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第二章 バヤールの町

22.ハンナの宿屋

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 リュカがバヤールに着いてあっという間に1週間が過ぎた。
 昨夜からの雨で今日は森へは行けず、食堂の隅でノアと一緒に木の実の殻を剥いていた。食堂には暇を持て余した宿泊客もちらほら見かけた。

「え? ノアはアルシェさんの甥っ子なの? ハンナさんはアルシェさんの妹?」

 思わず殻をむく手が止まる。

「そう。 ハンナおばさんは俺のかーさんの双子の妹。 ルーさんは、アルシェおじさんのこと知ってるの?」

「えっと、……いや、知ってるってほどじゃないけど…………ほら、魔獣調査第2次隊の隊長になるくらい王都でも有名な人だから……」

「そうなんだ! おじさんはルコス村の英雄なんだよ! ルコス村のみんなはおじさんみたいになりたくて鍛えてるんだ。 だから俺だって十分戦えるのに……」

 胸を張って自慢するように言ったあと、村の皆を思い出してしょぼんとするノア。リュカは慌てた。

「えっと……その……でもさ、ノアがここで元気でいるってわかってるから、お父さんもお母さんも安心して……」

 余計なことを言ったと戸惑い、先日と同じ言葉を繰り返す。
 
「アンタ程度じゃ足手まといだよ。 もっと大きくなって強くなったら助けに行きな。 早く大きくならないと、アルシェが全部やっつけちまうよ」

 背後を通りかかったハンナがノアの頭をコツンとつついた。ノアは「ちえっ」と舌打ちをして「みんな子供、子供って……」とぼやいて、また殻剥きを始めた。
 

 ◇
 

「おぉ、兄ちゃん。 まだいたか! 良かった!」
 
 殻剥きが終わって周囲のゴミを片付けていると、雨の中ジョルジュが現れた。外は暗くて時間の感覚が狂うが、まだ午後2時だった。

「あの兄ちゃんがくれた薬について教えてもらいたいんだけどよぉ……ってか、兄ちゃん、えらく店に馴染んでるな……じゃなくて!! あの兄ちゃんくれた薬はあれはどこで買えるんだ? ばーさんが聞いてこいってうるさくて」

 雨を払いながら、リュカが片付けをしている隣のテーブルにどかっと座った。ついでにハンナにエールと腸詰めとじゃがいもの香草炒めを頼む。今日は雨だから仕事はおやすみなのだろう。

「あれは……市販してるのかはわからなくて……まと……いえ、本で見た配合なのでよくあるんじゃないですかねぇ?」

 本当は魔塔で普通に製造されている痛み止めなのだが、その名称を言うことは避けた。
 
「いやー、あれがすごくよく効いたってばーさんがよころんじゃって、温泉で仲間連中に話しちゃってよ。 本で見たってことは、兄ちゃん薬作れんのか? 悪いけど、もしまだ持ってたら売ってくんねぇ?」

「あんた、旅行者になんて図々しいお願いしてんだい。 自分のために持ち歩いていたのを、お礼でくれたってのにさぁ」

 タイミングよく、ハンナがテーブルにエールを置いた。
 
「いや、だからよぅ。 それをだな? 買うか、その配合で薬屋に作らせようかと……」

「この町に薬屋ってあるんですか? 通りの店、ずっと閉まっているから潰れたのかと……」

 一週間様子を見ていたが、開く様子はなかった。
 採取した薬草は通常薬屋に持っていくと思うのだが、ノアはいつも薬屋の前を素通りして宿へ戻ってきていた。そしてこっそりどこかへ売りに行く。しかも毎回リュカがいないタイミングで。だから売り先を知られたくないのかと思って聞けなかったのだ。
 リュカに換金するつもりはなくても、ノアは警戒しているのだろう。ノアにとっては大切な収入源なのだ。
 だからリュカも自分に必要な薬草だけ取り分けて、余った分はノアに持たせていた。親戚とは言え、子ども一人で親元を離れているのだ。いざという時のための資金は少しでも多い方が良い。自分リュカも逃亡者なだけにそんな気持ちもよくわかった。
 
