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第三章 ルコス村
33.北の森へ
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ノアが持ってきたルコルコの木を森の中に植樹するにあたっての作戦会議。
リュカはもともとヴァレルに会いに来ただけで、討伐や植樹のメンバーに加わる予定ではなかった。
体調も良くないし、欠席するつもりでいたのだが、パトリスがどうしてもリュカに参加してほしい、と頑なに譲らなかった。
気持ちが身体に影響しているだけで、動くことはできる。重い身体を引きずって、会議に参加する。
この間説明を聞いた時と同じ顔ぶれが集まっていた。
ノアの父親が簡潔に説明する。
『かつて大きなルコルコの木が生えていた場所に、新たなルコルコの木を植え、そこに魔獣をおびき寄せて瘴気を吸い取らせ、一気に育てよう』という計画。
「その切り株からは未だに瘴気が出ているだろうから、その周辺には凶暴化したのがうじゃうじゃいそうだけどな。 新しい木がその瘴気も吸って育ってくれたらありがたいが……」
銀狼が言う。そして植樹メンバーの選定に入る。凶暴化した魔獣を倒すことを考えても、ヴァレルと銀狼は決定だった。ノアの父親は、二人に万が一のことがあった時のために村で待機。
他のメンバーを騎士や兵士の中から選ぶという段になって、パトリスが手を上げた。
「ぼ、僕も参加する……あと、ルーにも参加してほしい……」
「え? …………僕?」
ぼんやりしていたリュカは一瞬自分が呼ばれたことに気づかなかった。
「何言ってるんですか!? リュカをそんな危険な目に合わせられるわけないじゃないですか!? リュカは戦闘員じゃないんだ!!」
即座にヴァレルが反応して怒鳴る。リュカはパトリスの意図が汲み取れなくて戸惑った。
会議は紛糾した。リュカを休ませるか、もしくはバヤールに戻すべきだという全員に対して、パトリスだけが珍しく「ルーは絶対に自分と一緒に植樹に参加する必要がある」と言い張った。
「お前のルーじゃない、俺のリュカだ」という、嫉妬も混じったヴァレルと、一歩も譲らないパトリスの一触即発の雰囲気に、ジョルジュが口を挟む。
「あのなぁ、パトリス? むしろ、だーれもお前にルコルコの木の植樹に参加してほしいとか思っていねぇんだぞ? なんだったらお前も俺とルー……じゃねぇや、リュカ? と一緒に村で待っていても構わねぇと思っているくらいだぞ?」
「ジョルジュさんは黙っていてください!! これは僕とルーの問題なんだ!! 僕はルーと共に植樹に参加しなきゃいけないんだ!!」
そういって、リュカを見つめる。その真剣な瞳にリュカは戸惑った。そして隣りにいるヴァレルがぎりっと歯ぎしりをし、拳を握りしめるのがわかった。
「いくらリュカやマチアスが世話になってるからって、そんな理屈通ると思っているんですか!! 危険なところに戦えない人を連れて行くわけにはいかない!! 素人だってわかるだろ!? なんならアンタだって足手まといだ!!」
ヴァレルの強い物言いに、青白い顔をしながらもパトリスは引かなかった。
「理由は……今は言えないけど……絶対に僕は皆の役に立つ。 そのために来たんだから。 ルー、僕と一緒に行ってほしい。 君に見せたいものがあるんだ。 それに浄化の魔力を持っているのは、この中にはルーしかいない。 もし僕になにかあったら、止められるのは君しかいない」
パトリスは、皆に言ってもダメだと思ったのか、リュカに訴え始めた。
「それはどういう……?」
嫉妬も加わって怒りを露わにするヴァレル。だが、4年近く一緒に暮らしてきたパトリスがここまで言うのにはなにかわけがあるのだろう。
「わかりました。 僕も参加させてください」
「リュカ!? この人の言うことを聞くの!? 森は危ないから!!」
「でもヴァレルが守ってくれるんだろ?」
パトリスがホッとした表情を浮かべ、ヴァレルはぎりぎりと歯ぎしりをした。
◇
結局、植樹にはリュカとパトリス、ヴァレル、銀狼、ノアの5人で行くことになった。
