北極星(ポラリス)に手を伸ばす

猫丸

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第二章 バヤールの町

20.それぞれの道

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 ひたすら抱きあったというのに、目が覚めてもリュカはヴァレルの腕から逃れられなかった。
 きっとヴァレルもこれでお別れなのだとわかっているのだろう。腕から出ようとするとすぐに目を覚ました。
 
「リュカ、どこいくの?」

「お水。 ヴァレルも飲む?」

 少し声がかすれていた。自分はどれだけ喘いだのかと、少し正気に戻って恥ずかしくなった。
 
「ん……」

 リュカが持ってきた水を、コップではなく口移しで欲しがって、そしてまた腕の中に抱く。

 そんな様子が可愛らしくて、ちゅっと唇を重ねてみれば、すぐにキスを返し、リュカを抱きしめる腕に力が入った。
 朝の光の中で見るヴァレルはやはり男前だった。
 少し伸びたヒゲも、ヴァレルの精悍さを増しているような気がして思わず笑顔になる。何よりも愛おしいこの存在。

 謹慎している部屋に届く食事を2人分に増やしてもらい、ヴァレルの膝の上で食事を取る。2人は3日間片時も離れなかった。
 全てを忘れるくらい、ぐちゃぐちゃに抱き合った。

 
 出発の日がやってきた。
 互いの身体の、顔以外の至る所につけられたキスマーク。だが、リュカが来ているシャツの下だけは許されていない。

「リュカ、最後までシャツは脱いでくれないの?」

「これはだめ」

 にっこり笑って拒絶を伝える。シャツの前はすべて開かれ、胸は見えていたが、リュカは絶対に脱ごうとしなかった。
 腕に描かれた魔法陣もだが、背中の傷もヴァレルには見られたくなかったのだ。
 あんな姿を見られてもなお、ヴァレルには綺麗だと思われたい。
 ヴァレルはリュカの胸や腹筋にキスをした。伸びたヒゲがリュカの肌を刺激した。

「ふふ、ヴァレル。 ヒゲがいたいよ……」

 ヴァレルの指が再びリュカの後孔にふれた。
 甘えるように乳首を舐めるヴァレル。なのに指は卑猥に動いて、思わず笑顔がこぼれる。
 何度も出し入れされた穴の縁は、熱を持ってすっかりほぐれていた。ヴァレルの首に抱きつき、その頭に口づけをしながら、少し尻を浮かせる。
 
「あ……ヴァレル……もう……」
 
 さんざん突かれ、かき回されたというのに、まだヴァレルを求めてしまう。
 自分の全てをヴァレルでいっぱいに埋めてほしくて、ヴァレルで上書きしてほしくて。心が、全身がヴァレルを求めている。
 
 好きな人とするセックスはこんなにも気持ちの良いものなのだ。体内を突き上げられ、満たされる喜びと、ヴァレルに求められる喜び。
 自分の身体をこんなにも愛おしく感じたのは初めてだった。

 
 ◇

 
「さて、そろそろ時間だね」

「リュカ、俺……リュカと……」

「だめだよ、ヴァレル。 ヴァレルまで逃亡者にするわけにいかない。 アルシェさんやギー、隊のみんなも待ってる」

 短い期間だったけれど、みんなが言う『大切なものを守る』ということがリュカにもやっと少しわかったのだ。
 ヴァレルは泣きそうな顔をした。

「また会えるよね?」

「そうだね。 どこかに落ち着いたら連絡するよ」

「絶対だよ?」

「ふふ……」

 笑ってごまかす。自分の未来に保証はない。エロアの追跡を逃れるために自分はこのまま姿を消す。
 互いにそれはわかっていた。
 この魔法が解除されれば、あるいは。だがわずかな希望にすがっても虚しくなるだけだ。
 ヴァレルとの夢のような時間を過ごせただけで、この幸せな思い出だけでこれからも生きていける。
 身体中に残るヴァレルの愛の印。少しでも長くこの身体に残りますように。
 
