北極星(ポラリス)に手を伸ばす

猫丸

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第三章 ルコス村

27.アルシェとの再会

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 数日前、負傷者数名がバヤールへ到着したらしく、ここのところパトリスは朝から出かけていた。
 
 リュカは自分を知っている人に会わないよう、できる限り外に出ないようにしていたのだが、マチアスは動きたがる年齢。大好きなノアに会いたがった。
 あまりに泣き叫ぶので(すぐそこならば…)と、リュカもジスに頼まれた湿布薬を持って宿へと足を運んだ。

「こんにちは」
「こーちわ」
 
 リュカの挨拶に、マチアスが続く。いつもなら裏口を入ってすぐの厨房にいるはずのジスの姿が見当たらない。

「ジスさーん、頼まれた品物です。 ……あっ、と、すみません。 お客さんですね? ここ置いときます。 マチアス、お客さんだから、また来よ?」

「いやっ! のあとあそぶっ!」

 ノアを探して、リュカの手を引っ張り走り出すマチアス。テーブルを囲んだ数名の中にいたノアが腰を浮かせた瞬間、手前にいた一人が、がたんと椅子を倒して立ち上がった。思わずリュカもその人物に視線を移す。

「おま……リュカ!?」

「え? アルシェ……さん……?」

「るー?」

 マチアスの声で、アルシェの視線がリュカからマチアスに移動する。
 周りにいたノアやハンナ、ジス、他の数名の驚きを無視して、つかつかとアルシェがリュカに掴みよる。利き手ではない左手で。
 アルシェの右腕は首から釣られ、添え木が添えられていた。

「アルシェさん……その腕……」

「うるせえ!! お前……子供って……どういうことだよっ!? ……お前……見損なったぞ!! ……ヴァレルがどんな思いで戦ってると…………」

「ヴァレル? ……だってヴァレルは王都へ帰ったんじゃ……」

「あのままずっと最前線にいるよ。 被害もひどくて、負傷者も多くて帰せないんだよ。 本人も望んだし。 でもずっとお前からの連絡待って……お前の連絡が来たら、お前の居場所がわかったら一度だけ隊を抜けてお前に会いに行かせてくれって……なのに、お前……」

「ヴァレル……」

 マチアスをぎゅっと抱きしめる。ヴァレルの幸せを願うだけで、あまり考えないようにしていた。ヴァレルのことを思うと、会いたくて会いたくてたまらなくなるから。
 日に日にヴァレルに似てくる、マチアスという宝物をもらえたからもう充分だと思っていた。
 
―――― 会いたい。
 
 マチアスを抱きしめてリュカは涙を流す。

「たまたま魔獣の被害調査に来たやつが、この街でお前が子供を連れて歩く姿を見たって言ってて、『結婚したんじゃないか』って隊でも噂になって……でもヴァレルだけは絶対に信じなかったのに。『お前は自分のだから、自分以外とは絶対結婚しない』って。『だからそれはお前じゃない』って。 お前に会うことだけを……それだけを希望にあいつは!! ……あぁ、くそっ!! 俺はどんな顔してあいつに会えばいいんだよ!? ホントならお前の幸せを祝ってやりたいのに!! この町の女か!? お前の相手は!!」

 涙に濡れた顔を上げて、アルシェを見つめる。

「……アルシェさん、違うんです…………この子はなんです」


 ◇

 
「まだ信じらんねぇ。 男が子供産めるなんて。 そりゃ、貴族たちの中ではそういうこともあるって、話では聞いたことはあったけどよぉ」

 パトリスの薬屋に場所を移して、アルシェの治療を行う。パトリスは隊の負傷者の治療に行ったまま、まだ帰ってきていなかった。
 ノアが隣でマチアスを抱っこし、リュカの治療の仕方をみていた。医者ではないが、小さな町では薬屋は医者代わりで簡単な治療ならできる。すっかり慣れたものだった。
 アルシェの腕は長期に渡って利き腕を酷使したための疲労骨折だった。仕上げに治癒魔法をかける。
 すぐに治るわけじゃないが、また今まで通り剣は振れるようになるだろう。
 
 アルシェの話では、あの後被害地域の拡大に伴い『魔獣調査隊』が『魔獣討伐隊』に変更されたという。
 そのため追加増員はあったらしいが、それに伴う十分な食料や薬が届かなかったらしい。活動範囲を広げた魔獣が輸送中の討伐隊の食料や薬などを襲って来ることもあったという。食料は討伐した魔獣でなんとかなるものの、薬の不足は痛い。王都からの輸送ルートがダメなら、他のルートから仕入れようと、魔獣被害が少なく、ちゃんとした薬を提供できる町を探していた中にバヤールが出てきたという。
 