始めノアは参加しない予定だったが、本人が強く望み、ルコス村の代表である父親からも頭を下げて頼まれた。ノアはこの件を見届ける責任があるし、土地勘もあるから足手まといにはならないはずだ、と。ノアを一人の大人として扱っている姿に、リュカは少し心が温まった。
もし、この植樹が計画通りうまく行けば、ルコス村で育てているルコルコの木を、森の入口付近に柵のように植えようという話にまでなっていた。
どうやら3年前、ノアがパトリスの話を聞いた時に、父親に相談していたらしい。村でも何度か試してみたが、芽が出るまでに時間がかかったこと。出た芽も魔獣に踏み潰されて、瘴気を吸うまでに育たず、今では外壁に囲われた村の中でひょろひょろの木を育てていた。
森の中は徒歩になる。いつ魔獣が出るかわからない状態で、ルコルコの木を植える場所まで歩いていく。
もし危険だったら、もっと手前で植えて戻ることになっていた。
ルコルコの木はノアが背中に背負っていた。
「金のマナがあるからな、小物の魔獣は寄ってこないだろう」
銀狼が言った。
「それは、ルーの魔力があるからってことですよね? 確かにルコス村に来る時も全然魔獣が襲ってこなかったんですよ。 やっぱすごいな黄金の魔力は……」
パトリスがホッとしたように答えた。魔ねずみでもあの騒ぎだったのだ。本当はすごく怖いのだろう。だからこそ、このメンバーにリュカを巻き込んで参加した理由が気になった。
「そうだな。 だから、逆にそれでも襲ってくるのは、よほどの大型魔獣か、正気を失った馬鹿だけだな」
「ぎゃっ!!!!」
銀狼が弓矢を抜き、パトリスの背後に打った。直後、パトリスと獣の悲鳴が聞こえた。
「お前、油断するな。 魔獣に襲われてケガでもしたら、ジョルジュさんにますます言われるぞ? まぁ生きて帰れたなら、だけどな。 死んだらそれを聞くことすらできん」
「い、今のはちょっと油断しただけで……ぼ、僕は…大型魔獣が出てきた時にこそ力を発揮するんで!!」
パトリスが怯えているのがわかった。パトリスの覚悟はわかったが、本当に大丈夫だろうか?
リュカは自分も足手まといになる不安があるのに、パトリスが心配になった。
「その、僕の……黄金のマナっていうのは、どのくらい獣避けの効果があるものなんですか?」
リュカも銀狼に話しかける。
「さあな。 そのマナの強さにもよるんじゃないか? 俺には見えないからわからん。 今、うちの一族で見えるのは娘のマイッサだけだ。 だが、あいつも見えるだけで黄金のマナは持っていない。 先代の金狼が亡くなって金のマナを持つ者もいなくなってな。 俺も持っていない。 だから銀狼なんだよ」
「あっ……すみません……」
銀狼の名の意味を深く考えずに、言葉を発していたことを少し後悔した。
「いや、気にすることはない。 俺はその分マナに頼らず鍛えてきたからな。 むしろお前のように金のマナに気づかず生きてきたのなら、その方が大変だったんじゃないか? 昔は黄金のマナを持つ子供は人身売買の対象になっていたから。 誘拐防止のために、親が魔力を封印したりもしたんだ。 それでも黒髪であるというだけで、誘拐されたやつもいたがな……」
もはや驚きはなかった。あの時火熊が襲ってくるまで、自分の魔力は誰かによって封印されていたのだ。
だがそれは過去のことだ。この植樹が終わったら、はやくマチアスの元へ行かなくては。自分と同じ黄金の魔力をもつ子。
首から下げているネックレスに触れる。ヴァレルも同じことを考えていたのだろう。リュカの肩をぽんと叩き、「さっさと片付けて迎えに行こう?」と笑った。
一行は森の奥へと進む。段々魔獣の量も増えてきて、それをヴァレルと銀狼が鮮やかに倒していく。
ノアの背中のルコルコの木も瘴気を吸い、大きくなってきていた。ヴァレルと銀狼が魔獣を倒し、ノアとリュカとパトリスで木を運ぶ。
「おい、気をつけろ」
銀狼の緊迫した合図に、ヴァレルが頷く。3人は木を置いた。ノアは剣を構え、リュカとパトリスは木の陰に隠れる。
森の奥の闇が揺れた。
「くそっ……どうりで魔獣の数が少ないと思っていたら、こいつのせいか」
ヴァレルのつぶやきが聞こえてきた。リュカには魔獣が多いのか少ないのかもわからなかったが、それでもその奥に潜む魔獣が危険なのはわかった。
