北極星(ポラリス)に手を伸ばす

猫丸

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第三章 ルコス村

30.ヴァレルとの再会

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 バヤールで育てたルコルコの木を根本から抜き、ほろ馬車へ積んでいた。瘴気を浴びて育っている方はぐるぐる巻きにし、折れないように補強し、魔獣が寄って来ないよう、最新の注意を払って積んだ。

「てか、お前、なんで来た?」

 御者台にジュルジュとパトリスが並んで座っている。
 リュカとノアと護衛の男は荷物の隅に座っていた。護衛の男は口数も少なく、よくリュカと目があった。ふと視線に気がつくと、その男がじとっと睨むように見ているのだ。そのような目で見られたのは久しぶりだった。年齢的にも30代くらいだろうか、もしかしたら王宮で自分を見かけたことがあるのかもしれない。当時の周りからの視線を思い出し、不快な気分にはなったが、他の三人には気づかれないように、明るく振る舞った。

「ジョルジュさん、ひどいっ!! 皆さんのお役に立とうと思って怖いのを我慢して参加したのに!!」

 パトリスが泣きそうな声で叫ぶ。

「だってよぅ、パトリス、お前、魔ねずみで腰抜かしてたんだろ? もっと大型の魔獣がうじゃうじゃいるってぇのに大丈夫か? てか、バヤールでマチアスと待っていたほうがよかったんじゃねぇか?」

「そ、そんなこと!! 腰を抜かしてなんかいないですよ!! ただ、ちょっと悲鳴を上げたくらいで……」
 
「はぁ、お前の小心者も、ここまで来るとほんっと笑えねぇなぁ。 ノアやルーの足を引っ張るなよ?」

 リュカもパトリスが一緒に行くと言ったときには意外に思った。あれだけ魔獣に怯えたのだ、まったくメンバーとして考えていなかった。だが、自ら「絶対に行く」と言って聞かなかった。エロアの悪政について、兄として少しは責任を感じているのかもしれない、とやりたいようにさせた。
 
 ちなみに、ジョルジュも自ら志願した。若かりし頃、騎士を目指していたことがあるらしい。王都に数年いて、何度か受験。実技試験はぶっちぎりで良い成績を治めるものの、座学がからきしで落ちたらしい。「まぁ、親が送ってくれた本買う金は全部酒代に変わってたからな! そりゃ受かるわけないわっ!」と本人は豪快に笑っていた。その後はバヤールに戻るに戻れず親に戻ってこいと言われるまでの数年間、冒険者をしていたという。そんな騎士を目指した正義感が疼くのだという。
 いまいちピンとこない理由ではあったが、日頃から積荷を積んでの移動には慣れているし、多少の魔獣とも戦える。ジョルジュがいてくれれば、リュカの帰りの足に困らないということもあって、好意に甘えることにした。
 
 そんな警戒をしての旅だったのだが、そんな心配をよそに、一行は魔獣に遭遇することもなく、順調にルコス村へと到着した。

 
 ◇

 
「リュカ!! 久しぶり!!」

 木の外壁で囲まれた村の中へと入っていく。到着するとすぐに、ギーが気づいて声をかけてきてくれた。少し疲れている様子だったが、変わらぬ笑顔にホッとした。
 ノアも年上の男性と話している。きっと父親だろう。ケガをしている様子もなく元気そうでよかった。
 ジョルジュとパトリスは騎士と積荷について話をしていた。
 キョロキョロと目当ての人物を探すが見つからない。黒髪で日に焼けた肌の集団が遠巻きにリュカを見ていた。中には子供もいる。きっと彼らがルー族なのだろう。ペコリとお辞儀をする。

「ヴァレルだろ? 今、森の方で魔獣討伐しているから、早ければそろそろ帰ってくると思う。 もう、後から後から嫌んなっちゃうよ。 もともとはこんな塀なんていらないのどかな村だったのに、魔獣が出るから檻みたいに囲うしかなくてさ」

 そんな話をしながら薬を運んでいると、魔塔でのことが思い出された。いつも小さくなって過ごすリュカに、ギーはいつも変わらずこんな調子で話しかけてくれていた。思い出して笑顔になりながら、ほろ馬車の方へ戻ってくると周囲がざわついていた。

「……リュカ……?」

「……ヴァレル!!」

 4年前よりも髪もヒゲも伸びて、頬がコケていた。目の下にはひどいクマも。

「ほら、行きなよ」

 ギーがリュカの背中を押し、一歩踏み出した途端、リュカはヴァレルに抱きしめられた。

「……本物? 本物だよね?」

「うん。 遅くなってごめん……」

 ヴァレルはまだ信じられないのか、リュカの全身を触って存在を確認する。ヴァレルの目がうるんでいるのが見える。リュカも一度涙がこぼれたら、もう止められなかった。後から後から、込み上げてくる涙に嗚咽を堪えきれない。
 
