴァレルが叫ぶ。だが、一歩一歩とエロアの元へ勝手に動く足。
 もう嫌だ。何があってもエロアのもとには戻らない。マチアスだけはエロアに渡せない。
 激しい痛みが心臓を襲い、呼吸もままならなくなる。リュカの心が抵抗している。
 
「マチアスを連れて……逃げて……」

 腕はマチアスを抱きしめながら、必死にヴァレルに訴える。リュカの背後にはエロア派の剣が構えられている。この剣に切られれば、二人が逃げる隙が作れるかもしれない。

 だが、マチアスまで切られたら?足は一歩一歩エロアが待つ階段を登っていく。近づくごとに湧き上がる恐怖。
 抵抗する心と、魔法の効力による痛みに耐えられなくなり、リュカの身体はエロアのいる場所の手前で膝から崩れ落ちた。抱いているマチアスも床に落ちかけて、必死にその身体をかばう。
 マチアスが恐怖で何かをつかもうとしたその手が、リュカのマジックバッグに引っかかり、中からケイスが描いた絵が飛び出してきた。
 弱っていた糸がちぎれ、その絵が階段にバラバラに散らばった。

 その時、大広間の扉が大きな音を立てて破壊された。突っ込んでくる魔獣の群れ。
 そこに続く荷馬車。その荷馬車に武器を持って乗っているのは……。
  
「がーっはっはっ、どうだ正義の味方、参上っ!!だ!! タイミングバッチリだろう!?」

「ま、ま、ま、魔獣は僕が操ってるんだぞっ!!!! 皆ビビって剣を置けっ!!!!」

「誰だ貴様らっ!」

 エロアが叫ぶが、大騒ぎで返事はない。
 
「ひっ!!!! ジョルジュさんっ!!!! 王宮に突っ込むなんて無謀過ぎる!!!!」と、ノア。
 
「あはははは、味方だけじゃなくて、敵もついてきちゃったし!!!!」と、ギー。
 
「なるほど、ここが王宮か。 にぎやかだな」と銀狼。
 
 他にも見知った顔が大勢。そして、そのあとに続きなだれ込んでくる王の軍勢と魔獣達。
 ヴァレルやバージル、アルシェも敵から剣を奪い取り、広間は敵と味方と狂った魔獣たちの戦いが始まった。
 
「……みんな……」

 皆が助けに来てくれた。負けられない。そう思った瞬間、「がはっ!!」と背後から声がした。
 そちらに視線をやると、王が広間の騒ぎに気を取られた護衛の騎士を仕留めていた。

「エロア……貴様だけは許さん……」

 ふらふらと近づいてくる王。目だけが血走り、力ないその身体は怒りで満ちていた。

「ふん、貴様に何ができる? もうその身体には毒が回り、立っているのもつらいはずだ。 お前の役目はもう終わった。 その座は私が引き継いてやろう」

「お前なんぞ、王にはなれん!!!! お前のような私利私欲で動く者なんか……!!」

 フレデリック王が、倒した護衛の剣を持ち、エロアに向けて振りかぶった。その剣はあっさりかわされ、フレデリック王は膝をついた。

「王は、北極星を目指さなくてはいけない……例えそれがどんなに実現不可能のように見えても……」

 うわ言のように言うフレデリック王。

「はっ、またケイスとの思い出話か? いい加減うんざりだ。 そもそも、お前たちが私とサラを引き裂くような真似をしなければこんなことにはならなかったのに。 過去の自分を恨め」
 
「サラはバージルを選んだ!! サラは自分が長く生きないことを知ってなお、好きな人と生きて、好きな人との子供を生むという未来を選んだ!! サラは、お前を怖がっていたよ。 お前を止めてくれ、とケイスに頼んでいた!!」

「そんなはずはない!! 幼い頃から私達は愛し合っていた!! サラは魔力が少なく落ち込む私に『偉大なことをする人だ』と言った!! 予言者の血がそう言ったんだ!!」

 膝立ちで叫んだフレデリック王を、エロアが苛立ちを隠さず蹴飛ばした。

「それは『大変なことをしでかす』という意味だ!! お前が勝手に勘違いしていただけだ!! 家族や周りだけでなく、国までも力づくで自分の思い通りにしようとするお前を怖がっていただけだ!!」

 蹴られながらも、頭を抱え、怒鳴るフレデリック王。エロアも言い返すが、やがて蹴るのも疲れてきたのか、足が止まった。

「はぁ、本当にこの忌々しい口はろくなことを言わない。 慈悲をかけてやるのもここまでだ」

 エロアの手に魔力が籠もる。なんとかしなければ、と焦るが、リュカ自身もまた、奴隷魔法の命令に抵抗して、マチアスを抱きしめるのが精一杯だった。
 痛む心臓。

「かはっ」
 
 腕の中にいるマチアスと、散らばった絵にリュカの口から吐き出された鮮血が飛び散った。
 マチアスが泣いている。玉座の階段の下、ヴァレルが戦っているのが見えた。

 ―――― ヴァレル、早く来て……。

 
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