北極星(ポラリス)に手を伸ばす

猫丸

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最終章 再び王都へ

38.ケイスの絵本

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 ヴァレルと同じ寝室を用意された。

 先程まで王宮の建物配置図を確認していたヴァレルだったが、今は横になって身体を休めていた。無理に馬を飛ばして戻ってきた疲れもあるだろう。
 リュカはいてもたってもいられず、マジックバッグから絵本を取り出し見ていた。ケイスがフレデリック王に贈った絵本。

 かつて本屋で受け取った本とは違い、絵の具や紙の劣化、古さを感じる。
 指が触れる部分はすり減り、ページを繋いでいる紐も一部が切れかけ、緩んでいた。フレデリック王に返すまでに破損してはいけないと、リュカはずっと触れずにいた絵本。
 この繋ぎ止めている糸ですら、痛いほどの思いが詰まっているような気がする。

 改めて見返してみれば、絵本というより冤罪裁判の時に言われた『絵画集』と言った方が正しいような気がした。
 格式ある絵に、美しく配置された魔法陣の数々。
 内容は前のものと同じだったが、今手元にあるものには魔法陣がすべて描かれていた。前のものが問題集なら、こちらは解答集のようだ。

 悪い魔法使いに捕まったお姫様が、王子様に助け出されて幸せになる、というありふれたお話。
 一枚一枚ページをめくればリュカの逃亡の大きな支えとなった追跡阻害魔法の魔法陣が描かれたページが現れた。この魔法陣のお陰で今まで逃げ延びることができたのだ。
 その魔法陣を指先でなぞる。いつのタイミングで描かれたものなのか分からないが、絵のタッチが弱々しく、線が乱れている。
 その乱れが絵の具の厚さに変化を与え、紙の歪みもあって、ぽこぽことした凹凸を感じた。触れてみれば他のページも程度の差こそあるものの、同じ感じだった。

 ケイスはエロアに魔力を吸い取られながらもフレデリック王に助け出されることをずっと夢見ていたのだろうか。
 リュカの知っているケイスは、はじめこそ優しかったが、最後の方は意識もなく、ただ心臓が動いているだけだった。それも長くはなかった。
 ムリヤリ魔力を奪われ、枯れ木のように干からびていったケイス。パトリスの説明で言うなら『魔力の核』を奪われたのだろう。

 自分もいつも限界まで魔力を吸い取られていた。だが、意識を失いかけても、魔力が枯渇しても生きていたのはもしかして……?

 ヴァレルと目があった。
 ヴァレルがリュカの肩に手を置き、絵を覗き込む。

「その魔法陣……リュカの腕に描いてあるのと同じ……」

 リュカは無言で頷いた。
 そして首元の石を握りしめる。マチアスが落としたというネックレスの石も加わって4つの石が並んでいた。
 もし万が一、マチアスに自分と同じ奴隷魔法がされていたとしても、この魔法陣があれば逃げ切れる。大丈夫だ。自分に言い聞かせる。
 
「リュカ、大丈夫だよ……俺達の子供だ……生きていているのがわかったんだ。 生きてさえいれば大丈夫……俺が絶対二人を守るから……」

「ありがとう。 ヴァレル……。 僕が今まで生きてこれたのは、ヴァレルのおかげだ。 愛してる……だから、一つだけ、お願いがあるんだ……」

 ヴァレルの左肩に唇を寄せる。今まで自分が生きてこれたのは大切な人に自分の欠片を預けたから……。
 
「もし僕が…………」
 
 リュカのお願いに、ヴァレルは息を呑んだ。「それは……」と絶句するヴァレルの言葉を遮って言葉を繋ぐ。

「お願いだから……」

 言い終えてリュカはキュッと口を結ぶ。
 絶対にマチアスだけは守る。

 
 ◇


 3人はバージルの従者に扮し、認識阻害魔法を掛けて王宮へと向かう。王宮内に入る時に一度魔法を解かれてしまったが、剣を持っていなことが確認できると、ヴァレルやアルシェには気づかず通してもらえた。バージルが言うには、最近、エロアは宰相となり、王宮内の警備の顔ぶれも権力構造も大きく変わっているという。
 今やほとんどがエロアの言うことに従う貴族ばかり。それもあって、バージルは町の魔獣討伐に駆り出されているのだという。

「とっくの昔に引退した騎士だって言うのにな……」

 一時期は、辺境地まで行かされそうになったこともあったらしい。それをフレデリック王が食い止めて、なんとか町の魔獣討伐で納得させたという。

 大広間には、大勢の貴族たちが集まっていた。国が魔獣に襲われ大変な状況下だというのに、そんなことを感じさせない雰囲気だった。
 そして、エティエンヌの後継者のお披露目だと言うのに、王宮で開かれるというということは、それだけエロアの力が強大になっているということだろう。