「ヴァレル、皆もいるから。 二人で話してきな」

 ギーが、ヴァレルを促す。そうだここには大切な人に会いたくても会えない人が大勢いるのだ。


 ◇


 小さな小屋の中。部屋の中はヴァレルの匂いでいっぱいだった。そして獣と血の香りも。

「ごめん、俺、魔獣の血で汚れてるのに……つい……ちょっと、洗ってくるから待ってて!! どこにも行かないで!!」

 鎧を脱ぎ捨てて、慌て始める。洗ってくると言っても、簡易的に建てられたであろうこの建物にはベッド以外何もない。外の共同の浴室に行くのだろうか。
 
「いいよ、ヴァレル。こっち来て」

「いや、でも、リュカが汚れる……」

 近づいてきたヴァレルにふわっと浄化魔法をかけてあげれば、泣きそうな顔でリュカに抱きついてきた。

「金色のキラキラの魔法……やっぱり、リュカだ……よかった……本物だ……俺、幻が見えたのかと……」

「本物だよ……」

 泣いているヴァレルの頬の涙を拭い、少しカサついている唇に自らの唇を重ねる。ヒゲが刺さって(そういえば最後の時もそうだったな)と少し笑顔が溢れる。
 ヴァレルの両手がリュカの頭を包み、まるで捕食するかのようにリュカの唇を奪う。そのまま二人は背後の狭いベッドに倒れ込んだ。時折唇を離し、リュカの存在を確認して、また唇が重ねられる。口内を貪られ、歯列をなぞられ、閉じる間のない口から、唾液がこぼれ落ちた。
 ヴァレルの手が、リュカのシャツの合わせを開き、唇が首筋、鎖骨へと移動する。


……と、ヴァレルの動きがピタリと止まった。


「……ヴァレル?」

 身体を起こし、ベッドに座った体勢で、リュカに背を向け頭を抱えるヴァレル。
 
「ごめ……俺……つい……会えただけで良かったはずなのに……」

「……ヴァレル? どうしたの?」

 リュカも身体を起こして、ヴァレルの背に手を伸ばした。

「触らないで!! 俺……リュカが幸せならそれでいいって……それ以上は望んじゃダメだって、だけど、会うとやっぱりリュカが欲しくなる……誰にも渡したくなくて……次、手に入れたらもう手放せないから……逃してあげられないから……」
 
「……何の話?」

「俺、ずっと後悔してた……。 4年前、リュカを手放すべきじゃなかった、って。 嫌がられても、リュカと一緒に行くべきだったんだって。 そしたら、リュカはずっと俺のものだったかもしれないのに……」
 
 そう言ってヴァレルは頭を抱えて泣き始めた。リュカはヴァレルに触れることも拒絶され、不安になって、ついいつものクセでネックレスに触れる。

「あ、もしかして……これのこと?」

 リュカの首元には、マチアスの瞳の石のみが付いたネックレス。

「……知りたくなかった……」

 肯定するかのようなヴァレルの返事。リュカはほっとして、ヴァレルを背中から抱きしめる。

「誤解だよ。 子供ができたんだ。 ヴァレルの子だよ? ネックレスはその子に預けてきた」

「リュカが幸せなら、って頭ではわかっているんだけど、だけど、どうしても俺は…………って、え? ……俺の子? どういうこと?」

 奴隷魔法のせいもあって詳細までは話せなかったが、男性でも妊娠できる身体に変えられてしまっていたこと。王都に戻れず、周りの助けもあって、バヤールで産んだことなどを説明する。
 エロアとのこと、名も知らぬ男たちに犯されたことをヴァレルは知っている。ヴァレルの子だと証明するものはなにもない。リュカがただ根拠もなくヴァレルの子だと確信しているだけだ。
 信じてもらえなくてもしょうがない、そう思いつつも話す。

「…………信じられない」

「……そう、だよね……」
 
 話を聞き終わり、顔を手で覆ったままヴァレルが呟いた。

 ツキンと痛む胸には気づかないふりをする。とりあえず、伝えるべきことは伝えた。明日にはバヤールに帰ろう。マチアスが待っている。マチアスには今まで以上の愛情を与えて育てよう。目をつむり、涙をこらえる。

「そうじゃなくて、嬉しすぎて信じられない、ってこと!! 俺とリュカの間に子供がいるなんて!!」

「……信じてくれるの?」

「あたり前でしょ? 俺はリュカも子供も手に入れてたってことだよね!? ……本当に? 夢じゃないよね?」

「……愛してるよ、ヴァレル」

 堪えきれず溢れてきた涙で潤んだ瞳でにっこり微笑めば、ヴァレルはリュカをギュッと抱きしめた。
 
「俺もリュカしかいない。 愛してる……」とつぶやきながら。

 
 

 
 
 
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