北極星(ポラリス)に手を伸ばす

猫丸

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第三章 ルコス村

32.北のルー族

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「まー、えらくスッキリした顔して」

「え……ちょ……ギー!?」

 翌朝、隊が借り上げている食堂へヴァレルと共に行くと、皆それぞれに食事をしていた。

「うらやましい?」

「ちょ……ヴァレルまで!! ノアもいるのに!!」

 少し離れた席で父親と朝食を食べていたノアは、恥ずかしそうに目を逸らした。
 
「違うよ、リュカ。 今まで死にそうな顔して魔獣倒していたのに、リュカにあった途端憑き物取れたような顔してるって意味!!」

「え? え? ……で、でも、ヴァレルはそういう意味じゃ……」

「どういう意味でも良いよ。 リュカがいれば」

 そう言って、ざわつく周囲も気にせずリュカのおでこにキスをした。

「ちょ……ヴァレル!!」

 パトリスがじっとヴァレルの顔を見ていた。その視線に気づいて、ヴァレルも挨拶をする。

「リュカとマチアスがとてもお世話になっていると聞きました……ありがとうございます」

「いや、気にしなくていいよ……。 僕も2人のお陰でとても楽しく暮らしているし。 でもそうか……君がマチアスの父親か。 マチアスは君によく似ているよ……」

 パトリスは少しだけ寂しそうに言った。


 ◇


 作戦会議がはじまった。
 バヤールから来たメンバーに、ヴァレル、ギー、ルコス村の代表メンバー……そのうちの一人はノアの父親だった。そしてルー族の代表メンバーを加えて、ルコルコについての話をする。

 アルシェからの手紙を持ってきていたため、子どもとは言え、ノアの話を皆ちゃんと聞く体制になっていた。
 持ってきたルコルコの木の包装を解いて、違いを説明する。枝から出る瘴気により魔獣が異常行動を起こすこと。
 魔力の色が見えるパトリスから補足すると、ルー族の代表の銀狼アルジャン・ルーも説明の間中つむっていた切れ長の目を開けて頷いた。

「まぁ、そうだな。 伐採の時期などを考えても、そう考えるのが妥当だな。 瘴気を吸い込んでいるのは知らなかったが、折れたが瘴気を発しているというのは、我々も同意見だ」

 ルー族はルコルコの木を『星の木』と呼んでいる。彼らは小さい頃からの言い伝えで、折れた星の木には近寄るな、と言われて育つらしい。魔獣が集まってくるから。但し、夜森で迷った時に星の木の下にいて夜をあかせ、とも。
 
 ルコルコの実は熟すと藍色から黄色にかわる。その黄色い実は夜、森の中で星のように輝くらしい。この実が実っている木は魔物があまり寄ってこないそうだ。

「完全ではないがな。 そこのリュカとか言う人物が持つ、黄金のマナと同じだ」

 リュカは急に自分の名前が出て、ぴくんと背筋を伸ばした。
 かつて、彼らの一族には魔力が見えるものや、黄金のマナを持つ者も多くいたから、長い間危険を避けて遊牧してこれたのだという。
 だが、遊牧の生活は厳しい。何度か国が代わり、異民族にも寛容な今の国が立国した時、徐々にルー族民も王国の暮らしへ憧れを持ち、一族を離れるものも増えたという。
 ましてや黄金のマナを持つ者は魔力も多く、王国でも重宝される。様々な甘い言葉で唆されたり、誘拐の対象になることも多かったという。

「一族の者が王国の売人と手を組んで黄金のマナを持つ仲間を攫ったり、騙して連れて行ったりもあってな。 先代の金狼オール・ルーの時はかなり王国に抗議をしていた時期もあったんだ。 だが、ルー族の者も大半が王国に馴染み、我々もここまで人が減れば抗議もなにもなくなってな。 その先代が亡くなり、今や我々の中で黄金のマナを持つ者もいなくなった。 そしてこの魔獣騒ぎだ。 我々も変わる時が来たのかもしれないと……。 時にそこのリュカ。 お前、親は?」

 かつて王国に抗議していたことが、もしかしたら4年前、今の『討伐隊』ではなく『調査隊』とした理由かもしれない、と考えていると、突然リュカの名が呼ばれた。

「あ、えっと……僕は親はわからなくて……ヴェルマンドの養子ではあるんですけど……」

「養子? 兄弟なのか? そいつの態度を見ていると恋人かと思ったぞ?」

「こ、恋人っ!! 俺の恋人だよっ!! ……いや、伴侶……かな?」

 リュカが返事に戸惑っていると、ヴァレルが勢い込んで答えた。

「ふっ、お前、そいつといると大分雰囲気が違うな。 まぁ、それはどうでもいい。 リュカ、お前は多分ルー族の血が混じってる。 王国に馴染んだルーの一族の一人かもしれないな。 俺の娘に言わせると、かなり濃い黄金のマナを持っているらしい。 会えて嬉しいよ」

