北極星(ポラリス)に手を伸ばす

猫丸

文字の大きさ
上 下
28 / 46
第三章 ルコス村

26.3年後

しおりを挟む
 それから3年の月日がたった。リュカがヴァレルと別れて約4年。
 リュカの子供はマチアスと名付けられた。結局、リュカはパトリスと一緒に暮らしている。時々年の離れた夫夫ふうふに間違えられることもあった。
 信じられないくらい穏やかな日々で、このまま10年が過ぎて住民権が得られるんじゃないかと思うことすらあった。

 パトリスはマチアスを我が子のようにかわいがってくれる。
 ある日は、まだ何もわかっていない子供マチアスに薬草の見分け方を教え、口に運びそうになって慌てていた。
 ある日は「いいか、マチアス。 魔力を放出する時は、この手のひらに魔力を貯めるイメージをするんだ。 ほら、こうやって……って、うわっ、マチアス、手がよだれでべっちゃりじゃないか!?」なんて会話をしている。
 子供が喜ぶような話のネタは持っていないが、話しかけるのが楽しいらしい。

 そんな日常を送りながら、毎晩北極星を眺め、ヴァレルの幸せを祈る。もう王都に戻っていると思っていても、北極星を眺めるのがクセになっていた。
 首にかけた青黒白の石の並んだネックレスに触れれば、最後の日々のことが思い出されて身体が熱くなる。
 
 隣で眠るマチアスに口づけた。リュカと同じ黒髪だが、成長するにつれ、少しずつ目元や鼻筋、口元がヴァレルに似ていくマチアス。
 このネックレスにこの子の色を追加するとしたら、何色だろうか。そんなことを考えながら、頭を撫でる。濃い青と茶色が混ざったような複雑な色合いの瞳は今、幸せそうに閉じている。
 
 一番会わせてあげたい父親ヴァレルには会わせることができないけれど、リュカだけでなく、周りからの愛情もたっぷり受け取り、すくすくと育っていることにほっとした。
 
 だが、それと同時に、あれだけ愛を伝えてくれたヴァレルに、居場所を連絡をしていないという罪悪感も常に抱えていた。
 穏やかな日々の中で、もしかしたらもうエロアは自分を探していないかもしれない、と思うこともある。
 ならば、連絡してもいいだろうか?子供が生まれたことだって伝えたい。
 だが、万が一探していたら?次エロアに見つかったらマチアスまでどうなるかわからない。パトリスが言うには、マチアスもリュカと同じ魔力の色をしているという。マチアスが自分の身を守れるまでは、絶対に守らなくてはいけない存在。それが今唯一リュカにできることだった。

 今日もリュカは日記を書いていた。
 それは愛しい相手へ綴る手紙のようだった。遠く離れている相手へ、相手への想いと子供の成長を伝えるように。それはマチアスが生まれてからずっと続く、リュカの日課。
 そして北極星を見ながらネックレスに触れ、ヴァレルの幸せを願う。
 どこにいても一番に最初に願うのはヴァレルの幸せ。いつかリュカを忘れて、だれかと幸せになってくれてもいい。もう十分すぎるくらいの愛をもらったから……。

 
 ◇
 
 
 季節が少し寒くなり始めた。パトリスはギルドと役場の人と三人で朝から何やら深刻な顔をして話をしていた。
 リュカは寝てしまったマチアスを背中におぶりながら、ノアに調薬を教えていた。

 4年経っても北の方の魔獣の被害状況は良くならず、むしろ被害地域が拡大していると風の噂で聞いた。
 ノアは一度もルコス村に戻ることなく、バヤールに残っている。以前に比べると、身長も伸び、しっかりとした体つきになっていたが、ハンナやノアの両親がまだ北へ来ることを許していなかった。
 
 それでもノアはいつでもルコス村へ戻れるよう、毎朝剣のトレーニングをしてから薬草を収穫しに森に入っているのをリュカは知っていた。そして午後、もしくは夕方、収穫した薬草をここに売りに来て、そのまま調薬や治療の勉強をして夜遅くに帰った。
 ノアに魔力はないが、魔力を込めなくても作れる薬はたくさんある。現地に行ったときのためにノアは必死で学んでいた。基本的なものはもうリュカが教えなくてもできるレベルになっていた。

「幸せそうに寝がやって」

 ノアはリュカの背中ですやすや寝ているマチアスのほっぺを、ニコニコしながらツンとつついた。
 その手は傷だらけだった。剣の練習か、薬草採取か。

「ノア、これつかって」

 リュカの魔力の入った傷薬をあげる。店では売っていない魔力入りの薬。こんな田舎の薬屋で魔力入りを売って目立って良いことなんて一つもない。

「ありがと。 これ効くから助かる」

 ノアは遠慮せずににっこり笑って受け取った。

「あ、そうだ。 これあげる」

 そう言ってノアがカバンから出しのは、青と茶色が混ざった複雑な色合いの丸い石。真ん中に穴が空いていて、紐が通せるようになっている。

「この間、ジョルジュさんの手伝いで隣町へ行った時に、それ見つけて。 青だけの石が多かったんだけど、それ、茶色が程よく混ざってるからマチアスの目に似ていると思ったんだ。 ルーさん、よくその首のネックレスの石いじってるからさ、ふと思いだして」

「ノア~~~!! 君ってばなんていい子なんだ~~~!! 傷薬、もう一個あげるっ!!」

「いいって!! いつも世話になってるし!!」
 
 マチアスの石が欲しいと思いつつ、この町ではなかなかピンとくるものが見つけられずにいたのに、思わぬところからの贈り物にリュカの目の奥が熱くなった。
 
 ◇

 起きたマチアスをノアに預け、石に紐を通していると、パトリスがギルドと役場の人との話を終えて調薬室に現れた。リュカとノアも休憩にする。
 
「え? 北の調査隊が治療に来る?」

 リュカの膝の上で新しく加わった石をいじっていたマチアスだったが、ノアがテーブルに置かれたクッキーをつまむと、意識はそちらに向き、食べたがって手を伸ばした。「お前にゃまだ早い」と、笑いながらも小さく割ってマチアスに分けてあげるノア。
 ノアも家族と離れて淋しいのだろう。マチアスを弟のようにかわいがってくれていた。

「うん。 寒くなってきたし、ここなら温泉で身体温められるって。 役場の人の話だと、調査隊から直接打診があったみたい。 魔獣被害ももう5年近くになるし、隊を引かせるにも引かせられなくて、とりあえず負傷者をバヤールで治療するから、その薬が欲しいって。 医療班も数人同行するみたいだから薬の提供がメインだけど、簡単な治療はできる限り手伝ってもらえると助かるってさ」

「負傷者……ノアのご両親は大丈夫なの?」

 深刻な顔をして聞いているノアにリュカは聞いた。
 
「手紙送ってもほとんど返ってこないからわからないけど……とりあえず、ハンナおばさんのところに死亡の連絡は来てないから生きてはいると思う。 ルコス村どころか、魔獣は周辺地域まで活動範囲を広げているらしいから……。 だから逆に調査隊とか兵士が滞在しているルコス村はまだマシなのかも……」

「あぁ、僕も聞いたけど……そんなに被害が広がっているの?」
 
 ヴァレルはもう奉仕活動を終えて王都へ帰っているはずだからきっと大丈夫だろう。アルシェやギー、第2次隊のメンバーはどうしただろうか?さすがにもう3次、4次、その次と交代しているだろうか。マチアスを抱きしめる腕に力が入る。

―――― どうかみんな無事でいて……。

 
しおりを挟む
感想 105

あなたにおすすめの小説

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

処理中です...