 あとはフレデリック王のみを残してエロアが登場した。背後にはマチアスを抱くイニャス。
 散々泣いたのだろう。マチアスの目は真っ赤に腫れ上がっていた。だが目が虚ろで、なにか薬を飲まされたか、魔法を掛けられたかのようにぼんやりしていた。
 リュカはきゅっと唇を噛む。他の三人も同じ気持ちだった。すぐにでも飛び出して助けに行きたい。だが今はじっと耐えるしかなかった。

 大広間の扉が閉じ、しばらくすると玉座にフレデリック王が現れた。
 かつての記憶よりもずっと疲れ果て、年老いたように見えた。
 
「さて、皆さん。 お集まりいただきましてありがとうございます。 本日は私、エロアの!! エティエンヌの後継者をお披露目させていただきます!!」

 まるで自分が王であるかのようなエロアの振る舞い。

「あいつ……私の孫を……!!」
 
 バージルがぎりぎりと奥歯を噛んだ。

「エロアよ。 その子がお前が皆に紹介したいと言っていた子か? 本当にお前の子なのか?」

 力ない声で、フレデリック王がエロアに尋ねる。

「陛下、その通りです! 皆さんも御存知の通り、私とリュカは愛し合っていた! リュカは私との子を生むために、男性妊娠魔法で身体を作り替えてまでくれた!! 残念ながら、リュカは王の冤罪により行方不明となっていますが、私との間に子供をもうけていたことがこの度わかりました。 今回こそは、4年前のように引き離したりはさせませんぞ!?」

「その子がお前の子だという根拠は?」

 フレデリック王が問う。
 
「リュカと同じ黒髪に、黄金の魔力。 そして、私に似た顔立ち。 時期を計算しても、私の子に間違いない!」

 自信満々に言うエロアにリュカはただ「違う、違う、違う」とつぶやき、耐えるしかなかった。
 隣でヴァレルもバージルも拳を握り、同じように耐えていた。

「して、その子供にエティエンヌを背負う気はあるのか? エティエンヌは魔術の名門。 生半可な覚悟では背負えん。 エロアよ、しばらく育てて様子を見たほうが良いのではないか?」 
 
「陛下!! この子は黄金の魔力を持つのです!! この魔力を持ってすれば、北方の民族どころか周辺諸国をも黙らせることができるのです!! おい、子供!! できるといえ!!」

 マチアスに命令するエロア。 
 だがマチアスはしかめっ面で、泣くのを耐え、無言でエロアの命令を無視した。リュカはほっとした。まだマチアスは奴隷魔法がかけられていない。
 
「くそっ!! なんでこいつにはかからん!?」

 マチアスが、エロアの怒鳴り声に怯え、イニャスの腕から逃れようと暴れた。
 そして、後ろで控えているリュカと視線が合った。

「るー!!!!」

 リュカに手を伸ばして、泣き叫ぶマチアス。
 エロアの視線がリュカを捉えた。ニヤリと笑うエロア。

「戻ってきていたのだな……」

 イニャスがマチアスを開放すると、マチアスは一目散にリュカの元へと走ってきた。

「マチアスっ!!!!」

 ぎゅっと抱きしめる。久しぶりに感じるぬくもり。マチアスは思い切りリュカの胸で泣いた。
 
「怖い思いさせてごめんね。 もう大丈夫だから。 お父さんも、おじいちゃんもいるから」

「リュカ!! 私達の子供を連れてこちらへ来いっ!!」

 大広間に響き渡る、エロアの命令。
 途端にどくんっと心臓が脈打ち、背中に熱を感じた。

「この子は……お前の子じゃない……」

 心臓を押さえながら、声を絞り出す。
 隣にはヴァレルが、リュカの背に手を当て、二人を守るように抱きしめていた。
 
「リュカよ……その子が、お前とエロアとの子だというのは本当か?」

 突然のリュカの登場に、フレデリック王が驚き、立ち上がって問いかけてきた。
 
「違います!! この子は僕とヴァレルの……!!」

「リュカ、私との子だな? そうだと言え」

 言い終わる前に、エロアの命令が下る。先程の中途半端なものとは異なり、完全な命令。抵抗しようとすると心臓を握りつぶされているかのように痛み、どくどくと脈打っているのがわかった。
 マチアスを抱き潰さないようにしながら、胸を抱えてうずくまる。
 
「ぐぅ…………この子は僕と……エロアの…………」

 命令に逆らえず、口から絞り出されるように勝手に出てくる言葉

「ま、待て!! その子はたしかに黒い髪でリュカと同じだが、お前の子だというのは、お前の証言だけだ!! しかも、リュカはヴェルマンドの者で私の子供だから、つまり、私の孫だ!! 一方的にそんな勝手なことはさせない!!」

 エロアの瞳がギラリと光った。

「ほう? バージルよ。 本当にお前は何も知らないのだな。 元々リュカは、私がルー一族の黄金の魔力を持つ娘に生ませた、だ」
 

 
 

 
 
 
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