ゴクリとつばを飲む。
腰を抜かさないように、逃げられるように、震える足を押さえ、なんとか木に寄りかかって身体を保っていた。手がじっとりと汗ばみ、背中に冷たい汗が流れた。
背後で「大丈夫、僕はやれる。 大丈夫だ……」とつぶやき、リュカ以上に震えているパトリスの声に反応する余裕はなかった。
森を割くように、黒い大きな獣が現れた。
四足でみるみる近づいてきたと思うと、二本足で立ち、攻撃体勢に入る。ヴァレルや銀狼よりも遥かに大きい火熊。
ヴァレルの剣が火熊の喉元を掠めた。続けざまに銀狼の剣が振り出される。
「くそっ!! こいつラリってやがる!!」
見ると火熊は、真っ赤に充血した目をして、よだれをダラダラと流していた。絶え間なく繰り出される攻撃を手で払いのけ、自らの攻撃をかわされるごとに苛立ちを募らせ、がむしゃらに暴れる。
ヴァレルと銀狼が火熊の攻撃を避けると、その手は近くの木に当たり、その大木をなぎ倒した。
ふと、火熊がノアの存在を視覚に捉えた。
ノアはルコルコの木を守るように立っていた。剣を構えているものの、ガタガタ震えている。
火熊は四足歩行に戻り、一気にノアに向かって走り始めた。ノアは必死に剣を振り下ろしたが、起き上がった身体に剣が弾かれた。ノアは「ひぃ!!!!」頭を抱えてうずくまった。
「ダメっっっ!!!!」
リュカが飛び出す。あまり攻撃魔法は得意ではないが、足止めくらいならできるだろう。手に魔力を込める。
そしてノアを庇ったリュカの前に飛び出してきたのはヴァレル。
火熊の攻撃がヴァレルに当たる。だが、ヴァレルの振りかぶった剣も火熊を捉えた。飛び散っているのはヴァレルの血か火熊の血か。リュカの目にはその光景がスローモーションで見えた。
「ヴァレルっ!!!!」
「大丈夫だから、逃げてっ!!!!」
動きの弱まった火熊が最後の力を振り絞り、手を上げた。ヴァレルが血を流しながら再び構える。
火熊の背後には銀狼がいた。
銀狼が剣を振りかざした瞬間、パトリスが震えながら木の陰から飛び出し、呪文を詠唱した。
火熊に向かって放たれた魔法陣。火熊の動きが止まる。そしてその直後、火熊は絶命した。
その魔法陣に皆が固まった。
「そんな……まさか……」
リュカは、立っていられられないくらいに震えていた。今、目の前で見たものが信じられなかった。
間違いなく今目の前でパトリスが繰り出した魔法は……。
パトリスが、うつろな目をして、だが、ほんのりと笑みを浮かべながら言った。
「ルー、見たかい? これが奴隷魔法だ……」
リュカはもともとヴァレルに会いに来ただけで、討伐や植樹のメンバーに加わる予定ではなかった。
体調も良くないし、欠席するつもりでいたのだが、パトリスがどうしてもリュカに参加してほしい、と頑なに譲らなかった。
気持ちが身体に影響しているだけで、動くことはできる。重い身体を引きずって、会議に参加する。
この間説明を聞いた時と同じ顔ぶれが集まっていた。
ノアの父親が簡潔に説明する。
『かつて大きなルコルコの木が生えていた場所に、新たなルコルコの木を植え、そこに魔獣をおびき寄せて瘴気を吸い取らせ、一気に育てよう』という計画。
「その切り株からは未だに瘴気が出ているだろうから、その周辺には凶暴化したのがうじゃうじゃいそうだけどな。 新しい木がその瘴気も吸って育ってくれたらありがたいが……」
銀狼が言う。そして植樹メンバーの選定に入る。凶暴化した魔獣を倒すことを考えても、ヴァレルと銀狼は決定だった。ノアの父親は、二人に万が一のことがあった時のために村で待機。
他のメンバーを騎士や兵士の中から選ぶという段になって、パトリスが手を上げた。
「ぼ、僕も参加する……あと、ルーにも参加してほしい……」
「え? …………僕?」
ぼんやりしていたリュカは一瞬自分が呼ばれたことに気づかなかった。
「何言ってるんですか!? リュカをそんな危険な目に合わせられるわけないじゃないですか!? リュカは戦闘員じゃないんだ!!」
即座にヴァレルが反応して怒鳴る。リュカはパトリスの意図が汲み取れなくて戸惑った。
会議は紛糾した。リュカを休ませるか、もしくはバヤールに戻すべきだという全員に対して、パトリスだけが珍しく「ルーは絶対に自分と一緒に植樹に参加する必要がある」と言い張った。