 そう言って手を差し出してきた。リュカもおずおずと手を差し出し、握手に応える。

「銀狼の娘のマイッサが魔力が見えるんだって。 まだ5才なんだけど。 俺の肩に黄金のマナの欠片が入ってる、っていったのも彼女なんだ」

「欠片? あ、でもヴァレルも見えるんでしょ?……だってその…………」

 エロアのことを思い出してつい言葉尻が小さくなる。

「俺? 俺は見えないよ? 見えるのは魔力ある人の中でも一部だけなんだろ? 俺、魔力はないもん。 でもリュカの魔力だけはなぜか見える」
 
「え? どういうこと?」

 パトリスを振り返ると、パトリスもよくわからないとばかりに首を振っている。

「やっぱ……愛……かな……?」

 一人で照れて、小声でぼそぼそつぶやいたヴァレルの言葉に、銀狼が説明をかぶせてきた。
   
「マナというのは、分け与えることができると言われている。 術者、患者の両方が生きている場合は、我々は分け与えたものをと呼んでいるが。 治癒魔法よりももっと強力で、相手の病気を直したり、場合によっては術者の命を削ることすらある魔法らしい。 方法は『心の底から望むこと』以外、私も知らない、失われた昔の魔法だが。 マイッサが言うにはヴァレルのその肩に、リュカのマナの欠片が見えるらしい。 だから自分の中に埋まっている魔力だけわかるんだろう。 マナの欠片をもらうだけの人物なら我々も信じて良いと思ったのだ」

「え? じゃあ……」

 あの火熊に襲われた時、奇跡的な回復を遂げたのはその欠片のお陰なのか。だから時間が経ってもリュカの色が消えなかったということなのだろうか。
 パトリスも感心して聞いていた。

「リュカの命を削って? ……俺のために? ……え、ちょっと待って。 じゃあ、リュカは長生きできないってこと? それは困る!! 欠片を戻す方法は?」

 不安気にリュカを抱きしめるヴァレル。

「ヴァレル……」

 やはり自分はあの時ヴァレルを救ったのだと思うと、自分の命が削られようと気にならないくらい嬉しかった。
 
「いや、『命を削る』というのは比喩だ。 普通に長生きした者もいたらしいからな。 そう言われるのは、今の王国になってから禁忌魔法となった、そのマナの欠片をムリヤリ術者へ移す古代魔法、いわゆる『』と呼ばれている魔法があるからだ。 本人が望んでいないのに移動させれば死に至る。 だからだな」

「…………え?」

「失われた古の魔法だよ。 マイッサがお前ヴァレルの肩の欠片について言うまでは、俺もおとぎ話だと思っていた」

 どくんと心臓が強く打った。背中が焼けるように痛い。思わず胸を押さえてうずくまる。
 パトリスの叫び声が聞こえた。
 脂汗が流れ、頭がガンガン痛くなってきた。これは触れてはいけない内容だったのだろうか。だが聞かなくては。

「そ、その……魔法ってどうやったら、かっ……!!」

 胸の、背中の痛みがひどくなる。心臓をぎゅっと握りつぶされているようだ。
 ヴァレルの声、銀狼の声、皆の声。意識が遠くなる。


 
 ◇


 
「リュカ、大丈夫?」

 目を覚ますと、ヴァレルの声。

「……ごめん。もう少しここにいてくれる?」

 ヴァレルがいる。それだけでほっとした。手を握り、体温を感じればまだ自分を保てる気がした。
 真っ暗な闇の中、足場の不安定な沼地に立ちながら、ただ夜空に輝く星を眺めてかろうじて正気を守っているような気分だった。

「リュカ……あの……」

「でも、何も言わないで……」

 どくどくと心臓が強く鼓動を打っている。
 過去のことは思い出したくなかった。惨めで、暗い思考に囚われそうになるから。
 どんなに幸せを感じていても、やはり一歩踏み外せば地獄が口を開けて待っている。
 この奴隷魔法を解除しなくては。これから目を逸していては、ヴァレルやマチアスと共に生きる未来がないのだ。

 幸せになりたい……だが、どうやって?

 この手を離すこともできず、ただ与えてもらう愛にすがって生きるしか方法がないのか。ずっと逃げつづけて……。
 目に手の甲を当て、流れる涙を抑える。だが抑えきれない涙が、後から後からこぼれ落ちてきた。

 ヴァレルはずっとリュカの手を握っていた。

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