北極星(ポラリス)に手を伸ばす

猫丸

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第二章 バヤールの町

17.旅立ち

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 魔獣調査隊の第2次隊に出発する騎士や兵士が王城の前に集まっていた。
 直前になって『討伐隊』ではなく『調査隊』としたのと、当初より人数を減らしたのは、北の森の周辺を遊牧している民族を刺激しないためだという。あくまでも魔獣調査である、と。彼らに対して攻撃の意図はない、という意思表示だという。

 第2次隊の隊長アルシェを先頭に皆整列していた。奉仕活動ということでもちろんヴァレルもいた。出発直前でバタバタしていて話す機会はなかったが、リュカがかけている新しいマジックバッグにはすぐに気づいて嬉しそう笑い、自らの左手首を振ってみせた。
 そこにはリュカがあげたブレスレットがあった。そしてにっこり笑うと、胸元からネックレスを出して親指を立てた。
 
 それはバージルが先程リュカにくれたものと同じだった。青と黒。そして、ヴェルマンドの家門カラーで、現当主バージルを意味する白。

「こういうことをする柄でもないんだが……ヴァレルが、以前、君からもらったブレスレットをすごく喜んでいたのを見て……付けてくれると嬉しいんだが……その、嫌なら捨ててもらって構わないから……」

 緊張しながらリュカに渡すバージル。見るとバージルの首元にもちらりと革紐が見えた。
 リュカの視線に気づくと、戸惑いがちに襟から出して答えた。

「3人お揃いなんだ。 今更だけど離れていても私達は家族だと思いたくて」
 
 誤解が解けて、リュカの気持ちも穏やかだった。根本的な解決はしていないけれど、一人で戦っていたときとは異なり、みんなが自分を守ろうとしてくれているのが嬉しい。
 
「バージル様……ありがとうございます。 喜んでつけさせていただきます」
 
 リュカがほほえみながら受け取り、そのまま首へかけると、バージルはほっとした表情を浮かべた。
 
「身体にはくれぐれも気をつけて。 また会えるのを楽しみにしているよ」

 様々な確執を残さず去れてよかった。リュカは清々しい気持ちで、ギーと共に馬車へ乗り込む。騎士たちは馬で移動するが、移動に不慣れな魔術師は馬車での移動が一般的だ。ましてやリュカは罪人という立場。好奇の目にはもう慣れた。
 扉を閉めようとした瞬間、周囲がざわめいた。騎士達への激励を終えたフレデリック王が、リュカ達の馬車の前へやってきたからだ。

「リュカ、色々不便をかけて申し訳ないね。 もう少しの辛抱だから頑張ってくれ。 あと、これを君に持っていてもらいたくて」

「これは……」

「はは、今度は盗まれたとか言わないから大丈夫。 表紙の裏にも私から君へ贈ったって書いてあるから」

 受け取ってみるとリュカが本屋で見たものよりも古いものだった。いや、こちらがきっと原画なのだ。以前受け取った絵本はこの本を真似て描いたのだろう。
 何度も何度も読んだことがわかるように、指の当たる部分が黒ずみ、すり減っていた。
 めくってみるとフレデリック王へのメッセージが書かれていた。

 ーーーーーーーーー
 フレデリックへ
『北極星を目指せ』
 ケイスより
 ーーーーーーーーー

 そしてその下には新しく追記された文字と玉璽。

 ーーーーーーーーー
 この本を、友人リュカ=ヴェルマンドに託す。
 フレデリック王
 ーーーーーーーーー

「……陛下、この本は大切なものなのでは?」
 
「そうだ。 だから君に託すんだ。 私はこの戦いに勝って、君が王都に戻ってこれるようになったら、そしたらまたいつかこの本を持って私の下へ遊びに来てくれ。 いや、これは命令ではない。 ただ、私がそう希望を持ちたいだけだから、何も言わず持っていってくれ」

「陛下……」


「私はケイスに胸を張って会える人間になりたいんだよ。 北極星というのはね、北の空に輝く動かない星、徳と同じだと教えてくれたのもケイスなんだよ。 『王たるもの、徳を持って正しき道を行きなさい』って、あの堅物の友人はよく言ってたかな。 『暗き道でも、進むべき方向がわかっていれば、歩みを止めることなく進んでいける』ってね。 大して年齢だって変わらないのに偉そうにね。 ふふ…… あぁ、私がいるとみんなが出発できないね。 気をつけて行っておいで。 これからの君の人生が光り輝くものでありますように」

 王の手によって、馬車の扉が閉められた。まるで宝箱を閉じるかのように。その光景にその場にいた人々は魅入った。
 
 そしてゆっくりと馬車は進み始めた。
 確実に王都から出たことをエロアやその周りに知らせるため、あえてなんの魔法も使わない。
 リュカ=ヴェルマンドが王都を出ることを知らしめる。まるで王の決意を示す、エロアへの宣戦布告のようでもあった。

 10年リュカを苦しめたエロアから、徐々に遠ざかっていく。皆が足止めしてくれている間に、自分は遠くへと、エロアの手の届かない遠くへと逃げる。
 王都が見えなくなってやっと、リュカは握りしめた手に爪が食い込み、血が流れていることに気づいた。
 

 ◇


 徐々に景色が変わり、山と草原しかない景色が数日間、延々と続いていた。
 何日もほとんど休憩も取らず移動しっぱなしだったため、人も馬も限界だった。その日は少し早めに野宿をすることを決めた。
 リュカとギーは馬車から降りて思い切り身体を伸ばす。
 