「お前のルーじゃない、俺のリュカだ」という、嫉妬も混じったヴァレルと、一歩も譲らないパトリスの一触即発の雰囲気に、ジョルジュが口を挟む。
「あのなぁ、パトリス? むしろ、だーれもお前にルコルコの木の植樹に参加してほしいとか思っていねぇんだぞ? なんだったらお前も俺とルー……じゃねぇや、リュカ? と一緒に村で待っていても構わねぇと思っているくらいだぞ?」
「ジョルジュさんは黙っていてください!! これは僕とルーの問題なんだ!! 僕はルーと共に植樹に参加しなきゃいけないんだ!!」
そういって、リュカを見つめる。その真剣な瞳にリュカは戸惑った。そして隣りにいるヴァレルがぎりっと歯ぎしりをし、拳を握りしめるのがわかった。
「いくらリュカやマチアスが世話になってるからって、そんな理屈通ると思っているんですか!! 危険なところに戦えない人を連れて行くわけにはいかない!! 素人だってわかるだろ!? なんならアンタだって足手まといだ!!」
ヴァレルの強い物言いに、青白い顔をしながらもパトリスは引かなかった。
「理由は……今は言えないけど……絶対に僕は皆の役に立つ。 そのために来たんだから。 ルー、僕と一緒に行ってほしい。 君に見せたいものがあるんだ。 それに浄化の魔力を持っているのは、この中にはルーしかいない。 もし僕になにかあったら、止められるのは君しかいない」
パトリスは、皆に言ってもダメだと思ったのか、リュカに訴え始めた。
「それはどういう……?」
嫉妬も加わって怒りを露わにするヴァレル。だが、4年近く一緒に暮らしてきたパトリスがここまで言うのにはなにかわけがあるのだろう。
「わかりました。 僕も参加させてください」
「リュカ!? この人の言うことを聞くの!? 森は危ないから!!」
「でもヴァレルが守ってくれるんだろ?」
パトリスがホッとした表情を浮かべ、ヴァレルはぎりぎりと歯ぎしりをした。
◇
結局、植樹にはリュカとパトリス、ヴァレル、銀狼、ノアの5人で行くことになった。
始めノアは参加しない予定だったが、本人が強く望み、ルコス村の代表である父親からも頭を下げて頼まれた。ノアはこの件を見届ける責任があるし、土地勘もあるから足手まといにはならないはずだ、と。ノアを一人の大人として扱っている姿に、リュカは少し心が温まった。
もし、この植樹が計画通りうまく行けば、ルコス村で育てているルコルコの木を、森の入口付近に柵のように植えようという話にまでなっていた。
どうやら3年前、ノアがパトリスの話を聞いた時に、父親に相談していたらしい。村でも何度か試してみたが、芽が出るまでに時間がかかったこと。出た芽も魔獣に踏み潰されて、瘴気を吸うまでに育たず、今では外壁に囲われた村の中でひょろひょろの木を育てていた。
森の中は徒歩になる。いつ魔獣が出るかわからない状態で、ルコルコの木を植える場所まで歩いていく。
もし危険だったら、もっと手前で植えて戻ることになっていた。
ルコルコの木はノアが背中に背負っていた。
「金のマナがあるからな、小物の魔獣は寄ってこないだろう」
銀狼が言った。
「それは、ルーの魔力があるからってことですよね? 確かにルコス村に来る時も全然魔獣が襲ってこなかったんですよ。 やっぱすごいな黄金の魔力は……」
パトリスがホッとしたように答えた。魔ねずみでもあの騒ぎだったのだ。本当はすごく怖いのだろう。だからこそ、このメンバーにリュカを巻き込んで参加した理由が気になった。
「そうだな。 だから、逆にそれでも襲ってくるのは、よほどの大型魔獣か、正気を失った馬鹿だけだな」
「ぎゃっ!!!!」
銀狼が弓矢を抜き、パトリスの背後に打った。直後、パトリスと獣の悲鳴が聞こえた。
「お前、油断するな。 魔獣に襲われてケガでもしたら、ジョルジュさんにますます言われるぞ? まぁ生きて帰れたなら、だけどな。 死んだらそれを聞くことすらできん」
「い、今のはちょっと油断しただけで……ぼ、僕は…大型魔獣が出てきた時にこそ力を発揮するんで!!」
パトリスが怯えているのがわかった。パトリスの覚悟はわかったが、本当に大丈夫だろうか?
