北極星(ポラリス)に手を伸ばす

猫丸

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第三章 ルコス村

28.パトリスとエロア

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「パトリスが、エロアのお兄…さん……? 三人とも死んだんじゃ……?」

 あまりの衝撃の事実にリュカは絶句した。
 マチアスをノアに任せて、アルシェと二人でパトリスの話を聞く。始めはなかなか口を割らなかったパトリスだったが、アルシェに脅されて渋々話し始める。
 だがダラダラと異常に汗をかき、エロアに怯えているのがわかった。垂れてくる汗を拭うために認識阻害メガネを取ったその目。以前ふと「誰かに似てる」と思ったその目は、エロアの長兄、ケイスに似ていたのだ。ケイスはエロアとは顔は似ていなかった。

「僕は次男なんだ。 エ、エロアと僕たち三人は母親が違って……。 それでも弟だから、みんなそれなりにかわいがってはいたんだけど……。 僕のすぐ下、弟は事故で亡くなったよ。 い、色々あって……その……衝動的に馬車に飛び込んだんだ。 一番上の兄は僕が王都から逃げた後、亡くなったって聞いた……僕は……僕は……エロアに……このままじゃヒトでいられなくなる……殺されると思って……だから……だから……アイツは……エロアは本当にオカシイんだ……アイツは狂ってるんだよ……」

 パトリスは、何浪かの末、魔法師になったものの、優秀な長男と比べられ、投げやりな生き方をしてたこと。そして魔力が少なかったこと、魔力の色が見えることが逆に幸いして、逃げ出すことができたと語った。確かに豊富な魔力を持っていたら、ケイスやリュカのように魔力の供給源にさせられていたかもしれない。
 
 自分の身体を抱きしめ、怯えるパトリス。
 だがリュカにもパトリスを慰める余裕はなかった。思い出さないようにしていた背中の奴隷魔法がヒリヒリと痛むようながした。震える手を止めようと両手をぎゅっと握るも、植え付けられた恐怖が蘇る。
 
「リュカ、大丈夫か?」

 リュカの背中にアルシェが手を添えた。とたんに奴隷魔法の痛みが和らぐ気がした。
 そうだ。今はもう一人じゃない。ネックレスに触れ4つの石に触れる。呼吸を整え、心配してくれるアルシェを見つめ返し、頷く。

「アイツは……一番下だから甘やかされて育ってて……わがままで……なんでも自分の思い通りになると思ってんだ。 だから、両親が事故で亡くなったあと、サラと結婚できなくなったのを、ケイスのせいにして!! サラはバージルさんと恋に落ちたんだって言っても、全然聞かなくて!! アイツ、自分の方がふさわしいって!! サラの病気を直せるのは自分しかいないって!! あんな!! あんな恐ろしいことをっ!!!! 僕にまでっ!! ……いや、違う、僕は大丈夫だ……もう僕は……抜けたんだ……大丈夫……もう……大丈夫だ……」

 そう言ってまたガタガタと震え始め、リュカにすがった。

「だ、大丈夫……だって僕はルーに触れる……僕は黄金の魔力に触れられる、もう大丈夫……大丈夫なはずだ……ねぇ、ルー? ルコルコの実、持ってるよね? ちょうだい? ちょっとだけでいいから……もともと僕があげたんだから……ねぇ? 少しだけ……」

 リュカが恐る恐る丸い球体を数粒だすと、パトリスはそれを奪い取ってそのままガリガリと奥歯で噛み砕いた。

「大丈夫なのか?」

 アルシェが小声でリュカに聞いてきた。

「た、多分……浄化の効果しかないはずです……」

 リュカもこんなパトリスの姿を見たのは初めてで戸惑う。確かに初対面の時もリュカに怯えてはいたが、それよりも異常だった。

「パトリスさん、じゃぁ、もしかして男性妊娠魔法というのは……」

「ケ、ケイスだよ……兄が……自分達が結ばれるには、絶対自分が子供を産まなきゃいけないって言って……け、研究してたんだ…………」

「そう……ですか……」

 フレデリック王のなにかに耐えるような顔が思い出された。 

「なのに、アイツ!! それすらも皆が自分とサラを邪魔しているっていい始めて……!! サラはもとからアイツのことなんてなんとも思っていなかったのに!! いや、絶対サラだって、あんなヤツ大嫌いだったはずだ!! あんなヤツ!! ……あんなヤツ!!」
 
 パトリスの話によると、エロアはヴァレルの母親、サラに恋をしていたのか?それも自分と結婚すると思い込み、二人は引き裂かれたと思うほどに。
 そしてこのパトリスの怯えようは何なのだろう?ずっとやめていたお酒を探し始めるパトリス。
 眠れるように魔法をかけ、アルシェに運んでもらう。
 それ以上は聞き出すことができなかった。
 

  ◇
 

 アルシェはハンナの宿に滞在して治療していた。今回、ノアの母親、アンナも来ていた。アンナはルコス村でもずっと後方支援でけが人の治療を行っていたので、今回は医療班としての派遣らしい。父親はまだルコス村に残ったままだ。
 しっかり者のノアも母親の前では子供に戻るらしく、互いに言い合う姿が微笑ましい。