 食事を終えて、なんとなく皆、焚き火の近くでだらだら過ごしていた。まだ魔獣の心配がないせいで、皆にとってもつかの間の安らぎの時間だった。
 星のきれいな夜だった。アルシェが星を見ながら話す。
 
「あのひしゃく型の7つの星の先にある2つの星の間隔を、頭から5倍に延ばした距離にある一際明るく輝いている星が北極星だ。 俺たちが向かう北の森は、ここからあの星の方角に向かっていったところにあるルコス村だ。 王国では『北極星に一番近い村』と言われている。 もし隊からはぐれて『ルコス村』が通じなかったら『北極星の村』といえば、たどり着ける」

「北極星……」

 リュカはフレデリック王からもらった絵本の裏表紙を思い出していた。王曰く、そういう意図で書かれた言葉ではないとしても、結果的に北極星を目指す一行の同行人に託すとは、変な因縁だ。
 ただ、当初の計画ではもうすこし先へと進んだら、リュカはこの隊から外れる。行く宛などないが、リュカが目指すのはルコス村ではない。
 
 そう思うと、少し寂しいような気もした。はじめこそ少しぎこちなかったが、隊の一部の人間とはだんだん打ち解けてきたからだ。
 表向きは罪人であるにも関わらず、リュカに対してそれなりの敬意を持って接してくれているのは、出発の時のフレデリック王の対応にあるのだろう。ヴェルマンドの養子で、エティエンヌが欲しがる人物。一時的に失脚したが、今後返り咲く可能性があるとの打算もあるかもしれない。
 
 酒を飲んでいるものもそうでないものもだらだらと他愛もない話をしながら火の回りに集まっている。
 リュカは馬車に乗りっぱなしで、少し疲れていたこともあって、持ってきていた固形ポーションの欠片をポリポリと食べていた。
 すると突然背後からヴァレルが抱きついてきた。
   
「これリュカの手作りのお菓子? 一人だけお菓子食べてずるいっ! 俺にもちょうだい!!」

 背後からヴァレルの手が伸びて、リュカの食べかけの固形ポーションを取り上げて口に入れた。
 
「え? ヴァレル、ちょっと待って。 ちが…」

 止めるリュカを無視してボリボリと咀嚼するヴァレル。と、その時ヴァレルが喉を押さえた。

「うぇぇぇ、まっずっっ!! なにこれ!?」

 そのリアクションに近くにいたギーは大爆笑した。周りも何事かと注目している。

「あぁ、もう!! だから違うって言ったのに!! はやく、お水飲んでっ!!」
 
「うぇぇ、まずい……まだ口の中に残ってる」

 ぐびぐびと水を飲むヴァレルに、ヒーヒーとお腹を抱えて笑い転げるするギー。

「ギー!! 君でしょ? ヴァレルをそそのかしたの!!」

 ギーは涙を流して笑っていた。

「で、それは何なんだ? 食べて大丈夫なもんなのか?」

 水をがぶ飲みしているヴァレルを見ながら、アルシエが聞いてきた。

「固形ポーションの端っこです。 きれいに成形したものは、魔塔に渡してたんですけど、どうしても切れ端ができちゃうんで……もったいないから……」

「え? 固形ポーション? あの師団長しか作れないっていうあれか? あの人それで、魔塔のトップまで上り詰めたっていうのに、切れ端でもそんなもん、持ってて大丈夫なのか? 超高級品だぞ?」

 横領だと思われたらたまらないと、リュカは慌てて否定する。

「あ、これは僕が作った分なので……」
 
「魔塔では、あれはリュカが作っているって暗黙の了解なんだよ。 みんな師団長が怖いから口外しないだけで」

「ちょっと食べただけだけど、なんか身体がすごい軽いっ!!」

 苦みから解放されたヴァレルが発言したことで、リュカの手元に皆の視線が集まる。

「えっと……食べて……みますか?」

「はいはーい、僕一度食べたことあるけどほしーい」

 真っ先にギーが手をあげた。

「俺ももう少し欲しいかな。 量が足りれば……だけど……」

 さっき既に味見したヴァレルも手をあげる。次々と手をあげるものが増えて、リュカもマジックバッグから固形ポーションの切れ端を出す。
 自分の魔力が籠もっているから、エロアに魔力を取られた時用に豊富なストックがあった。
 恐る恐る手を伸ばすみんなに思わず笑顔になる。
 
「いいのか? 自分のために取っておいた分じゃないのか?」

 アルシェが心配してくれた。
 その発言でヴァレルも慌て始める。

「そうだよ!! リュカの薬じゃないの? みんなにあげて大丈夫!?」

 大型犬のようで可愛かった。思わず笑顔になるリュカ。

「ふふ、大丈夫だよ。 僕は座っているだけで、魔力も消費していないし。 なんとなくクセで食べていただけだから。 それに材料さえあれば全然作れるから。 よかったら味見してください」

 ずっと白い目で見られてきたから、好意的な目で見られているのが気恥ずかしくて。でも嬉しくて、少し照れ気味にみんなに固形ポーションを振る舞う。

 だが直後、みんな一様に吐きそうな表情をし、苦しみ始めた。
 それを腹を抱えて笑いまくるギーとの間で、どうして良いのか戸惑うリュカだった。
 
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