リュカは自分も足手まといになる不安があるのに、パトリスが心配になった。
「その、僕の……黄金のマナっていうのは、どのくらい獣避けの効果があるものなんですか?」
リュカも銀狼に話しかける。
「さあな。 そのマナの強さにもよるんじゃないか? 俺には見えないからわからん。 今、うちの一族で見えるのは娘のマイッサだけだ。 だが、あいつも見えるだけで黄金のマナは持っていない。 先代の金狼が亡くなって金のマナを持つ者もいなくなってな。 俺も持っていない。 だから銀狼なんだよ」
「あっ……すみません……」
銀狼の名の意味を深く考えずに、言葉を発していたことを少し後悔した。
「いや、気にすることはない。 俺はその分マナに頼らず鍛えてきたからな。 むしろお前のように金のマナに気づかず生きてきたのなら、その方が大変だったんじゃないか? 昔は黄金のマナを持つ子供は人身売買の対象になっていたから。 誘拐防止のために、親が魔力を封印したりもしたんだ。 それでも黒髪であるというだけで、誘拐されたやつもいたがな……」
もはや驚きはなかった。あの時火熊が襲ってくるまで、自分の魔力は誰かによって封印されていたのだ。
だがそれは過去のことだ。この植樹が終わったら、はやくマチアスの元へ行かなくては。自分と同じ黄金の魔力をもつ子。
首から下げているネックレスに触れる。ヴァレルも同じことを考えていたのだろう。リュカの肩をぽんと叩き、「さっさと片付けて迎えに行こう?」と笑った。
一行は森の奥へと進む。段々魔獣の量も増えてきて、それをヴァレルと銀狼が鮮やかに倒していく。
ノアの背中のルコルコの木も瘴気を吸い、大きくなってきていた。ヴァレルと銀狼が魔獣を倒し、ノアとリュカとパトリスで木を運ぶ。
「おい、気をつけろ」
銀狼の緊迫した合図に、ヴァレルが頷く。3人は木を置いた。ノアは剣を構え、リュカとパトリスは木の陰に隠れる。
森の奥の闇が揺れた。
「くそっ……どうりで魔獣の数が少ないと思っていたら、こいつのせいか」
ヴァレルのつぶやきが聞こえてきた。リュカには魔獣が多いのか少ないのかもわからなかったが、それでもその奥に潜む魔獣が危険なのはわかった。
ゴクリとつばを飲む。
腰を抜かさないように、逃げられるように、震える足を押さえ、なんとか木に寄りかかって身体を保っていた。手がじっとりと汗ばみ、背中に冷たい汗が流れた。
背後で「大丈夫、僕はやれる。 大丈夫だ……」とつぶやき、リュカ以上に震えているパトリスの声に反応する余裕はなかった。
森を割くように、黒い大きな獣が現れた。
四足でみるみる近づいてきたと思うと、二本足で立ち、攻撃体勢に入る。ヴァレルや銀狼よりも遥かに大きい火熊。
ヴァレルの剣が火熊の喉元を掠めた。続けざまに銀狼の剣が振り出される。
「くそっ!! こいつラリってやがる!!」
見ると火熊は、真っ赤に充血した目をして、よだれをダラダラと流していた。絶え間なく繰り出される攻撃を手で払いのけ、自らの攻撃をかわされるごとに苛立ちを募らせ、がむしゃらに暴れる。
ヴァレルと銀狼が火熊の攻撃を避けると、その手は近くの木に当たり、その大木をなぎ倒した。
ふと、火熊がノアの存在を視覚に捉えた。
ノアはルコルコの木を守るように立っていた。剣を構えているものの、ガタガタ震えている。
火熊は四足歩行に戻り、一気にノアに向かって走り始めた。ノアは必死に剣を振り下ろしたが、起き上がった身体に剣が弾かれた。ノアは「ひぃ!!!!」頭を抱えてうずくまった。
「ダメっっっ!!!!」
リュカが飛び出す。あまり攻撃魔法は得意ではないが、足止めくらいならできるだろう。手に魔力を込める。
そしてノアを庇ったリュカの前に飛び出してきたのはヴァレル。
火熊の攻撃がヴァレルに当たる。だが、ヴァレルの振りかぶった剣も火熊を捉えた。飛び散っているのはヴァレルの血か火熊の血か。リュカの目にはその光景がスローモーションで見えた。
「ヴァレルっ!!!!」
「大丈夫だから、逃げてっ!!!!」
動きの弱まった火熊が最後の力を振り絞り、手を上げた。ヴァレルが血を流しながら再び構える。
火熊の背後には銀狼がいた。
銀狼が剣を振りかざした瞬間、パトリスが震えながら木の陰から飛び出し、呪文を詠唱した。
火熊に向かって放たれた魔法陣。火熊の動きが止まる。そしてその直後、火熊は絶命した。
その魔法陣に皆が固まった。
「そんな……まさか……」
リュカは、立っていられられないくらいに震えていた。今、目の前で見たものが信じられなかった。
間違いなく今目の前でパトリスが繰り出した魔法は……。
パトリスが、うつろな目をして、だが、ほんのりと笑みを浮かべながら言った。
「ルー、見たかい? これが奴隷魔法だ……」
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