 離れがたいけれど時間がやってくる。明るいうちに隊へ追いつくにはそろそろ出なくてはいけない。ヴァレルは名残惜しそうに馬にまたがった。

「ヴァレル、健康には気をつけて。 ケガもしないでね? 会えなくても、どこにいても、ヴァレルが元気で幸せにしていることが僕の幸せだから」

「……リュカ、本当に連絡くれるんだよね? これで最後なんて絶対にないよね?」

「ふふ。 ねぇ、ヴァレル、君が生まれた時から……ううん、生まれる前からずっと、僕にとって君は一番大切な存在だよ。 僕はずっとサラ様のお腹にいる時から君に話しかけていたんだよ。 君を愛しているって。 君はね、北極星ポラリスみたいに、ずっと僕の心のなかで輝く星で、生きる目標なんだ。 君が生きているから僕も生きていられる。 だから、元気でいて? これからも君の幸せを願ってるよ……って、え? ヴァレル?」
 
 ヴァレルは馬を降りて、リュカの前に立った。自分の首に掛けられていたネックレスをリュカの首にかけると、口づけをした。
 
「これ……」

「俺は手の届かない星でも、目標でもなくリュカのだよ。 やっぱり俺は、どんなにリュカを悲しませても、傷つけても、リュカ以外は考えられない。 俺の居場所はリュカのところにしかないから。 ……でも、リュカの事情もなんとなくわかっている。 だから今は無理強いはしない。 それに今の俺じゃ、リュカを守れないのもよくわかった。 俺はリュカにふさわしい人間になるよ。 俺はいつか絶対にリュカを手に入れる。 覚悟してて」

 熱い告白に喜びの涙があふれる。この3日間、嬉しい時にも人は泣くものなのだとつくづく思った。
 ヴァレルの姿が見えなくなるまで見送って、そして自分自身に気合いを入れる。

 さぁ僕も行こう。
 この幸せな思い出を胸に、僕は僕自身の人生を歩くのだ。

 
 ◇


 数日後、リュカは荷馬車に乗せてもらい、東のバヤールという町へ向かっていた。
 北か南でなければどこでも良かった。いくつかの乗合馬車をせわしなく乗り継ぎ、たどり着いた町の宿で周辺の村の様子を聞いていた。
 程よくよそ者がいて、程よく田舎。どこからきたのかを聞かれ、「王都から。見聞を広めたくて」と答えると「こんななんにもない田舎。物好きだねぇ」と笑われる。リュカの身なりから金持ちの道楽のように思っているのだろう。その繰り返し。
 物取りなのか、エロアの追っ手なのかわからない視線を感じれば、認識阻害魔法を繰り出して気配を消す。
 多少の警戒心は捨てきれないが、それでも自分のことを知っている人が誰もいない環境は、思っていた以上に気が楽だった。肩を丸めて歩く必要もない。思い切り息が吸える気がした。
 
 急ぐ旅でもない。行く宛などない。王都では聞いたこともないような場所がいい。
 乗合馬車などで移動できる町を宿で聞いていると、隣で出発の手続きをしていた一人の老人が冗談交じりに声をかけてきた。「兄ちゃん、暇ならワシの町にでも遊びに来てみるか。温泉もあるぞ」と。
 その老人はジョルジュといい、ちょうど仕事を終えて家に帰るところだった。白いひげを蓄えた、年齢の割にたくましい、おしゃべり好きなおじいさん。見るからに人の良さそうな人だった。
 乗合馬車よりも足が付きづらそうだと、その好意に甘えることにした。

「いやぁ、兄ちゃんが一緒に乗ってくれて嬉しいなぁ。 以前はばーさんと一緒に来てたんだが、最近腰が痛いらしくて一緒に行ってくれん。 ワシ独りじゃ道中暇でなぁ。 兄ちゃんが話し相手になってくれるから助かるわ」

 一緒に御者台に座りながら、バヤールの町について話を聞く。
 バヤールはかつて火山から噴出した火山灰が堆積してできた、なだらかな平野が広がる土地なのだそうだ。土質がよく町の周辺は農業が盛んで、森には薬草なども自生しているという。
 そして、比較的大型魔獣の出没が少ない地域で、山から温泉が湧き出ているので、怪我をした冒険者や、退役した兵士などが湯治に訪れることも多いという。
 