「ったく、手紙まったく返事も返さねぇで、いきなり来るなんてなんかあったのかと驚くだろ? 子供に心配かけやがって!」
 
 いつもと違うノアに少し戸惑うマチアス。リュカはマチアスを抱きながら「大丈夫。二人は仲良しだから」と笑いながら話しかける。 
 
「まったくちょっと会わなかっただけで偉そうになったねぇ。 んなこと言ったら、あんたに頼まれたルコルコの木、あげないよっ!!」

「……え? ルコルコの木?」

「魔獣に襲われそうになって大変だったんだのを守って持ってきてやったんだから、感謝してくれよ。 まったく……」

「ルコルコの木って……ノア? なんのために?」

『魔獣に襲われそうになった』というアンナの言葉にぴくりと反応したノアだったが、しばらく受け取った枝をじっと見た後に言った。

「あの……皆にちょっと見てもらいたいものがあるんだけど……」

 



 翌朝、ノアに連れられ、リュカ、アルシェ、パトリスの4人で森へ入っていく。マチアスはジスとハンナに預けた。
 最初ノアと一緒に行くとぐずっていたマチアスだったが、夜、一緒に過ごすと約束してもらって大人しくなった。
 最初は泣き叫ぶマチアスに少し困っていたジスだったが、マチアスの機嫌がなおれば、無表情ながらも少しうれしそうだった。ハンナが言うには、二人の間に子供はできなかったが、ジスは本当は子供好きなのだという。

 
 足場の悪い森の中へ入っていく。
 バヤールへ来た当初、ノアが連れていってくれるはずだった温泉の方向。結局一度も行っていない。

 ノアが薬草を採取していることろより奥へ行った、目隠し程度にしかならない小さな古い小屋の近くでノアは立ち止まった。
 その近くに生えている一本の若い木。そしてその周囲に不自然に置かれているいくつもの檻。その中には、魔ねずみがたくさんいた。

「ひっ!!!! ひぃっ!!!!」

 真っ先に反応したのはパトリスだった。魔ねずみがこわいらしい。リュカの後ろに隠れた。
 バヤールには大型の魔獣はいないにしても、魔ねずみ程度の小型のものは多少見かける。リュカも得意ではないにしても、ここまで怯えるほどじゃない、とパトリスの小心者っぷりにちょっと呆れながらノアに聞く。
 
「ノア、これは?」
 
「アルシェおじさんならわかる?」
 
「……この木は、まさか……ルコルコの木?」
 
「……え? この木が?」

 ノアはうなずきながら、説明を始めた。別の少し離れた場所に植えられているのは明らかに発育の悪いヒョロヒョロとした木。この木はどちらも同じタイミングで植えたものらしい。

「この成長の違いは、魔獣が近くにいるかいないか。 しかもこの周りの魔獣見て? 他の魔ねずみよりおとなしくない?」

「そうなの?」

 あまり魔ねずみを見たことがないからよくわからない。首を傾げていると「ああ、もうっ!!」と言って、ノアは小屋から別の魔ねずみの檻を持ってきた。
 リュカの後ろでまた「ひいっ!!」という声が聞こえたのはもう無視した。

 確かに言われてみれば、小屋から出した魔ねずみは凶暴な感じにも見える。檻をガジガジとかんだかと思えば、せわしなく走り回っている。

「で、これをここに置くと……っていっても時間かかるから、説明しちゃうと……ルコルコの木の近くに置くと比較的大人しくなるような気がするんだよね」

「……あ! それって、パトリスさんがいってた、ルコルコの木は瘴気を吸って育つってやつ!?」

「ひっ!! ひぃ!! ルー、いきなり大きな声出さないでよ」

 振り返ってパトリスに聞いたら、飛び上がって驚かれた。

「そう。 前にその話を聞いて、本当かどうか試しにもらったルコルコの実を植えてみたんだけど、やっぱここじゃうまく育たなくて。 気候もあるのかな、って思ったんだけど、試しに魔獣置いたらその木だけ生育がよくて……」

「で、これ……」

 ノアがカバンから取り出したのは、昨日ハンナから受け取ったルコルコの木の枝だった。それをおとなしい魔ねずみの檻を持ち上げて、皆に見えるようにその枝を隙間から差し込む。
 飛びつくようにその枝をかじり始めた魔ねずみ。そしてすごい勢いで暴れ始めた。目が血走っていた。
 その思っていた以上の異常行動にノアが思わず檻を落す。檻が開き、脱走した魔ねずみがアルシェに飛びかかった。リュカの背後から聞こえるパトリスの凄まじい叫び声。
 魔ねずみはすぐにアルシェにより小刀で叩き切られた。

「つっ……」

 少し腕を押さえてしかめっ面をするアルシェ。治り切っていない右腕をとっさに使ってしまったせいだろう。

「あ、アルシェおじさん!! すみません!!」

 心配するノアを制して、アルシェは呟いた。

「ちっ、言いたいことは大体わかった……」


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