「ちょっと!! ノア!! あんた、なんか隠してるでしょ!?」

 ハンナがいつの間にか席を離れていたノアに向かって怒鳴った。
 首根っこを掴まれ、ハンナに詰め寄られるノア。ハンナは薬草を売るのもリュカと一緒に行っていると思っていたらしい。

「あんた、見損なったよ。 人のものまで自分のものにしてたのかい?」

「ハンナさん、それは僕がいいって言ったから……」

「そういうことじゃないんだよ。 それにルーが生薬欲しがってるって知ってるのに、なんでパトリスんとこ連れて行ってやらないんだい!? ルーにはさんざん世話になってるくせに!!」

 ノアは涙目になりながらずっと黙っていた。これでは埒が明かないと思ったのか、一緒に薬屋に行くという話になって、やっとノアはついに口を割った。
 
「ご、ごめんなさい!! だ、だって!! パトリスさんが、ルーさんのこと怖いっていうから!!」

「「「…………は?」」」

 一瞬の間のあと、爆笑するハンナとジョルジュ。とまどうリュカ。

「この、細っちい兄ちゃんがこえぇとは、本当にあいつの小心者もここに極まりっ!! ってやつだな!!」

 がははと笑うジョルジュに、困ったように答えるハンナ。

「ジョルジュ、やめてよ。 パトリスの妄想もここまで来るとやばいって。 あのおっさん、薬屋のくせにホント酒飲みすぎだよ」
 
「パトリスさん、ルーさんのところ『金色のキラキラしたやつには近寄れない』って言ってて……」

「え? ……金色のキラキラ?」
 
 その言葉にリュカはなにか引っかかりを覚えた。確かヴァレルもそんなことを言っていた。
  
「がはは、なんだその『金色のキラキラしたやつ』ってのは! 兄ちゃんは黒髪だぞ? 違うやつと間違えてんじゃないか? きれいな顔してるからか?」

「ノア、それ本当にルーのこと? ルーの髪は染めてるの?」

 首を振るリュカ。そしてその髪の根元を覗き込むハンナ。呆れるジョルジュに、黙り込んだノア。

「ねぇ、ノア。 その人って魔法師なの?」

 恐る恐る聞いてみる。エロアの追手だったらすぐに逃げなきゃいけないが、ならばなぜ自分を避けるのだろう。いつでも逃げられるように、いつも持ち歩いているマジックバッグを抱きしめる。

「は? 魔法師ってあの魔力あるヤツしかなれないエリート中のエリートだろ? 確かルコス村からも1~2年前に遂に出たってお祝いになってなかった? アンナから手紙が来てたよ。 あの2軒隣の家の……」

 アンナというのは、ハンナの双子の姉でノアの母親のことだ。

「うん、ギー兄ちゃん!」
 
 ギーの名前が出てきて、リュカはどきっとした。本当に皆仲の良い村なのだ。その村を守るために、皆戦っている。
 
「パトリスのやつが魔法師とか、ありえんぞ。 アイツ、10年以上前に道で野垂れ死にしそうになってんのをワシが拾ってやったんだ。 追い剥ぎにあって着の身着のままのところを、うちのばーさんが飯食わせてやって。 仕事くれっていうから畑で使ってやったら、うちの腰が痛てぇっていうばーさんより使えやしねぇ。 薬なら作れるっていうから、しょうがねぇ、薬屋開けるようにワシが散々協力してやって……なんか、思い出したら、段々腹たってきたわい!! 酒ばっか飲んで、ワシの親切を無にしやがって!! あんの野郎!!」

「まったく、犬猫みたいになんでもかんでも拾ってくんじゃないよ。 犯罪者だったらどうする気だい? …………あ、ルー! ア、アンタのことじゃないからね! アンタは金持ってるちゃんとしたいい客だよ!」
 
 『拾ってくる』のあたりで、ジョルジュとノアがリュカを見て、自分の失言に気づいたハンナが慌てた。それを苦笑いで流して、リュカはノアに尋ねた。

 
「ねぇ、ノア? パトリスさんに会わせてもらうことはできる?」

 

 
 

 
 
 


 
 
 
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