「本当は俺だってルコス村あっちに残ってまだ戦うつもりだったけど、利き腕が動かなきゃ足手まといだしな。 それに、この町に身内がいる俺が来た方が交渉しやすいだろうってなってな。 まさかお前に会えるとは思ってなかったけど……」

「そう……ですか……」

 会話が途切れる。自分がここで穏やかに過ごしている時に、ヴァレルがどんな思いで過ごしていたのかと思うと怖くて聞けなかった。
 
「ヴァレルだろ?……お前の気になっていることは……」

 はっと顔を上げると、アルシェはため息をつきながら続けた。

「ヴァレルは大丈夫だ。 あいつの迫力に魔獣達も怯むんだ。 そりゃ体力的にも精神的にもしんどいだろうが……あぁ、現地の民族にも『左肩に黄金のマナを纏っている』って言われていたぞ?」

「黄金の、マナ?」

「マナっていうのは俺たちがいう魔力のことっぽいけどな」

「……魔力が? ……左肩に?」
 
 昔ヴァレルがリュカを庇って傷ついた箇所。
 パトリスが、治癒の後は術者の色がしばらくは残ると言っていた。治癒魔法をかけたのはとうの昔なのに、今でもリュカの魔力が残っているのだろうか?それとも贈った守護魔法?最後の日の祝福?何にしても、自分が少しでもヴァレルの助けになっていたのだとしたら嬉しい。

「あいつ、剣は両刀使いなんだよ。 まぁ、あいつ自身に魔力は全然ないらしいけど、その肩にあるらしい魔力のおかげで現地の民族も一応俺たちに……というかヴァレルには、敬意を払って接してくれるからなんとかやってるな」
 
「現地の民族って……大丈夫なんですか?」

 確か出発の時に、北方の遊牧民族を刺激しないように、魔獣の討伐から調査隊へと人数が減らされたはずだ。攻撃的な民族ではないのか?

「全然。 穏やかな連中だぞ? あいつらは、ルーという国の生き残りなんだと。 何百年も昔に滅びた国の。 ただあの民族には時々魔獣が嫌がる黄金のマナを纏って生まれる人間がいるらしくて、だから魔獣のいるあの地をずっと遊牧して生きてこれたらしい。 ただ、さすがに今の状況だとそれも難しいらしくて、今はルコス村にいるよ。 ルーってのは『オオカミ』って意味らしいんだけどよ、本当にルー族ってのは魔獣の中で生きていただけあって強いから、俺達もルー族の共闘は助かってるんだよ」

「ルー……?」

「あぁ、お前の今の名前と一緒か」

 なぜこの名前にしたのだろう。ジョルジュに聞かれた時に、リュカという名前をごまかすためとっさに出た名前。
 いや、違う。この名はバージルから聞いたのだ。
 
―――― サラが、君を、と。

「か、彼らの見た目って僕に似てますか!?」

「あん? まぁ、似てるっちゃぁ似てるか……。 確かに連中も黒髪だけど、肌はお前よりもっと褐色系かな。 でも多少言葉が違う程度で、見た目も俺達とそんなに変わらねぇぞ? まぁルコス村も田舎だから訛ってるし? そんな程度の違いかな。 国が滅びた後、何回も国が変わって、かつてのルー族のほとんどが今は俺たちと同じ王国民になっているみたいだから、そんなに異民族感はないけどな。 ルーの連中は付き合ってみれば性格も穏やかだし、調査隊が編成された4、5年前は、王都の連中は知らなかったんじゃねえの? 現に攻撃的ではないってわかったから、今はルコス村だけじゃなくて、他の地域にもそれなりに兵士が派遣されるようになったし。 てか、食料はホント、仕留めた魔獣でなんとかなったとしても、とにかく薬が足りないのはきついんだよな……」

「そうですか……」

「陛下もエロアの勢力を排除しようと頑張っているらしいんだけど、やっぱり魔塔がなぁ……結局薬はエロアが牛耳っているから、ほとんど送ってきやしねぇ。 きても粗悪品ばかり……固形ポーションなんて、夢のまた夢。 あの時お前にもらったやつ、ホント助かったよ」

≪ガタンッ≫

 久しぶりに聞いたエロアの名前にリュカの背中がゾワッとした瞬間、戸口で大きな音がした。
 見るとパトリスが腰を抜かしていた。

「エ、エロアだって? ……アイツ……まだ……」

 ガタガタと震え、小さくなって怯えている。その姿ははじめてリュカと会った時を思い出させた。

「リュカ、この人は?」

 アルシェが聞く。だがリュカはそれどころではなかった。パトリスに掴み寄る。

「パトリスさん、エロアを知っているんですか!? どういう関係ですか!?」
 

 

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