「その薬草って僕でも採取できますか?」

「は? お兄ちゃん……えっと名前なんてったっけ?」

「リュ……ルー……です……」

「あぁ、そうだった。 ルーは冒険者志望……なわけねぇなぁ。 そんな細っこいナリじゃぁなぁ。 バヤールの森は子供でも採取できるけどよぉ、ってことは、当然子供の小遣い程度しか稼げんってことだ。 だから現役の冒険者はあんまり来ねぇ。 まぁ、金にゃぁならんな。 兄ちゃん……ええっと……?」

「ルー……」
 
「あぁ、そうルー!! 何度もすまんなぁ。 まぁ、どうしても金に困ったら、ワシんこと来りゃ、畑仕事で使ってやらんこともないが……ただ、それまでにはもっと鍛えとかにゃいかんぞ? 俺を見ろ! ちゃんと鍛えているからまだまだ現役だ。 若いうちからそんな細っこい身体じゃすぐぶっ倒れちまう!!」

 そう言って力こぶを作るジョルジュ。リュカは苦笑いをしたが、嫌な気はしなかった。正直に思ったことを言ってくれている。駆け引きなどなくて、楽しかった。
 日が落ちかける頃に、ジョルジュの家についた。出発した町で買った積み荷を下ろすのを手伝っていると、腰を押さえたおばあさんが現れた。

「おい、ばーさん。 これ下ろしたらちょっとこの兄ちゃんとこ、ハンナの宿屋まで送って行ってくるわ。 旅の途中なんだと」

「へぇ~、こんな田舎に旅行とはまぁ物好きなこって。 まぁ自由にしな。 あたしゃ腰が痛いからちょっと温泉行ってくるよ」

 そう言って去っていった。

 ◇

「ここなら兄ちゃんみたいな細っこいヤツでも安心だろ。 ここのかみさんが、うちのばーさん以上に気の強い女でなぁ。 タチの悪い客、みんな叩き出しちまうんだ」
 
「ジョルジュじいさん、あたしがなんだって?」
 
 ジョルジュがガハハと笑っていると、ドスの利いたかっぷくのいい女性が宿屋の戸口に立っていた。

「うへぇ、相変わらずおっかないこって。 客を連れてきてやったんだよ。 こんなナリで一人旅ってんだから、おめえのところが一番安心だって、説明してやってたんだよ。 じゃあな、えっと……」

「ルー……です……」

「あぁ、そうそう。 ルー。 じゃぁ、よい旅をな」

「あ、あのジョルジュさん。 馬車に乗せてくれた代金は?」
 
「あぁ、んなもの。 いいってことよ。 どうせ帰るついでだったんだ。 兄ちゃんとのおしゃべり、たのしかったぜ?」

 道中ほとんどジュルジュが一人でしゃべっていたのだが、良い聞き役になれていたのなら良かった。

「そ、それなら、あの、これ。 奥様に」

「ん? うちのばーさんに?」

 リュカはマジックバックから瓶を取り出した。

「はい。 腰痛の薬なんですけど、よかったら。 垂れない程度にお湯で伸ばして、冷めたら患部に塗ってください。布で押さえておけば服が汚れるのは防げるかと……」

「おう、そうか。 そりゃありがとよ。 じゃぁ遠慮なくもらっとくわ」

 そういって、ジョルジュは陽気に去っていった。

 宿の手続きをしていると、大柄な男が出てきてちらりとリュカを見た。
 ペコリと挨拶をすると、すっと奥の部屋へ入っていった。
 部屋に戻って、やっとほっと一息をついた。
 追跡阻害魔法も大丈夫。しっかり戸締まりも確認した。

 窓の外を見ると星が輝いていた。北極星を見つけてふと笑顔になる。
 数日前まであんなにヴァレルと抱き合っていたのがまるで夢だったかのように、穏やかで静かな夜だった。
 首にかけているネックレスに口づけをして、その日は眠りについた。
 

 
 
 
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